3章16話 「衝撃」
「クノくんは大切な家族です!
クノくんを、賢者から抜けさせないでください!!」
「長官!
兄はこれまで、賢者の皆さんの中でも、取り分け多大な貢献をしてきましたわ!
兄を失った賢者が大きく戦力低下するのは否めません!!」
シノはハンディーの足元まで一気にダイブ。膝から滑るような流れで着地して頭を下げた。ベルウィンも、遅れて彼女に続く。
「姉さん……シノ……」
ハンディーは口元を緩めた。
「もちろん貢献してもらうよ、この後ね」
まるで、シノの言葉を想定していたかのような態度。
「言ってないよ、今すぐ抜けろとは。
今晩のここ最北での任務、それを最後の任務にしてもらう」
「こ、今晩……??」
クノは周囲をよく見渡してみた。
10月31日の4時半を指すデジタル時計。
自分がこれまで座っていたのは、埃一つない黒のダブルベッド。
仄かな明るさで照らされた、高級ホテルのツインルームのような広々とした一室。
カーテンは閉め切られていて、外の光景が分からない。
机にワインが入ったボトルが置かれているその様は、未成年が先程まで眠っていたとは思えない。
……見覚えが全くない部屋――D機関内ではない。
守人の里でもない。
たった今ハンディーは【最北】と言っていたが、ここは一体どこなのだろう……。
「まぁ、説明をするよ。
状況のね、任務内容を話す前に。
順を追って、先月からの」
ハンディーは持っていたアタッシュケースの中から、ノートパソコンのような電子機器を取り出した。
「…………?」
やがて、拡大された端末の画面がこちらにバーン! と向けられた。
「これは……」
画面に映っていたのは、今回の事件のあらましと、その裏側で起こっていたことを論文のようにまとめたものだった。
※以下の文章はその内容を要約したものです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
①
先月。アウェイ村。
二度目の【アンノウン】発生。初の【女性体】のバグだった。これをマスター賢者のクノとシノが見事に撃退。
この時、クノとシノが謎の力を持つ赤い石――【賢者の石】を手にする。
②
同日。リエント北部南東。
人口も殆どなく、経済流通も最小限な辺境に設立された小さな孤児院【イーリス】。そこで暮らしていた【1人の少女】が行方不明になる。
③
いち早くこの情報を掴んだ防衛大臣のワルク。
彼はその不可解さや、アンノウンの再来とのタイミングの重なりようから胸騒ぎを覚え、イーリスと賢者の石に不信感を持つようになる。
ワルクは自身の補佐官を務めるブウェイブに、失踪した少女の捜索・及びイーリスの内部調査・その他諸々を命じる。
④
ブウェイブ、イーリスを訪問。
少女の行方は掴めず。
イーリスには不自然なまでに怪しい要素は見られず。
⑤
後日。リミース島とルドメイシティでもアンノウン発生。
その数は、両所3体。合計【6体】。
同時刻――イーリスに残っていた【6人の孤児全員】が失踪。男子5人、女子1人。今回の6体のアンノウンの中にも、【女性体のバグが1体】発生していた。
⑥
ブウェイブ、再度イーリスを訪問。
だが、彼が到着した時には、イーリスは何者かが放った炎に包まれて全焼中。
現場には、【赤い宝石の欠片】と思われる僅か0.5mm程の物質が、炎に紛れて幾つか残されていた。
近隣の研究施設に赤い石を持ち込んで解析した結果、鉱石の辰砂と判明。これを賢者の石の欠片と仮定。
孤児達やイーリス職員達の行方は、現在に至っても全員不明である。
⑦
ブウェイブ、ワルクに結果報告。
ワルクとブウェイブは、証拠が少ないながらも、時期や状況の符合ぶりや不自然な点の数々から、3箇所に渡って出現した7体のアンノウンの正体が、
【イーリスの孤児7人が、何らかの要素で変貌した姿】なのではないか――それを為すためのアイテムが【賢者の石】であると推測。
その会話をマスター賢者の2人――観測士のクリア(が天啓で操った口)と賢者長官のハンディーに立ち聞きされる。
⑧
ワルクは、クノとシノが賢者の石の暴走でアンノウンになる可能性があると踏んで、両名を任務に出すことを禁じた。
一方でハンディーとクリアは、その2人がアンノウンになりそうな素振りがあるか確かめるために、独自に2人の監視に努める。
ハンディーはその間クリアとともに、仮に2人がアンノウンになってしまった場合に備えて、すぐに対応する方法を考案していた。
⑨
先日。クノが(色々あって)賢者庁を脱走。
そして。(なんやかんやで)クノがアンノウン化。
その後、(どうにか )クノを人間に戻すことに成功。
邪悪に染まった賢者の石の意思も撃退。
直後――クノとシノ、今回の事件の重要人物であるアルシン・ファムの4人が異次元に転移。
その際の彼らの会話を、クリアの次元観測技術で傍受。
会話が核心に迫った時、異次元から4人は放り出され、気を失ったまま現世に戻ってきた。
⑩
アルシンとファムの意識が戻るのが早かったので、彼らを拘束して事情聴取。
彼らの話す内容を、異次元で傍受した会話や一連の事件と照らし合わせた結果、
【これまでのアンノウンは全て、賢者の石の力で変化した人間の可能性が高い】という結論に至る。
アルシン達もそのことに薄々勘づいていたようだった。自らが、5年前に発生したアンノウンの正体だったのだから……。
しかしこうなると、アンノウンだけではなくジェネラルも含めて……
【バグという存在そのものが一体何者であるのか】――という問題も出てくる。
バグ――彼ら? もまた、【人間】なのではないか……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
クノとシノは、寒気と急激な発汗に襲われていた。
「アンノウンは……人間……」
「わ、わたくし達は……【人間と戦って】……こ、【殺していた】……と、いうこと……なんですか……!?」
「そ、そんな…………」
異次元での真理会話でアルシンが言い淀んだ内容――途中でその先の言葉を察してはいた。
しかし、その途端に意識を失ったせいで失念してしまっていた。
確かに、アルシンが言えなかったのも頷ける。
それを言ってしまうということは、これまでのクノ達の戦いや、リエントの在り方を根本から否定してしまうようなものなのだから……。
【人殺し】。
乗り越えたと思っていても、越えていなかった昔の傷。
頭の中をぐるぐると回って、ぐちゃぐちゃに気持ち悪く侵食していく。
気がつくのが、遅かった。
遅すぎた……。
* * *
ドタドタバタバタ!!
各々が衝撃に俯く中、慌ただしい足音が空気を破るようにやって来た。
「クノ、シノ!!」
駆け込んできた大男。
〈……長官……。
この子達に何を告げたんです!?〉
彼――ブウェイブはやって来て早々に、ハンディーの胸ぐらを勢いよく掴んだ。
「この期に及んで子供扱いしてるのですか、彼らに血反吐を吐く修行を5年半もさせ続けた、あなた自身が?
政府に所属するマスター賢者です、彼らは。
それに、中心人物なのですよ、今回の事件の。
知る権利と責任がある、彼らには。
それに――」
ハンディーはただただ事実だけを淡々と述べ続ける。
「だからと言っても、告げていい内容と、まだ伏せておくべき内容が――」
「――ブウェイブさん……大丈夫ですよ……」
ハンディーを肯定するような、落ち着いて達観とした声色。
「ええ……わたくし達の周りで起こっていることなら……知らないままでいるのは気持ち悪いですし、」
続く、感情の見えない声。
「いずれ……知ることになるのなら、それが今になっても構いませんわ。
どれだけ傷つくことになっても……!」
「はい……!
もしバグが人だった場合――確かに、それを知った時は苦しくて痛い……。
まだ可能性が浮上している段階の今でも……辛くないと言えば嘘になります……。
でも――知ったからこそ、知っているからこそ、何かできることがあると思うんです!
これまでバグについて、殆ど進展がなかったんですから!!」
「……お前達……」
ブウェイブの手の力が急激に緩む。
(……重い……。
バグ自体が人間なら、ぼく達は今までどれだけの人を殺したことになるのか分からない……。
でも、これまで俯かないできたのなら、今更俯く必要もない……!!
シノを不安にさせないためにも、ぼくが強くなければ!!)
(兄さんは、無理をしている……。
だからこそ、わたくしも前を見なくちゃいけない……!
兄さんを支えるために!!)
「クノくん……シノちゃん……」
ベルウィンは家族達の心の折れなさと、絆の強さに胸打たれる。その顔がジンワリと熱っていっている。
「それに……問題ない、彼らは強いから。
……と、言おうとしたんだが、正にその通りだったな」
「あなたは、いちいち話すのが回りくどくて遅いんですよ!」
ブウェイブの怒気が可視化のエネルギーと化した。
ズドーーーーン……!!
「……!」
あえなく吹き飛ばされたハンディーは、唾を吐きながら壁に打ち付けられて、どさりと崩れ落ちる。
砕けた薔薇が花びらとなってひらひらと舞い、焦げ茶色のタイルカーペットの上を妖艶に彩った。
「…………あ、すまない長官……。
つい、自制ができなくなってしまった……」
ブウェイブは、人の家の窓ガラスを誤って割ってしまったわんぱく野球少年のような、気まずさを露わに固まっている。そこには、クノとシノの師匠としての威厳が微塵も感じられない。
「………………っ、はぁ……」
しばしの間の後、ハンディーはやれやれといったようにため息交じりに起き上がる。
「全く……ここまでするか……?
失くしたばかりだというのにな……」
「!?!?」
その場にいた全員は、太々しく呟くハンディーを見て驚愕した……。
そこにいたハンディーは――
読んでいただきありがとうございました!
今回明らかになった要素や裏事情については、2章29話「企み」の中盤の思わせぶりだった場面とリンクしていますので、そちらの方も読み返してもらえれば。
また、解説になりますが、2章でアンノウンを倒した際、必ず流れ星が降る描写がありました。
これは、【人が星になった】ことを意味しています。
つまり――アンノウンを倒したことで、その数と同じどこかの誰かの命が失われていたということです。
……ですので、今回のイーリス云々の話はそういうことです。
……今後もそういった諸々が明かされていくので、次回以降も読んでいただければ嬉しいです。
よろしくお願いします!




