3章14話 「ようやく」
バグの象徴であるオドセンサーが曇っていく……。
まるで真冬に凍結したフロントガラスのように。
「……ア……!?」
剥がされた漆黒のベールの中から、徐々に、徐々にと、人間の子供の顔……。
「!
クノくん!」
「よし、あと少しの辛抱だ!」
「よく分かんないけど、上手くいってるんだよね!」
ベルウィン達は気を送るようにブウェイブの背中を支え続けている。
「オオラアアアア……ッッ!!」
ブウェイブも震脚で踏ん張って力を込める。
彼の全身が、ハッカの光に覆われた。
「クノ……!!
今のお前は賢者でも、シノを守る兄貴でもない!
ただの傷ついて泣き喚く子供に過ぎねぇ……!
……だからよ、お前の中に溜まっているモノ……全てここで吐き出してしまえ!!」
包容力に、無限の温もりと安らぎを乗せて……。
「――皆さん!!
下がって!!」
背後から、第三者の言葉。
口下手でありながらも真に迫る声。
!?
一同一致の驚愕。
特にベルウィンは動揺を隠せなかった。
「!
しょうがねぇな、」
察したブウェイブは、彼女に後を託すために後ろの者達を背負って、大ジャンプ。
一瞬で、クノバグの後方80m先まで離脱。
「――シノ!
どうやって生き返ったのか知らねぇが、策があるんなら一旦はお前に任せる!!」
鉄分を大量に放出中のブウェイブは、花を譲ることを朗らかに即断した。
「はい、ありがとうございます!!
後はわたくし達に!!」
洗練された面魂のシノは、不敵に微笑んで跳躍。
「マイン!!」
「――アッ、!?」
半分露出した子供の瞳に、閃光。
「…………ヒヒッ!」
シノが身に纏ったモノクロのドレスの中央で、雪の結晶が輝いた。
「――ア、アア……アッッ!!」
「ヒヒヒヒヒッ!
ヒヒッ!」
アンノウンの黒い頭が、黒い髪へと変わっていく……。
その変遷の中で、シノは魔女のように不気味で狂った高笑いを上げていた。
「ヒヒヒヒッッヒーヒヒヒヒッ!!
(今の兄さんを、マインで昔の兄さんに戻す!!)」
「……シ、シノちゃん……!?」
「ノンちゃん……大丈夫なの……?」
「黙って信じよう」
その誰が見ても危うい影で、
「行こう、アルシン」
「ああ、おれは今度こそ道を間違えない!」
藤色の毒々しい気体と、乳白色の神々しい果汁が混合。
神聖な光を放つ液体へと進化したソレは、クノバグの全身へと降りかかった。
「ア……アア!!」
新たに参戦した3人。
全員がマインを持つ者――マインダー。
彼らは、それぞれのマイン能力でクノを救うためにここまでやって来たのだ。
「おれの毒と、」
深紅の左腕。
アルシンのマイン――万物を倒して殺す毒。
すなわち――最強の矛。
「わたしの薬を合わせれば、」
純白の右手。
ファムのマイン――万物を治して守る薬。
すなわち――最強の盾。
「「霊薬を超えた【神薬】になる!!」」
2つの腕が交差。
穢れを祓う毒。
穢れを癒す薬。
「う……うう……うう!」
バグという穢れが、神薬に癒されて祓われていく……。
「……あ、ああ……ねえさん……。
みなさん……」
ようやく……彼は人間が発する言葉の音を取り戻した。
「し、しの……」
「ヒヒ!?
(兄さん!?)」
それに後押しされるように、未だバグのままになっている肉体の部分が浄化されて、人間の体へと変化していく……。
(兄さんが戻ってきている……。
それに、皆さんも力を貸してくれている……)
シノの胸の輝きが、全てを包み込む海のように広がっていく。
(だから、暴走なんて……酔っ払ってなんていられない……!!)
覚醒。
曇りなき晴れ空のように澄みきった陸離の放出……。
* * *
マインダーの3人が加わったことで、クノ救出作戦の成功確率は大幅に引き上げられた。更には、それに伴う時間も一気に短縮している。
「オレサマガ……キエテイク!?
カンゼンナオレサマガ……!!」
大地に響く狼狽は、クノを悪魔へと変えた張本人。
「――ソンナコト、ユルサレルカ!!
オレサマハ、ニンゲントチガッテ、
カミノチカラヲモツ、イダイナソンザイナンダ!!」
ズズズズズズズズズ……!!
クノをバグに変える穢れが分離し、辰砂の意思と合体――ドス黒い巨大な塊が発生。
「オレサマノタノシミヲ……ジャマスルナアアアアアッッッ!!」
辰砂は便利なアイテムなんかじゃない。
【不完全な人を完全に変える】力を持つ。
己の快楽のためだけに、取り憑いた対象の深層を刺激して暴走させ、その後は次の対象に取り憑くまで勝ち逃げのように眠りにつく【悪魔の石】……。
「――おい!」
アルシンはシノに向かって叫んだ。
「こっちは、アイツを救うので手一杯だ!
その切り離された黒いのをどうにかしやがれ!」
「馬鹿!
もう少し言い方ってものがあるでしょ!」
「今は余裕がねーんだって!」
「もう一回、あっちの世界でやり直してきたら?
ちゃんと更生したら生き返らせてあげるから!」
「……お前の言い方も、人のこと言えねーぞ!?」
この事態でも2人はそれぞれ、使っていない方の手で仲良く? どつき合っていた。
* * *
「………………」
やがて、シノは儚げな目でゆっくりと、黒い塊りへ歩み寄っていく。
「申し訳ありません……辰砂さん。
この力を与えてくれたことには感謝しています。
ミープさんの命も結果的には救われましたし……。
ですが…………、今わたくしの胸の中で、【真理把握】の力が教えてくれています――あなたの本質を」
もうそこにいるのは、狂気の笑いを上げていた魔女ではない。確固たる自身と自信を見つけた戦士の勇姿に満ちあふれていた。
「オレサマハ、ジユウナンダ!
ニンゲンヲジユウニ……コロスタメニウマレタ!!」
「……ええ、それがあなたの本性。
あなたは――【ここではないどこかの世界で沢山の人間を殺した過去がある】……。
そして、アルシンさんとファムさんを殺戮の人形――アンノウンにさせていた……。
今はソレを兄さんにも……。
あなたは……人間嫌いを公言していても、これまでわたくし達の力になってくれました……。
…………いい石だと思っていましたのに――」
「ナニガワルイ!?
ニンゲンハナァ、オレサマノドウグナンダヨォ!!」
「!!」
シノの心に、急激に湧き上がる熱。
パキン……!!
「――ナニッ!?」
シノが持つ、自然干渉のマインの力。
周囲の黒い大気を媒介として作り上げられた、次元を割るブラックホール。
「ウオオッ!?!?」
辰砂の意思の成れの果てが、あっという間にその中に吸い込まれた。
こちらに見えている残りは、もはや全体の2割程度。
「…………わたくしがアルシンさんの毒で死んだ時に、わたくしの中にいたあなたの意思も一緒に死滅したようですわ。
アルシンさんとファムさんに宿ったあなたの意思も、お二人がアンノウンになった時にブウェイブさんに倒されている……。
あとは、正真正銘――兄さんに宿っているあなただけです」
「ドウスルキダ!?
オレサマヲ、コロスノカ!?」
「………………」
彼女は、憐れみのこもった目を向けながら頷いた。
「――フザケルナ!」
逆上した辰砂の意思が振動。
「きゃあっ……!?」
「キサマハ、ジブンノワザデ、シヌンダ!」
ほんの一瞬で、シノは黒い塊とブラックホールに引き寄せられていた。
「ハハハハ、コロシテヤル――」
「――そこまでです」
悪あがきを容赦なく切り捨てた一閃の乱入。
「ガハッ!?」
「あなたの御託なんてどうでもいい」
両腕をカマキリのように折り曲げた構え……。
「皆さんを――シノを傷つけようとする存在は許さない」
ようやく完全な人として復活した少年は、シノを引っ張る邪悪を、鮮やかな手刀で切り裂いた。
「アアアアアンン!!」
「こちらへ!」
彼は辰砂の意思が悶えている間に、シノの手を強引に取って、一目散に駆け出した。
「すみません……心配かけましたね、シノ」
不器用に綻ぶ大人びたその顔は、まごうことなくクノそのものだった。その身はマインの盾に包まれている。
「兄さん……それは、わたくしだって……」
「はい……シノが生き返ってくれて、ただただ嬉しい……。
それだけです……」
「マダダアアーーー!!」
喜んだのも束の間。悪あがきは尚も止まらない。
追いすがる辰砂の意思は、どこまでも闇に染まった黒を纏って、諦めずに突進してくる。
「オヴエエッッ!!」
……が、その黒は巨大で強大な一撃にはね返された。
「ヒヒィィィィンン!!」
馬のような断末魔をもって、辰砂の意思はブラックホールの中に消えていった……。
辰砂の意思を吹き飛ばしたのは、血塗られた赤。
湾曲して伸びるソレは、シュルシュルと元々存在していた位置に戻っていく。
「5年前に借りがあるんだぜ?
忘れたとは言わせねぇよ!」
クノとシノの視線の先――アルシンが左腕を突き出して立っていた。
彼が語る【借り】は、あの時に助けてくれた兄妹のことを言っているのか……?
それとも、あの時に自分達を凌辱した悪魔の石に向けているのか……?
その真相は定かではないが、彼は吹っ切れたようなあどけない顔で、ニンマリと生意気そうに笑っていた。
「完全に終わらせるぞ!」
「「はい……!!」
意気揚々と返事をするクノとシノの全身に、不意に花粉が浴びせられた。
「これは……」
クノは驚愕。
たちまちに、疲労・消耗・傷が癒やされていっているからだ。
「そうか……」
少し離れた所で、にこやかに送られるサムズアップ。
(これこそがファムさんの力か……。
シノを生き返らせてくれた、最高の回復の力……)
彼女から託されたモノを無駄にできない。
きっちりと決めてみせる。
「行きますよ!」
同時に3人は跳躍。
………………………………。
辰砂の意思を飲み込んだブラックホールを砕く、混沌とした3色の徒手空拳による連撃――
4人の高まったマインがピッタリと交錯。
「ウワワワワアアアアアアアン!???!!」
奇怪な甲高い音とともに。
黒い渦は周囲の景色と同化して、いよいよ最期を迎えた……。
読んでいただきありがとうございました!
次回以降は3章の後半部分のシナリオへと入っていきます。
【バグ】という人類の敵を滅ぼすというのがこの作品のゴール地点です。
後半戦はそのゴールに明確に向かっていくシナリオとなっています。
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