3章2話 「アルシンの事情」
「……5年前。
あの赤髪の小僧は、ハウモニに現れたバグどもに襲われ、白髪の小娘とともに死亡した。
小僧と小娘の骸は、奇跡的に五体満足で【異次元空間】を彷徨っていたようだ」
頭が冷えたのか、殺気が減退したエクラシーは、息子が必要としている彼の詳しい事情を(一応)語っていく。
「【死の世界】……死んだ人間の魂が行き着く世界。
天国も地獄も内包する無限の世界……。
骸から抜け落ちた奴らの魂の方は、やがてそこに行き着いた……」
「異次元空間……バグが現れる場所……。
それに、死の世界…………」
いきなり、到底信じられそうもない突拍子もない話になっている。
それでも――死んだはずの人間が生き返っている以上、目の前のことを受け止めるしかない。
「その世界で、奴らは【賢者の石】を手にした。
小僧の賢者の石の能力は――【毒】。
小娘の方は――【霊薬】。
小娘の賢者の石の力で、小僧の魂は現世に蘇生されることとなった。
だが小娘はそこで力を使い果たし、奴の魂に宿っていた賢者の石が欠損。
よって、小娘のみが死の世界に取り残されることとなった。
小娘は賢者の石を失くしたことで、自身の魂を現世に蘇生させることができなくなったのだ」
賢者の石――辰砂によるマインの力を得ていたのは、もう1人いた。
エクラシーの話が本当ならば、アルシンは彼女が手に入れたマイン能力のおかげで、運よくこの世に再誕することができたということらしい。
(それでは恐らく、【ファムさんのマイン能力以外の手段では、死亡した人間の蘇生はできない】……)
クノの第一の目的。可能であるならばシノを復活させること。
そのために必要なピースは存在した。後はそのピースを手にしてしまえば目的は達成できる。
「異次元空間を彷徨った果てに現世に再誕した小僧どもは、ここの裏庭に流れ着いた。
私はそれを見つけて拾った。
小僧は捨て犬のように無様な姿になって、魂亡き故に眠り続ける小娘を泣きながら抱き抱えていた。
奴らが来たのは、【ハウモニにバグが出たその日】だったな。
小僧は私を警戒して容易に口を割らなかったが、私は奴が一度死亡した人間だと見抜いた。
私がカマをかけてみると、小僧は先の経緯と、自分を蘇らせてくれた小娘を救いたいと話し始めた。
小僧の話を聞いた私は、奴を強化して、【リエントをバグから救うために現世に再誕した英雄】を作り上げることに決めたのだ。
リエントに轟く永遠の英雄譚――市民は皆が心の深淵で、己の不安を払い飛ばす超常の第三者を必要としているのだからな……。
ひと月前のルドメイでの貴様の活躍――アレから世間も、この里の者どもも、貴様の事を超常の英雄と持てはやしているだろう?
そういうことなのだ、世の中には英雄の存在が絶対不可欠!」
「要するに――あなたは己の野望のために、アルシンさんとファムさんの死と事情を、何年も秘匿して利用していたということですね。
それは――罪なのでは……?」
自分の求める理想を、さも至上の正義のように恍惚と語るエクラシーに、クノは軽蔑の目を向ける。……が、彼は意に介さずに、平然と続けた。
「……クク。
強くなることを望んだのは、あの小僧自身だ。
【賢者の石の力をモノにする】と言ってな。
賢者の石を体得すれば、小娘を救う方法を見つけられるとでも考えたんだろうよ。
実に短絡的なものだ……愉快!
所詮は餓鬼よ!」
「でも、裏切られたんですよね?」
「…………フッ、5年経っても目的を達成できないことに業を煮やしたようだ……餓鬼だからな。
ひと月前……貴様が世間から持ち上げられ始めたと同時期。
あの餓鬼は、ここで保管していた小娘の骸を持ち出して逃亡した」
クノが煽ると、エクラシーはほんの一瞬だけ、気炎に満ちた怒髪衝天に逆立った。……しかし今のエクラシーの発言……前半は自分のことを見事に棚上げしている。
「思えば、眠り続けている小娘は死人。
ゆくゆくはその肉体は腐っていくはず……。
しかし、欠損した賢者の石の一部が肉体にも宿っていたようだ。
霊薬で体の腐敗が防止され、更には身体機能の成長促進も時間の流れ通りに行われていたのだよ……ククク……」
――つまり、ファムの遺体は綺麗なままで、今のクノと同じくらいの歳の外見をしていることになる。
「……5年前、バグに襲われたハウモニシティの現場……。
アルシンさんとファムさんは、遺体も残っていない酸鼻な状態だった……。
あなたの話が真実なら……お二人の遺体が現場になかったのは、五体満足の肉体が異次元空間に移動したから……。
そして、彼らはその日のうちにこの機関にたどり着いた……。
ですが、アウェイ村にはお二人のお墓があり、彼らの遺骨や遺灰がその中に納められているはず……。
遺体は残っていなくとも、遺骨や遺灰は現場にはあったということです。
お墓に入っているそれらは……五体満足で亡くなったお二人のモノで……本当に間違いはないんですか?」
クノが先程からずっと気になっていた矛盾と疑問。
「馬鹿め。
それらも現場には残っていなかったに決まっているだろう。
五体満足なのだからな。
バグに襲撃された壮絶な現場に、村から失踪した餓鬼どもの身分証明書が落ちていた……。
そこから1週間以上経過していても、奴らは見つからなかった。
それで政府は判断したんだろうよ、現場であの餓鬼どもが【死亡】したと。
判断材料もそれだけで十分だったはずだ……あそこには餓鬼どもの他にも、死傷者が大量に出ているのだからな。
いつまでも時間を費やしていられなかったはずだ、高が餓鬼2人組の捜索などに……クク」
「…………それでは彼らのお墓には……始めから何も入っていなかったのですか……?」
「何度も言わせるな、しつこいぞ。
貴様は探偵ごっこをするためにここに来たのか?」
エクラシーの話が何か腑に落ちなかった。
しかし、こちらが感じた矛盾点と疑問に対する解答には一応はなっている。これ以上食い下がっても答えは同じだろう。
「………………では、次。
あなたはぼくがここに来ると分かっていたようですが、それは何故ですか?」
「政府には機関と繋がりを持つ者もいる。
そいつから連絡を受け取ったからだ。
先日、あの餓鬼に襲撃された貴様は無様に敗北……その後、賢者庁から脱走したとな。
貴様なら、餓鬼がここで訓練を受けていたことに気づくだろうと思っていた」
先程からも依然としてそうだったが、この期に及んでも彼は……。
「――どうして、さっきからシノの話をしないんですか?
分かっているんですよね、彼女の身に何があったのかが?」
「奴の毒を吸引して無様に死んだのだろう?
それで貴様は、死亡した妹を救うために私の前にきた。
あの餓鬼と同じだな、因果なものよ」
エクラシーは顔色一つ変えなかった。それどころか、シンダーに持ってきてもらった新たな紅茶に口を付けている。
「……あなたはシノに対して言うことがないのですか?
亡くなったんですよ、自分の娘が。
他人事じゃないんですよ」
「……貴様に一般教養を教える者の人選を誤ったようだ。
【偽善者に育てろ】とは、命じなかったのだがな」
論点をズラす心外な返答に、クノの自尊心は侵害された。
(…………せめてお世辞でも……情を見せてほしかった……。
ぼく達の父親は…………地の底まで堕ちている)
一抹の望みと、淡い期待が容易く挫かれていく。
「いやいやそんなご冗談を!
私が育てたことによって、彼はこのように頭脳明晰で冷静沈着な優等生にできあがったのですよ!
その私の功績を、代表は全てひっくり返すおつもりですか!?」
エクラシーの発言に、シンダーも心外だったのか異を唱えている。とはいえ、その細い目は笑っており、彼の方が冗談を言ってふざけているように見える。
父親だけでなく、教育係も同列。
ここは、終わっている者だけが集う場所。
賢者になってから5年後のここは、以前よりも息苦しさを感じた。
クノは改めて思った。
ここは――自分とシノの居場所ではない……と。
「………………もう分かりました。
後は本人から直接伺います。
貴重な情報ありがとうございました……」
懇切丁寧に頭を下げて。
そばにあった電話台に情報料を置いて。
クノは荒れた応接室から出て行こうと歩き出す。
「待て」
背中に、重たく、それでいて愉快そうな歪んだ声がぶつけられた。
「あの餓鬼がどこにいるのか、貴様には分かるのか?」
「…………知りませんよ。
ですが、アルシンさんはぼくのことを狙ってくるのは確実。
ぼくが行く先に現れるはずです」
扉に手をかけて、振り返りもせずに。ついでに、傍らのシンダーに威圧の視線を送る。
「奴は――【タイムリミットが迫っている】と言っていたのだろう?
賢者庁脱走の際に、貴様が置き手紙に書いたそうじゃないか」
「それが何か?」
「ククク……やはりか。
死者の日、あるいはハロウィン……枉死城……。
奴のこれからの行動は読めているぞ」
「?」
「奴は今日、もしくは明日……ここに来る。
必ずな」
「根拠は?」
「あの餓鬼も読んでいるだろうからな。
【貴様がここに来る】ことを……私が読んでいたように」
「…………」
クノは蒼く凍てついた右目だけをエクラシーに向けた。
「奴が来るまでの期間――機関においてやる。
(ダジャレではないぞ)
政府に引き渡すなどのマネはしない。
ここで奴が来るのを待て」




