2章12話 「開戦」
22時10分。
真夜中だということもあるが、今はバグ発生の20分前ということもあって、誰も出歩く市民がいない。
加えて、今宵は月も大人しくしているのか出ていない……。
「クノ君、いけるか?」
ドリアンが冷静な口調で尋ねてくる。
「……」
「僕は慣れている。
8年も賢者をしていればな……こういうことはたまにある。
君はどうだ、何度もこんな目に遭って嫌気が差したか?」
(ドリアンさん……ぼくのことを聞いていたのか……)
アドクスから聞かされたバリーの事情。
ドリアンはそれに対してクノの戦意が傾いていないか確認しているのだ。
「ぼくも、妹のシノも……昔似たようなことがありました。
その時の傷は、今でも忘れずに背負わなけばなりません。
でも、苦しみ続けた心の傷は、ついこの間になってようやく癒えたんです。
痛みを和らげることができたんです。
だからきっと、バリーさんだって……」
「クノ君」
「?」
ドリアンは真剣な眼差しでクノを見つめてきた。
「君が最も欲するモノはなんだ?」
「……えっ?」
今度は会話の流れとは全く異なる質問。
「……ぼくが一番欲しいのは……【毎日のシノの笑顔】です。
ぼくがいくら苦しんでも、シノが苦しまない世界なら、ぼくは肯定できる……」
いきなりなんだろうと思いながらも、クノは自分の揺るぎない気持ちを答えた。
「そうか……。
やはり、君はどこか似ているようだ……」
「……誰にです?」
ドリアンは小さく笑って、前髪をかきあげる仕草をする。
「……弟だよ、僕のね」
「……弟さんが、いらっしゃるんですか」
妹を持つ者と弟を持つ者。意外な繋がりと対比だった。
「星を見るのが好きな子でな。
君もこの町の景色に一喜一憂していた。
他には、しっかりして大人なところ。
不器用ながらも他人を思いやろうとするところ……が君と似ている」
不器用と言われたクノは、胸がチクリと刺激された。
確かに、なるべくその場にいる誰かに気を回そうとは心がけてはいるものの、自分でも得意だとは思ってはいない。
「君は先日アンノウンを倒したマスター賢者。
特殊な力も手にし、新たな可能性にも満ちあふれた戦士。
自分の妹を最も大切に思い、他の人も気にかけるいいお兄さんだ。
これから先も――君は賢者にも、この世界にも必要な存在だ」
「…………ドリアンさん……」
クノが己の未熟さを恥じている矢先に、褒め言葉の連続と肯定のコンボが襲ってきた。
「君のことは――何かあっても僕が守る。
だから、賢者の石のことや、バリーさんのこと、昔のこと…。
全部、今は気にしなくていい」
「………………」
その言葉に、噓偽りがないことは容易に読み取れた。
(この人も……っ!)
クノは握り拳を突き出した。
「……ありがとうございます!
力を合わせて、勝ちましょう!」
「ああ!!」
ドリアンも威勢のいい声でそれに応えて、吹っ切れたように握り拳を向けるクノに合わせてくれた。
* * *
22時30分。
〔〔〔……〕〕〕
夜の暗がりに埋もれた町を照らした光は、銀色に輝く人波だった。
「……来た!」
「時間も数も……全て観測通り!
アンノウンに備えて天啓を使わずに、さっき練習したフォーメーションを用いて作戦通りに片付けるぞ!」
「はい!」
面前に出現したラピッドタイプ70体。
バラバラに配列されたバグ達のこの位置取りは厄介だ。
人もいないし道幅が狭いとはいえ、2人の間を縫って町の中心部である1番街へと向かわせてしまうかもしれない。
そうなる前に!
クノは事前に配備されていた傍らの防衛砲台を持ち上げて、バグへと接近。
バグの姿をセンサーで捉えた途端に、
ズガガガガガガガガガガガガガ……!!
「ッ!」
耳をつんざく衝撃の発砲音。火薬と硝煙のパーティー。
バグにのみ機関銃を発射し続ける固定式のオートターレット。
政府が防衛設備として用意した【霊式】。
霊式はただの機関銃ではない。
賢者が天啓を発動した際に生じる【マナ】のエネルギーを抽出して、弾丸に添加させているのだ。
オドよりも人知を超えた魔法的な性質を持つマナの力。
もし射程内に人間やその他の生物が入ったとしても、幽霊のように透過してすり抜ける仕様。それは建物や家具、町の電柱や看板などの無機物に対しても同様。
発砲の際の反動もきっちりと無効化してくれる。
〔〔!?!?〕〕
そして、オドを感知するバグには、そのマナによる銃撃を察知することができない。
つまり、射程内に入れてさえしまえばほぼ必中で確実に倒すことができる代物だ。
高機動を売りとするラピッドタイプも、この霊式の速度と奇襲をあしらうことは容易ではない。
次々と胸のオーブを撃ち抜かれて消滅していくラピッド軍団。
〔!〕
とはいえ……マナを感知できないと言っても、その周囲の衝撃はしっかりとバグに伝わる。
周りの仲間? が消滅していくことを察知したバグ達は、飛び退いて霊式の魔の手から逃れていく。
「そこっ!」
ドリアンが回避位置を読み切っていたかのように割り込んだ。
素早くロングソード――【煌星】を振り下ろし、バグを1体、2体、3体と着実に連撃で撃破していく。
だが、オドを持つ存在が近づいてきたことで、バグも本領を発揮した。
〔〔〔!!!〕〕〕
目にも止まらぬ速さで彼に押し寄せてくる銀色の波。
「…………」
ドリアンは見事な反応速度で機敏に跳躍し回避。
「お前達の敵は……ドリアンさんだけじゃない!」
すかさず霊式でカバーに入るクノの援護射撃。波は無情にも消された。
「いいぞ!」
追従して飛び込むドリアン。背後にまだ構える波に刃を突き立ててかっさばいていく。
〔……!!〕
残った50体のバグは一斉に、彼らの攻撃から逃れようと逃げ道を探している。
視力のないバグ達は攻撃がくる度に横に跳躍し、回り込まれると上に飛び、間合いに入られると後退。攻撃の姿勢にすら入ることができずに防戦一方。
「今だ!」
クノはモニュメントの支柱に設置された赤いスイッチを押した。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
縦横5m近くせり上がった遮蔽物の展開――対バグ用の隔壁。
40体にまでされたバグ軍団の退路は、もはや背後の狭い路地裏の中にしかない。これではクノとドリアンのオドも認識不可能。
「上手く誘導できました!」
「この路地裏の上部は全て庇になっている。
地上しか通り道がない。
一気に決めるぞ!」
ドリアンはそう言って、クノの前から爆速で姿を消した。
クノは霊式を抱えながら、建物の壁伝いに隔壁を飛び越えて路地裏の中に侵入。逃げるバグの深追いに従事。
「待て!」
〔…………!!〕
逃げ場がなく直列で走るバグ達を蜂の巣にしていく。
カチッ、カチッ……。
「……!?
弾切れ……」
こうなっては自分自身の力で倒すしかない。いつものように。
(流石に……あのバグに天啓なしでは追いつけない!)
クノが全力で走っても、ステップを駆使しても。
速さならラピッドタイプの方が数段上。どんどん距離が離されていく。
やがて、長い追いかけっこの終着点が見えてきた。
視線の向こうには路地裏の出口。
「まずい……このままだと、路地裏から抜けられてしまう!
作戦失敗……!」
「いいや、成功だ!」
「!?」
叫ぶクノの遥か前をマラソンのように走るバグの前方。
人影――
路地裏の別の入り口へと回り込んだドリアンが、白く輝く煌星を構えて待ち伏せていた。
「全て斬り捨てる!
クノ君、作戦通りに合体技だ!」
「は、はい!」
ドリアンはスピードと機動力に秀でた剣士。
走力、瞬発力、跳躍力、回避力などは賢者内でトップクラスの実力を有している。
「ふっ!」
ドリアンが前方のバグの大群へと斬りかかった。
天啓を使っていないのに使っているような、人間の領域から外れた速さの斬撃。
小さな一振りでバグ1体を滅ぼした。
静と動を混濁させた演舞。
美麗で鮮やかな止むことのない剣撃。
第三者の目線では縦一列に連なるバグを斬っているというよりも、延々と続く暖簾を手で払いのけて、かき分けて、通り抜けているよう……。
「ぼくもっ!」
その間に追いついてきた反対側に立つクノは、体を背中からうねるように上下させる。
背中に生じた渦巻く肉の波紋が、円運動をする肩甲骨を経由し、右腕の筋肉にエネルギーとして装着された。
「はっ!」
準備動作と同時に、後ろ足に密着した石を蹴って前方の残っているバグへと跳躍。
(ブレない軸で一直線!
正中線をただただ貫く!
今のぼくは、レールに沿ってトンネルを走り抜ける列車だと思え……!)
力を込めた右の縦拳に、全体重と全力を集中させて……。
「おああああああああ!!」
ラピッドタイプ30体。
前方からはドリアンの暖簾くぐり。後方からはクノの人力機関車。
それぞれのパフォーマンスで17体ずつ滅ぼされ、残った1体は。
「「拳x剣」」
挟み撃ちによる即興の連携技。
バグの背中に波紋拳、胸には電光石火の突きが炸裂。
〔…………!!〕
交差した2つのケンの一撃により、ラピッドタイプの最後の希望は潰えた。
* * *
「勝った!
けど、」
「ああ、ここからが本番なんだろう?
もうすぐ襲来するはずだ、アンノウンが……!」
喜ぶ間もなく、すぐに路地裏から抜け出して警戒態勢を維持するクノとドリアン。
2人が一度広い通りに出て周囲を探ろうとすると、
〈いえ、お二人とも……間違っていますよ……〉
クリアからの念話に思わず足が止まる。
「「!?」」
彼の念はボソボソとしつつも、震えていた。
〈もうすぐ……ではなく、もう……来てます……!〉




