2章14話 「悪いのは」
「……潜光」 【五行:土】
間一髪で繋げた天啓。
その身が光の粒子として分解され、背後でうずくまっている女性を連れ去る。
「……いっ!」
一瞬のできごとに、反応も順応も対応もできていない女性は、地中へと沈められて意識を失った。
* * *
(……ここは……?)
目が覚めた女性――バリーは周囲を見回すと、夜の闇とは違う暗闇。
真っ暗で何も見えない。
(そうだ、あの時!)
ポケットに忍ばせていたミニライトを取り出して、自分のいる場所を照らしてみる。
「ひっ……!!」
ライトを点けた直後、映し出されたもの。
「あ、ああ……」
バリーは驚愕と絶望のしゃくりをあげる。
「気がつきましたか」
「そ、その顔!」
「怖がらせてしまって申し訳ありません。
不覚でした……左目と顔を持っていかれた……」
顔の左半分を包帯で覆ったドリアン。
残った右半分の幽し顔で告げる言葉は、どうしようもなく残酷で……。
バリーの双眸から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「そんな!
アタシのせいで……」
「応急処置はしましたし、あなたが気に病むことはありません……。
声帯に問題がないことは幸いですし」
即席で作られた地中空間の中でドリアンは立ち上がる。
大の大人が直立しても天井までは余裕がある。
潜光は緊急の身を隠すための天啓。
光に分解したその身に周囲の酸素を束ねて地中に潜り、最低限の行動と生命維持ができるスペースを形成する技。
「そこにいてください。
酸素はまだ持ちますが有限です。
地上のアイツを倒したら、あなたを避難所に連れて行きます」
「そんな怪我で無茶よ!
今度は本当に死んじゃう!」
バリーはぐしゃぐしゃの顔でドリアンにすがり付いて引き止めようとしてくる。
その殊勝な姿は、賢者を罵倒していた時とは打って変わっていた。自分の行動の過ちと責任に苛まれているのだろう。
「……戦いにおいて、敵の攻撃を喰らうことは命取りになります。
ですから、もし攻撃を受けてしまった時……その一度目で全てを把握するようにしているのです。
二度目を防ぐために」
「えっ??」
きょとんと目を丸くしているバリーに、ドリアンはニヤリと笑った。
「つまり……もうアイツの種は見切っているということですよ」
* * *
自然公園を歩く1つの影。
〔…………〕
ドリアンの顔を破壊した、全身がイルミネーションのキッドバグ。
次のオドを持つ者を求めているのだ。
〔…………〕
瞳をキョロキョロと周囲を見回すように動かすその様は、広大な公園にいることも相まって、まるで母親を探す迷子の子供のようだ。
〔…………!〕
後頭部に衝撃。キッドバグは咄嗟に背後を振り向く。
足元には一粒の小石が転がっているが、人の姿はない。
〔…………〕
キッドバグが再び歩き出そうと足を踏み出した。
〔――!?〕
途端に、暗闇に紛れて何かが凄まじいスピードで横切った。
キッドバグは必死にその姿の正体を捉えようと、四方八方を全力で見渡している。
「天啓。
陽鏡」 【五行:火】
不意に瞳に飛び込んできたのは、地を抉る極太の白い一本線。
キッドバグの全身にソレが命中した途端、
〔?!?!?〕
金の瞳に映されたキッドバグの頭部が崩壊。
〔!??!!〕
一瞬で呆気なく首なし人形と化した、地に伏すキッドバグ。
手足をバタつかせてもがいているが、無情にも残った体も炎に包まれてみるみる焼却されていき。
〔…………!!〕
やがて。
助けを求めるように右手を天に伸ばしたのを最後に、キッドバグは完全に消滅した……。
「思った通り!
やはりこのバグ……他の個体とは異なり視力があった!」
物陰から姿を現したドリアン。
晴れやかなガッツポーズをしているが、その顔は汗にまみれていた。
【その瞳で見た人間を粉々に破壊する】。
それがキッドバグの能力。
故に、このバグにのみ視力が存在する。
ドリアンが瞬爛でも回避できなかったのは、発動中に見られてしまったから。
しかし瞬爛の脅威的な速度によって、キッドバグはドリアンの顔を全体像まで見ることができなかった。それで中途半端に顔の半分だけの破壊になってしまったのだ。
とはいえ、そんな恐ろしい能力を持っていたキッドバグを、ドリアンは天啓の陽鏡で倒した。
陽鏡はその名の通り鏡の性能も有している。
ドリアンはキッドバグの一連の動作パターンと能力分析から、このバグに視力が備わっていることを看破。キッドバグ自身の顔を陽鏡に映させて自滅に追い込んだのである。
(天啓はこれで上限の4回を使い切ってしまった……。
相変わらず念話も使用不可能。
気球の粉塵でも、このレベルなら回復は望めない……。
だが、まだやれる!
僕は最後の瞬間まで命を輝かせるんだ!)
* * *
バリーは、その身を震わせながら両手を合わせて天を仰ぐ。
ドリアンが作った地中空間の出入り口まで這い寄り、新月の空を見上げた。
「アイン・ソフ様。
どうかあの人をお救いください……」
目を閉じて、神に頼むしかバリーにできることはなかった。
「アタシが……悪いのは全部アタシです。
アタシは……あの時も、今も、命懸けで助けてもらった。
それなのに、お母さんと新しいお父さんが助からなかったことに怨んで……。
お母さんとお父さんを救うのはダメだった……仕方なかった。
なのに、お母さんとお父さんを見捨てたなんて、口にして……。
アタシはどこまでも身勝手で……」
「ありがとうございます。
あなたのおかげで助かりました」
「!?」
目を開けてライトを上に照らすと。
顔に重症を負っていても、まるで本当の神のように神秘的で優美な尊容。ドリアンがこちらを見下ろしていた。
「あなたがお祈りした神様は、僕を救ってくれましたよ。
だから……僕の読みが全て上手く当たってくれていた。
だから勝てた」
鮮やかに降下。
狭い地中に至近距離でドリアンとバリーは向き合う。
「ぶ、無事でよかった……」
バリーは祈りが聞かれたことに赤面しつつも、ドリアンが何事もなくすぐに戻ってきてくれたことに、安堵の涙を流している。
「さぁ、僕の背中に乗ってください。
お転婆と反骨は今は我慢してくださいね」
ドリアンはバリーの涙を拭い、身を屈めて手招きする。
「うん、迷惑ばかりだよね、アタシはホントに……。
ごめんなさい……」
* * *
元々スーカン村でバリーは、病弱な人形技師の母親と暮らしていた。
ある時、芸術家の男性が取材で村を来訪した際に、男性はバリーの母親と偶然出会って恋に落ちる。
男性の励ましや手厚い介護を受けたバリーの母親は、めでたく病気から回復。
バリーの母親は芸術家の男性と再婚し、リエント東部の町――【イーブタウン】でバリーと3人で暮らすことになった。イーブタウンは古代の城の文化遺産と歴史博物館が名物で、男性が住んでいた町だった。
そして半年前――4月19日。
町にジェネラル全種が合計500体発生。
その規模に、賢者や防衛省は平均人数以上に投入された。
全員の活躍で被害を出さずに順調にバグを殲滅できていたのだが……。
まだ密かに残っていたマグヌスタイプの1体が、町の防衛に懸命に従事している防衛省の男性のオドを感知して襲いかかった。
防衛省の男性は力に特化したマグヌスタイプの不意打ちを喰らい、凄絶な勢いで吹き飛ばされる。
防衛省の男が吹き飛ばされた先は、バリー一家が暮らす豪邸。
一家全員は家で大人しくしていたが、マグヌスタイプの驚異的な威力で吹き飛んできた男が壁にぶつかったことで、あえなくその豪邸は崩壊。
特殊な戦闘能力のない防衛省の男性は即死。
バリー一家は瓦礫の下敷きになってしまった。
賢者や防衛省達が駆けつけてきたが、家の崩壊具合から下手に手を出すとかえって瓦礫を崩れさせてしまう恐れがあり、救助はすぐには望めない状況。
やがて、どうにか救助活動が行えるようになったというタイミングで……天井が崩れ落ちてきた。
なんとか救うことができたのは、バリーただ1人……。
バリーの両親は二次被害とはいえ、現時点ではバグによる最後の被害者となった。
独り身になったバリーは、となり町のルドメイシティでバグの被災者として暮らすことになった。
だが、先の件で賢者や政府に対して逆恨みによる不信感を抱くようになってしまい、市長のアドクスが毎日頭を抱える程の賢者批判を町中で行うようになってしまった。
以上が、バリーの心に芽生えてしまった闇の真相である。




