1章11話 「アルケミックランド」
アウェイ村での任務から1週間が経過した。
その間にクノとシノは、3つの地域に赴いてバグを難なく殲滅。
天啓の使用やバグとの戦闘にも慣れてきたが、天啓の使用回数は未だ2回が限界なのは変わらなかった。
そして、今日この日は……。
「一切の仕事も、天啓特訓もノーサンキュー!
今日は……わたしのかわいい弟と妹、クノくんとシノちゃんとアルケミックランドに遊びに来ました~!
パチパチパチパチィ~!」
寒色を基調とした、シックなコートがひらひらと揺らめく。
大はしゃぎのベルウィンは、明後日の方向にピースサイン。
動画撮影でもしているかのようなノリで、この上なく天真爛漫ぶりを発揮している。
人口の約7割(1400万人)が生活するハウモニシティ。
そんな都市内最大のアミューズメントパークが、ここ――【アルケミックランド】。
ルードゥスの錬金術を、見せ物やイリュージョン、アトラクションに応用させた娯楽施設である。
あのルードゥスも、週一で来るらしい。
「元気ですね……ベルウィンさんは」
「そうね……昨日から落ち着かなかったし……」
完全にオフの日になったため、以前の宣言通りに連れて来られたクノとシノ。
2人は、ベージュカラーのモコモコダウンジャケットをお揃いで着用。先日ベルウィンに連れて行かれた服屋で購入したものだ。
現在の時刻は開園直後の午前9時。
「ねぇねぇ!
最初は何にするする?」
金、銀、硫黄、水銀、辰砂などの、錬金術で有名な元素や鉱石をイメージした色合いと装飾による、煌びやかな光景。
メリーゴーランドやジェットコースターと、ありふれた遊園地が広がり、その中で点在し賑わう人、人、人。皆が家族連れや友達同士なのだろう。
……しかし、ありふれた遊園地といっても、どれもこれもがクノとシノにとっては初めてのものばかり。
「………」
クノは意識の一部を脳内へと集中……。
視界の上にもう一つの視界が展開し、別世界が解放。
目が追加されたような感覚。
錬金術の起源や偉人を、アニメで分かりやすく説明するシアター。
賢者の協力による天啓体験室(実際は、賢者が発動する天啓を自分が使っているように錯覚させるだけ)。
元素と元素を組み合わせてのアクセサリー作り。
魔法のように幻想的な、イルミネーションによるサーカス。
五大元素にあやかったスリル満点アトラクション。
開かれたブレインマップには、一般的な遊園地の施設以外にも、錬金術にまつわる施設も沢山表示されていた。
(…………!!)
クノは、その中から何かを発見。
〈兄さん……どうしよう……〉
〈ぼくもよく分かりませんが、シノの気になるものにすればいいんですよ。
ぼくはシノの次に選びます〉
先を譲られたシノ。
おずおずと恥ずかしそうに腕を伸ばして、前方のある一点を指し示した。
「…………?
もしかして……観覧車?」
「…………(コク)」
* * *
「…………すごい……」
雄大で鷹揚に起動する大車輪。
窓ガラスの向こうには、燦々と輝く外の光景。
ランドの敷地から外れた町全体も一望できる。
(機関のビデオでも、いくつかの外の世界は見たことがあるけど……)
窓の外に釘付けのクノは、自分がまるで大きな存在になったように錯覚していた。
何故なら……神様みたいに空の上から地上を見下ろしているのだから……。
(はじめて見た……。
これが……景色という本物のあれなんだ……(語彙力迷子)!
遊園地……観光地……そうか、こういう外の広さとか、キラキラを見るための場所なんだ!)
ザックリとした単純な感激を胸にしまい込んでいる間にも、ゴンドラはのそのそと上方へと進んでいく。
その余裕たっぷりな動作と、少しずつ上昇する視点の味わいが、クノの中の童心と情操をよりかき立てていく。
やがて、観覧車はようやく最頂点にまで到達。
ビルやマンションなどの高層の建物。
巨大都市ハウモニシティ。
都市の外に繋がる門の先もうっすらと見える。
リエント東西南北全方位に繋がる中央大地――【ヌイの大平原】。
(賢者になってから、色々なことが一変した。
もう10日……知ってきたつもりだったけど、まだ知らなかったんだ。
ここがぼく達の世界……。
上から、ゆっくりと眺める……悪くない……)
ようやく分かってきた。
機関の外は、こんなにも……無限の儚さが広がっているということが……。
「綺麗だね~!
実は、わたしも初めてなんだよ、観覧車」
「え、ベルウィンさんも?」
「他に行く人がいなかったからね!
だから今日は、すっごく嬉しい!
2人も一緒だし!
(相手の手を握って)付き合ってくれて、ありがとう!!」
「そ、そんな……困りますわ……。
恥ずかしい……(顔真っ赤)」
黙々と食い入るクノの横。
シノとベルウィンは、女子同士のイチャイチャタイムに突入していた。
* * *
観覧車から降りて。
メインゲート付近。
「でも……絶叫系に行くのかと思ったら、観覧車とはね~。
景色が見たいなんて、シノちゃんもロマンチスト!」
「……今のわたくし達が暮らしている町が、どんなものなのか……。
せっかくですから、その全体を遠くから、上から……見ておきたかったんです」
空の上から、太陽のシャワーを浴びて。
シノとベルウィンはベンチに座ってのんびりと。
トイレに行きたいと1人で駆け出していったクノを待っていた。
「……そっか」
ベルウィンはシノをまっすぐに見つめる。
「わたし達は家族なんだから、戦うだけじゃなくて、みんなで色んなことしよう!
おいしいものたっくさん食べて、完全にオフの時はいっぱい遊んで……笑って……。
賢者になっても、普通の家族としての在り方は作れるはずだから……」
「ベルウィンさん……」
何故だかベルウィンの表情が曇った。
「ねぇ、シノちゃん……」
「はい?」
「固い」
「……え??」
むにっ。
「ヴェリュヴィンしゃん(ベルウィンさん)!?」
ポカンとしている隙を突いて襲いかかる、ほっぺたつねり攻撃。
「前にも言ったけど、ベルウィンさんって呼び方。
それに敬語。
そろそろ、もっとフランクに接してくれてもいいよ!
クノくんもだけど」
シュークリームのように柔らかくされたシノに、ゼロ距離からの艶なる温かい光。
「……ですが、年上の方。
それも、先輩にそのような無礼は……」
「家族なんだから、そんなこと気にしなくていいよ!」
「……しかしそのような教育は……。
兄さんにも言われているので……」
頑ななよそよそしさに、
「じゃあ、やりやすいように、ありのままでいいよ!」
……と、ベルウィンは屈託なく天使の微笑みの後に。
「でも、よかったら――お姉ちゃん……とか呼んでくれたら、嬉しかったり……なんて……」
目線を下げて、コートの裾をモジモジとイジイジ。
「…………」
空気が止まる。
シノは放心したように、ジッと固まって沈黙。
「……あ、ごめんね!
わたしったら、距離感を焦って一気に縮めようとしちゃって!
……困らせちゃったよね……。
本当にごめんね!
あはっ……あははは、あはは!」
気まずくなったベルウィンは頭をかきながら仕切り直す。
果たして――彼女の純真な波動は、シノの琴線に届いたのだろうか?
「――すみません、遅くなりました!」
戻ってきたクノ。
その左手には、カラフルなボールがタワーのように積み重なったアイスクリーム。
右手には、黄金色の土産用袋を引っ提げている。
「兄さん。
……どうしたの、それ?」
「ショップを見つけたので買ってきました!
みんなで食べようと思って……それから、」
クノは中身の入った袋をシノに手渡した。
「お金を使ってほしいものを買う……分かりましたよ。
ぼくから、プレゼントです!」
大好きな兄のにっこりとした安心の表情。
「……え……」
シノが袋を開けると。
「!!」
錬金術の到達点と言われている伝説の賢者の石を模した、真紅のペンダント。
魔法でも起こせそうな、鮮やかなマゼンタのプラスチック製ステッキ。
「シノも……年頃の女の子ですから……その、こういうのもどうかと思って」
「兄さん……」
「おお~、いいじゃん、いいじゃん!
遊園地でプレゼント!
素敵♡」
うっとりと見つめ合う兄妹。
それにトキメキを高鳴らせるベルウィン。
〈すまないな。
重々承知なのだが、お取り込み中なのは〉
だが、そんなイイ雰囲気はぶち壊された。
オフでも関係なくやって来たのは、ハンディー長官からの念話。
〈どうしました?〉
クノはベルウィンから顔を背けて応対する。
シノも長官の言葉に耳を傾ける。
〈緊急事態だ、今までにない最悪の〉
〈……えっ……?〉
その言葉選びはいつも通りながらも、声色は重々しく苦々しい。本当に想定外のことが起こっているようだ。
〈今までこんなことはなかった……都市中にバグが発生するなどは……〉
〈機敏なラピッドタイプと、馬鹿力のマグヌスタイプが合計2000体……ピンチです……〉
「「……!!」」
クノとシノは咄嗟に周囲を見渡した。
せっかくの(季節外れの)アイスクリームが、無情にも地面にこぼれ落ちる。
「…………ここからじゃ見えない……!」
さっき見たばかりの景色。
自分達が暮らすハウモニシティに、バグが大量発生。
〈現在総動員している、賢者を。
だが、出撃してもらい――〉
念話はそこで途切れた。
「――来る!?」
いや、途切れたのではない。
シノの声とほぼ同時に、
いやああああああーーーー!!
……なんだ、これはっ……!?
うわああああ、バグだああああああ!!
お化け屋敷がある方角。
木霊する人々の悲鳴、号泣、絶叫、戦慄、阿鼻叫喚。
「……まさか…………」
アルケミックランドは一瞬にして地獄に変貌した。




