3章9話 「リンケージ」
黒煙と土煙りが明けて……。
〔………………〕
アンノウンは仰向けで倒れていた。
瞳も耳も鼻も口も持ち合わせていない顔が向く先は、無限に世界の果てまで広がる宇宙。
殺風景な林の節々に、蒼く煌めく火と、緋色の点滅の残滓。
〔…………〕
アンノウンはおもむろに起き上がる。
「冥蝶!」 【五行:火】
突如、静寂に切り替わった里に、ひらひらと舞う羽ばたきが乱入。海色の蝶の軍団がアンノウンの前に押し寄せてくる。
〔!?〕
蝶達は、アンノウンの周りを何度も旋回して撹乱。冥府へ誘う忌火の鱗粉を撒いていく。
「今のうちに!」
蝶は10歳前後の新人賢者――レヌンに変化した。
彼の言葉を合図に、
「よくやった!
後は我々に任せろ!」
次々と空から舞い降りてくる――転送されてきた賢者達。
「アンノウンめ……!
天啓、天落!」 【五行:土】
眼鏡をかけた男性が両腕を振り下ろす。
冥府の炎で作った陣を中心にして、範囲と対象を限定する重力波が発生。
〔……!?!?!!〕
アンノウンの体は、上から転落してくる重力波に押され、潰され、圧縮されていく……。
「プレゼント・フォー・ユー!
絢嵐!」 【五行:金】
金髪縦ロールのお嬢様が繰り出す、空中からの雨のようなチェーンパンチ。
拳から出現した紅玉、蒼玉、翠玉、黄玉、玻璃、珊瑚――豪華絢爛な宝石が真下の標的へと降り注ぐ。
「ふふふ……怨まないでね……。
幽海……」 【五行:水】
目元が前髪で隠れた、おかっぱ頭の少女。
彼女が怨念と邪気を撒き散らしながらゆらゆらと不気味に特攻する様は、さながら幽霊船の航海。
光の陽の光景が一転して、闇の陰となった。
「行きます!
桜葉!」 【五行:木】
再び陽の弾幕。
そばかすがチャームポイントの、あどけない赤毛の少女。
彼女の指先から放たれたのは、花吹雪による援護。
〔……!?!?!〕
アンノウンの頭上は、昼の空に燦然と輝く星々に、宝石の山。風情という花を添えて、美麗に乱舞する青い蝶に桜の葉。
空は人の叡智が創りあげた、神秘的なイリュージョン。
反面、足元は呪いの手と人魂がうごめいて、霊界へと誘う海域と化していた。
…………賢者達の猛攻はまだ止まらない。
「オラオラ、くらえや!!
ヘルボール!!」 【五大:火】
大柄……というよりも、横綱体型で凄まじい声量の男の手に、マナが宿る灼熱のボール。
圧倒的な体重と筋肉が上乗せされた、ド迫力の魔球ストレート!
「おいらも行くっすよ!
ハンドレッド!」 【五大:風】
レヌンと同期のウォーク。
百獣の王に変身し、風を切って突撃。
4m代の体高まで圧縮されたアンノウンの胴体を連続で引っかき、ダイブした首元にも噛みつき連打!
「ハッハッハッ!
ルネス!!」 【五大:水】
海賊帽を被った、豪快そうな面構えの中年男性。
拳からおぞましいドクロの気が飛び出し、アンノウンの全身を陵辱。
途端に発生する、空を覆い尽くす船幽霊の集団。
「…………シュリット……」 【五大:土】
物静かな青年の、土を踏みしめた謎の舞。
青年の挙動が足跡のオーラとして具現化。大地を伝って、アンノウンをバインド。
〔??!!〕
「ソロモン」 【五大:空】
ラスト――老齢の域に差しかかったベテラン賢者の女性が、人差し指を上空に突き出した。
「おいたが過ぎる悪い子は、宇宙の力で思いっきり懲らしめてあげる……!」
〔!?!?〕
動きを止められていたアンノウンの姿が――周辺に漂う宝石やドクロごと消失……。
〔…………!!!!!!〕
地上に再臨したアンノウン。
これまで繋げられた天啓が生んだ物質。
宇宙の高位エネルギー【エーテル】と【プネウマ】の本流。
それらを大量に浴びせられたアンノウンは、一気に大ダメージを受けていく。
そう。短時間ではあったが――アンノウンはリエントから放逐されたのだった。
そして――アンノウンを現世から駆逐する10の天啓。
錬金術師ルードゥスが新たに開発したばかりの天啓の新システム――【リンケージ】。
天啓の関係による5コンボを、1人ではなく5人で一つ一つに分担してサイクル通りに発動していく。
そうすることで、賢者達の脳波が共鳴。その相乗効果から、上限を突破したエネルギー数値を引き出せる仕組み。
たとえ一人一人が、関係を習得していない天啓初心者や、単純に実力の低い者達だったとしても。
5人いれば、マスター賢者単独以上の攻撃性能にまで到達できるロマンの連携システム。
現在の状況は、五行を用いる相生の関係と、五大元素を使ったプラトンの関係のダブルリンケージが、最大までヒット。アンノウンの体力は真っ赤っか。
圧縮天啓の力に、高濃度のオドとマナでの連鎖。
アンノウンは、圧縮・自壊・浄化の3効果により、2.5m程度にまで落ちぶれていた。
〔…………〕
「!?」
その場にいた全員が警戒態勢。
〔!!!〕
アンノウンの体が、突然緋色に発光して点滅。
「周りが見えん……!」
「何かしてくる、一度後退を!!」
「下手に動くと返って危ないわ」
壮絶な眩い暖色に目をやられて、狼狽える賢者達。
〔…………〕
今回のアンノウンは、相当の耐久力とカウンター能力を誇る人間を基にして進化した存在。
故に、これくらいの猛攻――ピンチでも何でもなかった。
「各員、ここは防御態勢を――」
〔!!!!!!!〕
………………………………………………………………………。
全員の視界がオレンジに染まった……。
* * *
「ぎぎぎゃきゃぎゃぎゃあああああぁぁぁぁ…………!!」
耳をつんざく女性の断末魔が走った。
この世のものとは思えない程の、惨たらしい痙攣を帯びた裂帛。
アンノウンが放った視界遮断の光は、やはり反撃の閃光。
里一帯を吹き飛ばし、カタストロフを引き起こすレベルのエネルギーだった。
しかし――酸鼻極まるであろう目視できない光景の中に、
「閃流」 【五行:水】
冷静で端整な、それでもよく通る声が混入。
盲の外で繰り出されたのは、瀑流のようにダイナミックに、飛び込みのようにエレガントに降下してきた――光速の衝撃。
「絶漲刃」 【五行:木】
広範囲を制する長大な物質が、大気を支配するオレンジをかき消していく……。
「伝煌切華」 【五行:火】
縦横無尽の残像が高機動に、アクロバットに数百にも飛び交い、オレンジアウトの中を駆け抜けて――
* * *
(はぁ、はぁ、……くっ…………。
どうにか防ぎきった……)
僅かな時間で辺りの光景は、何事もなかったかのような晴れ渡る空に一転。
賢者達の視界も元に戻っていた。
「皆さん、お怪我はないですか?」
爽やかな表情と声色。
駆けつけてきた救世主は、素早く息を整えながら全員を見渡した。
「は、はい……!
私達は全員なんとも……!」
「そうですか、皆さんがご無事でよかった。
務めを果たせて光栄です……」
金に限りなく近い茶髪に、赤い右目。
見目麗しい容姿の長身の青年が、頬を赤らめている金髪のお嬢様へ屈託なく微笑んだ。
(ズキューン♡♡)
撃ち抜かれたお嬢様のハート。
「マスター賢者の1人。
隻眼の剣士――ドリアン……。
アンノウンが放った広大なエネルギー体を、全て斬り裂くなんて……カッコいい……」
「うん、初めて会ったけどクールで素敵……♡」
おかっぱ少女も、そばかす少女のハートも、息をするように自然と揺れ動いた。
女性陣を骨抜きにする眉目秀麗なヒーローの登場。
ドリアンの顔の左半分は、【銀色の仮面】で隠されていた。どう見ても怪しさ満点であるのだが、それすらも助けられた女性陣には好評のようだった。
……しかし、先程の誰かの悲痛な断末魔に反して、この場にいる女性陣にはどういうわけか怪我の1つもなかった。
「一番槍も、忘れてもらっちゃ困るよ!」
〔……!?〕
アンノウンの上半身を貫通し、背後の岩肌に、鍼のように打ち込まれる刃の束。
直後――しなやかに宙を舞って降り立つ、いちご色のツインテール、キラ目と八重歯が特徴の少女。
「真打ち登場☆
マスター賢者のミープ!」
ウインクをして、天真爛漫にVサイン。
「マスター賢者が2人……」
「アンノウン……それだけ強力なのか……!」
「俺らがしっかりしてれば、マスターはんらの手も煩わせんのに……情けないわ……」
「今は反省会してる場合じゃないわ。
彼らと力を合わせて、アンノウンを倒すのよ」
ミープ参戦に対しての各々の反応。
(え〜〜〜、リーさんと違って、ワタシの容姿や勇姿は褒めてくれないのぉぉ……。
……がっくし……)
ミープはげんなりと肩を落とす。
「ミープ、さっきは助かった。
ありがとう、そしてすまない……」
ドリアンはそんな彼女にスッと近寄って、肩をポンポン。
「……リーさん……」
「……ドリアンだ……」
相変わらず名前で呼ばないミープを柔らかく咎めて、周りの賢者達に、
「ここは我々に任せて、住民達の警護に回ってください」
「……しかし――」
「大丈夫!
ワタシ達、最強だから☆」
リーダー格の眼鏡の男性が意を唱えるのを遮って、ミープのニカっと白い歯を晒した満面の笑顔。
「申し訳ありませんが……【長官の作戦】では、ここからは僕と彼女のターン……だそうなので」
「そゆこと!
ミナさんの気持ちも、覚悟も全部ブレンドして頑張るから、心配ご無用っ☆
まっかせといて!」
…………やがて、
「…………承知致しました……。
我々の思い……託します!」
「お願いしますね」
眼鏡の男性と老齢の女性が他の者達をまとめ、素早く後退していく。
「ああ……ドリアン様〜〜〜!」
「もう少しお側に〜〜!」
……なんて言っている女性賢者達もいたが……。




