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2章33話 「呪い」





 ヒラヒラと揺られて、天から舞い降りる花弁(はなびら)



(何だ……紙吹雪……??)


 マスクから露出したアルシンの瞳が、その断片を捉えた。




(写真…………誰かの…………)


 クノとアルシンの間に割って入ったのは、この緊迫した場にそぐわない、脆く薄い無機物だった。





「――グウウうっ、!?!?」


 毒ガスが発射される直前――アルシンは崩れ落ちた。




「……がっ、げほっ……ごほっ……!!」

 

 焦点が定まらないアルシンの双眸が真っ赤に染まった。

血管が切れて充血。顔色の方は不気味なまでに青く変色。



「…………うぐっ……!」


「……アルシン……さん……?」


 アルシンは容態が急変して、(むせ)び悶える。


 対して、つい先程まで憎しみの炎を募らせていたにも関わらず、咄嗟に駆け寄ろうとするクノ。




〈目を閉じて!

そこから動くのも禁止!〉


「!」


 クノにしか聞こえない声。()()から念を受け取ったクノは、瞬時に言われた通りの対応を取った。



〈ありがと、素直ないい子!〉


 完全に遮断されたクノの視界には何も映らないが、耳には、地面を()ってこちらに迫ってくる音が聞こえた。





「……はぁ、はぁ、……くそっ……!」


 蒼白のアルシンは血涙(けつるい)を滴らせながら立ち上がる。

駆けつけてくる援軍に備えて、ふらつきながらも身構えた。


(何がどうなってやがる……!

写真の【裸の女】を見た途端、体がおかしくなりやがった……!

発情……いや、んなわけねぇ……!

おれは、()()()()()つ男じゃねぇ……!)



 やがて、アルシンは高熱により意識まで朦朧(もうろう)としていく。



 そんな彼の左腕に打ち込まれる、強烈なホイールキック。



「……!

っ、やろおおおっっ!」


 刺激で我に返ったアルシンは反射的に飛びかかり、左手で自分に蹴りを放ってきた相手の足を捕らえる。これ以上、好きにさせるわけにはいかない。



「……ちっ……!」


 舌打ちするピンクの髪の女性。

その足にローラースケートを装着していた。……が、それよりも目を引くのは、全身が()()()。一切の衣服類を身につけていなかった。



「がっ、!!」


 アルシンの左手の力がまたも緩む。


 体の中で逆流する酸と血液。足に蓄積していく老廃物。膝から下がガクガクと痙攣(けいれん)をはじめた。


(……コイツだ、さっきの写真の女……!!

この女を見ると、まるで【呪い】にかかったように……おれの体が壊れていきやがる……!!)



「子供みたいだけど、殺人者に容赦はしないわよ!」


 鮮血と胃液を地上にぶち撒けるアルシンは、頭部を防御するはずのマスクも放ってしまった。女性は隙だらけになった彼へ、連続蹴りを打ち込む。



 タイヤのラインがアルシンの顔中に走った。


 超絶な摩擦熱と空気中の酸素、熱湯レベルで上昇を続けていくアルシンの体温が共鳴して――予期せぬ発火現象。



「アア……アアア……!!」


 アルシンの顔が炎で包まれた。


 悶えるアルシンは、転げ回りながら赤の左腕で炎を振り払った――




 BURRRRRRRRRRRRN!!




「ぐわああああああアアアア…………!!」


 鼓膜が破れそうになる程の、爆音と絶叫。




「爆発……!?」


 突然の事態に、クノは目を開けようとした。


「クノ君、まだ目を閉じてて!

いいって言うまで、ダメダメ!」


「は、はい……!」


 けれど一括されてしまい、結局目下(もっか)で起こっていることの真相は、クノには文字通り永遠の闇の中。



 

 アルシンの赤黒い左腕が、発火した炎に触れた瞬間に起こった――大爆発。燃え上がる炎の勢いは直前の比ではなかった。全身炎で覆われたアルシンは、悲鳴を上げながら激しくのたうち回っている。



「……ク、クソ……が……!」


 焼けていくアルシンの左腕が、煌びやかなミント色オーラの拳に変質。自身にのみ牙を剥いている忌まわしい炎を浄化していく。



「回復の術……!?

あれは、天啓じゃない……」



「……っ、!」


 一瞬で炎を消し飛ばしたアルシン。


 しかし、その身に被ったダメージが大きかったのか、一時退散の跳躍。




「!?

待ちなさい……!」



 ……もう既に、どこを見渡してもアルシンの姿はなかった。




「……逃げられた……」




* * *




 しばしの時が経ち。




「もう目を開けていいわよ」


「ん……、」


 ようやく、長きの闇の終焉(しゅうえん)を告げる便りが届く。



()()()()さん……何をしたのか分かりませんが、助けてくれたんですよね……?

ありがとうございます……」


「お礼なんていいわよ。

それよりも、あの子には逃げられてしまった……。

それに…………」


 おっとり刀で駆けつけたワイシャツにスラックス姿のレディクは、その先の言葉を口にすることができなかった。




「……大丈夫です……ぼくは……大丈夫……。

だい…………」


 再び開けた光が閉じられ――クノは闇に埋もれていく……。




「クノ君!?

クノ君、しっかり!」




 戦いで受けた体の傷。



 それ以上に大きくクノを苦しめたのは、魂すらも抉る心の傷……。




* * *




 賢者庁本部。



「想像以上だよ、長年のブランクを感じさせない大活躍じゃないか。

やはり正解だった、君を向かわせて」


「…………」


 いつものように胡散臭い口調。これが心からの最大級の賛辞だということは、レディクには分かっていた。だが、とてもじゃないが褒められても喜べる状況ではなかった。



「分かっているよ、やるせないんだろう……?

同じだよ、無力である私も…………」


 こちらに背を向けたハンディーの肩と声が、僅かに震えていた。



「シノさん……が……まさか……。

こんな……いきなり……」


 クリアは目を丸くして、ブツブツと呟いている。



「それでもクノは助かった、君の力のおかげでね。

回避はできた、最悪の事態は。

よかったとは言えないが」


「……確かに、クノ君を助けることができたけど…………あの子はシノちゃんを亡くしたショックで意識を失ったままよ。

シノちゃんの遺体も、赤い左腕の子に持っていかれてしまったわ……」




* * *




 現在謹慎中だったクノとシノ。

実は2人は、ハンディーのモニターとタブレットで監視されていたのである。


 監視に至った経緯は不明だが、偶然にもそれが功を奏して、今回の事件をリアルタイムで察知することに繋がった。



 ハンディーはアルシンからただならぬ雰囲気を感じ、至急に賢者の応援を要請しようとした。


 その直後に、アルシンの圧倒的な火力パンチからの毒ガス攻撃――シノがあえなく死亡。


 下手に賢者を送り込むと(しかばね)の山を築くことになると悟ったハンディーは、アルシンに勝てる見込みがありそうな賢者を選別。




 第一の候補はマスター賢者7人。


 しかし現場にいる当事者を除いた5人の内、ブウェイブは防衛大臣の任務中。ドリアンとミープは入院中。


 後の2人は、どちらも()()()()()()()()上に、持ち場を離れられない状況だった。



 そうして選ばれたのが、既に賢者という職業を何年も前に引退した防衛省のレディクだった。彼女こそが、アルシンを最も倒せそうな希望だとハンディーは判断したのだ。



* * *




 賢者に所属して初めてのバグ戦。レディクは天啓を使用した。


 しかしルードゥスの不十分な説明により、反動を抑える必要があることを知らずに、天啓を発動。




 レディクがバグ戦で選択した天啓。


【自分の裸を見た相手に呪いをかける】という技。

五大元素の法則による【空】属性の【マレディクスィオン】。


 裸の姿は写真や鏡越しなどでも可。ただし、使用者の現在地と遠く離れた地点から、衛星やモニターなどで観測する場合は無効。



 この技の大きな欠点は――視力のないバグ相手には()()()()()()()()ということだ。

効果があるのは、その他の生命体。最も有効なのは――【人間】。


 天啓の数の水増しと、念の為の対人間用という、申し訳程度の理由で開発された天啓。レディクはそれを、たまたま技名に自分の名前が入っているからと気に入って発動したのである。



 その結果――天啓がバグに効かなかった動揺から自分の裸を自身で見てしまい、呪いで肉体機能の一部欠損。(プラス)天啓の反動。そしてトドメに、バグから受けたダメージ。


 負の連鎖により、レディクは一線で戦える力を失ってしまい、賢者を引退せざるを得なくなった。



 更に、レディクがその身に被ってしまった呪いの副作用。

天啓を発動していない時であろうと、【自分の裸を見た相手全て】に呪いがかかる。よって彼女は――人前で自分の裸体を見せることが一切できなくなってしまった。




 このような過去を持つレディクだったが、今回の相手はバグではなく【人間】。バグ戦では役立たずどころかマイナスの無価値、けれども人間相手なら最強にして最凶の天啓。これをもってクノの窮地を救ったのだった。



* * *



「そういえば長官……。

クノ君と例の彼の会話を傍受していましたが……彼は、5年前にこの都市に大量発生したバグの被害者の1人……のようですね……」


「ああ。

それが賢者の石を所持していた、何故か生き返ってね……」



 そして――ハンディーはこちらに向き直って、一言。



「クノが目覚めてからだ、事の次第と対応は。

見に行ってもらいたい、様子を。

ここに連れて来るように、もしも目覚めたら」


 帰還してから初めて見た長官の目は、腫れたように赤くなっていた……。





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