2章4話 「前振り」
「炎走」 【五行:火】
炎を纏って夜の闇を照らしながら、足の回転数を上げて爆走するクノ。
「クリサンセマム!」 【五大:水】
シノは滑らかにうねる流水――菊水文様のような旋体風林の走法軌道。
どちらの天啓も、相手との距離を一気に詰めて、速攻をかけるための接近専用の技。
〔……!?〕
アンノウン――セクシーバグの鳩尾に、クノの前拳。
首には、シノの右足。
〔!!!〕
同時にぶち当てられた凶器。
セクシーバグは、後方に大きく吹き飛ばされた。
(このまま畳みかける!)
天啓のコンボが途切れる前に。
クノは傍らで立派に聳えている大木を見やる。
「天啓!」
活性化したオドのパワー。
クノは根本から大木を引っこ抜き、高く担ぎ上げた。
「……うおおおお!!
還堀!」 【五行:土】
そして――前方へと、躊躇いなく投げ落とした。
大木ロケットは、セクシーバグの手前で着陸。
激しい耳鳴りを束ねる地響きが轟き、衝撃波が発生。
「ストラーダ!」 【五大:土】
そこに迫るのは、空中をスライディングするシノ。
彼女の軌道に合わせてセクシーバグを囲うように形成されていくのは、ストーンサークルの牢獄。
地上は衝撃波のカーテン。
天上は石の屋根。
相談も念話もなしの兄妹のコンビネーション。相手の逃げ道は完全に遮断された。
〔!??〕
動揺中のセクシーバグの前に、空から降り立ったシノ。
「天啓!
ヘヴンズゲート!」 【五大:空】
シノの身を捻る動作に呼応して、間合いに作られる真空の渦。
右手でバグの乳房をワンタッチ、すかさず左手で側転するように倒立。
振り上げた両足でセクシーバグの首を挟みこんでからの回転。
〔!??!!〕
捻体渦生の首絡みが炸裂。
セクシーバグは背中から地に叩きつけられた。
その首には、シノの両足から放たれた真空の刃による切り込み線。
「ありがとう、シノ!
天啓!
連潰!」 【五行:金】
クノの鉄拳に更なる硬度が帯びる。
狙うは、セクシーバグの股間、水月、胸、喉、人中、双眸。人間ならば全て急所になる部位。
クノはそれら全てに、斧で薪を割る勢いの鋼鉄縦拳を振り下ろし続けた。その度に、悶えるバグの体がビクンビクンと上下する。
「天啓!
水破!」 【五行:水】
「天啓!
コメット!」 【五大:火】
続いて、洗練された寸勁と、渾身の踵落とし。
これで天啓は関係サイクルの4コンボ達成。
(ロゴスを加えた天啓をここまでぶつけても、まだ倒れない。
流石はアンノウン……だけど、)
(それなのに、何?
アレよりも、かなり……)
クノとシノはこちらの優勢に違和感を覚えていた。
とはいえ、最大コンボまであと1つの天啓を喰らわせればいい。
「植――」
「ヴォル――」
0.2秒後には発動されていたはずの天啓。
しかし、刹那に飛び込んできた水色の円盤への回避行動によって、キャンセルされてしまった。
そう、2人の懸念通り、敵は何かを仕掛けてきたのである。
(おかしい…今のは力ずくでゴリ押せたはず……。
ぼくは何故避けた……!?)
(ッ、さっきの戦闘の分はまだ回復していない……。
残りの天啓回数は、わたくしも兄さんも、あと1回……!)
セクシーバグが放った得体の知れない円盤。
それはクノとシノをマークするようにぴったりと張り付いて、剝がすことができない。
更に、セクシーバグの乳房から発射される青々としたミルク。的確にこちらの頭部を狙って飛んでくる。
〈シノ、このまま同時攻撃です!
くれぐれも、相手の攻撃には当たらないように!〉
〈分かった、兄さん!〉
クノとシノはグロテスクな色合いのミルクを回避しながら、再波状攻撃。
「「天啓!!」」
セクシーバグの正面には、クノ。
背面には、シノ。
〔!!〕
セクシーバグは体を高速回転。
2人の追撃をかわすためにミルクを全方位に噴射させた。
〔?!〕
だが、セクシーバグは派手に体をのけ反らせて、狼狽え始めた。
〔!??
????〕
直前までいたはずの敵が、2人とも消えていたのである……。
「「遁駆」」 【五行:水】
空気のように姿を現したクノとシノ。
兄妹同時に、全く同じの攪乱天啓。
その身を水に溶かしてフィールドから消失、次に出現した時には相手の死角を制圧している。
「木――」
その時。
(アンノウンの驚きっぷり。
ぼく達に纏わり付いているこの円盤。
さっきの、体が勝手に回避させられた感覚。
……まさか!?)
一瞬のよぎりで何かに気づいたクノは、次に繰り出そうとしていた天啓を寸止め。
〈シノ、そいつから離れて――」
「助けて!!」
セクシーバグの体内から聞こえたのは――モストおばさんの悲鳴。
「……えっっ…………」
シノがセクシーバグの胸部に攻撃をぶつける寸前だった。
ブシュウウウウ……!!
シノの動きが止まった直後、空が青い液体で染められた。
* * *
「……ぐううっ!」
セクシーバグが噴射したミルク攻撃。
それは超至近距離の射線上にいたシノ……を庇ったクノの顔面に浴びせられた。
「に、兄さん!?」
(すぐ側でシノの声がする。
シノは無傷のようだ、よかった……)
安堵するクノの視界は青一色。同時に肌に生じる軽い炎症。
セクシーバグのミルクは、浴びた対象(人間のみ)をドロドロに溶かす効果だった。
幸いなことに、ずばぬけた打たれ強さのクノには火傷程度で済んでいた。
(アンノウンの体の中に、あの方がいるのか!?)
クノは体内に意識を向けて、全力のオドとエネルギーの操作。
渦巻くオドと筋肉の収縮が共鳴。
「シノ、大丈夫ですよっ……!!」
高鳴る力が、顔面の余分な青を削ぎ落とす。
開けた視界。
〔^^〕
セクシーバグが前方で、ゆらゆらケラケラと口を緩め、腰に手を当てて体を揺らしている。女王様の高笑いのように。
「兄さん、どうしよう!?
アンノウンの中に……っ!?」
シノがユサユサと体をゆすってくる。
確かに周囲を見渡しても、先程腰を抜かしていたおばさんの姿がない。
それでも。
「分かりません……」
クノは、未だに自分達に張り付いている円盤を一瞥。
(このアンノウンは恐らく……他のバグよりも感情―思考や分析能力が備わっている。
それ故に直接的な戦闘ではなく、搦め手や、敵の行動を自分の思うように操って戦うタイプ……)
「ご無事ですか!」
次々と駆けつけてくる足音が、クノの考えを遮った。
転送されてくる人々。
他の賢者達が、増援として15人程来てくれた。
クリアが言っていたように、全員成人しているが金バッジを付けたマスター賢者はいない。
つまり、マスターのクノとシノよりも、実力が低いと評価されている者達ばかり。
それでも援軍はありがたい。敵の戦法を数で崩せるかもしれない。
クノとシノは、これまで分かっているセクシーバグの情報を簡潔に賢者達に伝える。
「なるほど……。
あのアンノウンの中に、民間人がいるかもしれないと」
「探るのは我々に任せてください!」
「連戦のお二人は一旦休んで、好機の時にお願いします!」
「私は村に連絡を取って、その方が本当にいないか確認して来ます!」
クノとシノにトドメを託して、果敢に向かっていく賢者達。
刀を持っていたり、槍を装備していたり、銃を構えていたりと、それぞれ異なる武器を携えている。
後方で見ているとなかなかどうして、思ったよりも彼らはアンノウン相手に戦えていた。
全員で陣形を作り、攻撃を与えないように威嚇しながら、機敏にミルクを回避し、体内にモストおばさんがいないか様子を伺っている。情報を伝えたことが役に立ったのかもしれない。
「皆さんの行動を無駄にしないためにも、ぼく達も!」
「そうね、今度こそ!」
呼吸を整えて、再度戦いに向かおうとした時だった。
「「うわあああああ!!」」
前方から賢者の悲鳴。
「「なっ!?」」
面前。
賢者2人の体を高々と持ち上げて、これ見よがしにブラブラと弄ぶセクシーバグ。
(人質作戦!?
やはりこいつは、戦い方がこれまでのバグと違う!)
姑息な手段ばかり用いるバグの情報を知っていても、仲間を盾に取られた賢者達の戦意は、覿面に低下。
(いけない……!!)
虚につけ込まれた賢者達へ噴射される――青の裁き。
《2人が守りたいものを守って》
ベルウィンからの言葉を胸に、
(そうだ、二度と誰も死なせないと誓ったんだ!)
………………!?
その光景に、クノとシノの足が止まった。
(……これは……。
時が停止している…………?)
セクシーバグも、賢者も、風も……周囲の何もかもが動いていなかった。
「今度は、何だ!?」
「これも、アンノウンの攻撃なの!?」
ただでさえ、状況が理解できない中で。
「お前達でなければ、ソイツには勝てない」
「「!?」」
唐突に、クノとシノの脳内に直接響く声。
「にも関わらず、なんてザマだ。
栄誉ある家系、優れた肉体、恵まれたモノを散々与えられておきながら、いいようにやられているじゃないか」
「な……あなたは一体誰なんです!?
こんな時に!」
赤面のシノが空へ声を張り上げる。
クノとシノがD機関出身であることを知っている。
だが声の主が誰なのか分からない。聞いた記憶がない。
「俺は……俺様のことは――『辰砂』と呼べ!」
バン!!
傲慢で不遜な声の主の自己主張と同時に、次元の壁が破られた。
「俺様の力は不完全を完全にする!」
2人の前にふわふわと出現したのは――紅く輝く小さな宝石。
声は確かにその石から聞こえてくる。
【辰砂】。別名、錬金術における到達点である【賢者の石】。
その存在は、あくまで伝承に過ぎないはず。
「お前達なら使える。
天を超える俺様の力――【マイン】を!」
「「マイン……??」」
辰砂はパカっと、2つに分裂した。
「掴め!
お前達の本能を映して力にしてやる!」




