2章17話 「転換」
人質。
女性しか取り込まないアンノウン。
女性を取り込むことで力を得るアンノウン。
まともな攻撃を与えることも、その隙を作る暇すら与えてくれないアンノウン。
もう少し。
あともう少しで、こいつの攻略法が見つけられそうだ。
もう少し。
《クノ君》
《クノ君!!》
* * *
「――!」
目が覚めた。
「無事か、クノ君!?
僕は無事だぞ!」
ドリアンが心配そうな右目で見下ろしていた。
「……ここは……」
「時計塔の上だ。
数百mは飛ばされた」
体を起こして様子をうかがう。
石や煉瓦で形成された自然と人工的が合わさったルドメイシティの町並みの殆どは、金色の得体の知れないスライムで埋もれてしまっていた。
もはや浸食が進んでいない場所は、高層の建物や町の出口である石橋の方面などしかない。
立ち上がったドリアンが前に出た。
「この様子だと、人質にされた方々だけでなく、市民達の安全も保証できない。
一か八か、最後の賭けに出るしか――」
ズガガガガガガガガガガガガガ……!!
空中を横切った轟音と弾丸。
「「!?」」
クノとドリアンは目を見張る。
対バグ用の戦闘機が上空から霊式機銃と機雷でスライムに立ち向かっているのだ。
当然のように、その攻撃はスライムには効いていない。
「行くぞ、みんな!!」
「マスター賢者の援護をするんだ!」
「仲間も町の人々も救ってみせる!」
時計塔の真後ろに建つビルの屋上。
防衛省の男性達が、町に配備していた霊式をかき集めて意気揚々と戦闘態勢に入っていた。
「俺達だって戦いますよ!」
更に、その背後。
「政府の方々だけが戦っているわけではありません!」
ルドメイシティの一般市民の男性達。
関所の門番や市長のアドクスもいる。
彼らは、槍や剣、ぐにゃりと珍妙な形状をした見るからに貧弱そうな武器などをその手に握っていた。
アドクスに至っては、謎の長い笛のようなスティックを携えている。
「妻をあのバグに取られるわけにはいかない!」
「娘を返してもらう!」
「今度俺はシズクちゃんと結婚するんだ、バグなんかに奪われてたまるか!」
大切な人達を奪われた男性達の怒りだ。
彼らは自らの力で取り込まれた女性達を救おうと立ち上がっている。
「どうやら、皆さんは無事だったようだ。
だが、あれでは蛮勇に無鉄砲。
無駄死にになってしまう……下がらせなければ」
確かにドリアンの言葉通りだ。
彼らの行為は無謀でしかない。
そもそもこちらの立場上、防衛省はともかくとして、一般市民を戦闘に駆り出すなんてことはあってはならない。
(もしかしたら、アルシンさんとファムさんもこんな気持ちだったんだろうか……)
だが、クノが感じた気持ちは全く別のモノだった。
* * *
「…………はぁ、はぁ、……はぁ……」
自らに鞭打ち気張って。
狭く入り組んだスライムの体内を這って、縫って……。
進んだ末にたどり着いたのは、行き止まり。
(……息が……苦しい……)
壁をコンコンと叩いてみると、見た目とは違って案外脆そうな軽い音が反響する。
「外側から攻撃は通せなくても、内側からなら……」
バグの中からは外の光景が見えていた。
あのマスター賢者の2人だけじゃない。
町のみんなも、このバグと戦っている……。
(…………半年前も、今日も。
2回もアタシは命懸けで助けられた。
なら……アタシは?
外のみんなは必死に誰かを助けようと戦っているのに、アタシはまた助けられるだけ?
みんなに迷惑かけて、ただ助けられるだけなんて……)
バリーは深呼吸。
(ふざけんな!)
そして、目の前の壁を力の限り殴った。
ゴン。
(ちゃんと今までの責任をとれ!)
ゴン。
(市長さんにも言われた!
もうアタシは子供じゃないんだ!)
ゴン!
足元がグワングワンと揺れ動く。
バリーの殴打が効いているのか定かではない。
もしかしたら、目障りなハエが飛んでいる程度で、障害にすらなっていないかもしれない。
「うわぁっ!」
バリーは転倒し、ヌルヌルとした狭い坂道を転がり落ちていく。
「うあああ!!」
転げ回りながらも、バリーは殴るのを止めなかった。
足元。壁。天井。
目まぐるしく変わる景色の中、手当たり次第に拳をぶつけていく。
(助けられるのをただ待っているだけじゃなくて、自分の力で精一杯助かろうとしろ!!)
やがて、バリーの動きが止まった。
(まだ……よ……。
もう限界が近い小さい子達のためにも、踏ん張りなさい!!)
鼻血を垂らしながら立ち上がるバリー。
彼女が上着のポケットから取り出したのは。
その小さい手のひらでも包めて隠してしまえる、自分の母親と父親にそっくりな2つの人形。
「お母さん……お父さん……!
みんなを守って……!!」
バリーは2つの手作り人形を、脆い壁に押し当てた。
呪いの人形というものがあるように、人の形をしたものには古来から呪術や念が作用しやすいという。
亡くなった両親が生き返るはずがない。
頭では分かっていてもそれを受け入れられなかったバリー。
両親が天国から戻ってくるまじないをかけて、人形技師の母譲りの技術で2人の人形を作って常に持ち歩いていたのだ。
「ネットで読んだ!
バグは……高濃度のオドで自壊させることができるって!
お父さん、お母さん、少しでもアタシの生命力を……!
オドを高めて……!」
だが、こんなことをしても状況は変わらない。
何の効果もないのである。
それもそのはず。
一般人がこんなことで簡単にオドを高められるのであれば、賢者が身を滅ぼすリスクもある天啓なんていらなくなるのだから……。
* * *
「皆さん!!
下がってください!!
ここは僕たちが戦います!!」
ドリアンは背後に向かって声を張り上げていた。
「行けぇ!!」
「俺達も命を懸けるんだ!!」
それでも、市民や防衛省達は立ち向かうことを止めようとしない。
「くそっ、この距離では聞こえないのか!
仕方ない……」
ドリアンは助走をつけて、市民達がいる建物へと跳躍。
「僕は一旦下がり、彼らを守護する!
クノ君、前衛を頼めるか!?」
「…………」
(クノ君……?)
返事がない。
クノはただある一点のみを見つめていた。
どこが頭なのかも分からないスライムバグのとある一点。
先程から、妙にその地点が振動していた。
(あそこに感じるオド……誰かがいる。
誰かが、SOSを出しながらも、自力で助かろうとしているんだ……。
命懸けで……後ろの人達のように……)
クノの肉体から迸り始めた、旋回する火花。
(分かった……あそこにいる人が)
それから。
(分かった……自分がどうすればいいのかも)
ギュイィィィィィィィィン!!
けたたましいエネルギーが球体となってクノを包み込む。
「ようやくやる気になったか」
辰砂の鼻で笑うような声。
「ええ。
マインの発動が制限されたことや、正真正銘の沢山の人質――しかも全員が女性。
ドリアンさんにマインを発動した責任を取らせたくないという遠慮。
敵の圧倒的な強大さに対するこちらの動揺。
ぼくはどこかで無意識に、戦意を低下させてしまっていた。
だけど、ここの全員が、非戦闘員すらも命を懸けるというのであれば……」
エネルギーの中にいるクノから生えたのは――乳房。
エネルギーに消されたのは――生殖器。
「わたしもそれに、命を懸けて全力で応えるまで!!」
完全に目覚めた戦士の心意気。
「ドリアンさん、わたしは暴走なんてさせません!!
この力、今回もこれからも制御しきってみせる!!
ただ、もしものことがあった場合――その時だけはお願いします!!」
(く、クノ君……いったい、何が……)
その声は、5年前に亡くなった彼女の声だった。
「アンノウン!!
ここにもう1人――女性がいるぞ!!
わたしを取り込まなくていいのか!?
不完全を完全にする賢者の石を持つわたしを取り込めば、お前はもっと強くなれる!!
誰もお前に勝てるやつはいない!!
どうだ、わたしを使え!!」
〔!!!!〕
空に身を投げ出した少女にたちまちに襲いかかる黄金の吸引。
「うっ……!」
「クノ君!!」
抵抗のできない凄まじい力。
これは、力や気迫で対応できるものではない。
【女性ならば無条件で確実に引き寄せる】。
辰砂が持つ、マインの能力やオドの動きを理解させる力――【真理把握】が教えてくれた。
真理把握はアンノウンの能力や攻略法も探ってくれる。
クノの戦意と戦況分析が、真理把握の力と共鳴。
導き出された解答が、深層を具現化するマインに作用。
クノの性別を転換させた。
「いいぞ、わたしを喰え!!」
黄金が増していき――
バシュン。
少女クノは、スライムバグに完全に飲み込まれた。




