2章3話 「残酷の共鳴」
レディクが胸元を揺らしながら駆け寄ってくる。
赤く点滅する頬からは、称賛の2文字が書かれていた。
「すごいじゃない!
流石は【マスター賢者】ね!
天啓の5連撃であっという間!!」
まるで、スポーツの試合で自分の応援している選手が活躍した時のような興奮した拍手とテンション。
「ぼく達だけの力ではありませんよ」
「そうですわ、レディクさんや姉さん。
皆さんが支えてくれるからですわ」
謙遜しながらクノとシノが見つめるのは、ベルウィンが作り上げた愛の込められた武器。
クノが装備するのは、白銀のガントレット――【イザナギ】。
アラミド繊維とボラゾンの混合で作り上げた、軽量でありながら超硬度・高耐久の代物。電気に触れても人体まで通さず、炎や水にも強い。
シノが履く赤紫のスパイクシューズ――【イザナミ】。
賢者の革スパイク以上の性能。足技中心の護身術――サバットの靴のように全体を硬く強化していることによって、軽く当てるだけで簡単にあらゆる生物の骨を砕き、内臓を破裂させられる。
ベルウィンはクノとシノに本当に合った武器を提供するために、【賢者専門技師】の資格を取得しようと思い立った。
そして、賢者庁の工匠に弟子入りの後修行し、5年半かけて2人の武器の作成技術を身につけた。
その武器の性能は折り紙つきだが、それ以外の装備品の開発技術はせいぜい賢衣の修繕ができるくらい。まだまだ技師としては未熟である。
「後の事後処理は私の仕事だから、今日はもう帰還してゆっくり休息を取りなさい」
「「お願いします」」
レディクは賢衣が焼けたクノに、変えの賢衣を差し出した。
サイズもぴったり合っているし、マスターの証の金バッジも付属済み。実に準備がよすぎる。
この村には消せないわだかまりが残っているが、それを取り払うことをしてはいけない。許してはもらえないのだから……。
だからと言って、何もせずにこのまま帰還することはできない。せっかくここに来た以上、例年のけじめを今日であろうとつけなければならない。
* * *
5年前に彼らを救出した地。
彼らの秘密基地だったツリーハウスの付近。
静観で秋風に冷まされた暗黒の森。
クノとシノは、長方形の立派な石碑が立ち並ぶ土地へと足を踏み入れた。
全ての石碑の前には、灰の入った器が置かれていた。
「「………………」」
とある石碑の前で立ち止まって、身を屈めるクノとシノ。
先端に火が灯された細い木の枝を器に2本立てて、瞑目し手を合わせる。その後、その隣に建てられた石碑にも同じことをする。
「急だったので、線香がなく申し訳ありません……」
「あなた方や町の皆さんを守れなかったあの頃の無力さ……わたくし達はいつまでも忘れない……」
アルシンとファムの墓。
アルシンの墓には、ログハウスにあったような特撮アニメの玩具。
ファムの墓には、トゲトゲと膨らんだ緑の実もそのままの白い花――フウセントウワタが備えられていた。
あの忘れられない日に彼らは亡くなった。
あの日を命日として、クノとシノは毎年彼らの墓に訪れていた。しかし、村内に直接顔を出すことは憚られてできなかった。
「もし……あなた方を賢者に推薦していたら、どうなっていたんでしょう……。
あのアンノウンも、2000体のバグも来なかった……根拠はありませんが、そんな気がするんです……」
懺悔は僅かに聞こえる足音に遮られた。
「「……!」」
振り返ると、ランプか何かの灯りが揺らめいて徐々にこちらに近づいてくる。
(兄さん、どうしよう……?)
(一旦離れて様子を見ましょう)
クノとシノは素早く、賢衣の切れ端を被せて木の枝を消火。
墓地の脇へと身を潜め、来訪者の同行を探る。
(この時間に……しかもバグが出たばかりだというのに、わざわざこんな場所まで……?)
やがて、怪訝そうな足取りで向かってきた来訪者は、ぴったりとアルシンとファムの墓の前で足を止めた。
痩せこけて華奢な、中年と思しき体型。
(あの方は!)
暗闇の中の後ろ姿だが、アルシンとファムの育ての親だったモストおばさん。彼女も墓参りに来たのだろうか?
「今、この辺りで光が見えた気がしたんだけど……」
胸に刻まれた声がした。5年経っても変わっていない。
やはり、目の前にいるのはモストおばさんで間違えない。
「……やっぱり、この子達のお墓から何か燃やしたばかりの匂いがするわ。
煙りも残っているし……」
懐中電灯片手のおばさんは首を傾げつつも、アルシンの墓に小さい風車、ファムの墓にプリザードフラワーを置いた。
「誰かがお線香をあげてくれたのかしら?
アルシン……ファム……。
村は今でもあなた達を思ってくれる親切な人達ばかりよ」
おばさんは温もりにあふれた声で我が子達へと語りかけている。
それでも。
(やはり、今でも……。
おばさんの傷みも悲しみも……癒えることなく……)
クノは、手のひらに残る傷痕を見つめる。
(ぼくも、シノも……この傷を消さなかった。
過ちを忘れないようにするために……)
〈クノ君、シノさん……!
すぐに臨戦体勢に入ってください……!〉
突然だった。
珍しいなんてものじゃない、緊迫した心声のクリアからの念話。
彼が長官よりも先に念話してくるのはあまりなかった。
〈あの女性のそばに来ます……バグが……!〉
〈〈なんですって!?〉〉
〈この次元震の規模は……5年前に観測されたものと近い……!
ということは……!〉
虚空が裂けた……。
〈〈!!〉〉
体が反射的に飛び出していた。
「……えっ……!?」
〔!!〕
「――いやあぁぁぁぁぁぁ!!」
* * *
「はぁ……はぁ……」
「…………お怪我は……?」
腰を抜かして座り込むおばさんの前には、全身が水色の160cm代の人影と、それが放った手刀を押さえ込むクノとシノ。
「……あ、ああ…………あ……」
おばさんは何が起こっているのか把握しきれていないのか、答える余裕がないのか、ガタガタと唇を震わせ続けていた。
水色に光る瞳。
存在しないオーブの代わりに膨らんだ乳房。
スレンダーで艶めかしい、セクシーな剥き出しの肉付き。
凛として、こちらを侮蔑する女王様のような佇まい。
〈とうとう現れたか、アンノウン。
しかし別種か……5年前のアレとは〉
〈いいか……僕とチミ達のこれまでの研鑽の成果を見せなきゃならん。
僕の錬金術も、武器のチミ達も……バグに勝って人を守らなければならない。
そのために身につけた力なのだから……〉
ハンディーはともかく、普段はやかましく空気を読まないルードゥスすらもこの事態に緊張しているのか、至極冷静でまともなことを言っている。
彼もバグ殲滅のために、天啓の開発と改良を繰り返し続け、人生を捧げてきたのだ。性根は腐っていない……のかもしれない。
(そうだ、コイツらをも倒せるようになるために。
ぼく達は……)
(わたくし達は……みんなは……)
〔!!〕
クノとシノは持ち前の力で、アンノウンを後方へと弾き飛ばした。
「女性体のバグは初めてです。
それ故か、力ではこちら側が数段勝っているよう……」
ならば――前回よりも遥かに勝機はある。
〈そちらに防衛省を呼びました……!
それまで、その女性を守り抜いてください……!
マスター賢者は現在任務中なので連れてくることはできませんが、他の賢者を応援に派遣します……!〉
〈クリアさん、すみません。
誰かに持ってきてもらいたいものが……〉
クノは応援を呼んでくれているクリアにある要請をした。
* * *
〈……何故それを……?
バグを倒せるのですか……?〉
〈倒してからすべきことです!
絶対に勝つので!〉
クリアの心声が、はぁ…………と、長いため息を吐いた。
〈知らないんですか……?
ゲームでも、漫画でも、アニメでも、ドラマでも……そう言うのは古今東西において死亡フラグですよ……?〉
〈言うな、無粋を。
彼らに負けて欲しくないだろう、クリアは?〉
野暮な失言をしたクリアをハンディーが咎めて諭す。クリアは僅かに沈黙したが、長官の言葉で了承してくれた。
〈……分かりました……。
お二人が勝つことを……信じています……。
お気をつけて……〉
身を案じてくれる彼の似合わない言葉から、ベルウィンの顔が浮かび、クノは苦笑した。
「行こう、兄さん!」
「はい!」
クノとシノは同時に跳躍し、早速天啓を発動する。
「あの子達は……まさか……」
それを見つめていたおばさんの目が潤み、光が差し込まれた。




