4章エピローグ 「飛翔」
賢者庁医療室。
「おはようございます!」
戸が開かれて、明るい挨拶が飛び込んでくる。
「……おはよう。
いよいよか」
「はい!
出発の前に、ご挨拶をと思いまして!」
「……すまないな、私が万全ではなくて。
本来は加わりたいのだかな、私も」
「ダメです!
お母様は安静にしていないと!
お母様がやるべきことは果たしました。
バグの歴史は終わったんです。
だから、もう無茶はしないでゆっくり休んでください」
娘――シノに諭されたハンディーの肩の力が抜けていく。どっちが母親なのか分からない今の立場に、ハンディーは自嘲する。
「……はは、そうするよ。
……任せるよ、後は」
「ええ!!」
自分がこれまで見たこともないような輝かしい満面の笑みで、シノは頷いた。殆ど機能していない視力でもよく分かる。
「では、行ってこい。
しっかりな」
「行ってまいります!」
こちらの淡白な対応に、シノは軽く、明るく頭を下げて、そのまま踵を返して振り返らずに走っていった。
「…………ふぅ」
クリスマスの戦い以降、バグは現れていない。人類はようやく平和を手にしたのである。
しかし、ハンディーは全身を骨折。左手の指も全て失い、視力も消滅。
アイン・ソフ由来の技術を使うことによる回避不能な反動のため、ここの設備でも回復は見込めない状況だった。
しかし、ファムの霊薬のおかげでどうにか最低限の視力を取り戻すことに成功。体も僅かなら動かせる。
だが死者を蘇生できる彼女の力でも、未だ完治はできていない。この星の最高神であるアイン・ソフのルールは絶対だということを思い知らされる。
ハンディーは、自分が母親らしいことを全然できていないことを痛感していた。
いくら子供達が元々強かったとはいえ、彼らはどんどん成長して前に進んでいく。
ついこの間までは、賢者長官を務めていた自分やその他の役職を持つ大人達が、明日を開こうと四苦八苦しながら奔走していた。
その結果が、賢者や天啓といった体制を作り上げていて、その中に子供達が加えられて従わされていた。
――けれど、今は違う。
あの事件を受けた彼らは、自分達の力で今後の世界に向き合っていこうとしている。
これからの世代を代わりに担っていくと言っているかのように……。
「…………全く。
……頼もしいよ、本当に」
* * *
入り口で待っていると、【お待たせしました】と、シノが駆けてきた。
「もういいんですか?」
シノはおもむろに、首を縦に動かす。
「兄さんこそ」
シノが誘惑するような眼差しで、こちらの顔を覗き込んでくる。
「ぼくは――いいですよ、わざわざそこまでしなくても。
今生の別れじゃあるまいし」
「〜〜っ、まっ、確かにそりゃそうだけどよ。
しばらく帰ってこれねぇかもしれないのに……。
ほんと不器用だな、お前」
「揶揄わないの、アルシン!
ゆっくりでいいじゃない。
ねっ、クノ?」
「……そうだね、ファム。
お互いに辛気臭い空気になりそうだから……今はまだあれでいい。
これから色々経験している内に、心境の変化とかで分かってくるよ。
母さんもそう思っているだろうし」
クノは他人事のように答えながら、足早に前方で待機している巨大な甲冑へと歩いていく。
あの戦いでお世話になった、異世界の英雄の遺産。
人型高機動兵器ヒュドールの、コックピットやバーニア、水による出力ユニット等を大幅に増設した改良型。安直だが、その名称は【ヒュドール改】。
「準備できた?
できたら乗って」
背中のハッチがドーム状に開いて、中からベルウィンが顔を出した。彼女がこの機体のメインパイロットを務めるのだ。
「早くしてください、こっちはすぐに帰りたいんですから」
……と、もう1人――D機関代表秘書のシンダー。
彼も操縦の補助をする役割がある。
クノ・シノ・アルシン・ファム・ベルウィン・シンダー。
彼らがこれから向かおうとしている場所は、まさにこのヒュドールの生まれ故郷である異世界フォンテだった。
* * *
あの日――シノとルナを救出するために、クノは自分の前世であるニングを覚醒させた。
ルナを改心させてシノを取り戻すことには成功した。だが、帰還する直前にルナと引き離されて、意識を失った。
目が覚めると、クノはマインが解除された状態で、アルケミックランドに倒れていた。
傍らに、同じくマインが解除されたアルシンとファム、そしてシノが倒れていた。
その後、彼らはベルウィンとバリーが乗り込むヒュドールに迎えられることとなった。ヒュドールの覚醒も既に解けていた。
それの影響か、クノの中にいたニングの人格は完全に抜けており、アルシンとファムに降りていたレイとアンの方もいなくなっていた。
元々彼らは、覚醒したマインとヒュドールの性質の共鳴で現れた奇跡の産物。彼らが定めた償いの意思は、その生まれ変わりであるクノ達が受け継いでいくしかないのである。
――また、取り戻したシノの身体の中にも、シノ本人の人格しか残っていなかった。
自分の身体を使っていたルナの記憶を継承しているシノ曰く、ルナは【代償】によってその存在を消滅させられたらしい。
リミース島でのアンノウンとの戦いを終えた後、ともに戦っていた仲間のミープの命を救うために、ルナは辰砂の力を借りてマインの応用を行った。
その時、ルナの魂に【人が死ぬ運命を強引に書き換えたことによる罰の代償】が刻まれた。
代償の内容はルナ自身も把握していなかったようだが、恐らくは、
【最悪なタイミングで孤独に死ぬ運命を背負うことになり、その内容を忘れる】。
……そんなところかもしれない……と、シノは唇を震わせて俯きながら語っていた……。
* * *
ハッチへと歩きながら、クリスマスの戦いのその後を振り返っていると、
「――!?」
クノ達の周りに、
⚫︎バリー
「〜ったく、挨拶くらいはさせてよね。
アタシのヒュドールを貸すんだし」
⚫︎ミープ
「ノンちゃんも、ベルちゃんも、ムーちゃんも、みんないなくなっちゃうし、さびしくなるな〜。
……頑張ってね、応援してるよ⭐︎」
⚫︎ドリアン
「こっちのことは気にするな、僕達に任せてくれ。
何も起こらないのは承知だが、もし何かあったとしても今の世界の輝きを消させはしない」
⚫︎ビフォン
「私達がいる限り、夜明けの光が閉ざされることはないわ!
それどころか、もっと輝きを強くさせて、帰って来た時に驚かせちゃうんだから!」
⚫︎ブウェイブ
「お前ら……初めて会った時よりもいい顔をしてるな!
弟子は師匠の元から卒業していくもんだ!
思いっきり飛んで来い!」
⚫︎ルードゥス
「向こうのテクノロジーで何か面白いものがあったら、帰って来た時に教えてくれ!」
⚫︎クリア
「…………あ、なら僕は……あちらの世界のゲームを持って帰ってきてくれれば……」
⚫︎レディク
「あんたらは……ここで言うことじゃないでしょ……」
お見送りに来てくれた仲間達だ。
彼らの背後にも、拍手喝采をする沢山の人だかり。
どうしても英雄の旅立ちを祝福しながら立ち会いたいのだろう。
「……皆さん、ありがとうございます」
クノは心の底から感じた言葉を述べながら、深々と頭を下げる。シノ達も、まるで王に仕える騎士のように恭しい所作で続く。
「果たして――フォンテの人々が出迎えてくれる時は、こんな風に温かいでしょうかね?」
シンダーが水を差すようなことを言い出した。
そもそもどうしてフォンテに向かうことになったのかというと。
シンダーはクリスマスでの戦いで、バグ化されたD機関の職員達を分かっていて殺した。
だが、事態が事態であったことと、それ以前にこれまで賢者達が倒していたバグは、元は死んだ【人間】の成れの果てであった事実などから、シンダーは罪に問われることはなかった。
……しかし、シンダーは自分は大罪人だからこの世界から追放しろと言い出した。無論、自分の望みであるフォンテへの帰還のため。
また、バグの発生は完全になくなってリエントの脅威が過ぎ去った今、フォンテの方でもし問題が起こっていたら、そちらも解決させるべきだと彼は言った。
そもそもバグもリエントの人々も、命を落としたフォンテ人が由来で誕生していた。ならば、他所の世界だからといって全く干渉しないわけにはいかない。
あちらの世界で何かあれば、こちらの世界にも影響が起こる可能性があるのは確かに否めない。
そうして、シンダーを帰還させることと、フォンテでの異変調査という重要な任務が発生。
それに志願したのが、フォンテでの自分達のことを大きく認識しているクノ達だった(ベルウィンは当然のように自分も同行すると言ってくれた)。
シンダー(の前世)がフォンテにいた頃は、世界全体でかなり治安が荒れていたらしい。彼はそんな世の中を修復するためにテロ行為をしていたようだ。
その話の真偽はどうあれ、フォンテ到着後に彼が一線を越えた行動をしたり、不穏な動きを見せた時は、それを止めればいい。
「………………それでも、ぼく達は歩み続けなければきけない」
シンダーをあしらって、クノはコックピットの縁へと足をかけた。
――あなた。
「…………?」
その時、クノの頭に声が響いた。
不意に顔を上げて、周りを見渡す。
…………しかし、その声の主はどこにも見当たらない。
――いってらっしゃい。
「…………そこに……いたんですね……」
クノは空を見上げた。
もう一度会いたいと思っていた彼女の声だ。
大切な人の声だ。
――アイン・ソフ様に助けてもらったの。
自分ともに世界を天上から見守り、危機が陥った時にその力で干渉する形でお前の罪を償えって。
「……そっか……。
ありがとう…………アイン・ソフ様」
――だから、リエントのことは大丈夫。
あなた達が帰ってくる場所は、絶対に穢させない。
その代わり――シノをお願い。
「……はい。
今度こそ、幸せにしてみせます」
クノは握り拳を胸に当てて、コックピットに乗り込んだ。
「見ていてください」
今回の話で、この物語は完結です。
読んでいただきありがとうございました!
投稿をはじめてから割と早い段階で、流石に失敗したとは思っていました。
この作品としてもそうですし、文章の書き方としても反省点は数多くある(説明だらけ、伏線回収だらけ、そもそもの文体の問題等)ということは分かっています。それでも【完結させる】ということだけは絶対に達成させなければならなかったので、拙い作品だということを自覚していてもとにかく書き続けていました。
最後までお付き合いくださった方、本当にありがとうございます。
結果は失敗でしたが、この経験は決して無駄ではないと思っています。次回作はもっといいものを書けるように精進するしかありません。
この終わり方に関しては、元々の想定とは少々異なったものとなりましたが、たとえ作品の結果がどうあろうと、【リエント内でバグとの歴史に終止符を打つ物語】までしか描くつもりはなかったので、打ち切りではありません。ここでクノ達の物語は終わりで、リエントの物語も終わりです。
終わらせ方はいくつか作っていましたが、その大体は細部や過程は若干違っても、【ルナとは引き離される】。【完全な形ではないがハッピーエンドで、リエントでの敵とは決着がつく】。
そして、【彼らにはこの先も(敵はいなくても)別の苦難が待ち受けているかもしれない、それでも恐れずに向かって生きていこう】……という点で共通していました。まさに今回の結末もそうです。なのでどうあっても、幕引きは今回と似た形になっていたでしょう。この作品はそういう終わらせ方にしたかったんです。
……では、フォンテでの話はどうするのかという話になるかもしれませんが、それはもし、次回作が異世界ファンタジーだった場合にフォンテを舞台にして書きます。
ただし、先述したようにクノ達の話は終わったので、登場人物や設定は全部刷新してリセットし、続編ではなく新作という形にします。そうでなければ、この作品に色々引っ張られてしまうので。
ということで次回作の話をしますが、結論から言いますと、まだ何を書くか決まっていません。けれど、候補はいくつかあります。
①フォンテ舞台の完全新作ファンタジー(この作品の続編ではない)
②フォンテとは別世界が舞台のファンタジー
③中学か高校を舞台にしたオリジナルの部活もの
④現代舞台のホラー
⑤どれにも当てはまらない系の作品
……このどれかに次回作はなると思います。可能性が高いのは①、その次は④ですかね。
次回作はこの作品よりも面白いと思ってもらえるものにしたいので、自分の引き出しをもっと広げ、技術も磨きながら構想を練っていきます。
次回作でお会いできれば嬉しいです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!




