2章11話 「ルドメイシティ」
「連絡は頂いております。
マスター賢者のドリアン様とクノ様ですね。
当然ではありますが、念の為に身分証のご提示をお願いします」
14時。
バグの出現予定時刻まで、8時間30分。
「はい……」
クノとドリアンが転送された先は――この町に入るための関所だった。
「……拝見致しました。
どうぞお入りください」
難攻不落の古城のような関所を守衛しているのは、ガッチリとした体格、キッチリとした性格の男性。
(どうして、町の中に直接転送されなかったんだ?
この町はそういう手続きがあるなんて聞いてないけど……)
クノの疑問は、門を通り抜けた瞬間に解消された。
「!!」
それまで関所に遮られて、向こう側の光景は見えなかった。
町の景観も出撃前に見せてもらうこともなく、ブレインマップも送信されていない。
つまりは、関所を通過してからのお楽しみというハンディーの思惑だったようだ。
「うわああ~、すごいですね!」
冒険心をくすぐられるような感覚が急激にこみ上げた。
長く続く石造りの橋。
橋の下――360度広がるのは、所狭しと並んだ大自然。
儚くも生い茂っている一面の緑。
その中で厳しい食物連鎖の駆け引きを繰り広げる動物達。
緑に紛れ込む古墳や遺跡の山。
(一瞬、身を投げたいと思ってしまった……)
この壮観で雄大な、リエントの歴史が積み上げた景色の中にダイブしたいと、クノに珍しく童心を感じさせてくれた。
肌に吹き付けるどこか切ない秋風が、目の前の光景の美しさに更なる情趣を加えている。
「長官はこれを見せるためにわざわざ……粋なことをするな」
ドリアンが微笑み呟いたと同時に、脳内にハンディーからのデータ送信。
ブレインマップ。
頭の中に第三の目のように、今の光景や町の全区域が地図となって浮かんでくる。
「では、行こう!」
「……はい!」
* * *
浮かれて周囲を見渡している間に、人だかりの中に紛れていた。
ルドメイシティ。
佇むそこは、どこかゴシックで神話的。
並ぶ建造物の年季から無数の民俗学が存在していそうだ。
「町も石造りですね。
建物は煉瓦なんだ……。
あちこちに石像にモニュメント……」
ちくわ型のイス。
A型の自動販売機。
カエル型の水道。
うさぎやはにわの銅像。
人間がブリッジしている巨大なアーチ。
町の古風な情景とは少々ミスマッチにも思える、独創的な形状のオブジェの数々に、初見は目を奪われるばかり。
「見たところ、芸術的で風流に富んだ町のようだ。
気に入ったよ……」
ドリアンの意見に、完全同意のクノは無言でうなずいた。
「……えっと、これから市長さんに挨拶に行くんですよね?」
「ああ」
ブレインマップを見ながら役所へと歩き出した2人。
先々で、黒スーツを着た防衛省の人間が警備をしながら、夜は外に出ないようにと市民に呼びかけている。
バグ退治用のターレットを民家の付近に配備したり。
治療薬の粉塵を散布するための気球を飛ばしたり。
防壁の準備をしたりと、深夜の戦いへと備えてくれていた。
* * *
「これはこれは、ご丁寧にどうも。
私は市長の『アドクス』です。
この度はご連絡を受けたバグの討伐にお越しくださり、大変感謝極まりない!」
彫りが深く豊かな髭と総髪の中年男性が、慇懃に手を差し出してきた。
市長アドクスの手をよく見ると、指先が切り傷とタコだらけになっていた。
「いえいえ。
私のなすべきことは、どこであろうとバグを倒し、その地の人々を守ることですから。
それは仕事としてだけでなく、私の誇りと存在意義、夢でもありますので。
必ずや、市民の皆様に被害者を出さずにバグを倒すことをお約束します」
握手に応じるドリアンは曇りのない瞳で、自分の信念と決意と覚悟を表明する。
「これは、お若いのに頼もしい!
しかし、私も市長として微力ながらできることを――」
「ふざけんな!
帰れクソ野郎!!」
幼い少女の怒号が役所内にけたたましく鳴り響いた。
「!?」
振り返ったクノは、昔の記憶が掘り起こされた。
(どこかで……いや、前に見た時はもっと幼かったはず……)
クノはその少女に見覚えがあった。
小学生。10歳くらいの少女。
自分よりもやや年下……以前にどこかで出会ったことがあるはずだ。
《ちょっとアンタ達、何寝てるのよ!?
しっかりしなさいよ、バカ!》
今の声に、いつかに聞いた声が重なる。
「――そうだ、スーカン村で!」
初めてバグと戦った場所で助けた少女。
あそこで助けた時は園児だった。5年半経てば今くらいの年齢になるだろう。健在な口の悪さが記憶の底を引き上げて思い出させてくれた。
「いいご身分の賢者様。
今度はこの町にアピールに来たってことかしら?」
その少女は、クノとドリアンの両方を煽るような口調で告げてくる。
「……今日もですか、『バリー』さん。
この方達は、我々をバグの魔の手から守りに来ていただいているのですよ。
それなのに――」
「みんなは騙されてるのよ!
賢者……いや、政府に!」
バリーと呼ばれた少女は、諭してくるアドクスの言葉も受け付けずに反発をやめなかった。
(騙されてる?
政府に?)
「この町にはバグが来たことはない。
でも、色んな場所で賢者の活躍のニュースが流れているから、賢者がいればバグを何とかしてくれるという世論がここにも浸透されている。
けどさ、よく考えたらおかしいと思わない?
各地にバグ退治に来た賢者がみんなを避難させて、その後すぐにタイミングを見計らったかのようにバグが出現する……」
クノの額が青くなる。
寒気がした。
嫌な汗が伝う。
(これは……5年前の時に受けたあの言葉と、同じ匂いがする……)
クノにはバリーが言いたいことが分かってしまった。
「まさかあなたは……ぼく達が自作自演している……とでも言いたいのですか?」
「そう言いたいわよ!
いいや、きっぱりと断言してやるわ!
政府の使いである賢者、賢者が使う異次元の錬金術である天啓、その他の防衛や避難用の設備の数々……。
これら全部を民衆に知らしめて、支持を得るプロパガンダ目的でマッチポンプを行うために開発した特殊兵器……それがバグなのよ!
決して人類の脅威災害なんかじゃないわ!」
年下のくせに随分と口が回る少女の物言いは、自分の言葉が正論かのように歯切れがいい。こちらに懐疑心を抱かせるには十分な程、堂々と言い切っている。
(彼女は、一体何を!?)
「バリーさん、言っていいことと悪いことがありますよ。
あなたの推論を立証するための状況証拠すら何1つないのですよ。
賢者への不信感と憎しみだけで、全てを決めつけているだけです。
今の発言はお越しいただいた彼らへの冒涜でしかない。
それに、この町はバグの発生が初めてではなく、何度も起きていることです……」
アドクスが毅然とした表情で彼女を諭し続ける。
口調の節々からは、大人である余裕と市長としての責任が【怒り】を伴って感じられる。
「アタシが来てからは、バグが出てないじゃない!
なんでそんなにコイツらを信用するのさ!」
バリーがこちら側を指差して、到底拭いきれない怨みがこもった双眸で睨みつけた。
「お気持ちは察せられますが、大人な対応をお願いできますか?
それができないのであれば……」
アドクスがバリーへと歩み寄り、腰を屈めて彼女と目線を至近距離で合わせた。
「この町から出て行ってもらいたい。
あなたはもう子供じゃない、20にもなる。
自分の生き方はあなた自身で選択できるお年だ。
すぐにここを出ていけば、今晩出現するバグに遭遇することもない。
自分の思想があるのなら、他人を巻き込まずに自分の力で行ってください。
始めはあなたの事情とお気持ちを考慮して黙認していましたが、半年間で徐々にあなたの発言はエスカレートしていっている。
市民からの苦情も絶えないので、もう目をつぶってはいられません」
「!」
無表情の剣幕で並べられた言葉の数々に、バリーが明らかな動揺を見せた。
だが、それはこちらも同じ。
「に、じゅっ、さい!?
20!?!?
え……本当なんですか!?」
追放宣言よりも、クノにはそっちの方が気になった。
どう見たって小学生にしか見えない。
身長は140cmすら下回っている痩せた体型。
丸く大きくあどけない瞳。
まだ幼く舌足らず気味な声。
彼女が20歳なら……5年半前のスーカン村では、15か14歳……ということになる。
生意気な言葉遣いや、外見離れした大人の語彙力、物怖じせずにはっきりと発言する性格。
確かにスーカン村でのそれら全ては、クノよりもずっと年上だったから……で説明がついてしまう。
(それなら……【少女】ですらないじゃないか……)
「…………そうよ!
アタシはもうハタチ!
ふん、出てってやるわよ!
コイツらの味方ばかりするんならね!」
悔しそうに体を震わせたバリーが天へと吠えた。
「許さないわよ!
あんた達賢者が、お父さんとお母さんを殺したんだから!!」
「!」
そして、吐き捨てるようにクノの深層を刺激する地雷を放り投げて。
「ふん!」
バリーはそのまま駆け足で役所から出て行った。
(そうだ、彼女は……病弱な母親がいるって……。
父親は5年前の時点で、早くに亡くしていると聞いていたけど……)
「……」
無言を貫いていたドリアンが手を挙げた。
「もし失礼にあたらないのであれば、あの方に何があったのかお聞かせ願えますでしょうか?」




