2章10話 「それぞれの地へ」
クノとシノは、マスター賢者のドリアンとミープに連れられて本部へと到着した。
「かかったね、時間が」
入るなり、長官からの嫌味。
「う……」
ドリアンがそれを受けて後ろめたそうにすると、
「するな、そんな顔を。
せっかくの目の保養だったんだろう、君には?」
目を細めて皮肉たっぷり。
「な!?」
長官は図星を突かれて動揺するドリアンを更に煽るように嗤う。
「見てたんですか!?
デリカシー!!」
「手厳しい……けど、仕方ないじゃないか。
リエント全地区を監視する権限があるからね、長官の私には。
このタブレットで庁内パトロールしていたら目に入ってしまっただけさ、たまたまね。
今回だけだよ、こういうのは」
上司であろうとボロクソにこき下ろしてくるミープを、清々しい顔で余裕綽々にあしらうハンディー。
「さて。
そこまでだ、無駄話は。
仕事の話をしよう、大真面目にね!」
その場の皆が、そもそもそっちから始めたんじゃ……という目をしている。
「よし、クリア」
いかにも自分から話すような口ぶりの割にはこれ。
「…………長官からのお仕事のお話は……?」
「ない」
「…………今回、2つのポイントにバグが発生すると観測できました……」
呆れたようなため息を吐きながら、クリアはバグの観測情報を告げる。
「しかし、今回のは従来の次元壁の震動だけではありません……。
それにカモフラージュされたかのように巧妙に隠された、大きな次元の歪みも確認できました……。
その規模は今までの比ではなく、次元空間内にクレーターを形成する……と予測できます……。
過去のある2日間のバグ発生後の次元データと、今回の観測を照合したところ……」
「近い結果が出た。
昔この町を震撼させた例のアンノウンが出る……かもしれないということですか?」
ドリアンが先取り。隙のない顔でキリッと。
「察しがいいですね……。
頑張った結果、アンノウンの今後の発生を掴んだかもしれません……。
僕、徹夜で頑張りましたよ……人助けのために……」
ドリアンへの返答とは裏腹に、クノとシノを向くクリア。
ネックウォーマーの下に隠した口角が緩んだ気がした。
「……この間もですが、どうしてまたアンノウンが?」
「それはバグにしか分かりませんよ、シノさん……。
この際ですから、交信……してみますか……?
もしかしたら……分かり合えてお友達になれるかも……。
ゆくゆくは……未来の旦那様が――」
「ご冗談はよしてください!」
「すみません……」
眼鏡の下の瞳をギョロつかせ、人差し指2本を頭に突き立ててアンテナを作っている33歳の男が、12歳の少女に説教をされている。
これも、彼の本性なのだろうか?
リエント人類史の起源から、バグへ対話を試みてきた記録は賢者庁内に数百年分は存在する。
だが当時を生きた人々は【バグとの対話は不可能】という判断を下し、現代へと続くバグ迎撃の歴史が始まったという。
「とりあえず、発生地点ですが……。
1つは……リエント東部の町【ルドメイシティ】の2番街路地裏……」
(ルドメイシティ……)
クノとシノは行ったことはない。
(長官が毎年クリスマスに出張している場所よね……)
それでも、よく耳にしていた地名だ。
「そしてもう1つは……リエント南部の島【リミース島】――」
「マジか!?」
ミープが身を乗り出して驚きつつも、すぐにやれやれと肩をすくめた。
「災難なものだね、君も」
柔らかそうな司令席にもたれて閉口していたハンディーが口を開いた。
「何度目だい、ふるさとにバグが発生するのは?」
ミープはボソリと、
「…………今回で、1080回目」
「「そんなに!?」」
兄妹は思わず阿吽の呼吸で驚愕。
ある1つの地域にバグが発生し続けるのはよくあるが、それにしてもその数は、2人の知る最長記録を楽々に更新した。
ドリアンが真面目な顔で、
「煩悩の数の10倍だな」
……と呟いている。
「時刻と、判明している従来のタイプ総称――【ジェネラル】の方は……。
ルドメイシティは……翌日の22時30分にラピッドタイプ70体……。
リミース島は……翌日の18時にコモンタイプ20体、そしてハードタイプ60体……」
「それに続いて……両方の地でアンノウンが出現する可能性が高い」
「そういうことです、クノ君……。
アンノウンの出現時間は、最初に観測したジェネラルが発生した後だと予測できますね……。
また、アンノウンの発生ポイントに関しては……ジェネラルが発生する座標から大分離れた所になると予想されます……。
これまでの発生データでもそうだったように……」
今まで倒してきたジェネラルの他にもアンノウンが出現するのであれば、天啓の無駄撃ちは絶対にできない上に、温存の必要性も出てくる。
だが、クノとシノには天啓以外に得た力がある!
それは――
「いいか、チミ達!
よく聞きたまえ!」
本部の一点が崩壊。
隅の壁がめくられた。
「「!?」」
好感度マイナスの男が顔を出した。姿が見えないとは思っていたが。
彼が出てきた壁は、壁に見せかけて貼ったポスターだったようだ。
こちらから見えるその先には、6畳の居住スペースが(勝手に)作られていた。
「エセ賢者の石の使用は、僕が許可するまでおあずけだ!
何故ならば、僕の天啓こそがバグを、アンノウンすらも滅ぼすものであるから!
これ以外の道理があるか、ええ!?」
辰砂がもたらしたマイン。
それはクノとシノが得た新たな力。
天然パーマによって、あっさりと抑圧されてしまった惨めな力。
呆けた顔でクノは尋ねた。
「長官、防衛大臣も同じ意見なんですか?」
会議室では颯爽と駆けつけたハンディーがその場を収めてくれた。
その時は、ハンディーが提案したマスター賢者の同行と、クノとシノの別行動以外の制限がかけられなかったのだが……。
「……使用をするな、大手を振って気軽に……とのことだ。
私は持っていない、発動の承認権を。
故に委ねられている、多くの知識を持つ錬金術師である彼に。
彼の方が把握しているからね、これまでは伝承上の存在に過ぎなかった賢者の石のことを」
……とのこと。
よっぽどの状況ではないと使用不可能らしいが、ルードゥスの性格や考え方からして、そのよっぽどの際も柔軟に対応してくれる保証はない。
数日前に自室にやって来たクリアが彼のことをフォローしていたし、人のために自分の天啓はあるという真っ当な志があるのは、皆が分かっている。
だが、そうだとしても……子供のわがままを聞いているような気分だ。年齢的にはこっちの方が正真正銘、遥かに子供なのだが。
「……つまりは今までと同じってことですね。
分かりましたよ、やりますよ!!」
「そうね。
辰砂さんのお力を借りずとも、上手く立ち回ればいい話!!」
ちなみに、先日の起動実験で判明したことだが。
マインの解除は自らの意思で可能。
そして、マインの発動自体には体力の消費はない。
しかし、そのパワーレベルを引き出そうとしたり、マインが一度解除されてからの再発動には心身が激しく消耗する。再発動には最低でも数時間は空けないといけない。
故に、一度発動すると再発動時のリスクがデカいため、不用意な解除及び再発動は御法度とのこと。
……それ以前に、一度目の発動自体簡単にさせてもらえないのだが。
(もしもの時は……分からない……。
だけど確かに、何でもマインに頼ろうとする考え方はよくないかもしれない……)
* * *
「……ということになりました、姉さん」
「明日早いんだ。
今日はゆっくり休まないとね」
部屋に戻って夕食。
お馴染みの家族の団欒。
「しかし、ベルウィンさん。
本当に申し訳ない……」
「いえ、私が焦って、タオルも巻かずに飛び出したのがいけないんです……」
「ワタシはイイモノ見たよ~!
かわいい子の魅力あふれる色香……」
「もう!
恥ずかしいよ!」
ドリアンとミープも招いて、5人で賑やかな食事パーティー。
出撃前に兄妹と親睦を深めたいと声を上げたミープ。
ドリアンがそれに追従し、ベルウィンに謝罪したいという名目もあって、彼らを自室に招くことになった。
そして、ベルウィンとミープは同い年だと発覚。両者今日が初対面だが、早速仲良くなった。まず先に親睦を深めるべき相手が違うが。
「みんな、どう?
まだ10月じゃないけど、ちょっと先取りして甘くしてみたんだけど……」
「…………うん、いいよ、美味しいよ……ふふ、」
クノは、上品にかぼちゃカレーを頬張るミープを一瞥して、隣りに座るシノへと思いを巡らせる。
(正直、最初はシノを引き渡すのが嫌だった。
辰砂が問題視されているのもあったから、シノに乱暴なことをしたり、人間扱いしないのではないかと……。
でも、この人はきっと、シノのことをちゃんと見てくれる。
ぼくと同行するドリアンさんも誠実な人柄のようだし。
まだ出会ったばかりだけど、この人達なら……)
* * *
夕食後。
トントン。
「?」
皿洗いをしているベルウィンの肩を叩く手。
「ミープちゃん?」
「手伝うよ、ベルちゃん」
「嬉しいけど大丈夫だよ。
いつもやってるし」
「いいの!
食材を用意する・下ごしらえ・作る・盛り付ける・いただく・片付ける。
【食べる】ってそういうものでしょ、だから手伝わせて」
ミープは白い歯をニカリと見せて、屈託なく笑った。
「ありがとう。
じゃあ、ちょっとだけお願い」
「うん!」
* * *
2人で皿洗いを終えて。
ますます親睦が深まったベルウィンとミープだったが……。
「ねぇ、ベルちゃん」
「?」
「いつも、ベルちゃんが作ってるの?
クー君とノンちゃんのご飯を?」
「……うん、そうだけど?」
ポカンとしているベルウィンに、ミープは耳打ちした。
(今度、教えてあげるね……料理の仕方)
「……え……」
ミープは、クノとシノに憐れむような視線を向けていた……。




