3章1話 「D機関」
左手に牧場が見える長い田舎道。
外敵ホイホイが仕掛けられた収穫時期が間もない畑。
老朽化している様子なく立派に構える木製の住居。
小さな鳥居備わる禍々しい朱の神社。
公園に併設された集会所。
しばらくして、戦車やヘリなどの物騒な兵器に囲まれた工業地帯。
むせ返る排気ガスと石油の匂い。
ここは、【守人の里】。
リエント北部に位置する武器と要塞の地。北部のあらゆる災害に対する防衛の要。
(雪がないこと以外は……ここを連れ出された時に初めて見た光景と、同じ……)
クノは物憂げな表情で5年ぶりの故郷を振り返っていた。
視線の先には、何層にも厳重に構築された黒の巨塔――【D機関】が天高くまで聳えている。
《なぁ、君もしかして――あの英雄の……》
《おい、あそこにいるのってまさか――》
《マスター賢者のクノ君じゃない!?》
《サインもらえるかな?》
《きゃ~!!
クノ君だ!》
《本物はかわいい!!》
この4日間、知らない民間人数人に声をかけられたが、里を歩いていた先程は特に声援が凄まじく、羨望の眼差しも集中砲火していた。
それは、世間で英雄扱いされているクノが、この里に設立されている機関の出身だからという理由に他ならない。
「…………分かってないんだな、皆さんは。
ぼくがいた目の前の施設が、そんなに誇れる素晴らしいモノじゃないことを……」
ゴゴゴゴゴ…………!
やがて、広大で堅牢な金剛の門がゆっくりと開かれた。
「…………」
「貴様とは、もう会うことはないと思っていたのだがな……」
田舎そばを思わせる落ち着いた色合いの着物。
乱れたきつね色の長髪。
190cm弱の中年男性が、腕を組んだ姿勢でこちらに目を光らせていた。その眼光は獣のように鋭く、人間とは思えない程に冷たい気を放出していた。
「よく言いますよ、ぼくの来訪を察知していたくせに……。
そうでしょう、リエント北部独立防衛機関代表――エクラシー殿?」
様々な感情を込めた慇懃無礼の声音で、D機関の当主であり、【実の父親】であるエクラシーに投げかける。
彼は――自身と妹をいつだって例外なくゴミのように扱っていた男だ。
「……フッ。
中央の政府から、私が推薦した貴様の活動経過は受け取っていた。
マスター賢者の称号を獲得し、多くの凶悪なバグを倒していたそうだな。
特に小僧、貴様は今やリエント中の英雄ではないか……クク、名誉なことだ」
(貴様……。
貴様らではなく、貴様か…………)
「それはそうと……私の配慮はいかがだったかな?
賢者になった当初――貴様が栄光を独占できるように、他の賢者が任務で同伴することがないようにしてやったのだが――」
「御託はもう結構。
あなたには聞きたいことがありますので、とっとと本題に入らせていただきます」
近くにいても話していても嫌悪感を抱く人物はこれまでにもいた。
だが、彼に対してはそんな次元では表せない、筆舌に尽くし難い感情をかき立てられていく。
「まぁ待て、話なら茶でもしながらどうだ?
感動の再会なのだからな……クク……」
これ見よがしに大きく開かれた口の中に並ぶ金の歯が、妖しげな光を放った……。
* * *
「……」
「……」
中心に設置された向かい合う長いソファには、クノとエクラシーが一触即発で座っていた。
(ふふ、やっぱり面白いな……あいつら)
扉の横に立つ秘書のシンダーは、遠巻きにその歪な親子を眺めている。
不思議と心にゆとりを感じさせる芳香の煙が、アンティークな雰囲気の広々とした応接室にたなびく。
「案ずるな。
毒などは入っていない」
ティーカップに注がれた紅茶に手を付けようとしないクノに、小馬鹿にするかのようなエクラシーの態度。
「分かってますよ、ただ飲みたくないだけです」
こちらに対して殺意があるのならば、毒を盛るよりも先に問答無用で殺そうとしてくるだろう。
腰に携えた長剣で斬る。懐に忍ばせた銃を発砲するなど、方法は様々。この男はそういう男だ。
「単刀直入に言います」
こちらから話を進めないと、はぐらかして煙に巻こうとしてくるだろう。この男はry。
「あなたは、亡くなったと報道されたアルシンさんを匿って、今日まで育ててきましたね」
「何故そう思う」
全く動じる様子もなく質問で返答してきた。
「先日、アルシンさんと戦いましたが…………彼は腕を巨大化させて伸ばす攻撃を使っていました。
あれは、恐らくは天啓とは別系統のもの――【源躍流武術】。
ぼくは機関にいた頃にも、賢者に捨てられた時にも見たことがある。
あなたも同じような技を持っている」
「ほぅ……、で?」
「それに……ぼくの攻撃に彼は耐えて、すぐにカウンターに転じてきた……。
一般的な武術指導を受けたくらいでは不可能です、ましてやあの年の少年には。
あなたが、アルシンさんに技や戦い方を仕込んだのではないかと推測した時――あなたにはそうする【理由】があることに気がつきました」
クノの目に、一瞬の閃光。
「世間的に死亡扱いされた人間を密かに拾い、強い存在へと育成する。
そして、頃合いを見てバグとの戦いに投入する。
そうすることで、死亡者を独自に救って英雄に育て上げたという功績が手に入る。
あなたという人はそういう人で、D機関という場所はそういう場所です」
エクラシーはおもむろに、密着させた大きな両手を門にして、醜悪なその面を覆った。
「…………クク……クククク…………」
「!」
背筋をゾッと粟立たせる絶対零度。
凍てつく吐息が、面前の遮られた門の隙間から吹き付けてくる。
「…………」
クノは心の中のざわつく感情や鼓動を静に整える。
「…………何年経過しても、一向にバグを滅ぼす気配のない貴様には……失望の極みだった……。
この世に生を与え、7年も育てて教育し、強くしてやったというのに……。
アンノウン……マスター賢者……そのような過程の戯れなどはどうでもいいのだ。
バグを完全にリエントから駆逐するという結果こそに意味があるものを……」
相変わらず顔を覆ったままの状態で吐露してきたエクラシーの本音は、どこまでも被害者意識にあふれていた。
「……生粋の親不孝な貴様よりも、あの小僧は私に従順で、神の如き高みを貪欲に見据える飢えた目をしていた……!
奴は最高の英雄にふさわしい素材だった……!」
「……つまり――内容はどうあれ、ぼくの推測は当たっていた……ということでいいんですね……?」
しかし、だったということは……。
「5年前になるか、あの小僧を拾ったのは。
奴は死亡した好きな女を復活させるためだけに修行を重ね……賢者の石の力を、5年かけてものにした……」
「!」
更なる核心に近づく言葉を聞けた。
(アルシンさんは……ファムさんを生き返らせるために、ここで5年以上訓練させられていた……。
そして、マインの力を身につけた……)
ならば、アルシンが生き返ったのは、命日からそこまで日が経っていない時ということになる。この男と機関の人間はずっとそれを隠して、アルシンを死者という扱いにしていたのか。
(……待てよ……)
思考中に挟まれた振動波。
「……だが所詮は奴も、有象無象のつまらん人間どもと変わらんゴミに過ぎなかった!!
散々尽くしてやったというのに、裏切りの背徳行為を働くとは……!!」
憎悪に満ちた震え声。彼は今、どんな血相をしているのだろう……。
「!?」
出し抜けに門が開かれた。
飛び出してきたのは、人を超えた狂気のナニカ。
ガシャアアアン!
割れて宙を舞うプラスチックの破片と、無慈悲に飛散する紅茶。
向かい合う両方のソファが転倒。ソファは衝撃で部屋の両端の壁へと吹き飛ばされた後、木っ端微塵に破裂した。
「……ぐっ……!」
「これ以上……恩を仇で返されるのを繰り返されては、堪ったものではない……」
床に倒されたクノの首に伸びる、大きくて太い右手。
本当の血走った目というのはこういうものなのだろうか。
焦点の合わない双眸と、わなわなと全身を震わせる中年男性の顔面蒼白の姿が、クノの視界全体に迫っていた。
「飛んで火に入る秋の枯葉……!
こうなれば、のこのこと戻ってきた貴様を飼い犬にして、私の夢の通りに動かすまで……!」
首を締め付けるその手の力が増幅。
狭窄する気道。呼吸が遮断される。
(何年経っても、この人は変わらない)
……そして、クノの【心】も遮断された。
「……おっ!」
クノの首が僅かに振動。
エクラシーは遥か真上、天外へと放り出された。
(一回は一回……)
シンダーはクノが放った首投げに驚いたものの、駆け寄ったり他の人間を呼んだりするなどの対応は何もせずに、ただ眺めているだけ。
実の親子なのか疑わしい両者の喧嘩? は第2ラウンドを迎えた。
「図に乗るなッ!」
クノの額に、素手による切り傷のような大きな斜め線。
「!!」
エクラシーの左頬に、抉れるように重く硬い拳。
「ぬっ!」
吹き飛ばされたエクラシーは空中で一回転、床をバウンドして着地。
「――ッ、」
対して、クノは床に手を突いてうずくまった。
「……スティールステップ……」
ほぼ同時のタイミングで繰り出された徒手空拳の果てに、エクラシーは呟いた。
相手にこちらの攻撃が届かない位置で構えておきながら、後ろ足の僅かな動作で体の重心を密かに前に移動させておく。その予備動作だけで、相手に悟られないように間合いを縮めて虚を衝くことができる技――それがスティールステップ。
そして、エクラシーは自分の異変に気がついた。
「――フ、文字通りのスティールだな、小僧。
やってくれる」
「あの時のような不意打ちは、御免ですからね」
うずくまっていたクノは、不敵にエクラシーを見上げた。
エクラシーが腰に携えていた長剣と忍ばせていた拳銃が、クノの背後に手品のように移動していたのである。
「――さて、エクラシー代表……話はまだ終わっていませんよ?」
相手の戦力を盗んだクノは、悠然と口を開いた。




