2章9話 「来訪者」
白米に味噌汁。
焼き鮭にキャベツの千切り。
あっさりめのメニューの脇には、ポン酢とわさびをかけた納豆が添えられている。
「……これからは2人一緒に出かけるわけじゃないんだ」
「ええ……」
クノ・シノ・ベルウィン。
3人で夕食を食べながらの家族談義。
「ですが、この部屋でいつものように暮らすことは許されているので、その点は安心してください。
任務以外ではわたくし達はここにいますから」
「そっか……」
クノとシノの向かい側に座るベルウィンは、複雑そうな顔をしながらも、
「うん、分かった!
でも良かったね、村のおばさんと仲直りできて!」
すぐに切り替えて、誘惑の喜色満面。
「「はい!」」
ベルウィンが微笑む時の声は、いつも太陽のように明るく温かい。
それは、彼女が持って生まれたモノなのかもしれないと、クノは思った。
安らぎを与えてくるような不思議な波動を彼女から感じるのは、初めて会った日から一貫して変わらない。
「食べ終わったら3人で一緒にお風呂入って……今日こそ早めに寝ようね!
寒くなってきたから、ベッドは温めておいたよ」
ベルウィンはクノとシノの専属のメイド。
しかし実際は、他の賢者の部屋や政府官邸内の清掃、リフト操作による物資の運搬、時には住人のクレーム対応なども手伝っている。
元々はそれらがベルウィンの仕事だった。
けれども今は、あくまで兄妹2人のメイドを務めることが彼女の任務。
そのため、メイド以外に彼女が行う手伝いは、ボランティアという扱いにされてしまい無償になっている。
その上で彼女は率先して行動し、更にはクノとシノの賢衣や、武器が損傷した際の補修及び改良も行ってくれていた。
〈本当に……姉さんには頭が上がりませんね、シノ?〉
〈そうね、うふふっ〉
「…………?」
眉をぐにゃりと下げたベルウィンが、クノとシノを見比べてくる。
「2人共どうしたの、ニヤニヤして?」
「いつも……姉さんにも助けられていると、改めて思ってただけですよ」
「はい、うふふふっ!」
綺麗な青の目を見張らせ、息を呑んだベルウィン。
「……もう!
こら、そういうこと言うと……」
途端に、丸い頬を桃色にした彼女の両腕が伸びる。
「イチャイチャしちゃうぞ~!」
クノとシノの頭をワシャワシャと、ナデナデ。
「うわ、姉さん!
恥ずかしいですよ……っ!」
「そ、そうですわ!
もうそんな歳ではありませんし!」
小さなお姉さんの包容力に、兄妹の表情も伝染した。
3人がその瞬間に抱いた感情は、ありふれていながらも、かけがえなのないモノだった。
* * *
食事と入浴を終えて、3人はトリプルベッドに横になった。
「………………」
5分が経過した頃……。
「……まだ起きてる……?」
「「………………すぅぅ……」」
耳を澄ますと、静寂に忍ばせた小さな寝息が2つ分聞こえてくる。
「そうだよね、疲れてるもんね……」
ベルウィンが体を起こすと、クノとシノは互いを見合わせるように手を繋いで眠っていた。
これからも絶対に離れないという契りを交わしているように。
(……うふふっ、妬けちゃうな。
私も混ざりたくなっちゃう!)
ベルウィンは笑い声を堪えて、兄妹の額に一瞬の口付け。
「おやすみなさい」
* * *
時が来たのは数日後のことだった。
廊下を歩く2つの人影。
「ドキドキワクワクだよね!
リーさん!」
「君とはさっき顔を合わせたばかりのはずだが。
その呼び方はフランクが過ぎないか?」
キャピキャピとした少女と、高潔そうな青年の声。
「話は色々聞いているけど、直接会うのは初めて!
楽しみィ~!」
「おい、聞けよ……」
「だって、臭そうな名前じゃん。
だったら、リーさんで良くない?」
「勝手に人の名前を軽んじるな!」
青年への失礼極まりない毒舌。カチンときた青年は堪らずに声を張り上げた。
扉の前で停止した青年。
胸ポケットから手帳を取り出して、あるページを少女に見せつけ始めた。更に、演舞をしながら腰に携えたロングソードを掲げて決めポーズ。
「……【夢】を抱いて【輝く】ように生きて欲しい。
夢――【ドリ】ーム。
輝く――ブリリ【アン】ト。
母上がつけてくれた誇りの名前だ!」
スラっとした無駄のない肉付きの高身長。
煌びやかな肌に端整な顔立ち。
ピシッと背筋の伸びた姿勢。
整った長さの茶髪に、赤みがかかった細い目。
そこはかとなくブルジョワな雰囲気を漂わせた剣士――『ドリアン』。
「へぇ~!
なんかロマンチック!
臭そうなんて言ってごめんなさい!」
青年の名前の由来を聞かされた少女は、顎に添えた両手をグーにしてトキメキを感じている。
「分かればいい。
君だってきっと、お母様とお父様が真心と愛を込めて名付けてくれたはずだ」
素直な彼女にドリアンは機嫌を取り戻して、前髪をキレのある動作でかきあげた。
「ワタシは……平和の【ミール】と、希望の【ホープ】から取ったってママから聞いたよ!
平和を願う優しい子になって欲しい……ってね!」
高校生くらいと思われる少女の名は――『ミープ』。
いちご色のツインテールをフリフリさせた、明るい肌の少女。
キラキラとしたあどけない黄緑の目と、八重歯がチャームポイント(本人談)。
背中に山刀、腰にナイフを数挺。
外見からくる天真爛漫なイメージ通りに、元気で人懐っこい性格のようだ。
「ほう、君も立派な名前じゃないか!
素敵なご両親だ、感動したよ!」
2人は今日が初対面だったようだが、お互いの名前談義で意気投合して握手。
「そう言ってもらえて嬉しい~!
ありがとう、リーさん!」
「何故、この流れでドリアンと呼ばない!?
やはり軽蔑しているのか!?」
「あの!」
隣の部屋の扉が開けられて、鋭い目つきの女性が顔を出した。女性はメイド服を着用している。
「外で大声出さないでください。
近所迷惑です」
「あ……はい、申し訳ございません……」
メイドは妖怪のように睨みをきかせて、ご立腹の剣幕。
シュンとしたドリアンは、すごすごと謝罪。
メイドはそんなドリアンの体を見て、更に目を険しくさせた。
「あなた……そんな身分で、なんて非常識なの!?」
「面目ない……」
丸めた猛省の背中に、人差し指がツンツンと突きつけられた。
「ぷぷぷ……怒られてるww」
「他人事みたいに!
君だってうるさくしていただろう!」
いじってくるミープにドリアンの応酬。
そのよく通る声に、
「このあんぽんたん!!
どっちもうるさーーい!!」
ズドォォォォォン!!
パン、パパパパパン!!
鬼の形相の雷と、重い張り手が炸裂。
「ごめんなさーーい!」
「きゃーーん!」
結局……一番大声を出して近所迷惑になったのは、このメイドだった……。
* * *
「よし、いくぞ」
「オッケー」
2人仲良くキメ顔に赤い手形を付けて、目的の部屋の扉をノック。
コンコン…………。
「…………出ないね……」
何度かノックしても、しばらく待っても誰も出る気配がない。
「さっきの騒動でも無反応だったからな。
出直そう、留守のようだ」
「いないの分かってたら、この時間にワタシ達を向かわせなくない?」
踵を返そうとするドリアンの裾をミープは引っ張り、上目遣いで訴える。
「それもそうか。
……ん?
こちらに近づいてくる足音が――」
「はーい!」
明るい声と共に、ドアが清々しく開放。
「ごめんなさい、シャワー浴びてて!
今気づきました!」
「……イ……!」
「は、は、は、はれ……!」
飛び込んできたのは――肌色の小さな塊。
まるで人形のような物体の中央には。
全体の小さな造形に反してそれなりの大きさの、揺れ動く2つの盛り上がったプリンのような柔らかい突起物。
水色の髪の小柄な少女だった。
身につけている物は何もない。
キラキラとした水滴に彩られた、毛穴も見えない全身つるつる美肌。
純真無垢なクリクリとした瞳。
おちょぼ口から漏れる、誘うような吐息の芳香。
まるで海から出てきた化身――セイレーンのようだ。
「どうしました……って、あれ?」
両手で目を塞いでいる2人を見て少女は首を傾げ、時間差で自分の体を眺め始めた。
「………Q×××◯◯◯◯!!」
なんて言っているのか聞き取れない裏声。
顔を真っピンクの汗まみれにした少女は、慌てて扉を全力で閉めて姿を消した。
「………………(好き byミープ)」
「………………(天使 byドリアン)」
彼らが絶句して放心していると、
「どちらさまですか?」
「わたくし達になにか?」
背後から2つの声。
「「!?」」
振り返ると、ようやくお出ましの2人が立っていた。
「すみません。
ぼく達、宅配任務だったもので……」
「あら?
お二人とも、お顔が真っ赤っかですが……」
ドリアンは咳払い。
ミープは首を何度も左右に振ってスイッチを入れ直す。
「すまない、アポなしの訪問で」
「ワタシ達は、キミ達を迎えにきたんだよ!」
自分達が胸に付けているものと同じ金バッジ。
「……それは!」
「じゃあ……」
全てを悟った目の前の2人は、緊張剥き出しの表情で後ずさった。
「そういうことだ。
僕はクノ君と共に戦うことになった、マスター賢者のドリアン!」
「同じく、マスター賢者のミープ!
ノン……じゃなくて、シノちゃんと一緒の任務だよ!」
耳の奥まで浸透する声と、差し向けられた人差し指。
それは兄妹の別れを告げる鐘の音のように――クノとシノの脳内に延々と木霊していた……。




