1章エピローグ 「道」
賢者庁バグ対策本部。
「クッソ!
あのクソ餓鬼の破壊された天啓……!
あんなバグのせいで使用不能にされるとは!
アレ以外にデータはない……貴重な大技が潰された!!
おのれぇぇぇ~~~!!」
天啓を開発した錬金術師――ルードゥスは、地団駄を踏んで発狂を続けていた。
あの日から数週間が経過したが、未だに忘れることのできない屈辱。
「あの餓鬼の打たれ強さは、(餓鬼のくせに)賢者内でもトップクラスだったはずだ!
その餓鬼が放った高威力の天啓が殺された……由々しき事態!!
あれがオーブのない新種バグ――【アンノウン】の力だというのか!?」
自分の錬金術は絶対。
揺るぎのないバグへの対抗手段。
なのに、こんなにあっさりと砕かれてしまうとは……。
(……そろそろ潮時のようだ……。
恐らく、今回のアンノウンは、奴しか勝てなかっただろう……。
天啓に新たな概念を構築して、リセットからの進展をさせなければ、この先負ける!!
僕の天啓の価値を証明できる存在がいなくなる!!
そうならないためにも、まずは天啓の耐久性能を従来の100倍にまで引き上げるところから……)
ルードゥスが書物を片手に、コンピュータを操作して何やら励んでいる傍ら、
「まさか……僕が事前に観測できないなんて……」
「悔やむな、何度も言うが。
アンノウンなのだ、だからこそのな」
観測士――クリアは固く握った拳を震わせていた。
賢者長官のハンディーは感情の見えない声で、自責の念に苛まれているクリアを労わる。
「……クノくんと、シノさんは……また?」
「……ああ」
「結果を残せないのなら……僕は必要がありません……。
僕も……ルードゥスさんや、あのお二方のように、変わろうとしなくては……」
ボソボソと静かな呟きの中でも、確かな炎をその目に灯して。
偏屈な大人達は、アンノウンの登場と、都市部へのバグ発生、そして、それによる被害に憂い、成長しようとしていた……。
* * *
トレーニングルーム。
「ぐううううっっ!!」
胸に落とされた、鉄のような重い衝撃。
後ずさる自身の背中を砕く程の硬い一撃。
脇腹に穴が空きそうな貫通力を持って差し込まれた両腕。
1つだけでもまともに受ければ一発でダウンしてしまうそれら全てが、自分の反応速度を超えた勢いで全方位から放たれる。
「……はぁ、はぁ、はぁっ…………っっ……!」
息絶え絶えで前方を睨む少年――クノは必死に思考と呼吸、体内に被る衝撃や循環するエネルギーを一斉にフル回転。
肉体の痛みや傷を和らげて、
「うああああああ!」
右手に全霊の力を乗せ、目の前の相手へと繰り出した。
「おごおッ!」
自分の拳が相手に届く前に、上空に浮かされていた。
鳩尾から胸、喉元、顎までの正中線に一挙動で打ち込まれる、目で追えない速さの波打つアッパーカット。
打ち上げられたクノは、そのまま地面に落ちて倒れる。
「カウンターに10秒……時間がかかり過ぎだ!
実戦では敵は待ってくれん!
おまけに、防御に集中し過ぎて拳が弱くなっているぞ!
フォームも15cmもズレて隙だらけ、それでは全く話にならん!」
「っ!」
俯くクノに容赦なくこき下ろしてくるのは、防衛大臣の補佐官を務めつつも、賢者最強の地位を守護する男――ブウェイブ。
「まだッ!!」
クノは前傾姿勢で飛びかかるように立ち上がる。
「うおおおおおおお!!」
体が爆ぜて朽ちる覚悟と気迫で再度放った拳は、銃弾の速度に比肩した。
「…………!?」
しかし、魂を震わせてまで放った一撃も、利き手ではない左手で軽々と受け止められてしまう始末。
「速くなったな……だが、」
「?!」
地を踏みしめる足の感覚がなくなった。
視点が逆転し、床が天上へと至り、空気の海へと体が浸かる。
ブウェイブの僅かな左手の捻りだけで、クノはまたしても空中に飛ばされてしまった。
「ウッ!
……オエエッ!!」
どうにか受け身を取って、頭からの落下を抑えることには成功。
しかし、込み上げてくる酸の気持ち悪さと勢いを抑えられずに床へと吐き出してしまった。
「速さに特化することばかりで、お前の拳は軽く、柔く、緩い!
それでは、あの巨人のような新種バグには、たとえ命が100個あっても100回負けるだろう!」
ブウェイブは普段は気さくな熱血漢だが、稽古中は厳しかった。始めの内は本物の父親よりも父親らしく、まだ温情や情けが多分に感じられたが、クノがどんどんレベルアップするために激しい稽古を要求すると、地獄すらも滅ぼす鬼と化した。
今回の稽古は、10km以上走り込んでから、大木への打ち込み稽古で倒れそうになるまでに肉体を酷使。その後、体力の限界が近い自分の体に重りと鎖を付けて身動きを封じた状態で、ブウェイブの攻撃に耐えてカウンターを成功させられるか……というもの。
「まだ回復はしてやらんが……平気だよな?」
「……はい、もう一回お願いします……!」
到底スパルタの次元なんてものではなく、虐待としか思えない稽古。
齢7の少年が悶え苦しみつつも平気で向かっていくことができるのは、この少年の日常が昔から似たようなものだったからだ。
「その意気を俺にぶつけろ!」
「はい!!」
正直、実戦よりも訓練の方が何倍も、キツく死にそうな思いをしていた。
だから、落ち込んでも、打ちのめされても、どんなに底まで突き落とされても、立ち上がり続ける。
(もう負けないんだ、ぼくは!
ぼくの側にいる人を誰も死なせないために……シノが傷つかないために……!)
* * *
クノとブウェイブからは見えない離れたところ。
「……っ、っ、っ、っ、」
深い暗闇の中で呼吸を整えながら、とめどなく右足をマシンガンの連射のような勢いで振り上げ続ける少女――シノ。
彼女は周囲の照明を消して、辺りの状況の把握を自ら困難にさせているのだ。
そんな状態でありながら、前方から音もなく自分を狙ってくる、漆黒の小型ミサイルの嵐を華麗にさばいていく。
「……!」
背後と上から何かの気配。
それを目で見ている暇はなく、海老蹴りで背中に迫る気配への対応をしつつ、その流れで一回転して上からの気配も蹴散らす。
ミサイルの射線は前方だけではなく、後方や上方からも発射される。
しかもその軌道は、自分の間合いに入った途端にフェイントをかけるようにそれて、瞬時に弾丸も増量。休める暇など一瞬も存在しない。
更に。
「……うっ!?」
ミサイルの一発に脛が掠る。
だが、ミサイルは脛をすり抜けて、シノの腰に直撃。
マナによる高度センサーが忍ばされた特殊ミサイル。
弾丸にも発射にも火薬等の危険物の類は一切使われていないが、当たった対象に物理的な衝撃と痺れを伴わせる。
「……きゃあぁぁぁぁぁぁ……!」
動きが鈍くなったシノに、ミサイルの雨が追い打ちで集中砲火。彼女は激しく転倒し、地面を転げ回った。
「…………ぅぅ……」
ミサイルはただ弾いて、撃ち落とせばいいわけではない。
キック以外は使用不可能。更にそのキックも、靴以外の部位はミサイルに当ててはいけない。
さっきのように、反射的な対応でも脛などを当ててしまえば、即座にマナによるセンサーが反応。
ステルス弾となったミサイルがシノのキックを透過して、蹴りの支点となる腰や股関節、膝、腿等に、振動による痛みが生じる鬼畜仕様。
その上、周囲は闇一色。サイレントに飛来するミサイルの色も黒いのだから、こちらに迫る攻撃を把握するのだって容易ではない。
「……!」
鬼畜は止まらずに続く。
黒いミサイルの中に、たまに赤や青色のミサイルが紛れ込んでいる。これらを蹴り返す時は、
「ふっ!」
跳躍して飛燕蹴り。
黒はどんな蹴りでも靴で当てれば構わないが、その他の色のミサイルは、それぞれ蹴り返し方が指定されている。暗くて識別は無理に等しいのに、間違えれば上述したペナルティ。
どんな状況にも即時に判断して対処をするための特訓。
手本としてブウェイブが最初に行ったが、彼はミニゲームをクリアするようにミスせずに軽々とやってのけた。
(わたくしも!
みんなを……みんなのために強くなろうとする兄さんを助けるために……!
強くなるんだっ……!!)
* * *
ハウモニシティの地上。
リエント人口の約7割が暮らす大都市であるここは、バグ大量発生の被害からまだ修復が完了していなかった。
水色のポニーテールを、粉雪降り注ぐ寒空に靡かせる少女――ベルウィンは小型のユンボに乗り込んでいた。
崩壊したビルの瓦礫をショベルで掴み取り、背後で控えるトラックの後部の荷台へと降ろしていく。
賢者庁に勤務するメイドとして幼少期から色々指導された彼女には、これくらいのことは朝飯前。
他にも、防衛省が主に使用している、対バグ用の設備や乗り物の操縦資格も取得している。
クノとシノが地下で肉体を錬磨している最中、地上のベルウィンは勤務外であろうと率先して復興作業に勤しんでいた。
(クノくんもシノちゃんも頑張っている。
わたしもできることをしないと!)
そんな多彩なベルウィンが履くズボンのポケットには、一封の書状。
この後、ベルウィンは新たな扉を開けるために通い続けなければならない所がある。
クノとシノの助けに少しでもなるために。
2人が少しでも戦いやすくなるように。
バグのいない世の中を作るのに、少しでも貢献できるように。
(修行は厳しいって聞くけど……音は絶対にあげない……!
わたしはわたしにできるやり方で戦うんだっ!)
それぞれが目指す同じ終着点のために、各々の道を進んでいく……。
1章完結です!
ここまで読んでくれた方々、ありがとうございました!
次回からは第2章に入ります!
よろしくお願いいたします!!




