3章プロローグ 「星の行き先」
遅くなりましたが、第3章始まりました。
第2章と同じくらいの話数になるかと思います。
毎日の投稿はできませんが、よろしくお願い致します!
10月29日。
まだ日の出も起きていない暗がりの空。
起きているのは近隣の森を住み家にしているリスや猿、野鳥などの動物のみ。
「……ふぅ」
……と、人間が1人。
「……朝の鍛錬はこれくらいにしよう」
その青年は、早朝に里の外れに広がる自然を駆け抜けながら、トレーニングに励むのが日課だった。
「俺もいつか……あんな風に」
始めたのは、ひと月前。体を動かすことなどそれまでは無縁だったが、あるニュースに触発されて行動を始めることとなった。
それは――
「??」
突如、静寂に包まれている空間に違和感なく挿入された、一切の物音が抑えられた風の波動。
次元が裂けて、虚空が割れて、
〔……〕
〔……〕
〔……〕
目の前に現れたのは――黒の人影集団。全部で20体程度。
「……なっ……マジかよ!?」
この星を脅かそうとする忌まわしき集団――バグだった。
(こんな場所に……出てくるなんて!
面と向かって見るのは初めてだ!)
振り向いてみると、後方もバグのバリケード。
どこにも逃げ場がない。バグのセンサーから逃れられそうな物陰もない。
「……だったらちょうどいい。
修行の成果、試してみるか」
バグと戦うには強い力がいる。
一般人が戦っても歯が立たないのが常識。
〔……〕
だが、黒色のコモンタイプは最も弱い。
強い人間ならば、民間人でも勝てる者はいる。
「俺だって!」
青年は素振り用に使っていた太い木の棒を構えて、バグの群れへ飛び込んでいく。
「うおおおおおおおおお!」
魂込めた渾身の一振り――
〔!!〕
ボキッ!
「…………!!」
鋭く大きな衝撃と轟音。その瞬間、青年は自分の一撃が通用したことを認識した。
「……う、そ……だろ……」
それが錯覚に過ぎなかったと気がついたのは、瞬間が通り過ぎて大分経ってからだった。
「……ううっ!」
青年は崩れ落ちた。
装備が粉々に砕かれて、自分の体が地に倒された時、青年はようやくリエントの脅威の真理を痛感することとなった。
「や、やばい……」
所詮自分はこの程度だった。
たとえ逃げ場がなかったとしても、さっさと全力で逃げることを選択しておけばよかったと、遅すぎる後悔。
(お願いします助けてください。
お願いします助けてください。
お願いします助けてください。
お願いします助けてください。
お願いします助けてください)
ひたすらの祈りの先は、最も信頼できる相手。
〔!!〕
それも空しく、青年の頭部目掛けて振り下ろされる手刀――
「う、うああああああああ!!」
* * *
「………………???」
恐怖から、土にうずめた顔を上げることができなかった。
しばらくしても、己の身に何も起こらなかった。代わりに、何かを砕いていく鈍い音がする。
「…………?」
生きている。自分は死んでいない。
音は意外と早く止んだ。
辺りは再び静寂。その中にこちらに近づく微かな靴の音が忍ばせられていた。
「…………」
青年はどうにか天を仰ぐ決心をした。
「…………えっ……」
何故だか、黒いコモンタイプのバグ達は消滅していた。
「ご無事ですか?」
見上げた先に、フードを被った幼い少年が穏やかな顔を向けて立っていた。
寒冷地に赴くためのダウンジャケットを着用している。
フードの奥から覗く、吸い込まれそうな灰色の瞳。
圧倒的な格の違いを感じる達観とした佇まい。
「も、もしかして――きみは――」
もしかしなくても。間違いない。顔を隠していても何となく正体が分かってしまった。
「ま、マスター賢者の……クノ?」
賢者の装束である賢衣も、赤い星の刺繡も、マスターの証の金バッジも付けていない。
……だがその声は、何度もネットやニュースで目にした存在で間違いない。
「……あなたも、ぼくのことを知って……?」
あっさりと見抜かれた少年――クノは苦い表情で尊容を露わにした。青年はまっすぐに頷く。
そうだ。青年は……いや、もはや誰もが彼のことを知っている。
ひと月前に彗星のように現れて、世間の話題をかっさらっていったこの少年に憧れて、自分はトレーニングを始めたのだから。
「……あ、あんたは英雄だろ、ルドメイシティの……。
それから、俺達の里の」
青年の言葉に、クノの顔つきが今度は険しくなった。
「では、守人の里は、この近くで間違いありませんね?」
【守人の里】。青年が住んでいるのはまさにそこだった。
「……あんた、…………帰ってきたのか?」
「……ぼくは用事があったから来ただけ、」
クノは言葉を切って、いきなり駆け出した。
「!?」
クノが向かう先――金色のバグ。攻撃力に特化した強力なマグヌスタイプの軍団がいた。
「い……いつの間に……」
先程のコモンの4倍の数。
アレの相手は並みの賢者でも厳しいというのは知っている。
〔〔〔!!!〕〕〕
金の炎。金の槍。金の鈍器。
「……」
眩い黄金のおびただしい攻撃が、クノの全身を覆い、貫き、直撃し――
〔〔〔!???!!〕〕〕
あっけなく胸元を撃ち抜かれて消滅していくのは、クノではなくマグヌスタイプの方だった。
「す、すげぇ……!!
やっぱり、本物はマジだ!」
青年は目を輝かせる。
クノには命中した全ての攻撃が効いていなかった。それどころか、逆に相手の火力を取り込んで自身の打撃に添加させてしまっていた。
〔〔!??!〕〕
どんな攻撃も避けずにわざと受けて、すぐさまにその威力を拳に乗せてのカウンター。
世間を震撼させた例の【変身】や、賢者の持ち技である【天啓】も、何の武器も使用せずに着実にバグを減らしていく。
その様は、この程度ならウォーミングアップですらないと言っているようだった。
「12歳の子供が、俺が勝てなかったコモンよりも遥かに強いマグヌスを…………。
終わったらサインもらって、一緒に写真も撮ってもらおう……」
彼は実力の半分すらも出さずに、驚異の群れを無双で散らしていっている。
目の当たりにしたその姿は、まさしく――英雄。世間での評価と寸分違わない。彼が本気を出したならば、この他にどんな芸当を披露してくれるのだろう。
ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン!!
「――!?」
〔〔〔!!!??!!〕〕〕
どこからか向かってきた、爆音と爆風に爆撃。
第三者の過剰な介入。クノと残りのバグの姿は、瞬く間に見えなくなった。
「!
今のは――」
ようやくお出ましの北部の救世主。
青年がクノに助けられる前に祈っていた相手。
「来るのが……遅いんだよ」
里に続く道の方角から次々とやって来る、小型戦車。
その周辺には銃剣を構えた幾らかの歩兵。
「【D機関】」
守人の里に建設された北部の中枢。
賢者や政府から一切の助力を請わずに、リエント北部全体を守護する独立機関。
そして――英雄クノの出身地。
* * *
「お久しぶりですね、あなたが来るのをお待ちしておりましたよ」
最後に美味しいところを持って行った戦車の中から、糸のように細目の男が顔を出した。傍らを固める歩兵たちは、テキパキと両サイドに並んでキビキビと敬礼に移っている。
「…………」
体の節々が黒く焦げているクノは、睨むような目つきで男を見つめた。
「おや?
もしや、今の攻撃に巻き込んでしまったことを怒っているのですか?
それとも、私の事を忘れてしまったと?」
男は残念そうに眉を下げて、あどけない仕草で首を傾げた。
「怒ってませんし、忘れてませんよ――『シンダー』さん」
彼は、機関にいた頃のクノの教育係を務めていた男だ。
「それはよかった。
せっかくの里帰り、歓迎致しますよ」
「こちらもよかったです、あなた方から来てくれて」
口元を歪めたクノは、シンダーに向かってまっすぐに手を差し出した。
「さっきのあなたの口ぶり……ぼくが来るのも知っていたようですね、それなら話も早い」
「おもてなしは、いかがいたしましょう?
【熊の血液大量牛乳】、
【まるごと牛骨生チップス】、
【灰ふりかけ】、
【草そば】…………あ、【幸せの温泉饅頭】なんてどうです?」
「あなた方の代表の元に連れて行ってください、このぼくを」
「……相変わらずお堅いですね、少しはユーモアを学習しろとあれ程……。
それでは大人になった時に苦労すると――」
ドン!!
「?」
クノは足元に穴を空けた。地響きと共に、殺気に満ちた空気が刹那に蔓延していく……。
「もう一度言います。
あなた方の代表の元までぼくを連れて行ってください」




