1章3話 「戦闘」
「ここは…………どこなの、兄さん……?」
「……間もなくバグが発生すると言われていた、スーカン村……だと思いますが……」
一瞬で目の前の景色が切り替わった。
まるでテレビのチャンネルを切り替えるかのように。
「雪……雲……空……」
クノとシノの足は白い草木に設置され、冷気をその身に浴びていた。
周りには誰もいないが、背後に集落のような住居の並びが見える。
営業……断捨離。
「……あの村の人達をぼく達が守る……命を懸けて。
このためにあの方は、今日までぼく達を育てていた。
それに、同伴者を拒否したのも、あの方の要望だとすれば……」
「わたくし達……どこまで行ってもあの人から逃げられ――」
シノの言葉が止まり、顔つきが急に強張った。
「……どうしました?」
「……この気――何か来る!?」
直後――どこからともなく、黒い人影の集団が取り囲むように現れた。
〔……〕
〔……〕
〔……〕
その数は、10。
いずれも成人男性並の体格で、目も、耳も、口も、鼻もしっかりある。
特にその瞳は、不気味なオレンジに光り輝いていて異質。
心臓があると思われる位置には、赤紫のオーブのような物が括り付けられていた。
「これが……【バグ】……ですか!
初めて見ましたよ、一般常識のはずなのに!」
状況が理解しきれないが戦うしかない。
これまでも、いつ死んでもおかしくない目に遭わされていた。
きゃああああ!!
臨戦態勢に入った2人の耳に、大きな悲鳴が轟いた。
声の方角を見ると、園児程度の少女が腰を抜かしていた。
〈避難勧告は完璧でした……。
それなのに、あのような勝手をされるとは……〉
〈戦ってくれ、バグ達と。
あの子だけだ、避難が遅れたのは〉
同時にクノとシノの脳裏に、クリアとハンディーの【念話】が差し込まれた。
〈それから言われたよ、バグの細かい情報を教えるなと。
機関の者かららしい、君達の。
自分達で考えて戦ってくれたまえ、申し訳ないけど〉
「バックアップとは、一体っ!?」
結局は自分達の力のみで戦わなければならないことにクノは落胆。
自棄気味に突進していく。
(体格差はいつものこと。
手の内は全くもって不明。
今の位置から、最もリスクが少なくて最大の威力を出すには……)
バグの1体に接近したクノは、股間部に目掛けて、鉄槌。
〔………!〕
よろめいたバグは、そのままうずくまった。
バグは声を発することは一切しない。外見は真っ黒に塗りつぶされた人の姿だが、言葉を話すことができないようだ。
(金的が入って崩れた?
次は!)
クノの貫手と、バグの頭部が一直線に並んだ。
その瞬間には、彼のフィンガージャブが緋色の両目に炸裂していた。
(よし、こっちの攻撃は通る!
2点の急所を砕いた今、畳みかけれ……ば……っ!)
首元に、不意を突く、鋭い衝撃が走った。
一瞬の暇の内にフル回転させている思考に割り込む手刀。
両目を殺したばかりのバグから、正確な軌道で放たれた。
「ぐっ……」
「兄さん!」
クノの救護をしようとするシノに、死角からの攻撃。
(シノ、危ない!)
今受けたばかりの一撃のエネルギーを、自身の拳に転用。
最愛の妹を狙う、許し難いバグの目元にストライク。
〔…………!〕
今度も決まった。
……だが。
(目つぶしが効かない……ダメージは入った手応えはある。
なら、バグはどうやってぼく達の位置を認識しているんだ?)
戸惑っていても、相手は待ってはくれない。
次々と向かってくる。
「兄さんから、離れろ!」
捻りと回転を加えながらの割り込み。
シノは地に手をついて、身を極限まで屈める。
バネのように高く伸びる、渾身の蹴り上げ――半月当て。
首を狙ったはずの攻撃が、バグの胸元で妖しく煌めくオーブに直撃。
雪で相手が滑ったことによる偶然だったが……。
〔!!〕
強烈なインパクトで、オーブが粉砕。
その瞬間に、バグは塵となって消滅した。
「兄さん……これは……!」
「そうか……あそこが弱点なんだ!」
バグへの戦い方を掴んだシノは、雪を蹴り、宙を舞う。
近付くものを切り裂く、鎌鼬の如き旋風脚の連撃。
バラバラに点在するバグのオーブを、次々と蹴り砕いていく。
クノも、両腕を使用した赤手空拳の嵐。
前方に広がるバグ数体を一掃。
互いの体格差から、オーブを狙うには距離をギリギリまで詰めたり、オーブに攻撃が届く位置にまで姿勢を崩させなければならない。
それでも、どう対応すればいいのか分かれば、戦うのは俄然楽になる。戦術思考も他のことに回せるのでこちらの戦法も組み込みやすい。
「いける、兄さん!」
「はい、あと4体です!
はっきり言って、弱点さえ分かれば強くない!
このまま一気に――」
〈な~にをしているのだ!
この新米!〉
高揚していた戦意は、予想外の念話に削がれてしまった。
〈どうして僕の開発した天啓を使用しない!〉
「「……え?」」
てっきり、逃げ遅れた園児の少女にバグが迫っているなどの叱責かと思った。
だが、そんな真っ当な内容ではなかったことに驚きを隠せなかった。
〈僕の天啓の優秀さを知らしめるためだけに、チミ達は存在意義があ~る!
チミ達のようなクソ餓鬼に錬金術が使えると思うか、え!?
僕が開発した天啓は、クソ餓鬼でもノープロブレムに錬金術を使用可能にした、素晴らしき栄光なのだ!
分かったら、僕の功績に万謝の後、とっとと天啓を発動させい!〉
〈使ってくれ、天啓を。
基準になる、今後の〉
「「…………天啓」」
呆れと不満をブレンドした顔で互いを見合わせながら、2人はその言葉を呟いた。
賢者が発する【そのワード】は、言霊――【ロゴス】となって、
「ぐっ!!」
「いやぁぁぁぁ!!」
天啓を発動させるトリガーとなるのである。
人類一人一人に宿る生命エネルギー【オド】と、
リエントの空気中に満ちる自然エネルギー【マナ】。
それぞれが持つ力や利便を、極限まで引き出すことに成功した。
二つを照応させることによって、錬金術の原理原則の一つ【マクロコスモスとミクロコスモス】を達成させたことが、その理由である。
「「ああああああ!!」」
心臓を中心として身を刺激する、活性化したオド。
寒空に忍ばせられていた、マナの体内侵入。
それらは、拡張された脳で一つになり……扉が開かれる。
(ぼく達は……)
(わたくし達は……)
《戦ってもらう、命を懸けて》
(誰のために?)
(何のために?)
((生きるため……それだけ?))
激痛の中で、クノとシノの脳にずかずかと流れ込んでくるビジョン。
人の身では起こせない、超常の技と魔法の数々。
それは―脳改造された際に埋め込まれた、ルードゥスの錬金術研究のデータである【アカシックレコード】。
2人は、その受信端末となっているのである。
(結局、わたくし達には自由なんてない)
(生まれた時から大人達に利用されて――その先に何がある?)
それでも。
《絶対に帰ってきて》
《もうわたし達は、一緒に暮らす家族だから》
「「……!!」」
最後に見えたのは、光。
聞こえたのは、ただ一つだけの肯定。
「陽鏡!」
体温が上昇するクノの額から、地を抉る極太の白いレーザー光線。
「ルネス!」
精神が鞭打たれるシノの拳から、空を侵食させるドクロの気。
それぞれが、残ったバグを2体ずつ瞬殺。
アカシックレコードに記された中から自らが使用したい技を選択し、オドとマナの加護を受けた肉体で放つ――それが天啓。
2人の放った天啓はバグだけでなく、己の肉体すらも爆ぜさせて崩壊へと導く、神に近づくための階段。
〈…………【火】の陽鏡と【水】のルネス!
成る程……エネルギー数値は僕の予想以上だ!〉
* * *
バグのいなくなった雪原の中心で、クノとシノは倒れ込む。
体が動かせない。そのまま意識を失って凍死してしまいそうだ。
「シノ…………。
無事ですか?」
「すごく痛い…………。
でも、兄さんもわたくしも、生きているわ……」
「ちょっとアンタ達、何寝てるのよ!?
しっかりしなさいよ、バカ!」
たった今守ったばかりの、園児の(生意気な)声が聞こえた(守ったこちらが怒られている)。
その声がだんだんと大きくなってくるのに反比例して、聞き取るのが困難になっていく。
口が、目が、耳が凍える。機能しない。
人間が生命維持や生活に必要な体の要素まで、減退の一途をたどっている……。
〈これなら、【ハードタイプ】も余裕だ!!
やはり、僕の天啓は素晴らしい!
いずれはバグを完全に滅する光となるのだああ!〉
それでも、脳にダイレクトに送り込まれる錬金術師の、この上なく不快な狂声は、遮断されなかった。
「……バグへ楽々に打ち勝てる力、餓鬼でもノープロブレムに……。
どこがだよ……。
バグよりも……脅威じゃないか……」
「脳改造された時よりも……ずっと痛い…………」
クノとシノは僅か7歳にして、その身に降りかかる数々の地獄に自嘲して瞑目した。
意識が途切れる瞬間、
〈やりました……。
ステージクリアしました……〉
アクションゲームにドライに熱中している、クリアの念が届いた……。