2章31話 「アザーワールド」
サブタイトル通りに、アザーワールド……異世界に行ったりは……しません。
……が、物語の転換点になっています。
予定している話数で見ればまだ半分も進んでいませんが、物語全体を通して見るのであれば、ここが折り返し地点にあたるようにしています。
ほぼ最後のセリフありきの話ではありますが、最初から通して読んで、あるいはサラッとでも目を通してくれていた方ほど見ていただきたいと思って書きました。
見てくれれば幸いです。よろしくお願い致します!
「……あ」
クノが去った後の病室で。
「さっき、クノくんにって届いたファンレター。
渡し忘れちゃった……」
ベルウィンの上着のポケットから、1枚の便箋入りの封筒。
今朝自分達の部屋に届けられたものだ。
中身は当然開いていない。そのような無粋なマネは絶対にしない。
(クノくん……この間の任務でかなり有名になったんだよね……。
なんだか嬉しいような、複雑なような……)
ふと、封筒に視線を落とすと。
「……あれ?
なんで、」
書かれていた名義に初めて気づいたベルウィンは目を疑った。
* * *
コンコン。
「…………はい」
シノは音の方角も向かずに、無気力を隠しもせずに返事をした。
「失礼します」
入ってきたのは、サングラスをかけた防衛省の男性。
「シノ様、これをあなたに」
「!?」
何の用だと思っていた矢先に、シノの手元に1枚の封筒が差し出された。
「どうやら、あなたのお兄様からのお手紙のようですね」
「……えっ……」
シノは反射的に封筒を手に取って、中の便箋を取り出した。
* * *
「シノ!」
ベルウィンから聞いた病室に到着したクノは、勢いよく扉を開け放った。
「…………??」
そこには誰の姿もなかった。
先程まで人がいたという気配はする。
「!?」
ベッドに近づいていくと、まくらの傍らに置いてある1枚の紙が目に入った。
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親愛なるシノへ
シノ、身体は大丈夫ですか?
ぼくは戦いでの負傷から完治し、今はリハビリ中です。謹慎は予定よりも早くに解除されました。
もう、シノとはずっと会えていないですね。
寂しいし、悲しいし、切ないし……ぼくは色々な気持ちでぐちゃぐちゃになっています。
シノのことが心配で堪らないし、早く会いたくて仕方ありません。
だから――ぼくは決めました。
今晩、病室から抜け出して来てほしいところがあるんです。
ヌイの大平原の星見の丘。そこで隠れて一緒にリハビリしませんか?
星がよく見える綺麗な場所です。キャンプ場にもなっています。
シノが病室からいなくなってもバレることはありません。
既に一部の方々に頼んで隠蔽工作をする手筈は整っています。
久しぶりに会って、一緒に話がしたいです。
今のぼくは、ルドメイシティでの戦いで顔も名前も割れてしまったようで、知らない人でも会うと声をかけられています。
皆さんには失礼ですが正直、煩わしいと思ってしまっています。
新しい人間関係ができることは悪いことではないのは分かっていますが、ずっと会えていないシノとの距離がどんどん広がっていくような気がしてしまうんです。
だから、どうか来てほしい。
10月25日の今晩、星見の丘で待っています。
あなたの兄のクノより
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
見た時から寒気がしたが、読み進める度に吐き気が募っていく。
「な、なんだ……これは……」
言うまでもなく、自分が書いたものではない。
誰かがなりすまして書いたに違いない。
(気持ち悪い)
言いたいことは色々あるが、率直に感じたのはまずそれだけ。
(シノをどうするつもりだ?
【親愛なる】なんて……【あなたの兄】なんて言葉を遣って……)
ぐしゃぐしゃに手紙を握りつぶしたクノは、窓の外に目を通す。
(少しだけ、開いている……!
風も流れない程に……!)
シノはこの手紙を読んでここから出て行ったのだということは、容易に想像がついた。
(今のシノなら……こんなのに騙されてもおかしくはないかもしれない……!!
シノが――危ない!!)
* * *
ハウモニシティの外に広がる【ヌイの大平原】。
張り巡らされた線路は、これまでバグ討伐任務で訪れていた東西南北様々な地域へと繋がっている。
ハウモニシティ北部のゲートから平原に出て、僅か200m程先。【ギグ林道】を抜けると、キャンプ施設として使用されている絶景スポット【星見の丘】へと通じる。
(兄さん、どこ……?)
強い超常的な力で導かれるようにここまでやって来たシノ。
周りを見渡しながらクノの姿を探す。
謹慎中の自分を、キャンプ場という人が集まる場所に呼び寄せたということ。
人に会うのが煩わしいと手紙に書いてあったこと。
これらのことからシノは、人気がなくその上で星がよく見える、隠れスポットのような場所にクノはいるのだろうと推測して行動していた。
(兄さん、ずっと言えなかったんだけど……。
わたくし、お友達ができたのよ。
あのミープさん……。
なのに、検査入院することになって、任務の日以降会えていないの……。
大丈夫だと思うけど、少し心配……。
でも、いつか兄さんとも一緒になる時が来るよね?
そうしたら、兄さんとわたくし、姉さんとミープさんの4人で……。
ドリアンさんもよかったら――)
妄想にふけっている間に、たどり着いた先は――
「!?」
全く人気のない広々とした草原。
誰の邪魔もなく、のびのびと天体観測やバーベキューができる穴場。
おもむろに上を見上げると、
「……綺麗」
どこかわびしさを感じる無限の儚い星々が、真っ黒な海の中で燦然と輝いている。
「きっと、兄さんはここに――」
「その通り」
「!?」
背後から唐突にかけられた声。それは最愛の声ではなかった。
「よくここが分かったな。
いい場所だろ?
最近この辺をぶらついている時に見つけたんだ」
「あなたは、一体……」
「結構頭使ったぜ、あの手紙書くのにな。
あんたらの情報を逐一把握してねーと書けねーからな。
色々調べて、関係者に探りまで入れて書いたんだぜ」
身長は自分よりも高いが、大人の背丈ではない。
それに声も。変声期に入ったばかりの声色だ。
「ちなみに、兄貴の方にも送っておいた。
あんたの名義にして、この後ここに来るようにな。
内容は、助けを求めるあんたの言葉で殆どを占めている。
あんたが大好きな兄貴のことだ、誘いに乗ってくるだろ」
褐色のボロボロなローブに身を包んだ男。
その顔は、すっぽりと被っているフードに隠されていて、見ることができない。
男は、この夜の闇と同化したような不気味な雰囲気を醸し出していた。
「どうして、わたくしと兄さんを……」
「もう時間がないんだ、渡してほしいモノがある」
男は手袋をはめた左手を差し伸べて、
「辰砂を」
「!?」
辰砂のことを最初から辰砂と呼ぶのは、その所持者である自分とクノだけ。
あとの者は皆、賢者の石と呼ぶ。
ということは……。
(辰砂さん、彼のこと……ご存じですか?)
「……へっ、さてなぁ」
問いかけてみると、含みのある笑いだけが返ってきた。
「…………まず、どちら様ですか?
きちんと名前と身分を明かして、辰砂さんを求めるわけも聞かせてください」
この男、得体が知れない……。
黙っていると、心の中が闇に飲まれてしまいそうだ。
「いや、分かってるよ。
辰砂はあんたらの心臓に埋め込まれているから、取り外せないんだろ?
そんくらい知ってる。
だから今のは……一応の挨拶だ」
「……挨拶……?」
「そ、挨拶」
男は飄々と、ゆったりとストレッチを始めた。
こちらの警戒心が緩んでしまいそうな程の、気の抜けた動き。
口調にも、先程までの不気味さは感じられない。
殺気や敵意も見受けられない。
不意に、屈伸運動をしていた男の動きが止まった。
「――あんたらを殺して奪う前に、最低限のな」
* * *
「――!?!?」
本能が回避行動をとっていた。
身を屈めたシノの髪の毛を掠める、熱い一撃。
「悪く思うなよ」
秒が経たずに、次の一撃が飛んできた。
左手による殴打。
「天啓!」
オドとマナが、シノの中で高まっていく。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
「………………う、そ…………!!」
頭部に信じられない衝撃と痛みを受けたシノは崩れ落ち、天啓ではなく絶望の呟きを放った。
「天啓は発動中に頭を狙えばいい。
脳内に入っている技のデータを潰せるからな。
今みたいに、発動する直前を狙えば端末そのものごと壊せる……」
シノの脳に刻まれている錬金術データ――アカシックレコードに甚大な被害。
一瞬にして、全ての天啓が発動できなくなってしまったのである。
(この人……おかしい……!!)
いきなり殺す宣言して襲いかかってきたこと。
否――それもだが……。
リミース島で、覇者バグの奥義を天啓発動中の頭部に喰らった時――あの威力でもアカシックレコードに破損は全くなかった。
5年前の巨人バグに、クノのソレが壊されてからというものの、同様の現象は起こっていない。ルードゥスが耐久性をかなり強化したからだ。
なのに。
(この攻撃力……アンノウンを軽く超えている!!)
何て力なのか。
立つことができない。
たったの一撃喰らっただけなのに、呼吸をする体力すらない。
シノは刹那に悟る。
彼とまともに相手をできるのは、よっぽどの打たれ強さの持ち主だけだと……。
「マインを使われる前に、終わらせるか」
男は、左手にはめていた手袋を脱ぎ捨てた。
「――っ!?」
その露わになった手のひらから。
「あばよ」
プシュウウウウウウウ…………。
紫色の膨大な煙が、シノに一点集中して放出された。
(兄さん、兄さん……たす、けて……)
「シノオオオオオオォォォ!!」
「!?」
男の背後から、突進。
駆けつけたクノと男は激突。
草原を2人で転げ回って、揉み合う。
「何者だ!?
どうしてシノを襲う!?」
「……『アザーワールド』。
それがおれの名前だ」
(アザーワールド……。
OTHER WORLD。
他の世界……異世界。
異世界人!?)
その名乗りに、クノは一瞬驚愕したものの、
「!?!?」
彼の視界に入った存在が、すぐにそれを偽名だと教えてくれた。
「………………何が、アザーワールドだ。
ふざけるなよ」
忘れるはずもない。
その血塗られたような【赤黒い左手】。
「さっさと見せろ、その顔を!!
【アルシン】!!」
クノは、目の前の男が被っているフードを引き裂いた。




