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2章16話 「ヒント」



 時は僅かに(さかのぼ)って――スライムバグが進化する少し前。




 到着したのは避難所として開放している役所。


 中に入った途端、



「バリーさん……」


「市長さん……ごめんなさい!

今までみんなの迷惑になることばかり言って!

この戦いが終わったら、アタシ出ていきますから!」


 ドリアンの背中から降りたバリー。

市長のアドクスに頭を下げ、開口一番にこれまでの言動を謝罪。



 アドクスは握っている3Dペンで宙にイラストを描き、不安がる避難民の気を紛らわせている途中だった。



「細かいお話は……次の機会にしましょう……。

今はバグが襲来している時です。

なにより、分かっていただけたのなら。

皆さんと協調性を築いていただけるのなら、ここにいてもらいたい」


「……えっ?」


 アドクスは髭を蓄えた口元を、柔らかく綻ばせた。



「あなたが作る人形……お母様がお作りしていた人形と同じく温かみがあって、私は好きなのですよ」


「……市長さん……」


 瞳から、今日何度目か分からない涙がまたこぼれそうになる。



「お取り込み中のところ、申し訳ありません」


 そんなバリーの心は、背後の人物に水を差された。いやむしろ、泣かなくて済んだのはよかったのかもしれない。



「ドリアンさん……ですか……!?

そのお顔は……!?」


 彼を目にしたアドクスは唇を震わせるしかなかった。



 包帯で応急処置をし、更に気球が散布した治療薬を浴びているにも関わらず、徐々に削げ落ちてくる頬。


 半分の顔は破壊を免れていても、最初に出会った時の面影が殆どなくなってしまった酸鼻(さんび)なドリアンの姿。



「お気になさらずに」


「いや、そう言われても無理でしょう!」


 クールな言い方が、逆にアドクスの神経を逆撫でする。いくらなんでもそれだけの傷を負っていて、至って平静に振る舞われるのは胸が痛い。



「それよりも、彼女を……ここの皆さんをお願いします。

私はまだ戦いがありますので」


 取り付く島も、反論の余地も与えない。

賢者は、彼は、ここまでの覚悟をもって戦っているのだと、以前から考慮していても尚のこと痛感させられた。


「…………分かりました……。

防衛省の方々もガードマンを勤めてくださっています。

私も市長の意地を――」




「きゃあああああー!!」


「ああああ!」


「あなたぁぁ!!」


「何!?」


「皆さん、落ち着いて……きゃあっ!」



 背後で、市民と観光客の声。


 前方で、防衛省とバリーの声。



 叫ぶのは全員が女性だった。子供も大人も老人も関係ない。


 全員が何か得体の知れない力に引き寄せられて、役所の外に引っ張り出されていく。




 あまりの光景の変わりように震えることすらできず、呆けるのみ。



「まさか、最後のアンノウンが何かしたのか……!?」


 ドリアンは一目散に外へと駆け出した。

 


* * *



 そして――現在。




(まだ、生きている……皆さんが……!

沢山のオドが、あの中にある…!!)



 マインを発動し、白黒線が交差するコートに身を包んだクノ。


 すかさず緋色の尻尾を出現させ、バネのように地面を叩きつけて上昇。



「よし、全て滅ぼしてしまえ!」


 アウェイ村の時とは異なり、辰砂が精神の中で話しかけてきた。


(いや、中に沢山の人がいますし、慎重に戦わないと!)



 クノの視界いっぱいに、触手のようにうねるスライムが伸びてきた。


 滞空中のクノは前面に展開した尻尾を扇風機のように振り回して、敵の攻撃を防ぐ。



(なんて弾力だ……重い!!

さっきとは全然違う……玻剛(ごうは)からのコンボは恐らく無意味……!!

足場もろくに……!!)


 町の殆どがスライムに侵食されている……。



 クノの瞳に映る光景は、マインを発動したからといって変わることはなかった。


 それどころか、悪化しているかもしれない。




「ッ!!」


 クノはひたすらに、留まらずに迫ってくるスライムの乱舞を尻尾でさばき続ける。



(この間のアンノウンの比ではないパワー!!

まともな隙が作れない……どうする!?)


 やがてクノは、まだスライムに侵食されていない高級高層ホテルの屋上にどうにか着地。



 その時。



「クノ君!」


 背後からよく通る青年の声。



「ドリアンさ――」


 振り返って、目を疑った。



「ドリアンさん……顔が!!」


「問題――」


「あります!!」


 誰と当たっても、始めにこのかけ合いが起こる。




「アンノウンは2体倒した。

2体目のアンノウンの能力が、視力の備わるその目で見た人を破壊するというものだったらしく……この有様だ」


「……そ、そんな……!?

ぼくがそっちに当たっていれば、そんな攻撃もカウンターできたのに……」


 果たして、クノがあのキッドバグと対峙してその破壊能力を受けていた場合、彼はまだこの世にいることができたのだろうか……?

今となっては確かめようもないが……。



「もう過ぎたことだ。

僕はどんな姿になっても、勝って生き延びるから心配しないでくれ!」


 以前の姿なら、さぞ端整な顔からの爽やかな笑みを輝かせていただろう。しかし、今は声色からしかそれを読み取れない。


 だが、その口調は普段と寸分違わずブレないため、虚勢ではないことはうかがえる。



「…………」


 クノは何かを決意した面構えで頷いた。



「……ドリアンさん。

このアンノウンの体内に……取り込まれた町の女性の方達がいます。

全員まだ生きているはずですが、むやみに攻撃するわけには……!」


「やはりそうか……。

そして、君の格好……」


「マインを発動しました!

さっきから念話ができないので、許可は取ってませ――」



 会話の途中だが、スライムの猛攻が再び。



(オドが感じない箇所を!)


 素早くもう1つの武器――ライトセイバーで強めのガード(けん)カウンター。




「――なっ!?」


 荒波のようなスライムの勢いに、こちらの斬撃が完全に押し返された。


 バランスを崩したクノに、襲いかかる全方位からのおしくらスライム。



「クノ君!」


 光のように素早く割って入る、俊敏(しゅんびん)奔放(ほんぽう)な走法。


 間一髪で抱き抱えられたクノは、空中を飛んでいた。



「すみません……!」


「このスライム……切断どころか、受け流すことも難しいか……。

回避に専念して、隙や穴を探すしかないか……」


 少なくとも片目は機能していないのにも関わらず、全く衰えることないドリアンの戦闘技術に命拾いした。




* * *



 膠着(こうちゃく)状態が続く。



「敵との距離が……!」



 何度どこから近づこうとしても、隙間1つないスライムの壁に遮られる。


 その壁を抜けようとすると、すかさず死角や全方位から弾力攻撃が飛んでくる。


 僅かな隙や油断を見せると圧死させられてしまう。


 その上、こちらの攻撃は全てはね返されてしまう。




「たとえ、アンノウンの耐久性が圧倒的であろうと、ヤツの内部に()()さえいなければ……」


「……!?」


 人質。


 クノはドリアンが発した言葉に引っかかった。





 オドの感じる位置。


 前回のアンノウン戦。




(辰砂さん)


「ああ?」


(このアンノウンは、前回の相手よりも強い……。

攻撃は全然通せないし、ほぼ防戦一方。

隙も見つからない。

マインでもゴリ押せないとなれば、天啓でも通用はしなさそうです。

だけど、)


「だけど?」


(前回よりも、こっち(マイン)が弱くなってるんじゃないんですか?

どう考えても……)


「お前が使いこなしていないからだ!

真理を把握し、不完全を完全にする俺様の力を!」


(真理把握……不完全を完全に……)



 アウェイ村での戦いでは、敵の能力を完全に把握することができた。


 その後は、ずっとこちら側の一方的なターンだった。



(あの時と今…………何が違うんだ?)


「クノ君!!」



 不意にクノに立ちはだかる大きな背中。



「!!」



 スライムの大津波と大雪崩。


 クノと、彼を庇いに割り込んだドリアンを飲み込んだ……。




 

* * *




 スライムバグの頭部の中。


 

「ママ……苦しいよぉ……」


「……頑張って……! 

マスター賢者さん達が助けて……くれるから……」


「もう……ダ……メ……」


「おぎゃあああ!!」



 ぎゅうぎゅう詰めにされたルドメイシティの全女性達が悶え、呼吸もままならない状態でひしめいていた。




* * *



(まだ赤ちゃんだっている……このままの状態が続けば……)


 スライムバグに取り込まれた女性の1人――バリーは身を屈める。


 その小さく痩せた柔軟な体で、各々が極限状態の雑踏から抜け出して……。






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