2章7話 「分断」
アウェイ村のでの任務が終了して。
「説明してもらうぞ!
あの胡散臭い能力が何なのかを!」
時刻はもう翌日の夕方。
場所は――始まりの会議室。
賢者の承認試験を知らない間に受けさせられていたあの部屋だ。
「辰砂がくれた力、マインだと何度も言っていますけど……」
法廷の証人のように中央の席に座らされたクノとシノ。
2人を四方に取り囲んで座る政府要人達。
アウェイ村から出るなり、ここまで連行されてしまったのだ。
(……帰ってこないから、姉さん心配しているだろうな)
まずは監禁されて尋問。
その後、政府の医療施設や研究施設をたらい回しにされて、身体検査やマインの発動実験。
その果てに、今はこうしている。
「辰砂……つまりは賢者の石!
偉大なる錬金術師の、この僕すらも作れていないのだぞ!
それが何故、チミ達の前に現れる!?
それに、石が喋るなどと与太話をほざくでな~い!」
ただでさえ疲れているというのに、いつものやかましく不快なハイテンション。
この場を仕切ってクノとシノを追及するのは、どういうわけかルードゥスだった。親の仇を見るような目で睨んでくる。
「わたくし達もよく分かっておりませんわ。
いきなり声をかけられて。
わたくし達がD機関出身だと把握していたようですが」
「世間には公にされていないあなた方の出自を関知しているということは……【アイン・ソフ様】のような存在だと?」
要人の1人がシノの発言を深掘りしようとする。
「いえ、そこまでは――」
「クノ君、シノさん」
こちらの回答を遮って、棟梁の席に座る人物が口を開いた。
「あなた方が手にした力……それは人類にとって脅威になる力なのかもしれないのだよ。
何故なら、未知なる領域であるからだ。
その力が性質不明故に、現時点では我々でも制御や管理ができない。
だから、もっと詳しい正確な話を聞きたいんだ。
その力を正しく使うためにね」
広い額。鋭利なもみあげ。伸びた鼻。
防衛大臣の『ワルク』。
クノとシノは久しぶりに彼の顔を見た。
5年前の試験の時に机から転げ落ちていたことすらも印象に残っていない、平凡な雰囲気の中年男性。
彼は5年経っても、まだ防衛大臣を務めていた。
(だから、分かっている少ない情報は、もう何度も話したというのに……)
この随分な対応。
せっかくアンノウンを倒し、長年のわだかまりも解消されたというのに。
「僕からすれば……そんな賢者の石のパチモンを信仰して、僕の天啓を差し置いて使うなどと言うのが、由々しき事態なのだ!」
我が強過ぎるルードゥスは、よっぽど自分の作った天啓が大好きなもよう。
昨日のアンノウン出現時の真面目の発言で少し見直したと思っていた。
しかし、結局は今回のムーブのせいで彼に対する株は大幅に下落。元の低い好感度を下回ってマイナスに至った。
クノはルードゥスを無視して、ワルクに問う。
「ぼくとシノが……マインを誤って使うとでも言いたいのですか?」
「疑ってはいない。
だが、君達の意思に反して暴走……なんてことも考えられないこともないだろう」
(それを疑っているというのでは……)
確かに向こう側の言い分は分からないわけでもないが、何故暴走する前提なのか。
それに何故こうも、こちら側に味方してくる人がいないのだろうか?
「でしたら、直接聞いてみます?
それで全て解決では?」
シノは心臓の位置に手を置いて、目を閉じた。
(辰砂さん……。
お願い、この方達に答えてあげてください……)
心の声で訴える。
「……あ?」
機嫌の悪そうな声がシノにだけ返ってきた。
(あ? じゃなくて!
あなたのことを皆さんが知りたがっているので……。
このままだと、兄さんもわたくしも解放してもらえませんし……)
「嫌だ」
(ちょ――)
「霊長類を超えた存在である俺様は、気に入ったやつとしか会話せん。
時間の無駄だからな」
(その気に入ったやつがピンチでも……ですか?)
「当たり前だ。
俺様は生まれつき、下らん人間……特にああいう頭の固いおっさんは大嫌いなんでな」
(……では、この中にお気に入りの方は?)
「問答無用でゼロ!
全員見ていて目障りで不愉快だ!
これ以上あんな奴等のために俺様を起こすんじゃない!
寝る!」
「あ…………!」
一方的にシャットアウトされてしまった。
(なんて自己主張が激しいのかしら、石のくせに!)
プンスカとしているシノにクノは声をかける。
「どうでしたか?」
シノはがっくりと肩を落として首を振った。
「……そうですか。
次はぼくが――」
クノも辰砂との会話を試みようとしたその時。
「してもらいたい、そこまでに」
(無駄に)ルックスの優れた嫌味長官がドアをバーン! と開けてやって来た。
一気に室内に薔薇の香りが充満する。
(ハンディー長官?)
(クリスマスくらいしか……外に出ないのに)
「け、賢者長官!?
何用で!?」
ワルクは目を見張ってひどく驚いている。ハンディーよりも偉いはずだが。
「赤い鉱石、辰砂。
別名、賢者の石。
その2人の心臓と結合して魂と共存しているらしい……身体検査によると。
そして不可能だという結果がきた、その石の摘出は。
だから私は考えましたよ、丸く収める方法を」
ハンディーは、腕をフラフラさせた奇妙なステップでゆっくり歩きながら語っている。その動きのせいで話が頭に入ってこない人間が続出しているが、
「そそそらそらそれは!?」
ワルクはしっかりと理解していたようで、オーバーリアクションのカミカミで尋ねる。
前のめりな動きに、後退した生え際が部屋の照明に反射――会議室が一瞬、眩い光で包まれた。
光の演出に悪ノリするように、ハンディーは溜めて、
「――使うのですよ、マスター賢者を」
「「「マスター賢者?」」」
ワルクだけでなく、その場にいた全員が勿体ぶって出た単語に復唱。
「マスター賢者です、彼らは。
もし、マインとやらで道を踏み外した時……それを止められる見込みがあるのは、この2人と同等、あるいはそれ以上の力量があるマスター賢者だけ。
よってマスター賢者を同行させることにしましょう、今後の2人の任務に」
【マスター賢者】。
その称号を持つ者は、数百はいる規模の賢者内で、僅か7人しかいない。
ルードゥスが作った新たな天啓のルール――【相生の関係】と【プラトンの関係】のいずれか、またはどちらも完全な形で体得し、かつ天啓の使用上限を3回以上まで増加させた者は、マスター賢者と呼称されている。
努力と強さの証として金バッジを賢衣に贈呈されて、通常の賢者よりも任務の報酬金やその他の待遇が優遇される。
ベテラン賢者でも、天啓は1日でたったの1~2回しか使えないのが普通。
クノとシノが天啓の使用回数を1回分増加させるだけでも4年はかかった。
そんな天啓だが、1発目に発動した天啓の効果が切れる前に関係のコンボで途切れさせずに次の天啓を放てば、最大で5発分で1回という扱いでカウントされる。
すなわち、マスター賢者は最低でも5×3=15回は天啓を使用できるということだ。
7人のマスター賢者。
その内の2人はクノとシノ。
残りの5人の内、分かっているのは1人だけ。
クノとシノを定期的に鍛えてくれた師匠のブウェイブだ。
彼は普段は防衛大臣ワルクの補佐官をしているが、賢者の一員でもある上に、最高戦力の切り札だ。
というか、彼は5年前の時点でアンノウンを軽々と倒している。その定義関係なく、十分過ぎるマスターである。
しかし、ワルクの補佐官のわりに、彼はこの場には出席していない。
ちょうど今日、ワルク直々の命令で遠方に出張に行っているのがその理由だ。
「た、確かに。
こ、ここは、長官の案を取りましょう……」
ワルクが承認して、急にあっさりと丸く収まった。
それにしても、ハンディーが来てから彼はずっと挙動不審だった。怯えているようにも見える。
「それから……クノ、シノ」
安堵も束の間――ハンディーはクノとシノに顔を向けた。
神妙な顔つき。失礼だが嘘臭い。
「それぞれ別行動をしてもらう、君達は」
「「え……」」
寝耳に水。目も口も見開いて放心する2人の頬に、冷え切った汗が伝う。
「君達が同時に、同地でマインを使って……もし制御できなかったり不穏なことが生じた場合……それを止められない可能性がある。
だから別々の任務をさせる、一人一人にマスター賢者を付けて」
「……その指示に従うことは……とても……」
「わたくし達は、どんな時だってずっと一緒に歩み続けてきたんですわ!
そもそも、これまで兄さん以外の同伴者を加えなかったくせに――」
〈ひとまず与えるしかないんだよ、ハンデとペナルティを。
でなければ納得しないだろう、頭に血が上った中年と老害どもは。
彼らと同じ分からず屋の子供じゃないだろう、君達は?
なら従ってくれ、巻き返しは後でできる〉
そっと、念話により諭してくる。
ハンディーは昨日の念話でもマインに肯定的な発言をしていた。何か企んでいそうな気がしないでもないが、自分達を庇っているのだろうと思えば、これ以上の反発はできなかった。
クノとシノ。
12年間共に助け合って戦い続けた2人が引き離される時がやってきた……。




