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3章11話 「唄声と聲」




 賢者庁本部。



「十分な戦果だ、大きさも含めて」


 炎に包まれたその石に微かな(ほころ)びが生じたのを、モニターで観測していた者達は見逃さなかった。


 


「頼む、出番だ。

ここからは、君達の」


 ハンディー長官は、背後で構えていた観測士と、【ジョーカー】として呼んだ人物へと呼びかける。



「……は、はい……!」


「……僕の【人助け】で……僕を肯定してくれた()を助けます……」



 観測士クリアは、口元のネックウォーマーに手をかけた。


 その声をくぐもらせていたフィルターをスッと下ろして、深呼吸。



「…………ふぅ……っ、

ビッグマウス……!」 【五大:水】


 クリアの体内に含んでいた水分の蓄積量が増大し……口元へと一気に流れて膨張。


 これまでひた隠しにしていたクリアの口が、内部から押し出されて、その顔から剥がれ落ちていく……。



「セパレート」 【五大:土】


 剥がされたクリアの口が、まるで細胞分裂でもするかのように枝分かれしていき…………。



 やがて、1つしかないはずの口が、()()にまで増殖した。




「行きますよ……」


 宙を浮遊する10の口の内の1つが、隣に立っている少女――()()()()()へと向かい、彼女の耳元で動きを止めて囁いた。



「……はい……!!」


 ベルウィンは肩を震わせつつも、しっかりと頷いた。


 その勇ましさは、あらゆる障害や恐怖にも立ち向かうという覚悟を表していた。




「ソルフェジオ」 【五大:空】


 本部の密度が急激に増して圧迫。


 9の口が巨大化し、大顎を持つ【9つのドラゴンの頭部】へと変質。


 その内の1体が大口を開けて、小柄なベルウィンの体をすっぽりと飲み込んだ……が、その直後には、ドラゴン達は人間の唇サイズまで縮小した。




「さて、次は私の番か。

ワンド……!」 【五大:火】


 元々は前線で戦っていたというクリアだけでなく、ハンディーも隠していた爪を表に(さら)け出した。



 ハンディーの脳波とリンクしているタブレットから――あふれんばかりの白や赤、緑の発光現象。



「取り戻してくるのだ、彼の生きる世界を……」


 クローバーの飾りが先端に付いた、赤い杖のホログラムが液晶に浮かび上がる。


 ドラゴンの軍勢は、タブレットに発生した杖とオーロラに引き寄せられて――画面に表示された【守人の里のマップ】に吸い込まれていった……。




 本部でバグの観測や賢者の転送、全体の指揮などのサポートに徹する役割であるクリアとハンディー。


 ともに実戦向きではない天啓を用いるのと、その立場や裏方故に公にはしていないが…………()()()()()()()()()だった。



 クリアの用いる天啓コンボは――自らの口を分離・分裂の後に強力な生物へと変身させて、直接の戦闘や周囲の補助をするというもの。




 一方、長官であるハンディーの方は……。




「……う、ぐおおおあああああ!!」


 創造神(アイン・ソフ)の力を備えた賢者転送のタブレットを、無理矢理に一時的に機能拡大させる天啓。

普段転送している賢者達だけではなく、近くにある【それ以外のモノ】も転送可能になるのである。


 今回発動したワンドは、【賢者が発動した()()()()】をデータ変換して目的地に転送させる効果がある。

天啓でドラゴンに変身させたクリアの()()()を目標ポイントに転送させたのだ。



「うおおおおおああああああああ!!」


 だが、ハンディーの扱う天啓は全て――神の力を利用した代償として、発動する度に自分自身に何かしらの【犠牲】を与える禁断の技。


 天啓の反動を抑えたとしても防ぐことができない故に、滅多に使うことはない。しかし、過去の何度もの発動で、既にその身は取り返しのつかない多大な症状に(むしば)まれていたのだった……。



「…………長官……」


 分けた口の内の1つだけを残して佇むクリアの耳に――


 ギリギリギリギリ……。


 左手の中指が歪に湾曲していく痛ましい光景と、鳥肌が立つ鈍い音が刻まれていく……。




(……はっ、前は嗅覚……その前は足だったが……。

コレを打つ指までも持っていくか、とうとう……。

しかし、いつまでも無くしてくれないな、痛覚は)


 自重気味に嗤うハンディー。


 その視線の先に映る左手の指は、もはや4本しか存在していなかった……。



* * *




「「「ゴォォォォォォ……!!」」」



 無数の唸り声が、空に轟いた。




「――ッ、来たか!」


「お願いね!

(何するのか知らないけど)」


 それを確認したドリアンとミープは、一斉に飛び退く。



 これまで駆けつけた者達の仕事は、これからの()()()()()こと。


 ハンディーは全員に、アンノウンを殺さないようにと指示を出していたが、その正体は動揺や混乱を避けるために伏せていた(ドリアンはすぐに気づいたが)。



 ハンディーは、賢者庁を抜け出した()()()()を監視していたのだ。


 脳波信号を応用させて作った彼の通信障壁は、つい数時間前に突破することに成功。



 だからこそ、この事態に即応して北の大地に賢者達を送り込めていた。


 実はそもそもの話――ハンディーは【彼か彼女、あるいはその両方がいずれは()()()()】と、前もってクリアと2人で見越していたのである。





 守人の里に出現した9体の小さなドラゴンの群れは――ドリアンとミープが空けた、辰砂(しんしゃ)の穴の中に入り込んでいく……。




* * *


 

 (あか)で満たされたチカチカの中に点在する、9体のドラゴン。


 彼ら? は、中心部と思われる地点でサークルを組み、



「「「…………ッッ!!」」」


 各々が口を大きく開け、一斉に合唱の開始。




 ドラゴンの1体の中に入っていたベルウィンは飛び出し、



「――クノくーーーーーん!!」

 


 ドラゴンの大きさに合わせて更に小さくされている彼女は、胸の中で5年間醸成(じょうせい)させ続けた(アイ)の愛を解き放った。


「…………」


 彼女の発声に合わせて、黒のドラゴンが低音で【安定】の裏メロを放つ。




「私のことが分かる?

ベルウィンだよ!!」


「…………!!」


 その声は耳のないアンノウン――クノバグではなく、その中に刻まれている辰砂に届けられた。


 続いて、白いドラゴンが音階を上げて、安定の彩りを【促進】させた。




「シノちゃんが亡くなったって聞かされて……。

私は……その言葉をどう受け止めればいいのか分からなくて……胸が痛くて痛くて堪らなくて……」


「……コエ……」


 赤いドラゴンが発する、感情に働きかけて【解放】を促す合いの手によって朦朧と目覚めたのは――宿主であるクノをアンノウン化させた後の辰砂の意思。




「それから、シノちゃんを取り戻すってクノくんは出ていっちゃって……。

平静を保つのがやっとで、心の中が何度もぐちゃぐちゃになって……気が休まるわけもなくて……」

 

 彼女の瞳にどんどん溜まっていく、青く光る雫。


「オンナノコエガ……オレサマニ……」


 クノをバグにさせた原因に【変容】をもたらしていくのは、ベルウィンの訴えに重ねる、オレンジ色のドラゴンの(かなで)




「そしたら、今度はクノくんが……バ、バグになったって……。

な、なんで……いつも、クノくんも、シノちゃんも苦しい思いばかり……」


「……ウッ……!?」


 黄色のドラゴンの澄んだ波長。

辰砂に紅い振幅。クノバグの細胞内のDNAに、陽光のように暖かい【癒し】の波が流れて……。




「……ぐすんっ、でも大丈夫!

クノくんは元に戻れるよ……!

体も、心も……!」


 ベルウィンは決意と力を込めた足で一歩踏み出して、両手を震わせ、大きく息を吸った。


「……サッキカラナッテイル……コノハチョウ……。

オンテイガ、ジョジョニアガッテ……」


 石と人間。

決定的に混ざり合わないはずの両極が統合。【調和】を司る緑のドラゴンの音波の効能。




「私は……長官にクノくんを助けるための力を貸してほしいって言われた!

でも、私がここに来たのは――長官に言われたからじゃない!

私自身の意思なの……!」


「マサカ、コノセンリツ……!?」


 ベルウィンの選択は――上からの命令への従事ではなく、自分の気持ちに委ねる【自由】。彼女が立ち向かう対話の道を助力する、青のドラゴンの透明感ある唄声。




「私はずっと、クノくんとシノちゃんの帰る場所になりたかった……!

クノくんがシノちゃんを連れて帰って来るのも、待ちたかった……!

だけど!

今のままだと2人は、もう手の届かない所まで遠く離れていっちゃう……。

だから私……決めたの!」


「カワッテイク……!?

オレサマガ!?」


 ベルウィンが決断した選択に、藍色のドラゴンの唄が相乗。辰砂は自分に生じている変化を【直感】する。

その感覚は、己が持つ真理把握の力ではなかった。




「クノくんがシノちゃんを迎えに行くのなら――私も行く!

2人が帰りたい時にすぐに帰って来れるように、いつも一緒の場所にいたい!

私はあなた達の家族だから……!!

2人がいつも必死に戦ってるのに、私は待ってるだけなのは、もう嫌だって分かった!!

どんなに自分にできることを色々やっても、現場に立たない私には2人の苦しみの穴も埋めてあげられないからッ!!

やり直そう、何度でも……!!」


 その息吹は、どこまでも純真で無垢な希望を乗せる。


 紡いだ合唱のフィナーレを飾るのは、紫のドラゴンが放つ【活性】の高音。




「ヒロガッテイク……コノオンナノ、イシニ……。

スベテガ……」


 ベルウィンと繋がった辰砂の意識が、クノバグの脳へと伝わっていく……。




 5年前から、ベルウィンはクノに寄り添って彼の心を温める特異的な癒しの声を持っていた。


 そして――ドラゴンの口が発する9つの音は、負の感情に苛まれた精神を回復させる様々なリラクゼーション効果が隠されている。

それは、神霊へも繋がる古代の周波数。



 クノを呼ぶベルウィンの声を古代の音階に乗せながら辰砂に響かせ、その内部を彼女の存在で満たすことで、クノ本来の自我を呼び戻す。


 成功すれば、【万物を完全に変える辰砂】は、【目覚めたクノの自我を完全に表層化】させられるはず……。



「…………!!」



 皆の頑張りが宇宙(そら)へと木霊(こだま)したその時――次元を超えた覚醒と革命が巻き起こった……。


 

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