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2章エピローグ 「旅立ち」




 10月25日。22時。




 少女は脇目も振らずに廊下を駆け抜け続ける。



(何で……いつも、みんな……私の前からいなくなっていくの……!?)



 悪い知らせだ。


 まさか……またこんなことになるとは思っていなかった。思いたくなかった。



(128……128……ここ……!)


 水色のポニーテールの小柄な少女――ベルウィンは息を切らしながら、【128】のプレートがかけられた扉を勢いよく開け放った。




「クノくん……!」


 最悪の知らせを受けたベルウィンは、涙を堪えながらここまでやって来た。



 クノの意識消失。シノの死亡と遺体強奪。


 5年間家族として一緒に暮らしてきた自分の大切な存在が――またも失われていく。




「…………え、…………」


 クノが搬送されていると聞かされていたはずの狭く暗い病室は、もぬけの空。


 明かりを点けて確認するが、ベッドにも部屋の隅にも誰の姿もなく、虫一匹の気配すら感じられない。




 けれどもベッドの上には、確かに人がいた形跡が()()()()残っていた。




(シーツが……温かい……!?)


 下を(まさぐ)ってみると、その手に薄いものが当たった感触。



 1枚の紙切れ。引っ張り出して、内容を確認する。



* * *




「ベルウィンちゃん……!?」


 背後からの上擦(うわず)る息。



「!?」


 部屋の入り口に、目を見張るレディクが立っていた。



「クノ君は……?」


 (いぶか)しがるレディク。


 ベルウィンはただ無言で首を振って、手に持っていた紙を差し出した。



「!?」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 姉さん、レディクさん。


 お二人はいつもぼくの病室に真っ先に駆けつけてくれるので、今回もそうだと信じて、立ち去る前に言葉を残しておきます。



 まず、レディクさん。


 今のぼくは、脳波信号を最大限に操作してバリアにしています。つまり、誰からの念話も、本部からのあらゆる観測も受け付けない状態になっています。たとえぼくに発信機などの類が取り付けられていたとしても無駄です。


 そうした理由は勝手ではありますが、これからのぼくの行動を遮ることになると思ったからです。


 ぼくがここを去るのは、賢者庁を抜けたいからではありません。命を落としただけでなく、連れ去られてしまったシノを一刻も早く、自分の手で取り戻したいから。



 ご存じかと思いますが、シノの命を奪った彼――アルシンさんは5年前に亡くなっていた方。


 黄泉から蘇った彼なら、シノの命を取り戻す方法を知っているかもしれません。もしもそれが可能であるのなら、必ずぼくはシノを生き返らせてここに帰ってきます。


 恐らくではありますが、そんなに長い期間離れることはないかと思います。5年ぶりに再会したアルシンさんはぼくとシノの辰砂を欲していて、それを手に入れるために今回の犯行に及びました。そして彼は言いました。「時間が残されていない」と。


 これは、アルシンさんには一刻も早く辰砂を使わなければならない何かがあるということです。ならば、彼はそう遠くないうちに再びぼくを狙ってくるのは確実。


 ですので、ぼくがここにいたままだと、他の皆さんが邪魔者だと判断されて殺されてしまうかもしれません。一旦ぼくが離れるのはこれが理由でもあります。


 アルシンさんは辰砂を得るためだけにシノを殺しました。他の人もシノと同じように殺してしまう可能性はゼロだとは言い切れません。手紙を使って標的だけを呼び寄せるやり方を用いた彼ならば、無関係の者を襲う確率は低そうではありますが。



 戻ってきた時は、どんな処罰も受ける覚悟です。申し訳ありませんが、今はぼくの勝手を見逃してくれれば嬉しいです。



 いずれにせよ、ぼくとシノは謹慎中でしたので、賢者での任務に支障はないでしょう。もし、アンノウンが発生したとしても、他のマスター賢者の方の力や知恵を活かして対応してください。無責任な発言であることは十分承知してはいますが、どうか今回だけはお願いします。






 そして、姉さん。


 寂しい思いをさせることになると思います。姉さんは家族を失うことを堪らなく恐れていました。それは、ぼくも同じですので痛いほど分かります。


 しかし、今まさにそのような状況になってしまいました。ぼくが姉さんの元から去れば、本当に姉さんを1人にさせてしまう。ぼくの行動は姉さんを悲しませることになる。ですが、姉さんの元に帰ってくるのはぼくだけでなく、シノもいなければダメなんです。


 「おかえりなさい」という言葉は、今までぼくとシノ。2人に平等にかけられてきました。これからもそうでなければならないんです。



 亡くなった人間は生き返りません。それは十分に分かっていますが、ぼくはどんな形でもシノを取り戻したい。


 そして、どんな結果になろうと、必ずぼくとシノ。2人で一緒に戻ってきます。


 だから……それまで待っていてください。




 最後に。何度も繰り返しますが、ぼくの勝手を許していただければ幸いです。



                              クノ


―――――――――――――――――――――――――――――――――





「クノ君……」


 置き手紙を読んだレディクは、静かにベッドの上に腰掛ける。




「…………」


 ベルウィンは物言わず、窓際へと歩み寄っていく。


 病室の窓を開けて――三日月の下で飄々と音を奏でる夜風を全身で浴びた。



 寒いけど、寒くない。


 凍えても心の中に感じる温もりが、ジンワリと身体中に波紋のように広がっていくから。




「クノくん……私は待ってる。

ずっと、いつまでも待ってるから」


 両手をギュッと握り合わせて、空へと祈る。



(だから、頑張って!

絶対に負けないで、シノちゃんと一緒に帰ってきて!

寂しくないよ……信じてるから……。

いつでも、おかえりなさいって言えるようにしておくから……)



 彼女が見上げた空の下――遠くに見える月の中心に一瞬、1つの影が走った……。





第2章終了しました。


この話は全部で4章構成で作っているので、あと後半の2章で完結です。


よろしくお願い致します!

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