1章12話 「崩壊」
ハウモニシティ中に発生した2000体のバグ。
その内の一部化は分からないが、ここにも、バグがいるのは確実……。
「シノ……行けますか?」
覚悟が決まった面魂。
シノはこちらをしっかりと見据えて頷いた。
「ありがとう。
……ベルウィンさん、ぼく達の町中がバグだらけのようです」
「!!」
彼女からみるみる血の気が引いていく。
その焦点の合わない揺れ動く瞳には、もはやこの現実ではない光景が映っている。
「そして、この遊園地にもバグが現れた!
観測もなしに、いきなり!」
「わたくし達は戦ってきます!」
「あ、あああ……!!」
だが、ベルウィンには聞こえていない。
過呼吸でパニックを起こしてうずくまった。
「ベルウィンさん……?」
クノは初めてベルウィンと出会った時のことを思い出した。
《わたしと同居していた賢者の子は、バグに殺された……わたしの家族もそう》
(そうか……)
彼女は恐怖に打ち震えているのではなく、トラウマに包まれて支配されているのだろう。
「ベルウィンさん……」
だからといって、彼女に付きっきりというわけにもいかない。
園外に出して避難させるのも危険だ。町にはバグがはびこっているのだから。
(……姿を隠せばバグには見つからないはず……)
クノは周りが見えていないベルウィンを、自分が先ほど行ってきたお土産売り場へと急いで連れて行く。
* * *
「――!?」
気がついた時に視界に最初に映ったのは……。
「行きますよ、シノ!」
「はい、兄さん!」
これからゆっくりと、新たな関係を育んでいくはずだった、家族の背中。
「クノくん、シノちゃん……!
ま、待って……!!」
ベルウィンは手を伸ばした。
逃げ惑う人々。
突然の事態に怯える大人達。
泣きじゃくる子供達。
身を寄せ合い、互いに安心させるカップル達。
周りには、自分と同じく建物内へと避難してきた人混みであふれている。
クノとシノの姿は、この緊迫した景色にあっという間に紛れてしまい、一瞬で見えなくなった……。
* * *
路地裏のように横幅が狭い通路。
お化け屋敷前の日陰通りで。
「うわああああ!!」
「助けて!!」
「どけ、俺は死にたくない……!」
「きゃあああああ!!」
「ママ~~!!」
前方を逃げる人を押し倒して、我先にと逃げようとする大人。
転倒し、怪我をする女子中学生。
両親とはぐれた男の子。
腰を抜かすおばあさん。
〔……〕
そんな人々を遥か上から見下ろす存在がいた。
全身が桜色。
目は翡翠の輝き。
体高5mの強靭なボディ。
〔!!〕
その巨人は、振り上げた足で、地上を歩こうと試みた。
真下のアリなど、全く気にも留めずに……。
「――させないっ!!」
お化け屋敷の屋根の上からの奇襲。
〔!?〕
巨人の顔面は、一散に迷わずに急接近のストレートリードで抉られた。
〔!〕
鼻先に、駆け付けたヒーロー――クノの一撃が炸裂。
巨人はよろめいて数歩後ずさる。
「見たことも聞いたこともないバグ……新種なのか!?」
「でも、昨日ベルウィンさんに買ってもらった桜餅みたい!」
建物の壁を次々と蹴って跳躍してくるヒロイン――シノ。
彼女の飛び蹴りが、新たに登場したバグ―巨人バグ(そのまんま)の胸元のオーブへと……。
!?
〈オーブが……ない!!〉
寸止めしたシノは、空中にいながらのバックステップで咄嗟に飛び退いた。
(……なんだって!?)
耳を疑うシノからの念に、クノも視線を落とす。
どんなタイプであろうと、バグならば心臓の位置に赤紫に輝くオーブがある。
だが、このバグにはそれがない。
つまり、弱点が存在しない…………。
(……オーブがなくても、バグなら攻撃を当て続ければ勝てるはず!)
クノは、巨人バグの顔面に自慢の鉄拳乱打を浴びせ続ける。
〈ぼくが怯ませます!
それから、2人の天啓で一気に!〉
〈分かったわ!〉
巨人バグから、風圧。
「な……にっ……!?」
間合いから弾かれたクノは、建物の壁へと背中から叩きつけられた。
「ぐっ……!!」
見えない結界のようなものにはね返された感覚。
これは――闘気やオーラなどといったものだ。
言葉にするのは簡単だが、生半可な肉体とパワーの持ち主では放つことなど到底できない高等技術。
(…………これまでのバグよりも、格段に強い……!
今のぼく達に武器がないのも、力負けに拍車をかけている……!
だけど、こんな……ものッ!!)
衝撃とダメージを、体内のエネルギー操作で全身に分散。
お得意の特性を活かして、瞬時にリカバリーに成功。
クノへのダメージは0となった。
「兄さん!!」
こちらに向かってくるシノ。
「!?!?」
しかし――彼女は、クノの前で急にふわりと浮き上がった。
「シノ!」
巨人バグの手のひらに掴まれたのだ。
「に、い……さ、ん……!!」
このままでは、まずい。
機動力重視のシノは、クノと比べると打たれ弱いのだ。
「天啓、フリューゲル!」 【五大:空】
魂が叫ぶ。
両足に重い力がガシャリと装着。
脚部に纏うは、大気の塊。
「シノを……返せーーーー!!」
みなぎるオドと、マナがこもった気迫。
壁を壊して抜け出したクノ。
足に生えた両翼を踵落としで放つ。
〔…………!!〕
巨人バグの両肩に命中。
「……天啓……!」
その隙にシノも、苦痛を堪えながら天啓発動。
「気圧球……」 【五行:水】
とめどなく汗を流すシノの体が、風船のように膨れ上がった。
自身を固く拘束している手のひらを、強引に押し開いていく。
囲まれた際などに、体を膨張させて全方位から身を守る天啓。
〔!〕
そして――バグの手のひらが完全に開かれた。
「シノ!」
「兄さん!」
なんとか脱出に成功したが、尚もシノに襲いかかる手刀。
(――しつこいっ!)
身を低くした鮮やかな体さばきと、ターンを混ぜた流麗な軌道。
空中戦とスピードに長けたシノは、回避と同時に間合いを詰める。
一瞬にして、バグの首元にはシノの両足が伸びていた。
〔!!〕
事態を好転させたのは……ほんの一瞬。
手刀はフェイントだとばかりに、裏拳が飛んできた。
「なっ!?」
持ち前の移動速度と回避力でも反応できなかった。
シノの小さな体に、
「があっ……!!」
何倍も大きなバグの攻撃が……直撃してしまった。
「……シノォォォォォォ!!」
悲痛な絶叫も空しく、払いのけられたシノは星になった。
彼女が吹き飛ばされた方角は、2000体のバグが闊歩するという町の中心。
〔!〕
シノの安否に囚われた感情の乱れが、クノに隙を生ませた。
振り下ろされる、巨人の裁き。
「!?!?」
蚊を叩き落とすかの如く、クノは地上に打ち付けられた。
* * *
仰向けで空を見上げている。
(受け身を取り損なった……。
……骨が…………何本か折れてる……?
甘く見ていた……これが……バグの強さ……)
満身創痍のクノは、どうにか首を動かす。
(まだ……あんなに人が……。
早く倒して、ここの人達を……シノを……)
〔!!〕
「……!?」
空気の変化を敏感に感じ取った。
巨人バグが身を屈めて体を折り曲げ、土下座のような態勢になっていた。
更に、口を大きく開けて深呼吸中……。
(あそこから、何かをするつもりだ!
間違いなくそれは――強力な攻撃!)
思った以上にダメージが大きい。
リカバリーが間に合わない。
〔……!〕
バグの口から吐き出されたそれは、紫色のドロドロとした不気味な液体。
もはや固体と形容してもいい程の粘度。
軸線上には――倒れているクノ。
* * *
「…………??」
体が勝手に移動した。
ふぅー。
ふぅー。
荒い呼吸。
自分ではない。
苦痛・恐怖・悲しみ・葛藤……様々な感情を抱えた吐息が、すぐ近くで発せられている。
「……ううっ。
だい、じょうぶ……?」
「!!」
傍らに、1人の少女。
「ギリギリセーフ、かな……?
クノくん……」
目から滝の涙を、足からは鮮血の川を流していた。
「……ベルウィンさん……!!」
あんなに取り乱していたのに。
怯えているのは一目瞭然なのに。
怪我を承知で庇いに、助けに来たというのか……。
「……【家族】で、お姉ちゃんだからね……。
あ、この血は今飛び込んだ時に擦りむいただけだから、ちょっと痛いけど、全然大丈夫だよ」
家族……。
それが大切な存在であることは、クノも大いに分かっている。
ベルウィンのことは好きだ。
信用している。
彼女の音は、ドキドキしたり、少し落ち着いたりして、不思議な温もりを感じる。
けれども、正直甘く見ていた。
彼女がここまで自分にしてくれるとは思わなかった。
身を挺して守ってくれた人なんて、今までの人生でいなかった。
だから――信用はしていたし、いい人だと思っていたし、好きだったけど……壁を作っていた。
本物の家族であるシノとは、別の人間だと思っていたから……。
きっと、少しずつ明るくなってきたとはいえ、シノも彼女に対して同じような心境だったに違いない。
「シノちゃんは……?
姿が見えないけど……」
「……遠くに、飛ばされました……。
すぐに助けに行きますよ、姉さん」
「……えっ……」
クノはおもむろに立ち上がり、
〔……〕
再びこちらへと攻撃の構えに入っている巨人バグに向き合う。
(……さっきのバグの攻撃……まだジンジンと体内に響いている……。
これを利用すればいける……!)
肉体に残響するバグの攻撃を足に移し、跳躍力と攻撃力に添加させ……。
「はあああああああーーーー!
天啓!!」
これまで発動した天啓の中で、最も威力と速度に優れて信用できるものを選択。
「ペリオッド!」 【五大:空】




