2章8話 「本性」
「ただいま……」
クノは打ちひしがれた気持ちのままドアを開けた。
「おかえりなさい!
大変だったって聞いたよ?
大丈夫!?」
小さな体を揺らして駆けつけてきたベルウィン。
ようやく解放されたクノとシノと同じく、目の下に隈を浮かべた血相。
よっぽど心配してくれていたのだろう。
それを見て、一層胸が痛くなった。
「すみません、帰るのが遅くなってしまって……」
「いいよ。
それより、2人ともすごい疲れてる。
早く上がって休んで」
ベルウィンに引っ張られたクノとシノ。
されるがままにリビングに入った瞬間、
「「!?」」
全身が凍りついた。
何かのゲームの画面が映されたテレビの前。
「どうもすみません……お邪魔してます……」
座椅子にもたれて肩越しにこちらを見ている、白髪混じりの男性。
眼鏡とネックウォーマーで顔の殆どを覆っている。
両手に握られているのは―ゲームのコントローラー。
「何……してるんですか……クリアさん?」
「……お二人の帰りが遅いと彼女が心配しているのではないかと思ったので……気持ちをほぐす相手になれればと……。
今日は、14時以降のバグが観測されてませんし……」
ドン引きのシノに、クリアはテレビの画面を見ずにコントローラーをいじくりながら答えた。顔色一つ変えずに、飄々と、淡々と、ボソボソと。
「姉さん……そうなんですか?」
「うん。
眠れなくて……そしたらクリアさんが来て、ゲームで気持ちをほぐしてくれたの」
純粋なベルウィンはそう言うが……きっと部屋に平然と上がって、許可なくテレビを使って、空気を読まずに自分の持ち込んだゲームをプレイしていたのだろうと想像してしまう。
「お疲れなのは充分承知の上で……お二人もどうです……?
これ……対戦ゲームです……。
お二人のような武術を使うキャラクターもいますよ……」
* * *
〈どういうつもりなんですか?
ぼく達の部屋に上がり込んで……何のために?〉
何故かコントローラーを3つ持参してきていたクリア。
促されるままに、クリアと2対1で対戦中。
クノとシノはクリアを挟むように座布団に座っている。
〈……先程も言いましたが……ベルウィンさんのためです…〉
〈それ以外にも……何か意図があるのでしょう?〉
〈……ありません……〉
〈顔、そらさないでください!
ちゃんと答えてくださいよ!
それにいつ帰るんですか!?〉
ベルウィンに聞かれないように念話で会話するが、傍から見ると無言でゲームをしているように見えるので、
「よし、いけ!
そこだ!」
「負けませんよ……!」
「兄さん、こっちに合わせて!」
……なんて口の方では全員わざとらしい白熱を演出して。
〈昨日の出撃前から……普段と違いますわよね!?
失礼ですけど、誰かのことを気遣ったりなんてする人ではありませんでしたし。
何か裏があると考える方が自然ですわ!〉
シノにズバッと問い詰められたクリアは、しばらくの間を空けて、
〈………………ふう……〉
やがて、何か決心したように。
〈……そうですね……。
僕は裏がありますよ……〉
〈〈やっぱり!〉〉
クノとシノは同時に、画面を一点集中している彼の顔を覗き込んだ。
〈あなた方が言う、いつもと違う僕……それが裏の姿です……〉
〈!?〉
ついに本性を表したかと思えば、真顔で出てきた言葉はどういう意味なのかよく分からなかった。
〈僕は……この組織が設立された時からここにいるんですが……〉
そして、唐突にクリアは己の身の上話を始めた。
〈始めは僕も観測士ではなく、賢者の一員としてバグと戦っていました……〉
〈……そうだったんですか……?
意外ですね……〉
クリアもそうだが、本部のあの2人も念話が使える。
つまり、脳改造をされている=賢者であるということだ。
天啓を使える最低条件も満たしているということになる。
〈ですが……先代の観測士が(過労で)亡くなり、僕は賢者内でもとりわけ弱かったので……後任としてこのポジションに甘んじることに……〉
とてもじゃないが、見るからに不摂生で怠惰な生活を送っていそうな彼が戦っていたという姿の想像はできない。観測士にされたのも頷けるような気がする。
〈その頃は……天啓もできたてホヤホヤです……。
使いこなせない賢者が今よりも多かった……。
それに比例するように死んでいく仲間達……〉
仲間達の死……。
その単語がクリアから出てくることになるとは思わなかった。
昨日の戦闘で賢者達が人質にされた時、もしかしたら…………目の前でそうなっていた可能性があることをクノとシノは痛感させられた。
〈ルードゥスさんがあんな風なのも、自分の開発した天啓が人のために役に立てないことの焦りや、自分への苛立ちをごまかしているに過ぎないのです……。
僕もバグへの被害を最小限、それ以下……0にできるように、必死にバグ出現の観測技術を身につけました……。
そして、前線で戦う皆さんに積極的に指示を出していたんです……〉
次の念がくるまでに再び長い間があった。
〈ですが……ある日昔の仲間達に言われました……。
本部という安全な場所から眺めてる人間が偉そうな口を聞くなと……それはもう、自分の存在意義を否定する程にボロクソに……〉
((…………))
クノとシノの脳裏に、5年前の体験が重なった。
〈それ以降、僕は本性を裏の顔として隠すようになりました……。
本性で他人と語って非難されることが怖くなり、同時に重度の人間不信を発症です……〉
知らなかった他人の気持ち……。
〈本性じゃなければ嫌われても構いませんから、変人を演じていました……ずっと……。
気持ち悪がられて、誰も僕に寄り付かないように……。
そんな自分の傷も時間が忘却させて、いつしか普段の振る舞いが自分の本性なのだと錯覚するようになってました……〉
(そうか、それがクリアさんの……)
(本当にこの人、気持ち悪いと思ってた……。
でも、わざとそうしてたのね……)
〈クノ君とシノさんも、他人からの罵倒で大きな心の傷を持った。
長官からそれを聞いた時、自分の中の本性がお二人のことを気にするようになりました……。
そして昨日……因果なもので、そのトラウマの源がお二人の任務地となった……〉
〈だから……珍しく気遣ってくれていたんですか?〉
真顔を貫くクリアの隠されている顎が、僅かに傾いた。
〈あなた方は僕よりも全然若いのに……凄いです、偉いです……。
自分のトラウマを超えて見せましたから……〉
2人の顔を交互に見るクリアの目に光が宿る。
〈わたくし達も……自分達の力だけで超えたわけではありませんわ。
立ち向かっていたようで、本当に大事なことからは逃げていましたので……〉
〈相手の方が来てくれなければ……戦いに勝っても未だ胸に抱えたわだかまりがあったはずです。
相手の方が優しかったから……〉
瞳を揺らしたクリアは、目を閉じて頷きの連鎖。
〈そうですか……それでも良かったですね……。
……おめでとうございます……〉
画面を見ると。
「……あ」
「嘘……」
クリアの選択した魔導士のキャラクターが、クノとシノが操作する格闘家のキャラクター2人に倒されていた。
〈ゲームクリアです……〉
【WIN!!】。
中央にデカデカと表示されている。
初めて遊ぶゲームで適当にいじっていて勝てるということは……。
「僕も……肩書きに恥じないように……頑張ってみます……」
クリアは立ち上がり、念ではなく、自分の生の声で思いを伝えてきた。
その覆われた顔から殆ど感情を読み取れないが、どこか溜飲が下がったようにも見える。
「久々に本性を出させてくれて、ありがとうございました……。
ベルウィンさんも……付き合わせてすみませんでした……」
クリアは背中を向けて、玄関へと歩いていく。
「クリアさん!」
玄関の前でクノが呼び止めると、クリアはおもむろに首を傾けて振り返った。
「はい……?」
上手い言い方ではないかもしれない。
それでも。
「ぼく達は、その…クリアさんの正確な観測にいつも助けられています!」
「バグの被害を大きく減らせているのは、あなたのおかげです!
あなたの【人助け】を……自分で否定しないでくださいね!」
「その……頑張り過ぎずに……頑張ってください!」
自分達も肯定で返したかった。
今まで自分達を肯定してくれた人達や、赦してくれた人のように。
ここでそうしてこそ、もっと過去を超えて前に進めると思ったから……。
「………………」
真っ直ぐな言葉と思いをぶつけられたクリアの眉が上がる。
「……ふっ……」
クリアは再び背を向けて……軽く右手を上げながら部屋を出て行った。




