2章21話 「フェリス・プロパイド」
これまでバグに襲われた回数は、リエント最長の1079回。
それを物語るように島の居住区は、浜辺付近とは違い分厚い隔壁で何ブロック、何層にも区切られ、全ての住居にドーム状の三重層の装甲が組み付けられていた。
自然豊かな昔ながらの解放的な島というより、人工的な要素が多分に加わり、機械や武装に支配された鉄と鋼の孤島。
大きな1つの建物の中に小さな部屋を沢山作ってそれぞれが暮らしているような感じだ。
「昔はこんなんじゃなかったんだって。
もっとお日様の暖かい光を浴びて、外の空気を吸って、牧歌的でのびのびとしていたって。
あの海や林のように……自然のままで」
「……そう……なんですか……。
もごもご……」
シノは口の中を動かし、何かを咀嚼。
「ねぇ……何食べてるの……?
これから食事なのに……」
覗き込んでくるマスク姿のミープに向けて、シノは左手を掲げる。
「草……ですけど」
先程むしり取ったばかりの束がしっかりと握られていた。
「ホントに食べてるーーーー!?!?
なに子ジカちゃんみたいなクリクリお目々で、カバさんみたいな呑気な顔して頬張ってんの!?」
「木の枝と、石ころと……泥もありますよ?
わたくしの分の食費や食材はこれで浮くはずですわ」
「それでもヒロインか!?」
滑稽劇をしている間に、一面が全て白を基調とした居住区の、とある一画まで到着した。
左手側にも右手側にも、飲食店や居酒屋、電気屋、服屋などの様々な店が並木道のように連なっている。ここは商店街らしい。
「……よし、ここ!
入って♪」
お忍びのように付けていたマスクを外した彼女が、笑顔で差したのは。
【フェリス・プロパイド】と屋根の看板に書かれている建物。看板にはシカにイノシシ、カモのイラストが描かれていた。
「遠慮はなしだからね!」
* * *
「いらっしゃ……!?」
カウンターから元気ハツラツと顔を出してきた、筋肉ムキムキな店主。
その横には、奥さんらしき細身の女性。
両者、こちらが戸を開けた途端に固まってしまっているが……。
「おかえりミープ!
しばらく見ない間(2ヶ月)に大きくなっ……いや、変わってないな……!」
「元気でやってた!?
ささ、早く早く上がって!
そのかわいい子は?
後輩ちゃん?」
かと思ったら、すぐに2人ともあふれんばかりの嬉しさを周囲へと撒き散らして一転。
「ミープちゃん、帰ってきたんだ!」
「わーい!
おねえちゃんだ!」
「帰ってくるなら、事前に言ってくれよな!
いつもいつも!」
店主夫婦はミープの両親だった。店内にいる客も全員がミープの顔見知り。
「ただいま~!
パパ、ママ、ミンナ!
おっひさ~♪」
ニコニコと明るく手を振っているミープ。
「ムギュ……☆☆」
……の姿は、押し寄せる人々にもみくちゃにされて、すぐに見えなくなった。
店内の壁に立てかけられていた釣竿やバケツ、網やクナイ、猟銃などが宙でてんやわんや。
「ミープ……さん……?」
まだ入り口へと足を踏み入れていなかったシノの視界に、一瞬キラリと鋭い輝きが飛び込んできた。
「ふぎゅうう~~」
壁に飾られた堅剛そうなハンティングナイフ。
刀身に映るミープの、渦を巻いて人肌の波にたゆたう双眸が、この島に生きる者達の人柄を物語っていた。
* * *
「~ったくぅ、ミンナ相変わらずお祭りみたいにはしゃいじゃって!」
放心していたシノは、阿鼻叫喚の(天獄?)絵図の後、目に星を浮かべてクラクラしているミープと共にカウンター席に招かれた。
ミープの両親は、このフェリス・プロパイドという食堂を営んでいる。母の名前が『マレット』。父の名前が『タキオ』。
「お待たせ!」
「!」
マレットがシノの目の前にドーン! と勢いよく置いたのは、白濁濃厚スープの醤油ラーメン。
脂の乗ったドデカいチャーシューに野草やハーブ、キノコまでもが豪快にトッピングされている。
「この店の名物、【リミースラーメン】だ!
さぁ、召し上がれ!」
得意げに腕を組んでいるタキオが熱く促してくる。
「い、いただきます……」
緊張の面持ちで箸を取る。
大きさに反して柔らかいチャーシューを一口サイズにカット。
スープに絡めた麺と仲良く一緒に口の中に運ぶ。
「!?」
とろみのある濃厚スープの味わいがしっかりと乗ったつるつる麺と、それに交わる炭火でローストした正体不明の赤身肉。
それぞれが、運命の糸のような2本の箸に引き寄せられてランデブー。食道のバージンロードを共に渡り、胃の中で1つになった。
「……これは……」
初めて食べる肉の味……。
……豚肉ではない。
賢者になった直後は全てが初めての味だったが、今はベルウィンのおかげで色々なものを口にしている。
しかし、これは全くの未知。味覚にもアンノウンがあったと改めて思い知らされる。
「すごく……美味しいですわ……!」
胃に抱えていた緊張感が覿面に和らいだ。
「上手く言えませんが……胸の内が果てしない海の飛沫に流されていくような……。
心がまろやかになっていくような……温かくて優しい味です」
味覚が壊れていることを未だに自覚していないシノにできる最大のレビュー。
それでも、彼女にとっては偽りなく感じた気持ち。
(周囲からは陰でイマイチな)ベルウィンの料理でも似たようなものを感じていたが、それ以上に鬱屈とした心情が少し晴れていくように思えた。
温かいのに、頭が冷えていく不思議な感じ……。
「そうでしょ、そうでしょ!
もちもちとした弾力から口の中いっぱいに広がっていく、イノシシの脂身のしなやかで上質な甘み!
それを更に引き立てるクリーミーなスープ!
海老に鯛、鮪などの海の幸のダシが満点のスープは、舌ざわりが抜群!
脇役と嫌煙されがちなキノコや山菜達にも、うま味や穏やかな香りがたっぷりと詰まっていて、スープの魅力を後押ししている!
そしてそれら全てを舵取りするのが、主役の存在―コシのある自家製太麺!
滋味がそれぞれの中にぎゅっと濃縮されて、自然の美しさとたくましさをふんだんに感じるでしょ?」
「どうして、あんたが食レポしてるのよ!
おかしいの!」
お目々キラッキラで優越感に浸りながら舞い上がるミープを、マレットが笑いながら咎める。
「だってだって!
島の外の子にうちのメニューが美味しいって言ってもらったのなんて、かなり久しぶりだから!」
「ハッハッハ!
嬉しいよ、誰であろうと褒めてもらえるのは!」
必死に訴えるミープにつられて、店主のタキオも大きな笑い声を上げた。
「……」
「あ!」
呆気に取られているシノに気づいたミープは、咳払いして説明に入った。
「えっと……この店の食材はね、山や海で暮らしている生き物を使っているの。
狩りや釣り、漁をしてね。
ワタシ達の一家は、料理人兼ハンター兼ニンジャだから。
もちろん、他の店だって島の特産品をふんだんに使ったりしてて、この島でしか味わえない食の文化が築き上げられている……」
(島の生き物や自然に、この島の人々は生かされている……。
だから――先程はわたくしを止めて……)
得心が行った。
「それがこの店の売りなんだけどね……。
バグが頻繁に出てる土地だから、なかなか外のお客さんが来てくれない……!
もちろん、他のお店だってそう。
だからワタシは、バグが出ない世界を作って、島を発展させるための代表として賢者に志願したの!」
「……そうだったんですか……。
……あの」
「?」
シノは察した。
ミープは常に天真爛漫な笑顔を浮かべている。出会って間もない頃のベルウィンに近いのかもしれない。
しかし彼女はいつも、その屈託のない顔の裏に重い想いを隠しているのだと……。
「少し、落ち着きましたわ……。
申し訳ありませんでした。
わたくし、兄さんと初めて任務で離されたことや、アンノウンが襲来することに焦っていたみたいで……」
「気にしない、気にしない!
ミープちゃんは優しいんだから!」
「…………。
うふっ、自分で言います?
おかしいですね!」
「そうそう、それそれ!
ノンちゃんはそうやって笑っている方がかわいいよ!」
「かわいいとか、そういうのは……その、今はやめてください……!」
「アハハハ!
赤くなった~!
満更でもなかったり~?」
「ですから!」
「アッハッハ、もっと赤くなった~!」
なんだか、急激にミープの明るさと雰囲気に引き寄せられていく。
戦いの前に不安が薄められたのは、シノにとってプラスになった。
彼女がシノをここに連れてきたのには、こういう意図があったのかもしれない。




