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1章2話 「同居人」



 惑星リエント中枢都市――【ハウモニシティ】。



 この町に設立された政府官邸の敷地内。

賢者が居住兼職務を行うための施設――【賢者庁(けんじゃちょう)】。



 とある一室。



 部屋の主がトリプルベッドに寝そべっていた時だった。




 コンコン。



 毎日の、聞き飽きたノックの音。


 それを耳にするのは、自分だけ……。



 だけど、心なしか今日のノックは、吉報のお告げのように聞こえた。


 それに、小さく儚い足音がする……ような気がした。




「…………!」


 澄みきった水色のポニーテールがトレードマーク。


 メイド服の少女――『ベルウィン』は飛び起きて、足早に駆け出す。



「はーい!」


 扉の前には……いつもやってくる係員。



 そして――自分よりも数歳は年下の、黒髪の子供達。



 やや短めの固い髪。灰色の冷めた目。大人びた雰囲気の少年。


 紫の怯えた目。前髪ぱっつん。ボブカットの少女。


 2人とも色白で、黒いスーツを着用している。



 

(きっと、いつもの清掃や家事の仕事依頼じゃない……)



「こちらは、今日から配属された新人賢者の……クノさんと、シノさんです。

7歳……賢者最年少の規定を破って採用されました」


「……では、バグと……?」


「はい。

彼等はその年齢に反して、学力、身体能力等は高水準であります。

コミュニケーション力も相応以上。

ですが、対人関係や()()の情に(とぼ)しい。

そこで、社会勉強や(いこ)いの場の提供として、あなたと共同生活をさせるとのお達しにより――」


「かぞく……。

わたしに……いいんですか……?」


 待望の同居人、それに、弟と妹代わりの存在がやって来た高鳴りでつい(さえぎ)ってしまった。



「もちろん、ちょうど部屋も空いていることですし。

今日から、この方達の教育と世話を務めてください。

ベルウィンさん」



* * *




「この星は、人類を襲う脅威―【バグ】に苦しめられていた。

この星を作った【アイン・ソフ様】ですら、対処は不可能。

近年――バグを撲滅(ぼくめつ)するために、政府は手を打った。

武の道を極めている人間だけを選出して、人体を改造。

そうして、バグへ楽々に打ち勝てる能力――【天啓(てんけい)】を取得した奇跡の新人類――それが【賢者】。

賢者は防衛省の管理下で、人々を歩く災害であるバグから守るのが務め。

今までの話をまとめるとこうかな……わかった?」


「「(おおむ)ね」」


 丸イスに座らされたクノとシノは、ホワイトボードを使うベルウィンの授業を(されるがままに)受けていた。



「賢くてえらい! 

そして、息ピッタリでかわいー!」


「それは……賢者登録の時に手厚~い説明を受けましたから……」


 褒め下すベルウィンに、シノははにかんで俯く。

ベルウィンはシノの返答に、眉間に(しわ)を寄せた。




「……じゃあ、もうやったんだ……()()()を?」


「はい、『ルードゥス』さんという錬金術師の方によって。

曰く、神の階段へと上れる天啓を使えるようにするためだと」


「……大丈夫? 

痛くなかった……?」


「痛みは呼吸による人体のエネルギー操作などを駆使して、全身に分散させれば和らげられるので――」




〈新米賢者諸君ら兼クソ餓鬼(ガキ)ども!

早速の初仕事である!

息を切らしてこちらに来るのである!〉


 会話は、兄妹にだけ聞こえる【念話(ねんわ)】で打ち切られた。


 脳改造をされている賢者達は皆、このように脳内で電話やメールをすることができる。



「ぐっ……!」


 脳にジンジンと響く傲慢な声は、シノの心臓を締め付けるように動揺させた。



「どうしたの?」


「頭の中に、あのルードゥスさんの声が。

初仕事だとか……」


「……えっ……」


 ベルウィンの息が上がる。




 クノは怯えるシノを抱き寄せ、部屋の外へと歩き出した。


「シノ……大丈夫です。

ぼくがついています……」




 扉に手をかけた時。



「待って!」


 振り向くと、ベルウィンが泣きそうな顔で立っていた。



「…………前に、わたしと同居していた賢者の方は……大人の人だったけど、強いバグに()()()()

()()()()()()()そう。

だから……絶対に帰ってきて。

もうわたし達は、この部屋で一緒に暮らす()()だから」


「ベルウィンさん……」


「家族………………」



 こぼれた粒を見た、シノの目が冴えていく。


 ベルウィンはソレを即座に(ぬぐ)い、明るく見送りをするために笑顔でエールを飛ばす。



「美味しいご飯を作って待ってるから……何が食べたい?」


「灰」


「草」



 想定外の即答から、新たな家族の異常さを悟ったベルウィン。笑顔から引きつった顔で応答するはめになった。



「ご、ごめん……わたしが考えるから……。

まぁ、細かいことはあとで……!

気をつけてね!」




* * *



(環境は変わった――だけど下手に抵抗すれば殺される……かもしれないのは同じ。

シノのためにも、従わなければ……)


 新しい自室から出たクノは、震えるシノに寄り添いながらも足早に、地下へ続くエレベーターへと向かう。




 賢者にされた時に着せられた、黒スーツのポケットに手を添える。


 その中には――1枚の紙。


 会議室であの男が立ち去る際に、着ていた麻衣の衣嚢(いのう)に差し込まれていた。




《いい加減自由になりたいだろう?

ならば、バグが二度と発生しない世の中にしろ。

それを成し遂げた(あかつき)には、貴様らを機関の管轄(かんかつ)から外してやる。

逃げれば――ありとあらゆる手を使い、貴様らを処分しに行く》



 シノには中身を見せていない。


 だが、なんとなく察していそうだった。




 処分、もとい殺す……というのは、自分達が育ったD機関の情報が漏れる可能性があるからだろうか?


 いや、だったらこんな所に捨てたりはしない。



 わけが分からない……。



* * *



 リエント全地区のマップ。


 衛星が観測した映像が表示されている巨大なディスプレイ。


 演算用のコンピュータ等が並べられた、薄暗い研究室のような部屋。




()たな~、(きた)の新米キッズ!

お待ちかねの僕の天啓を振るう時!!」


 賢者庁地下に構えるバグ対策本部に連れられたクノとシノ。

2人を出迎えたのは、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な耳障り。


 天啓を開発した、無駄にガタイの良い天然パーマの錬金術師――ルードゥスがこちらに指を差してくる。



 

「申し訳ないんだけど命令だ、先輩の同伴無しで戦えと。

必要らしいんだ、良い報告を上げるのに」


 中央の席に座る人物が振り返る。

赤と黄色のツートンカラー、フサフサな髪の毛が揺れた。


 美貌による爽やかな謝罪顔と、薔薇(バラ)の香水が振りまかれる。


 賢者の司令。年齢不詳の長官――『ハンディー』だ。

喋る言葉の順序がおかしいのはいつものことらしい。




「つまり、ぼくとシノの2人だけで、そのバグという存在と戦えと?

いきなり?」


「そういうことになるな、本当に悪いけど。

だが安心してくれ、私達が君達をバックアップするから」



 果たしてその言葉はどれほど信用できるのだろうか?


 自分のことしか頭になさそうなルードゥス。


 なんだか胡散(うさん)臭そうなハンディー。



 ……そして、後の一人は……。




「説明を頼む、クリア。

手短にな、終わったら転送するから」


「……はい……。

今回バグが観測されたのは、西部の【スーカン村】……。

発生位置は人気の少ない奥部ですし、避難は完了しています……。

長官が念のために、村内に防衛設備を手配していることもありますし、被害は(ゼロ)に抑えられるでしょう……。

出現予測時刻は2分後……数は10体……種類は最も一般的で最弱の【コモンタイプ】……。

以上です……」


 眼鏡をかけた男性『クリア』。

生気のない目でボソボソと喋っているが、その口はネックウォーマーに覆われていて見えない。


 バグが発生する前に生じる、次元壁の震動情報をいち早く観測し、その情報からバグが発生する位置・時刻・数量・種類を割り出すのが彼の仕事である。



 残った一人が、生粋の根暗で、温情の一欠片も持ち合わせていないような雰囲気のクリア。


 賢者の本部司令室には手放しで信用に値すると感じられる人間が、クノとシノにはいない。


 まだここに来た直後だからかもしれないが、最初に彼等と出会って脳改造された時にそう思った感情は、二度目も(くつがえ)らなかった。


 というか、そもそも2人には最初からそのような人間などいなかった。人を守るために命を懸けろと言われても、一体誰のために戦えばいいのか分からなかった。



 それでも――生きるためにやるしかない。




「ご苦労。

では転送だ、早速の。

健闘を祈っているよ、君達のね」


 ハンディーは、まだ心構えも整えきっていないクノとシノを置いてけぼりに、左手に吸着させたタブレットを素早く操作していく。




「あのすみません、ちょっと待っ――」


「頑張ってください……。

このステージをクリアするまでに帰って来れるか……応援してますから……」



 ハンディーのタブレットに表示された画面のある一点のタップと。


 何故か持ち込んでいるテレビゲームをしながら、興味なさそうに突き放すクリアの声が、同時に勃発(ぼっぱつ)


 その瞬間に、クノとシノの姿が司令室から跡形もなく消失した……。




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