2章32話 「万物を殺す」
「…………バレちまったか……」
破れたフードの先から現れた少年は、バツが悪そうに舌打ちした。
「あんたとは顔、合わせたくなかったよ……」
ツンツンとした赤い髪。
真紅の生意気そうな三白眼。
クノと同じくらいの年齢と思われる顔立ち。
星空と三日月の明かりの下に照らされていたのは、やはりあの頃の特徴と何も変わっていない少年だった。
「…………生きていた……んですね……」
忘れもしない、5年前の傷。
自分の言葉が遠因で、運悪く命を落とすことになってしまった少年と少女。
クノとシノは2人の死を背負って、ここまで戦ってきた。
もっと強くなる、もう誰も自分の前で死なせないと。
だが、命を落としたとずっと思っていた少年の方が生きていた……。
「あなたは何のためにこんなことを!?
あなたはどうしてシノを……!?」
聞きたいことは沢山ある。
言いたいこともいっぱいある。
抱いている感情も1つでは言い表せない。
「……辰砂をあんたらの心臓から抜き取って奪うためだ。
そのために――あんたには死んでもらう」
アルシンはそれ以上の内容は答えなかった。
「……事情はよく分かりませんが…………そんな目的のために、あなたは――」
シノを殺そうとしたのか……!? と続けるよりも先に――
「もう、死んでるぜ。
あんたの妹」
!!!!
クノはアルシンを放って、シノの元へ一目散に駆け出した。
(そんな馬鹿な……!
シノが死ぬはず………………)
アルシンの口調はハッタリだとは思えなかった。
よく知らなかった再会したばかりの彼の言葉など、信じたくはなかった。
信じられないのが当たり前。
なのに……どうしても――
* * *
「……………………」
クノは身を屈めた。
「………………」
目を閉じて横たわる少女の髪の毛を撫でる。
「……………」
頬を撫でる。
彼女の瞳から垂れている水滴を拭う。
抱きしめる。
「………………」
シノが目を覚ますことはなかった。
もはや、脈も息も――
…………任務で離ればなれにされて、帰ってきてからも別々の場所で隔離。
やっと、会えたと思ったのに……。
ベルウィンは言っていた。シノの中に抱えているモノを。
自分はそれを見ることができなかった。
知ることができなかった。
だから、シノを助けたかった。彼女を心の底から元気にさせてあげなければならなかった。
「痛かった……ですよね……。
寂しかったですよね。
辛かったですよね。
苦しかったですよね。
任務でも、沢山悩んで、苦労して、空回りして、頑張っていたんだと思います……ぼくには何となく分かります。
そして、ぼくにようやく会えると信じて、騙されて……その結末がこんなものなんて――」
認められない。認めたくない。あまりにも浮かばれない。
「シノ…………あなたの最後は、笑っていましたか……?
あなたが流している涙は、幸せを感じて流したものでしたか……?」
「……悪いな……」
背中にぶつけられた静かな声。
「もう時間が残されていない……。
この道を進むしか……おれには考えられなかった……」
ドン……!!
風を切ってこちらに飛びかかってくる衝撃――クノの全身をこれでもかというほど痺れさせた。
「…………ッ」
「――!!」
アルシンの目に疾る、肩越しの怒り――
「マイン」
……だがそれは、
(……ふっ……!)
この男も同じだった。
* * *
「……ごふっ……!?」
撃ち抜かれた喉。
マインを発動したクノは、逆に大きく吹き飛ばされて吐血していた。
(何っ……!!)
アルシンの例の左腕が巨大化と同時に伸びて、クノの喉をぶち抜いたのだ。
その威力は、5年前に防御力特化のハードバグを倒していただけあって、鎧袖一触の域。クノのソレよりも硬く重く、強い。
(……ぼくの技に、カウンター!?
なんて……パワーなんだ……!!)
自分が被る衝撃をすぐさま全身に分散させて、ダメージの吸収。
潰されたはずのクノの喉が一息で膨張し、元の形と機能に復元。
「……っ!?」
受け身を取って着地をしたクノが、すぐさまアルシンを睨みつけると。
「驚いたか?」
左腕以外は漆黒のボディ。溶岩を彷彿とさせる、赤黒く点灯するラインが至る所に描かれている。
バイクのヘルメットのようなフルフェイスのマスク。
アルシンはいつの間にか寂れたローブをどこかに脱ぎ捨て、ダークヒーロー感満載な鎧と仮面に身を包んでいた。
「まさか……辰砂……マインの盾……!?」
「……」
クノの魂に宿る辰砂は、こんな時に何も発しなかった。
だが、把握力がそう直感していた。アルシンの姿を変えているのは、マイン能力によるものだと。
「その通りだよ。
おれもあんたと同じく、【マインダー】をやっている」
(マイン使い――【マインダー】……。
この人が……)
「おれは、辰砂の真の意味を知っている。
それは意味を理解しない奴が持つモノじゃない。
ご都合に自分を強くして覚醒させてくれる便利アイテムだと履き違えていると、いずれ後悔することになる。
自分も大切な人も孤独になる。
おれはそれを防ぐために、残った2つの辰砂を全て回収して破壊する……」
「~~っ、!」
唇を強く噛むクノは、アルシンの言葉の真意を理解できない。
彼の言葉を聞いていると、激情が沸々と込み上げてくる。
「あなたは一度死んで……何らかの力で生き返った……。
ファムさんは……?」
体も心も震えるのを、理性と呼吸で律して尋ねる。
「………………」
何も答えないアルシン。クノはそのまま自分の胸中を口にした。
「初めて発生したアンノウンに……ぼくとシノは完敗しました……。
その後、都市部まで来ていたあなたとファムさんがその日に亡くなったと聞かされて……。
ずっと、あなた達に吐いた言葉にも、アンノウンを倒せなかった無力さにも、あなた達を守れなかった不甲斐なさにも悔やんで……。
最初から修行し直して、あなた達の死に報いようとしてきました……」
「……………………」
クノが吐露する言葉を、アルシンは黙って聞いている。その仮面の口元と目元は露出していて、達観したように無を貫いていた。
「あなたは死ぬことの痛み、辛さを実際に経験して知っているはずです!
ぼくよりも、ずっと……!
それなのに、何故それを他人にも味わせるのですか!?
本来ならあなたが生きていてくれたことを……喜びたかったのに……!!
どんな事情があったとしても……ぼくはあなたを許せない……!!」
クノの視界が歪む。
目の前にいるアルシンの顔も、周囲の景色もぼやけていた。
自分が流しているモノにも気がつかないまでに、支点が折れてブレる心。頭の中に湧き上がる気持ちが渦を巻いて、整理がつかない。
「……あんたのその気持ち…………正しいよ。
でも、おれは引けない理由と覚悟がある……!!」
アルシンは左手を前に突き出した。
(あの赤い左腕……その力はぼく以上……。
それだけじゃない、シノを殺したのは――さっき少しだけ目にした、あの紫の煙……)
クノは警戒して臨戦態勢に入る。
「これが、おれのマインの剣……」
「……ッ!」
バシュウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ…………。
激しい炸裂音と共に。
アルシンの赤黒い左手から、例の気体がクノ目掛けて放出された。
一目瞭然で、先程とは比較にならない濃度と速度を有していると判断したクノは、
「遁駆」 【五行:水】
「――消えた……!?」
クノの姿を見失ったアルシン。視野を広げて行方を必死に探る。
「植歯!」 【五行:木】
「!」
背後からクノの声。
……が、アルシンが振り返っても、そこには誰もいない。
(落ち着け……妹の天啓は破壊できた……。
コイツも居場所さえ分かれば、あとは接近して一気に――)
何度か振り返っていると、
「――ぐううっ……!?」
不意に面前に現れたクノの回し蹴り。
アルシンは反応が間に合わずに、股間にモロに喰らう。
金的。加えて噛み砕かれる痛み。人間ならバグ以上にダイレクトに作用する。
(今ッ!)
体勢の崩れたアルシンに伸びる、緋色の尻尾。天啓とマインの同時コンボ。
アルシンの体に尻尾が絡み付いて拘束。
クノはアルシンを空中に持ち上げて、地上へと勢いよく叩きつけた。
「……がっ……!!」
「突火!」 【五行:火】
止まらないクノのコンボ。アルシンを尻尾で木の幹に押し付けて、一気に胸元に――急所の門をこじ開ける、烈火の外門頂肘。
「……ざっ、けん……なアアアーーー!!」
アルシンの左腕がまたも巨大化した。
尻尾の拘束を力で強引に脱し、その尻尾を逆に掴む。
「!?」
お返しとばかりに、アルシンの筋力で振り回される尻尾――クノは背後の岩肌へと放り投げられた。
「…………くっ…………!!」
ダメージの無効化。相手の攻撃の利用。
クノは瞬時にカウンターの構えへと移行する。
「遅い」
「!!」
クノの視界の全てが遮られた。凄まじい力の左手に顔を掴まれ、固められている。
「おれのマインの剣は――【毒ガス】。
マインを発動していなくても、いつでも使える」
アルシンの手のひらから、紫のエネルギーが迸る。
「だけど、マインを発動したのなら、」
ゼロ距離からクノへ放たれる攻撃。
「万物を殺す絶対の剣となる――」




