2章27話 「トリックサーカス」
空気を薙ぐ音。
耳元で、そよ風の囁き。
「……!?」
シノの視界が反転からの暗転。
急激に、目に映る景色がどんどん切り替わっていっている。
「…………ぐっ…………!」
気がついた瞬間には、頭部に大きな衝撃が打ち込まれていた。
「!!!?」
もう一、ニ、三…………永撃。
電光石火の稲光がシノの視界に広がったかと思えば、既に脳天をぶち抜く振動が頭の中を支配している。
「…………がはあっっ……!!」
大きく吹き飛ばされていくシノに、雷のような速さの徒手空拳の乱舞。
それは、シノが壁や地上に衝突する前に止むことなく続いていく。
シノは空中全体で立体的にバウンドを繰り返すサンドバッグと化していた。
(天啓を使いたくても……出す前に止められる……!!)
これが、満身創痍に陥っている覇者バグの本気。
雷と格闘を融合させた高速・圧倒的な威力の武芸。
(兄さんならこれ程の攻撃でも……耐えてすぐに反撃に移れるのに……!!)
シノは力をあえて抜くことで体を柔らかくして、どうにかダメージを抑えてはいるが……予定調和のように追い詰められていく……。
〔……!!〕
一気に迫る、黄泉への導き手。
「…………ぐがっっ……!!」
「シノちゃん……!!」
レディクが上げた絶叫も甲斐なく――
* * *
「……………………」
海底洞窟の彼方――最深部。
〔!!!〕
突き当りの壁にゴールインして、意識を失ったシノに届けられる――引導。
その時。
キン……!!
〔!?〕
覇者バグの手刀に交差するもの。
「ウウウウウ……」
痙攣しながらも、振るわれている味覚刀。
「ッ、ッ、ッ……」
紅く固めた歯。
獲物を前にした飢えた野獣――死を目前にしているミープ。
その両目には光が一切宿っておらず、完全に白目を剥いている。
人間の生命エネルギーであるオドは、今際の際のミープから抜け出そうとしていた。
【天啓】というロゴスが生み出す、オドとマナの活性化。
最後の力を振り絞ってミープはそのワードを口にし、オドを肉体に残すことに成功。
更に、同じく活性化したマナを体外に幕のように固めて纏うことで、オドと血液の漏出を防いだのである。
だがそうまでしても、ミープをこうさせているドクロバグの能力は絶対。
死は免れない。今の彼女はもうすぐ尽きる寿命を僅かに延長しているだけに過ぎないのである。
「アアアアアアアア!!」
グオオオオオオオッッッ!!
〔!??!!〕
二分割状態の味覚刀の刃先から発射された、みなぎる高出力のエネルギーが覇者バグの下半身を切り離して、塵へと変えた……。
「…………ッ!!」
意識を取り戻したシノ。
始めに目の当たりにしたのは――
「……ハァ、ハァ、……ハ………………」
倒れていく仲間の、儚い後ろ姿。
「み、ミープさん……?」
〔…………〕
次に目にしたのは遠方――腹部から下が喪失した覇者バグの地を這う姿。
シノのオドを求めて諦めずに近づいてくる強欲な姿。
「…………ウウッ、……ウウウウッッ!!」
呼吸で痛みを肉体の全体に逃がしたシノは、よろめきながら立ち上がった。
トン……。
ゆっくりと踏み出された右足。
スッ……。
精一杯、前へと持ち運ばれる後ろの左足。
トン。
スッ。
トン。
スッ。
徐々に増していく足の回転……。
「……うっ……」
シノの動きが止まった。
嵐のような攻撃を受け続けて限界を迎えたのか、ミープと同じように前のめりに倒れていく……。
(――わたくしが……ここで死んだら…………。
…………終わらせ、ない……!!)
ふらついたシノが火事場で出した右足の一歩。
トン……!
「……!?」
それまでよりも遠くの地に着き、地面を大きく震動させる馬鹿力が生まれた……。
〔……!!〕
前方の覇者バグとの距離は徐々に縮まってきている。
(…………分かった……)
トン……!
スッ……!
足の回転――ピッチが更に上昇。
トン……!!
スッ……!!
加えて、歩幅――ストライドもより遠くに繰り出されていく。
(さっきの一歩で掴んだ……速く動く方法……。
足の回転だけじゃない……一歩をもっと遠くに、強く……!!
後ろ足の動きも、それに完全に連動させる……!!)
踏み込みの前足の震脚で、地面を大きく揺るがして。
後ろ足を前に持ってくる時に、空気を切り裂くように強く蹴って。
〔!!!!〕
この状況で覇者バグも進化を遂げた。
上半身しかない肉体を幽霊のように宙に浮遊させて、アクセル全開の猛スピードで突進してきたのである。
「…………ッ!!」
覇者バグとシノが交差。
〔――!?!?〕
覇者バグのオドセンサーがシノを見失った。
〔!???!
…………!!〕
シノは、覇者バグの後方遠くに立っていた。
「…………」
気配を抑制した鷹揚な立ち姿。
〔!!!〕
再度、覇者バグの突撃。
〔!?!?!〕
次の瞬間には、鋭く、熱い衝撃。
覇者バグの肉体に切り込みが走っていた。
「…………」
思わぬダメージに動揺する覇者バグに、無言で追撃を繰り返していくシノ。
彼女の足と足の間には、未知のエネルギーの球体が渦巻いていた。
〔!!〕
迫るシノに拳を振りかざして対抗を続けていく覇者バグ。
「……」
しかし、覇者バグのパワーとスピードを兼ねた反撃は、全くシノには当たらなかった。
それどころか、覇者バグが反撃する度に、刹那の回避カウンターで逆に反撃され返されている。
ゾーンに至ったシノが獲得した新たな戦闘技術――【トリックサーカス】。
大地と空を己のものとする走法で、誰も自分に追いつくことをできなくさせる覚醒技。
始めに、大きなストライドで繰り出した前足に全体重を乗せる。
その前足が地面に着く際に、圧力を一気にかけて空気をも踏みしめる。
強烈なストンピングで圧縮された空気と、着地の衝撃で生じる大地の震動により、独自の自然的なエネルギーが発生。そのエネルギーを上手く後ろ足にぶつけるように踏み込む。
次に、後ろ足の動作。
前足の動作でぶつけられたエネルギーを、後ろ足で空気ごと蹴りながら踏み出す。
この2つの動作を超速のピッチで繰り返すことによって、両足の間に循環されていったエネルギーが爆発的に成長。
両足で渦巻く高まったエネルギーと、シノの足の動きが完全に連動。
彼女の肉体の動作をエネルギーがしばいて後押し。かつ、蹴り技の威力も大きく上昇。
〔!!!!〕
覇者バグの身に閃光。彼? も負けじともう一段階進化。
「……!!」
その速度は、覚醒したシノを凌駕した。
〔!!!〕
シノの視界から外れた覇者バグの、死角から胸に迫るショベルフック……。
「……」
〔!?〕
シノは動じることなく瞬時に対応。滞空状態からの更なる飛翔。
(ミープさん……。
あなたの思いと行動……無駄には致しませんわ……!!)
空中からのジャンプスピン。そこを地上のように立って繰り広げられる旋回の演舞。
シノの足に纏わり付くエネルギーは、もはや固体。
それを足場や壁として蹴って利用することで、空中でのいかなる体勢からもすぐさまに次の動作に移れるのである。
〔??!!??〕
コークスクリュー・ダブルフル・ジャックナイフ・バタフライツイスト……。
途切れることのないアクロバティックな回転技の多用により、覇者バグのオドセンサーは翻弄され続け、凶器の打撃がどんどんその身に刻まれていく……。
空中戦・旋回技術・走力・跳躍力・柔軟性・回避力・瞬発力・反応速度・危機察知能力……。
己が持つ全ての強みに、生存本能と窮地で引き出された底力、ミープ流パルクールの模倣まで添加した今のシノは、目まぐるしく移ろう風景と一体化していた。
これは――シノが土壇場で習得した彼女だけの奥義。
師匠であろうと、全く同じことのマネはできない。
固体化させたエネルギーの扱いを間違えなければ、空中でも無限にジャンプと回転ができる永久機関。
「…………ッ、アッ……」
……しかし、それは体力が続く限りの話。
シノの俊敏な動きが急激に低下していく……。
トリックサーカスは、精製された高出力のエネルギーがシノの足に常に纏わり付き、移動する際にも鞭打って干渉してくるため、徐々に己を傷つけていく諸刃の剣でもあったのだ。
〔!!!!!!〕
敵が進化をするならばこちらも。
覇者バグは尚も倒れずに、またパワーアップを遂げた。
ビビビビビビビビビビ!!
本格的に雷を纏った巨大な拳骨。
〔!!!!!!〕
シノの頭部に向かって――覇者バグの奥義。
「――天啓!!」
咄嗟にギリギリで発動した天啓。
リエントに満ちるマナも、足の固体エネルギーに利用しての跳躍の強化。
活性化したオドで、生存本能を更に増大させての強引な回避。
「ラップ!」 【五大:水】
その間に、ニューロンデッキにない初めて使う天啓の発動。
ドン……!!
〔――!?!?〕
シノの身体は水――純粋なる【純水】に包み込まれていた。
ルードゥスから聞いた天啓が生み出す【水】の性質と、先程の戦法の応用。
覇者バグの雷撃を見事に無効化することに成功した。
このために、シノは残り1回分の天啓を温存していたのである。
〔!!〕
覇者バグは攻撃の矛先を心臓に変更し、よりフルパワーでの殴打。
(無駄よ!)
これも、純水を纏うシノには通用しなかった。
ドン……!!
ドン……!!
ドン……!!
「……うぐっ…………!!」
……だが、無効化できたのは、あくまで雷のみ。
遅れて、拳の打撃衝撃がシノの心臓に浸透した……。
バリィィィィン!!
胸の中で何かが割れて砕け散る音。
「…………兄さんからの……プレゼントが……」
5年前にアルケミックランドでもらった真紅のペンダント。
運よく心臓への一撃を肩代わりしてくれたのだ。
「…………よくも……」
地上に叩き落されたシノは――
「いい加減に、倒れろ……」
ひりつく空気。
「ようやく俺様の出番か」
胸に響く声。
もはや出し惜しみしている余裕はない。
限界が近い相手は奥の手を出してきた。
ならば、こちらも……。
「――マイン!!」
そのロゴスは、衝動的に生じた膨大な殺気を纏って放たれた。




