3章13話 「隠花」
「………マインと、辰砂さんの暴走が……兄さんにも……」
「申し訳ありません……!
5年前の最初から今に至るまで、全ての責任はわたし達にあります……。
このようなことになってしまい、本当に申し訳ありません……!!」
地に広がっていく水たまりの中で、ファムは必死に平身低頭を繰り返していた。
「………………」
最愛の兄が、今や最悪の存在へと成り果てている。
ファムが知っていることを全て聞かされたシノは、身を屈めてゆっくりと口を開いた。
「わたくしを……ここに連れて来たのは、これを見せるためだけではないのでしょう……?」
「……!?」
生い茂る緑に顔をうずめていたファムが、ハッと顔を上げた。
「ありがとうございました。
わたくしは泣いている場合じゃなかった。
どうすればいいのかは、今も分かりません。
でも、どうしたいのかはハッキリしました」
自分は、弱い。
支えてくれる誰かがいないと、強くなれない。
けれども。その誰かが向こうで今――支えてくれる誰かを求めている。
「わたくしは……クノ兄さんを助けたい。
もちろん、アルシンさんも」
「……シノ……さん……」
弱いのは自分だけではなかった。
誰だって弱いのだ。
ならば――自分が誰かを支える誰かになったって構わない。
死ぬ直前までに抱いていたはずの長期間の苦悩が、今はちっぽけに思えてきた。
「それはファムさん、あなたも同じですわ。
【大切な人を救うため、わたくしの力を必要としている】。
それがあなたの望みなのでしょう?
だから、死んだわたくしをここへと導いたのでしょう?」
ファムの肩に乗せられた両手から脈打ち伝わるのは――言葉と思い。
「……!
…………」
温もりを感じる。
生者でなくても血が通っている。
「……はい……!
マイン使い――マインダーであるシノさんに、お願いがあります!!」
なすべきことを思い出したファムは、意を決した面持ちで立ち上がった。
そして……シノの胸に添えられた冷たい右手。
「……えっ……!?」
胸に渦巻く、戦いの紅い鼓動。
(これは、辰砂……!?)
「やっぱり、あなたの魂にもありましたね……辰砂の一欠片が」
「どうして……?
現世にあるわたくしの心臓に――遺体に残されたままのはずでは……?」
「【大切な人への純愛】――あなたが撫子の性質を持つ女性だからこそ、死して尚、その魂に持ち込むことができたのだと思います……」
ファムの周囲に、微弱な白い粒子が迸る。
「――よかった、使える……!
あなたの辰砂だとしても……!」
彼女からこぼれた笑みは、これから大きくなっていく希望のサイン。
「すみません、シノさん!
今あなたの魂が持っている僅かな辰砂を……全てわたしに託してください!
わたしとあなたが生き返るために……!
クノさんとアルシンを助けるために……!!」
* * *
その頃――現世では。
〔!!!〕
「オレサマガ……オレサマハ……イッタイ……!?」
変動の波動に飲まれていくクノバグと、辰砂。
両者の身体に灯る、自分の存在意義と意味への疑念。
「クノくん……もう少しで元に戻れるよ!
負けないで!!」
ベルウィンが添える一滴が、古代の音階を唄うドラゴンの合唱隊に混ざり合う。
書き換えられて塗り潰されていく辰砂の在り方が、【クノバグ】を【クノ】に変えようとしている。
「私も負けないからっ――」
紅の空間が急激に波打った。
「――きゃあああああああああ!!」
アアアアアアアアアアア!!
言葉を発することができない者の叫び。
口のないクノバグではなく――【クノの叫び】。
「……く、クノくん……」
ベルウィンと9のドラゴンは刹那にして、辰砂の内部から外に吐き出されてしまった。それぞれの体は、衝撃で元の大きさにまで戻されている。
各々が宙を舞い、きりもみ回転。
「あれは……!」
光が跳躍。
「忍法……救助の術!」
伸びるナイロン。
「「「……ゴフッ!!」」」
ドラゴン達は、蜘蛛の巣のように広がるザイルのクッションに助けられた。
「ベルウィンさん……!」
仮面で左目を隠したドリアンがベルウィンの体を抱き抱えて、地上に素早く着地。クノバグの間合いから瞬時に距離を取る。
アアアアアアアアアアアアアア!!
「だ、大丈夫だよ……私はここにいる……。
ドリアンさんも、ミープちゃんもいるよ……」
ドリアンに下ろされたベルウィン。
彼女は、苦しみの咆哮を上げるクノを尚も調律しようと試みている。
決して俯かず、絶対に諦めずに……。
* * *
守人の里のすぐ側に位置する山の中。
「う、うう……」
目が覚めた。
「……………………生きてるのか……。
マインも……まだ纏ってる……」
回復した意識が、ぼんやりとするのも束の間――
「……っん……!?」
鼻が吹っ飛びそうになる程の強烈な刺激。
炭化水素や硫黄、更には血の匂い。
それらに焦げ臭さも加わり、煙まで流れてくる。
死ぬ覚悟で特攻をかけたアルシン。
運よく一命を取り留めてはいたが、ここまで飛ばされてしまっていた。
「っ、ひでぇ…………!」
周りを見ると、目を覆いたくなる光景が四方八方に広がっていた。
山を焼き尽くす炎。
悲鳴を上げて逃げ惑う動物達。
防弾服の散りカス。
機関代表の折れた愛刀。
オイルを垂らすだけの兵器の山。
焦土の中でススと灰を被って倒れる樹木。
五体満足でありながら転がるのは、
死屍累々。
(あ、アイツを……人殺しにさせちまった……!
おれは……守れなかった……!)
破壊と惨劇の只中で、まだ息を吸っている自分にとてつもない苛立ちと否定が募った。
「……ア、アアア……!
アアアア……アアアアアア!!」
喉から何度も呼吸を削ぐ慟哭が搾り出された。
「おれのやることなすこと、全て周りを不幸にしてしまう!!
全部おれのせいなんだ、おれが悪いんだ!
おれが馬鹿だから、後先考えていないから!」
こんなことを口にしても、状況が良くなることはない。
それが分かっていても――
「なぜおれはまだ生きている……なぜ生き残っているんだ!?
アア……アアアアア……!!」
「それはね、」
絶望に刺さる声。
「まだあなたに――」
晦冥に咲く花。
「やるべきことがあるってことだよ」
その色は――何ものにも染まっていない清廉な白……。
「それはわたしも同じ。
だからわたしはできることをやるの」
炎の上を滑らかに飛び回る、皎とした大きな花。
花びらから噴き出して降り注ぐ花粉が、下で燃え広がる炎を瞬く間に消火していき…………臭いが甘いに錬成。
焦土が草地に変換される。
(この声……この現象……!!)
死に生を送り戻して。
鼓動が止まっていた者達が、悉く蘇生された。
アルシンにもその花粉が浴びせられた。
途端に。全身の火傷も、肉体の疲労も、陥没した双眸も……これまで蓄積された損傷の全てが回復していく……。
「アルシンがこの人達を全力で守ってくれたから、わたしの力で回復できるの。
もし、この人達の体が消し炭にでもなっていたら……わたしの力では治せなかった……」
一瞬で浄化されて様変わりする命あふれる空間に、2つの影……。
「!!
な、なんで……」
「やっと……会えたね」
アルシンの前に立つのは――自身が生き返らせようとしたファムと、自身が殺したシノ。
死の世界にいた少女達は、生き返ってリエントに舞い戻った。
ファムがシノの辰砂で自分のマインを覚醒させて一足先に蘇生し、近くにいたシノの遺体も蘇生させたのである。
「……だけど細かいことは後で。
まずは、やるべきことをやろう。
アルシン」
ファムは死の世界にいた時とは違って、推定12歳程度の外見に、髪や右手の色と同じ白装束――花嫁の衣装を身に纏った麗しい少女となっていた。
ファムの肉体は、アルシンの現在地からそう遠くない位置にシノの遺体とともに隠されていた。それによって、2人は蘇生後すぐにここまで馳せ参じることができたのである。
「力を貸してください」
シノは、自分を殺した相手に躊躇いなく手を差し出した。
* * *
一方、
アアアアアアアアアアアアアアア!!
「お願い……私の声を聞いて……!
私を見て……!!」
(ベルウィンさん……)
悲痛な姿を見たドリアンは、クノバグの前に躍り出た。
「クノ君、ベルウィンさんが泣いている!
君の家族がここで待っているんだ!」
「え……クー君!?
このアンノウンが!?」
ようやく理解したミープは、目を見張り硬直。
折も折。
「――もういい、クノ!!」
ドリアンを超える大きな体。あらがうクノバグを押し倒した。
「お前の苦しみ……全て俺がもらってやる!
天啓……カタルシス!!」 【五大:空】
突如参入したピンチヒッター。
特攻服に身を包んだ逞しい肉体の男――ブウェイブ。
彼は間髪を容れずに、苦悶するクノバグの上半身をガッシリと抱きしめた。
「ウウウッ……!」
ブウェイブの口、耳、鼻、目から飛び散る膨大な鉄液。
空へと舞い上がり……地を固めていく。
「……、クノ……色々あったんだろうが……、
俺がかける言葉は……1つだけだ……」
噴き出す鉄の量が増加。
「今は……無理するんじゃねぇ……お前はしばらく休んでいろ!」
「そうだ、クノ君!
ここに君を暖かく迎えてくれる人が……人達がいる!
彼女や僕達の存在を感じるんだ!」
駆け出すドリアンの、言霊による援護射撃。
「クー君!
なんでそんなことになってるのかワタシには分からないけど……!
ベルちゃんは、キミのために命を懸けて来てくれたんだよ!」
ミープも即座に駆けつけて、想いを添える。
「クノくん……もう少し……もう少しだけでいいから、頑張って……!!」
9のドラゴンの合唱と、共鳴する全愛の音波が、3人の背中を押す。
……ア……アア……!
クノバグの動きが少しずつおとなしくなっていき、それに比例するようにブウェイブの感覚器官の機能が低下していく。
「しばらく見ない内に俺をここまで弱らせるとは……男子三日会わざればってやつか……!」
ブウェイブが倒れるのが先か、クノバグがクノに戻るのが先か……。




