1章13話 「帰還」
「――!」
「兄さん!」
目が覚めると同時に、最愛。
「…………?」
この流れ、前にも……なんて思う間もなく、ベッドに横たわる自分の体に黒いものが覆い被さる。
「兄さん……。
よかった……よかった……!」
「……やった!
クノくんが起きた……!
起きたよう~、ぐずん……」
シノとベルウィンの歓喜の涙が、クノの体を熱く濡らしていく。
「…………シノ……」
「なぁに?」
「痛いです……」
「あ、ごめんなさい!」
涙と恥ずかしさで真っ赤のシノ。
慌ててクノを握りしめていた手の力を緩めて、そっと離れた。
「次はわたし!
クノくぅぅぅん……!!」
今だ! とばかりに、今度は目をピンクに腫れさせたベルウィンが飛びかかってきた。
「ベル……姉さん。
無事でしたか……」
「わたしはなんともないけど!
もう目が覚めないかと思っちゃったじゃああん!!
うわああああああんん!!」
号泣の嵐を吐き出すベルウィンは、クノの肩を何度も、何度も、ポカポカと叩き続ける。
あの戦いの後、どうやら自分はずっと気を失っていたようだ。
「姉さんのは物理的には痛くないですが、その涙はぼくの心がすごく傷みます。
すみませんでした……ご心配をかけたようで……」
「ホントだよ!
わたし、もう家族を失うのは二度とゴメンだもん!」
「……そうですね……。
ぼくも失いたくありません……」
しばらくの間ベルウィンに謝罪を繰り返すクノは、彼女が落ち着いたタイミングでシノに視線を移す。
「シノもよかった。
見る限り怪我はしてなさそうですし……」
「この子は町のビルの壁を貫通して埋まってたのよ。
出血も酷かったし、頭と背中を中心に全身を強く打撲していた。
正直、発見した時はもう手遅れかと思ったわ」
カーテンの向こう側から、タイミングを見計らったかのように姿を現したレディク。今まで隠れていたらしい。
周囲には得体の知れない高性能と思しき機器がチラホラ。
賢者庁に設けられた個人用の医療室のようだ。
レディクや他の防衛省の人間がここまで運んでくれたのだろう。
(……シノ。
そんなにまで傷ついて……)
「だけど、奇跡的にまだ息があった。
人間とは思えないくらい丈夫過ぎる体だったのが功を奏したのか、私達の応急処置と医療班の技術により、翌日には目を覚ました。
その後の回復も順調に進み、僅か1週間でリハビリ含めて完治完了。
今は後遺症もなく、元気にかわいくお兄ちゃんに抱きつけるまでになったわ」
「レディクさん(からかわないでください)……!」
シノは両手を頬に当てて赤面している。
「……1週間…………???
それ以上もの間、ぼくは眠って!?」
衝撃の事実が発覚。
「……うん、兄さんはずっと意識が戻らなかったし、足の骨が何本も折れて、頭の怪我も酷かった……。
でも、寝ている間に兄さんの治療は全部終わったから!
安心してね!」
シノは涙混じりの満面の笑顔と、ダブルピースを向けてきた。
(本当にかわいい。
シノが生きてくれていて、本当に……。
姉さんも、守ることはできたみたいで……)
そして――自分も生きていた。
「レディクさん……ありがとうございました!
姉さん、シノ、改めてご迷惑をおかけしてすみませんでした!」
クノを取り囲む3人の顔が、安堵で綻んだ。
「しかし、あなたもよく生きてるわ。
いくら賢者でも、普通死んでるっつーの!
肋骨6本、距骨、脛骨、腓骨……両足の骨が計9本、年齢の割に異様に発達した右手の手根骨……全て不全骨折。
出血量も当然ハンパないし。
こんだけの外傷で……いや、これくらいで済むとかあり得ないんですけど!
頭蓋骨は割れてもおかしくないのに、なんだかんだ無事だったし!」
「機関での訓練の賜物ですかね。
あまり誇りたくはないですけど……って、それより!」
クノはハッとして、レディクに勢いよく詰め寄る。
「バグはどうなったんですか!?
被害者は!?
今の状況は!?」
クノは、あの戦いの最後を覚えていなかったのだ。
「……あ、うん…………。
クノ君の方は……とりあえず、アレを見れば分かるわ」
レディクは病室のテレビの前を指差した。
映像媒体のディスクだ。
「ベルウィンちゃんはその場にいたから知ってるし、シノちゃんも見てるわ。
あの遊園地に設置されていた監視カメラよ」
* * *
「ペリオッド!」 【五大:空】
クノの姿が雲散霧消……。
〔…………!!!〕
巨人バグの胸から、身の毛もよだつ程の気持ち悪さ――紫色の毒々しい体液が噴射。周辺に飛び散る。
お化け屋敷の建物全体がその色で染まった。
まるで本物の幽霊屋敷、はたまた、魔界に存在する化け物や悪魔達が住まう館のようなおぞましさだ。
〔……〕
巨人バグの背後。
「……」
威風堂々と身を屈めて制止するクノの姿があった。
パキッ……!
ひび割れた音が耳元で轟く。
「……ぐううっ!!」
額から露出する、より合わさったワイヤロープのような線の束。
脳に埋め込まれたナノマシンの群体が、虚空に散布されて宙を舞う。
パアァァァァァァン……!!
錬金術のデータ――アカシックレコード。
クノの脳内から引きずり出されたその内の一片――【天啓:ペリオッドのデータ】が、時間差で爆発。粉々に砕かれた。
「ま、け…た……!?」
ペリオッドは金輪際発動不能となった……。
「あ、あ……ああ……」
頭部に大きな衝撃を受けたクノは、大量の血液を地面に巻き散らし、そのまま崩れ落ちた……。
「クノくん!!」
死んだように倒れるクノ。
彼の全身の節々には、巨人バグの体液が付着していた。
〔……〕
一方――巨人バグは。
それまでに食らった攻撃の全てから回復し、体中の傷が再生されていた……。
「そ、そんな……クノくん!!」
絶望のベルウィン。
巨人バグの次なるターゲット。
「クノくん、いや、死んじゃいや!!」
ベルウィンは泣きじゃくりながら、無謀にも巨人バグの足元を通ってクノの下へと駆け出す。
そんな彼女に届けられたのは……。
「オオオオラアアアアアア!!」
〔!?!?!?〕
颯爽と飛び込んできた大男。
その勢いのまま、巨人バグの顔面を殴り飛ばして捻じ曲げ、地面に軽々と叩きつけてしまった。
「この坊主は俺の弟子でね、手を出させるわけにはいかねぇな!」
やって来たのは、賢者最強の切り札――ブウェイブ。
〔!!〕
巨人バグは、ブウェイブの脅威的なパンチにもすぐに態勢を立て直し、あの固体液体の構えに入る。
「ほぉ。
流石は新種、そう長くは怯まんか」
それでも、ブウェイブは余裕そうな口調でポキポキと腕を鳴らしている。
「ッ!」
そして、瞬時に大きく後退。
〔!〕
ほぼ同時に、巨人バグの口からブウェイブへと放たれた、紫の固体液体。
「天啓!
リターンフィスト!」 【五大:風】
ブウェイブのハンマーパンチ!
バレーボールのスパイクのように張りのある音を鳴らして、固体液体は見事に弾き落とされた。
あえて敵の攻撃から一度距離を取り、助走と踏み込みの力でバウンドさせながら跳ね返す天啓。
拳の威力と勢いが加わった反射速度は、埒外の存在すらまず反応できず、
〔!?????!!〕
「天啓!
ジャッジメント!」 【五大:土】
ブウェイブの背中に生える、3m程の巨大なゴーレムの像。
自身の攻撃を打ち返され、更にその身に倍返しされて悶えている巨人バグに、ゴーレムの審判の鉄槌。
「やば」
ベルウィンはドン引き気味の表情で、そのダイナミックな光景を見つめていた。
「オラアア、これで決着だ!」
その声が彼女の耳に聞こえた時には。
巨人バグの極太の首に、風穴が空いていた。
見えない速度で放たれた突きと思われる何かが巨人バグの首を貫通し、トンネルを形成。
頭部を切り離された巨人バグ。
超回復も間に合わずに、あえなく崩壊していく……。
次元が大きく乱れ、一面が砂嵐で包まれた……。
* * *
「……こんな感じ。
その、あまり気を落とさないでね……」
「…………」
クノは言葉が出なかった。
「……えっと、2000体のバグの方は、賢者の総動員、防衛設備、切り札のブウェイブ……。
長官やあの錬金術士にクリアも……みんなが奮闘して、その日のうちに決着がついた。
物損は酷くて、今も復興作業の途中。
被害者も……相当だそうよ。
今は政府全体が苦心している。
防衛省と賢者本部で責任の所在を揉めたり、市民が押し寄せて非難轟々とか、他にも色々で散々よ」
求めていた現状報告も、
「兄さん……」
「みんなどうにか無事だったんだから!
今はそれを喜ぼう!」
みんなからの気遣いも、
(ぼくは……これまでの負傷と違って、負けて倒れたのか……。
これじゃ……シノも、誰も守れない……。
戦う理由を見つけてきたのに、こんなんじゃ……)
クノには聞こえていなかった。
あれから、自分は巨人バグに競り負けていた。
そして、あのブウェイブの圧倒的な強さ。
打ちのめされた喪失感。
敵も味方も作り物のような高過ぎる壁。
「レディクさん!
新たなリスト、出ました!」
突然――ドタドタと、慌ただしく室内に飛び込んでくるスーツの男。
(ちょっと、こんなところで……。
それも、この子達の前よ!)
(すみません!
でも、新しい情報が出たらすぐに持って来いって言ったのは、レディクさんじゃないですか!?)
(だからって、もう少し、空気を、読んだら、どうなの!?)
レディクは同僚の男を部屋の外に出そうと、彼の腕を掴んで力ずくで押していく。
「ちょ、いた……痛い痛い!
待って、今出ますから!」
しかし。
「あっ……」
男はしまったと、口元を抑えた。
レディクに抵抗した勢いで、持っていたものを落としてしまった。
……ストン。
「……?」
空中に放り出されて暴走飛行をしていた1枚の紙が、クノのベッドの上に不時着。
「これは……」
クノは咄嗟に目を落とす。
「死傷者リスト……?」
シノも覗き込んでくる。
「「…………え……?」」




