2章25話 「運命の導き」
「げほ……げほ……げほ……!!」
口の中から肺まで刺激してくる、体に入り込んだ異物を全力で吐き出す。
(しょっぱ……辛不味気色悪い……!
死ぬ……死ぬわコレ、)
うずくまって咽ぶミープの視界に、黒くよどんだ紅が流れ落ちる。
「………………」
そっと額に手を当てて、自分の手のひらを見つめ直す。
「……失血……」
手のひらをべっとりと侵食させた額のソレを、賢衣に拭って、
「よくも……やったなアアァ……!」
* * *
〈…………了解☆〉
念話を終えたミープは呼吸と態勢を整えた後、足元に落ちていた味覚刀を取って立ち上がる。
「それじゃ、早く戻らないと……!」
ミープは暗闇を駆け出した。
(!)
……が、ミープはしばらくしてからムーンサルトで来た道を後退。
(今の感じ……)
ジッと目を凝らし、自分のある一点の感覚器官に全神経を集中。
(…………いる……すぐ、そこに……!)
味覚刀を握る手に力を込めて、臨戦体勢を整える。
(…………!)
何かに気づき、サイドステップで跳躍。
(なるほどね……!
完全に姿が見えないんだ、このアンノウンは!)
理解したミープは得意気に鼻を鳴らす。
即座に両目を閉じて、視界を闇一色で染め上げた。
…………………………。
「!」
ミープは瞑目したまま真上に高くジャンプし、すぐさま味覚刀を納刀。
そして、投げナイフ3挺を真下の地上へと投擲。
ザクザクザクッ!
〔!?!?〕
「手応えありっ!
ミープちゃんの特別メニューを味わわせてあげる☆」
ミープは逆さまの姿勢で、洞窟の天井に接着されたように立っていた。
その両手に握られていたのは、3本に束ねられた分厚く頑丈そうなロープ。
「忍法……土蜘蛛!
……からの、磁石の術!」
ミープはマリオネットを操るように、交差した手を動かした。
〔!?〕
すると、地上へ突き刺さっていた3挺のナイフが磁石に引き寄せられるようにして、ミープの手元に戻っていく。
彼女が投げたナイフの名称は、【ザイルナイフ】。
空中へと放ると、柄尻からザイル(クライミングに使用可能な強度あるロープ)が手元へと飛び出す仕組みになっている。
ナイフをハーケンの代わりとして壁や岩肌に打ち付けたり、ザイルを巻き付けて獲物を捕らえることだって可能だ。
(来る来る……!
毒が近づいてくる……!)
先程からミープが感じていたのは―― 匂い。
彼女は猛毒を持つ花―― 水仙の甘い香りを感じた。
毒草がひしめく山や森に入る経験が家業柄豊富な彼女は、草花やキノコを目視と匂いで毒物かどうか識別することが可能なのである。
「鹹突!」 【五行:水】
鞘の中の鋼が、墨のように黒一色に染められた。
「えいっ!」
ミープはザイルナイフの回収と同時に、抜刀した黒の味覚刀を虚空に突き出す。
「酸薙!」 【五行:木】
今度は味覚刀が緑に変色。
すかさずミープは天井から飛び降りて、再び虚空を左いっぱいに薙ぐ。
「苦断!」 【五行:火】
間髪を容れずに赤くなった味覚刀で、同じ位置にXの字を描く斬り上げ。
「甘切!」 【五行:土】
お次は黄色の刃で縦一直線の真っ向斬り。
「天啓!
辛捌!」 【五行:金】
ミープは足で空気を蹴ってダッシュ。
器用な手さばきで、白い味覚刀をヌンチャクのように旋回させて……。
(目を閉じていれば、感覚器官が耳と鼻に集中されて高まる!
匂いをたどることができれば……敵がどこにいたって、視界が真っ暗だって関係ない!)
ミープは高所から落下しながら、宙を微塵に裂いていき――
五行による五味天啓コンボがフルで炸裂!
〔!??!〕
「召し上がれ☆」
華麗に着地したミープはようやく瞳を開いた。
右手の味覚刀と左手のザイルナイフを交差させ、ウインクと共に見栄を切って決めポーズ。
「ニンジャでハンターで料理人志望のワタシの嗅覚を甘くみると火傷するよ!」
姿が見えないだけでなく、まともなコミュケーションすらも取れない相手に対して挑発。
ウオオオッッ!
味覚刀の刃先が分割して、覚醒。
〔…………!!〕
時を同じくして、ミープが攻撃していた地点の虚空が丸く歪んでいく……。
何かがこちらへと降りてくる。
「………………」
思わず唾を飲み込むミープの頬に、一滴の汗が流れ落ちる。
〔………………〕
降りてきた者が姿を現して歩み寄ってきた。
「きぃやゃああああぁぁぁぁぁぁ!!
出たーーーーーーーー」
全身が菫色をした無数の骨でツギハギされたバグ。
禍々しいトゲトゲとした二叉の槍を携えている。
焼け落ちたような不気味な黒の双眸。
光なきこの闇の最深部にふさわしい外見のアンノウン。
〔!〕
ドクロバグは早速、槍を振るいながら迫ってきた。
そして、目にも止まらぬ一閃。
「お化け、ガイコツ、ゾンビィィ……!」
ドクロバグの登場に、なんとも情けない大大大絶叫のミープ。先程までの強気で無邪気な態度はどこに行ったのだろうか……。
〔!!〕
ドクロバグは槍を下から切り払うように、ミープ狙って振り上げ。
「ひえええぇぇぇぇん!
そんな姿を晒すなら出てこないでよぉ~~!」
ミープは体をそらしたり翻したり。
今にも泣きそうな顔と声をしている割には、殺気に満ちた槍の斬撃をきちんと避けている。
〔…………〕
ちょこまかと動くミープ(のオド)に腹を立てたのか、ドクロバグは持っていた二叉の槍に謎のオーラを注ぎ、
〔!!〕
槍の穂先から、黄色と紫の花びら舞う竜巻を発生させて、ミープを亡き者にしようとしてきた。
「のうぇーーーー!
さっきの気持ち悪いアンノウンの方が、まだマシマシだった~~!」
M字開脚の大ジャンプ。
ミープをロックオンして牙を剥く竜巻から、なりふり構わず大股開いた品のない回避行動。
「もう、イヤ!
金沌!」 【五行:金】
怯えながらも、流れるように天啓の発動。
〔!?〕
ミープの体が武器諸共に、金平糖のような星屑の束へと変化。
「鮪泳!」 【五行:水】
45ノットの瞬間加速。
大口開けたドクロバグに迫る、激しい星屑群衆の急流。
〔!?!??〕
虚を衝かれていたドクロバグは、反応できずに透け透けの口の中に異物の混入を許し――
「天啓。
蟲喰」 【五行:木】
ドクロバグを蝕む見えない斬撃。
〔!?!!?〕
昆虫サイズまで小さくなったミープが繰り出す秘技。
ムシャムシャと内外から喰い荒らすような激しい斬撃で、骨をバラバラに切り刻み、
「天啓!
灰鬼!」 【五行:火】
人間サイズに戻って外に出てきたミープのデコピン。
指先から、廃棄処分の焼却扇風が吹き荒れた……。
〔!!!!!〕
「泥炊!」 【五行:土】
地面をかき上げる味覚刀のスイング。
米粒のように細かい大量の泥が、ドクロバグの全身いっぱいに盛り付けられた。
「終わりぃぃぃ!!」
グオオオオオオオッッッ……!!
最後の仕上げに、溜まりに溜まった糧の放出。
味覚刀から発射される、ジューシーでとっておきの隠し味……。
* * *
元々骨だったドクロバグを火葬して完全な灰に変え、更には土葬……からのオーバーキルで勝利を収めたミープ。
念の為、ドクロバグから匂っていた毒が自分に感染しているかもしれないので、携帯していた毒消しスプレーを全身に噴霧。
「…………あのバグは、もう忘れよう……」
すっかりトラウマになったもよう。
「よし、とりあえずアンノウン1体撃破!
早く戻ろう!」
膝をパンパンと叩いて、気持ちを切り替えたミープは再び駆け出す。
「!!」
その時。
またしてもミープの行手が遮られた。
バクン……!!
心臓が生まれて初めて、破裂するような音を鳴らした。
「…………え……?」
突然。
体から全ての力が抜け、ミープはゆっくりとうつ伏せで地に崩れ落ちた。
「ごふっ……!」
顔が青紫に変色。口から鮮血がとめどなく噴き出る。
(…………解毒処理もしたのに……どうして……!?)
息が苦しい。
喋ることも念話もできない。
ドクロバグの恐ろしさ。
それは槍での斬撃や、槍から放たれる竜巻などではなかった。
最初に姿が見えなかったことや、毒の体を持つことでもない。
【自分が倒された時、それまで自分に攻撃を加えた対象全てに、死の呪いをかける……】。
それがドクロバグの真の能力であり、恐ろしさであった。
つまり、ドクロバグを倒せば、絶対に誰かは死ぬことになるということである。
(いやだ……!
こんなところで……死にたく……ないっ……!!)
何故こうなっているのかは理解できないまでも、自分に死が近づいていることを悟ったミープは、必死にあがく。
* * *
《ミープさん……。
妹を……シノを頼みます。
シノは少しシャイだけど、とてもいい子ですので、ミープさんのお役に立ってくれるはずです》
《任しといて♪
ノンちゃんはワタシが絶対に守るからっ!》
出撃の前にクノから託されたもの。
(く、クー君……)
《ミープ、辛かったらいつ帰ってきてもいいのよ》
《島のことを考えてくれるのは嬉しいが、パパもママも、お前が危険な目に遭うと考えるとやっぱり……》
《やだなぁ、我が家は湿っぽいのは苦手っていつも言ってるくせに!
この島も、リエントも、全てか・わ・い・い愛娘のワタシに任せておけば、全部安泰なんだから♪》
極限の中、脳裏に流れるのは――賢者になって島を出ていく時の光景。
《お姉ちゃんがんばれ~~!!》
《身体に気をつけるんだぞ~!》
《ミープが英雄になって帰ってくるのを楽しみにしてるよ~~!》
島の人達は自分に希望を託して、笑顔で送り出してくれた。
(ミンナの思いを背負っているんだ……簡単に死ねない……!)
地を這って、手を伸ばした先にあるものは――覚醒がまだ解けていない味覚刀。
まだ近くにバグが、アンノウンがいるという証。
(ワタシは……この島を……リエントを……。
バグの出ない……平和な世界に……。
ミンナが笑って……食事ができる世界にするまで……)
灯火が消えるように、一滴のしずくが静かな音を立てて土を濡らした……。




