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1章10話 「離せない言葉」



 ツリーハウスの秘密の隠れ家。



「アルシン……」


 アルシンとファムのお気に入りの場所。


 2人はよくここで一緒に、壁に落書きや森で拾った宝物などを持ち込んで遊んでいた。



「ファム……」


 狭い部屋の中に、雪景色に(いろどり)を加える日差しが差し込んだ。

うずくまっていたアルシンは、やってきたファムを見上げる。




「おれは……」


「アルシンの気持ちは伝わってるよ……。

だけど、わたし達はただの子供。

賢者でも警察でも兵士でもないのに、戦うなんてしてほしくない……。

わたしも、おばさんも、みんなも……分かるよね……?」



「…………ん……」


 腰を下ろして目線を合わせるファムの言葉に、アルシンは小さく頷いた。



「おれのこの左腕の力は……すごく強い力がある。

だからこの力で、みんなの役に立ちたかった……。

本当の親じゃないのに育ててくれたおばさん、親切な村のみんな、ずっと一緒に暮らしてきたファム。

いつかバグがこの村にやってきた時に、おれがみんなを守りたかった……。

でも……」


「え?」


「それは……みんなからすれば間違いなんだよな?

あの賢者が負傷したのも、おれが勝手をしたせいなんだよな……?

おれは……みんなのためにどうすればいいんだろう……?」


 本音や自責の念、迷いを吐露(とろ)したアルシンは、ファムに答えを求める視線を送った。




 ファムは彼の揺れる真紅の瞳をじっと見据え、しばらくの長考。




「………………アルシンは今回のことを、きちんと、深~く反省してる。

それでいい?」


「うん……。

おれのせいでみんなに迷惑をかけた……。

ごめんなさい……」


「だけど、それでも……」


「?」


 

 ファムの声色が別な方向にずれたのをアルシンは感じた。



「思いは……変わってないんでしょ?

みんなをその力で守りたいって、思いは?」


「…………うん。

それは変わってない……」


「だったら、」



 その言葉が返ってくることが、ファムには分かっていた。



「わたしのこの右腕だって、アルシン程ではないけど強い力がある。

おばさん達には申し訳ないけど、わたしはアルシンが無茶をするなら、それを支えて助けたい。

だから、アルシンはわたしの忠告をちゃんと聞いて守ってね?」


「……いいのかよ?」


「だって……いつも一緒にいた()()じゃない!

うふふっ!」



 その微笑みは、アルシンの背中を押して、立ち直らせる救いの光だった。



「ありがとう……!

よし……じゃあ早速、賢者にしてもらえるように、さっきの人達に――」


「なるほど」


 気配もなく、突然の声。



「「!?」」


 部屋の入り口に、クノとシノが無の境地のような顔で立っていた。


 クノはまだ本調子ではないのか、シノに肩を借りている。




「――あんたらは!?」


「すみませんが、立ち聞きさせてもらいました。

賢者になりたいとか」


「……ああ……うん、そうだ!

おれの左腕のパワーは……よく分かんないけど、バグだって倒せる!

村のみんなのために、おれは賢者になりたい!」


「わたしも……アルシン1人じゃ心配だから……!」



 クノとシノにぶつけられたのは、可視化できそうな程大きな思い。



「さっき、ぼく達がバグ発生地点に到着する少し前の映像データを(脳に)送ってもらいました。

本部との連絡は不本意でしたが、気になっていたので……」


「映像ではアルシンさん……あなたは確かに5体のバグを撃退していました。

それも、耐久性に(ひい)でたハードタイプを。

アルシンさん、あなたは強いですわ。

パワーも、一撃の威力も、わたくし達を超えていますし」


「よぉしっ!」


「やったね、アルシン!」



 賢者から()()と認められた民間人は、歓喜の表情で舞い上がった。





「なら――」


「ですが、賢者への加入は……ぼく達が反対します」


 2人の意気込んだ出端(ではな)は、すぐさまにくじかれることとなった。



「どうしてだよ!?」


「ぼく達は、好きで賢者になったわけではありません。

【バグを滅ぼした人間を育てた】という功績ほしさの大人達によって、生まれてすぐに、特殊な訓練と教育を受けさせられてきました。

そのバグについても詳しく教えられずに……。

それは【神話の英雄が成した大業を体験させることで強い人間にする】というもので、はっきり言って地獄でした」


「どこから捕まえてきたのかも分からない、わたくし達よりも遥かに大きく、凶暴な獣との命懸けの戦い。

稽古だって、相手が本気で殺す気で向かってきますので、毎日が死と隣り合わせ……。

肉も骨も砕けて、失明しそうになることもあって…………。

痛みや苦しみ、恐怖や絶望に震えて、泣いて、耐えて……何度も逃げ出したくなって…………」


「毎日がそういうものでした。

そして、3日前に突然賢者にされました。

場合によっては、賢者の承認試験で命を落としていた可能性もあります」


「その後は脳改造をされて、天啓という技を習得させられました。

天啓はあなた方が見たように、闇雲に使ったり、使い方を間違えれば絶大な反動を受けます。

今回の兄さんがこのくらいで済んだのも、運が良かっただけなのかもしれないのです」


「それからは、その天啓を使ってバグとの戦いです。

バグの脅威は……まださほど苦戦していないぼく達よりも、実際に殺されかけたあなた方の方が分かっているかもしれませんね。

一足ぼく達が遅れれば、()()()()()()()()()()()()肉片と化していたことでしょう」




「「……………………」」


 クノとシノの、これまでの経歴や苦難を聞いたアルシンとファムは、青い顔で絶句してしまっていた。

交互に連携して、息ぴったりで話す兄妹の語り口調が淡々とし過ぎて、恐怖心が余計に煽られているのである。



「ぼく達のような常識外れに過酷な経緯を踏まなくても、実力があるのならば、防衛省は賢者の加入を認めてくれるとは思います。

確かに賢者になってから、良いことや良い出会いもいくつかありました……。

ついさっきも……。

それでも結局、賢者になるまでも、なってからも……綺麗なことばかりじゃないんです……」


「あなた方は親代わりを務めてくれていたあの方や、心に影がない親切な村の人々を、心配させて、悲しませてまで…………()()()()()()命を懸けますか?

村の皆さんのお役に立ちたいのでしたら、今までのように、皆さんのお仕事や家事のお手伝いをするなどで十分ではありませんか?」


「ぼく達を産んだその日に、母は亡くなりました。

父には訓練中に何度も殺されかけている……。

ぼく達とは違って…………あなた方は【親】にも、故郷の【環境】にも恵まれています。

…………………………。

それを自ら捨てて、こちら側に来るというのは……ぼく達には反対です。

妹の言うように、あくまで一般人の生活の範疇(はんちゅう)で、大切な皆さんを守るというのなら否定はしませんし、むしろ応援しますが」



 兄妹の厳しい言葉を受けた2人は、現実を受け止めたのか、何も言わずに俯いてしまった……。



「ぼく達の伝えたいことは以上なので、これで失礼します」


「村の皆さんはあなた方に出て行ってほしくないんですよ。

ですからあまり皆さんを心配させないでくださいね」


 有無を言わせない間で、クノとシノはその場を後にする。




「…………それでも……」


 声に出した言葉と。


(お二人とも……すみません……)


 声に出さなかった言葉。



 二つは重なったものの、互いに打ち消し合い、それぞれの思いを阻む壁となった……。




* * *




「これで良かったのよね……兄さん?」


「はい……。

あの方達は、村の皆さんの温かさに包まれて平和に暮らすべきなのです。

どれだけ強い力を保持していようと……」


「わたくし達のような境遇ではない方に、賢者で辛い思いはさせたくない……」


「賢者になってから……シノが明るくなりました。

その点は賢者になって嬉しかったことです」


「もう、兄さんったら……!

こんな時に!」


「賢者の全てを否定はできない……。

だけどもし、あの方達が賢者になった結果、後悔することになったり、命を落とすようなことになれば……安易に加入を賛成はできません……」



 帰り道。

クノはシノにおんぶしてもらいながら、吐いた言葉に罪悪感を感じつつある胸中を癒す。



 この2人がここまで他人に厳しい言葉をかけたことはおろか、自分達の深い生い立ちを語ることも初めてだった。

そもそも、そんな相手がいなかったことも起因しているが。



* * *




(正直……)



 シノはどう感じたのかは分からない。



(……どうしてあの人達は、目の前の平穏と幸せが分からないんだ……。

あんなおもちゃも買ってもらって……沢山の人に問答無用で受け入れてもらっておいて……。

()()()()んだよ。

ぼく達は最近になって、そういう幸せを知ってきたのに……何が不満なんだ、恵まれた【普通の子供をちゃんとできている】くせに)


 アルシンとファムに語っているときに、クノが心中で思っていた感情の内の()()


 あの2人を拒否した真意は、そこにあったのかもしれないと、クノは今になって感じていた。




(そうだ……お金で買えるほしいもの…あった……)



 クノとシノが外の世界の人間と初めて本格的に関わったこの経験。

2人にとって一生忘れられない……いや、忘れてはならないものとなることを、この後に知らされるのであった……。



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