2章18話 「最後の天啓」
バシュン。
「……!」
スライムバグの体内で抵抗を続けていたバリーは、目を見張り固まった。
「やっぱり、あなたでしたか……バリーさん」
外でなにやら叫んでいた少女が、いきなり目の前に現れたのである。
「中から少し見えてた……。
もしかしてと思ってたけど……賢者さん?」
短めの黒髪。
灰色の達観した瞳。
綺麗な色白の肌。
昼間に会った彼と、胸以外はよく似た容姿。
「そうです」
少女は即答した。
「あなたの必死に抗うオドは感じていましたよ。
だから掴めた、このアンノウンの倒し方を」
声変わりまでした少女は、その手に装着した白銀のガントレットを掲げ――
「わたしも人質になって、中で暴れればいいって!!」
ズガン、ズガン、ズガン!!
「……ほぇぇ~」
男が女になった。
信じられない光景に、バリーはへたり込む。
〔!!!!!〕
スライムバグも抵抗。
地を、壁を、天をぐにゃらせて、クノとバリーを押しつぶそうとしてくる。
「うわぁっ!」
「マイン!
わたしの中のオドを引き出せ、完全に!!」
クノは全く怯むことなくオドを強化して、更なる追撃。
「アアアアアアア!!」
蒼の焔を刀身に宿らせたライトセイバーの乱舞。
最も脆い部分を探りながらの、突きの連撃。
〔!!〕
「ッ……」
たとえ、波打つスライムの反撃に遭おうとも。
足がスライムに埋もれても。
頭がすっぽりとスライムに飲み込まれても。
次第に、こちら側の暴走が抑えられて劣勢になってきていようとも。
クノは止まることなく攻撃を繰り返す。
その勇ましさは、女になったということをまるで感じさせない。
男だった時よりも漢になっていた。
「アタシもっ!!」
ゴン、ゴン、ゴン!
傍らで小さく非力な加勢。
「……クッ!」
しかしそれらも空しく、クノの両腕はスライムに完全に覆われて浸食された。
(…………)
頭がスライムに飲まれたクノは、呼吸が困難になっていた。
身動きも殆ど取れない。
マインの剣は持っていかれた。
(――尻尾があるッ!)
それでも、まだ諦めない。
「…………!?」
尻尾が出ない。
臀部までスライムで塞がれてしまっていた。
「ああああっっ……」
やがて、スライムの魔の手はブンブンと飛び回る邪魔なハエにも。
作戦が失敗。
絶体絶命。
* * *
(ぼくが持つマインのライトセイバーを使っていると……アルシンさんのおもちゃを思い出す……)
薄れゆく意識の中。
クノの脳裏を満たす、ログハウスにあったビームサーベル。
ナハトとかいうアニメに使われていた玩具。
(アルシンさん……あなたはファムさんも、おばさんも、村の皆さんも全部、その手で守りたかったんですよね……?
そして、ナハト、ヒーローとかいう存在に憧れていた……)
アルシンとは特に親しかったわけではない。
あの日にしか会ったことがないし、彼のことはそこまでよく知っているわけでもない。
だけど。
だからこそ。
(あなたの守りたいという思い。
背負って今日まで生きてきたつもりだった……。
でも、背負うだけじゃダメだ。
その思いを、わたしに渡してほしい……!!
ヒーローになりたかった憧れもひっくるめて、わたしが持っていく!!)
全部、この胸の深層に加えてほしい。
マインはそれをも引き出す力だから。
たとえ、暴走したとしても。
制御できなかったとしても。
ドリアンがいる。
もしそのドリアンが限界になった時は――
「…………暴走なんて、怖くない……!!
マイン、辰砂さん、アルシンさん……ファムさん……。
この町で命を懸けている皆さん……。
力を!!」
* * *
バアアアアアアン!!
「!?!?」
目を回し、尻餅をつくバリー。
「ごほっ、ごほっ、かはっ、」
酸欠になりかけて崩れ落ちるバリー。
視線の先で揺らぐ、圧倒的な紅の塊。
肌に吹き付けてくるのは、微かな外の風……。
バチバチと燃えている火花。
「風穴が空いた……!
今こそ使う!」
先程とは聞こえてくる声が違う。
「天啓!!」
少年の気迫に満ちあふれた声。
どんな障害も吹き飛ばしそうな、迷いのない叫び。
「はあああっっ!!」
男に戻っていたクノ。
彼を飲み込んでいたスライムは、彼の周辺を飛び回る火花のオーラによってかき消されていた。
「でええええぇぇぇぇい!!」
腕を思いっきり引いてからの……渾身の突き。
取り戻したライトセイバーが刺さった箇所は、僅かに空いた外へと通じる亀裂。
「この一発で十分だ!!
水破!!」 【五行:水】
放ったのは、防御カウンターの次に得意な技。
杭打ちのように繰り出された寸勁が、亀裂に突き刺さるライトセイバーの柄を押し込んだ。
格闘と天啓とマインの併合による一撃。
亀裂が広がって、砕け――
人が外に飛び出すためのトンネルができあがった。
〔???????〕
途端に崩壊を始めたスライムバグ。
地響きのような音と衝撃を最後に、その存在を今度こそ終えようとしているのだ。
「バリーさん、ここから皆さんを一気にまとめて助けます!」
「……えっ!?」
バグが終わっても、こちらの戦いはまだ終わっていない。
「伸びろおおおおおおおお!!」
崩壊中のスライムの中を高速で突き進むオレンジの延長コード。
(何千のオドだろうが、救えるはずだ!)
「俺様の完全な力を甘く見るな!」
どんどん伸びて、広がって、何状にも枝分かれしていく尻尾。
やがて、拡張されていく臀部の力が何かを掴み取った。
* * *
きゃあああああああ!!
ルドメイシティに轟く大絶叫と。
「全員、助け出しましたよ!
皆さん!!」
絶叫を統率する、少年の勝鬨。
崩れていくトンネルから飛び出したクノは、そのままの勢いで飛翔。
ビルで命を懸けて立ち向かっていた男性陣の元へと向かっていく。
彼の伸ばした尻尾は、数kmにまで及んでいた。
町の外まで続いており、先端が無数に枝分かれ。
それらの節々で、バリーも含めたルドメイシティの全女性がくるまれている。
「!!」
クノはビルの前で停滞した。
何故だか屋上には冷気と氷がまばらに見えている。
「皆さん!
救出した方々を関所と、入り口前の広場、石橋の3箇所に退避させました!
ご家族やご友人、大切な人達がいる方はお迎えに行ってあげてください!」
「ありがとうございます!」
「このご恩は一生忘れません!」
「シズクちゃああああぁぁぁぁん!!」
前面から浴びせられる感謝の嵐。
喜びを露わにした男性達は、一目散にたちまちに、ビルを駆け降りていく。
これで、一件落着……。
「!?」
……とはいかなかった。
〔!!!!!!〕
クノの背中に絡みついたスライムの悪あがき。
そのまま、クノは後方へと強い力で引き寄せられていく……。
「何っ!?」
真理把握の囁き。
【新月の下で咲き誇る巨大な蓮。
それを破壊しない限り、スライムバグは復活する】。
(くそっ、早く教えろよ!!
まずい……このままじゃ、振り出しに――)
「天啓……輝翔翼」 【五行:火】
燦々と輝く鵬翼が横切った。
クノを引き寄せるスライムが斬り刻まれた。
(あの天啓、もしや!!)
宙を光速で駆けるのは、猛火に包まれたドリアンだった。
煌星を構えて一直線に向かっていく先は。
復活を遂げようとしているスライムバグの体。
(ドリアンさん!!)
(言ったろ、僕が守ると)
彼はまだ復活が完全でない今の内に、トドメを刺さなければならないと判断した。
自分が命を落とすことになったとしても……。
本来の表記は【棄焼翼】とされているその技は、発動すると他の天啓を凌駕する絶大な力を得ることができる。
しかしそれと引き換えに、無効化が無効な大きな反動を伴う。
故にこの技の主な使い道は、天啓の使用上限が尽きた場合の特攻用。
もっとはっきり言うのであれば――自爆。
「…………」
クノは上空――忌々しい蓮の花を見上げた。
ヒュオオオオゥ……。
クノのもとに現れた氷の道。
空中に急に現れた氷のハイウェイ。
(微力ながらもお手伝いすると……言いましたよね?)
ビルの屋上に未だ残っていたアドクス。
彼が吹く謎の笛の穴から漏れていくのは冷気。
冷気は一瞬で氷に変質していき、クノが見据える蓮の花へとレールのように敷かれていく。
(……ありがとうございます)
クノは町の外から戻ってきた尻尾を氷の道に叩きつけ、反動で大きくジャンプ。
着地後も同様のことを、蓮の花にたどり着くまで繰り返し……。
「……!!」
蓮の中心部に侵入した。
花弁、雌しべ、雄しべ、花托。
その全てを、指先で旋回させたライトセイバーで切断と焼却。
蒼の業火と劫火に包まれて、その命を終わらせていく蓮の花。
その真下で、ようやく雲散霧消していくスライムの化身。
時計塔の鐘が鳴る――
辺りには、日付が変わったことを報せる鐘の木霊だけが響いていた……。
高熱の霊光が狼煙を上げて天へと昇っていく。
その上では、3つの流れ星が宇宙を駆けていった……。
* * *
「天啓!!」
初めて使用する技。
「カタルシス!」 【五大:空】
特訓中によくブウェイブに使ってもらっていた天啓。
この最後の天啓は、彼が命を落としそうになった時に使おうと決めていた。
「生き延びるって言ったあなたの言葉、嘘にさせない!」
地上に降り立ったクノは、スライムバグの復活を防いでくれた炎のドリアンを抱擁。
人の痛み、病気、ダメージなどを自分の体内に吸収させて、肩代わりすることができる天啓。
既に体に刻まれた外傷を治すことはできないが、リアルタイムで起こっている火災を止めるぐらいのことは可能。
「あなたの痛み、全てぼくが奪わせていただきます!」
ただの炎に触ることだって普通の人に成せることではないというのに。
この少年は、それ以上の高熱で燃え盛る炎を躊躇いなく掴み取った。
(ドリアンさんがぼくを救い、守ろうとするのなら……。
ぼくは――ドリアンさんを救って守ってみせる!!
全てを救って守ってみせる!!)
ドリアンが限界になった時は自分がいる。
自分が彼を助ける。
その手に握られたアドクスが作った氷が溶けて――
ボキャッッ!!
リミットを超えた熱に耐えきれず、クノの両手が爆ぜて砕け散った……。




