4章12話 「MOON」
「…………ここは…………」
いつの間にか気を失っていたらしい。
ベッドの上に仰向けで横たわっている。
「賢者庁の医療施設……ですよ」
傍らから、腫れ物に触るような声がした。
「………………。
おぬしが運んでくれたのかえ?」
「……はい……。
お体は……もう大丈夫ですか……?」
白衣を着たアラフォーの男。
無精髭に天然パーマ。ガタイが良い体の節々から、様々な物質が混合した筆舌に尽くし難い臭気が漂っている。
「…………少し……ダルいのぅ……」
「すみません……。
僕が欠陥な錬金術を生み出したせいで……あなたをこんな目に遭わせてしまって……」
「よいよい、おぬし……本当に夢を叶えたんじゃな……。
あれから、頑張ったんじゃのぉ」
「……こんな所であなたと再会できるなんて……」
錬金術師のルードゥスと、占いの神であるカサンドラ。
蘇る記憶――
* * *
20年以上前のことだった。
「クッソ!」
下校中のルードゥスは、砂浜を蹴り上げながら海岸の果てを目指していた。
日はまだ落ちていない。
「どいつもコイツも、馬鹿にして!」
リエント南部の小さな島【アイ島】に住んでいたルードゥスは、島の中で浮いた存在となっていた。
偏屈な性格と嗜好、我が道を行く思考回路などが主な要因。親しい人間もゼロ。
「この島は、辺鄙が過ぎる!
もしもバグに襲われた場合の対抗策が何もない!
戦える人間もいない!
武器や防衛設備も全くない!
政府や他の地域からの情報伝達もなされていない!」
そこは、バグが一度も発生したことのない島だった。
クローズドサークルと形容してもいい程、外の世界からは隔絶されていた。交流も貿易も、訪ねてくる者も、出ていく者も皆無に等しい。
「それなのに、それなのに……!」
ここでは島での常識――すなわち、島の中で見聞きできるモノが全てで成り立っている。
新聞は島での出来事しか書かれていない。テレビやラジオは存在しない。当然、ネット環境という概念だって島民は知らない。
その狭い世界の中の社会に適応できない人間は駆逐される。
「僕は……僕は、間違ってなんかいないんだい!」
ルードゥスは休日にはいつも、自分が作った木造の船で近隣の島々を訪ねていた。
そして、ルードゥスは知った。
それらの島々にはバグという人類の敵が、度々次元の壁を抜けて一定数発生しているということを……。
中でも、リミース島は700を超える相当な発生件数。
だが。自分が住んでいる孤立したその島にはバグが全く発生せず、バグという存在を知る者もいない。
同様に、バグの発生がゼロの地はリエント全体を見ると、中枢都市であるハウモニシティを筆頭にそこそこ存在している。
それでも。そこに暮らす人々のバグに対する認識度合いや危機感は、自分の島とは雲泥の差だった。
「いつも皆んなは僕の言うことを認めようとしない!
僕のことを四六時中異端扱いする!」
ルードゥスは内輪の古い常識に囚われた自分の島と、島民の乖離した思考に、毎日苛立ちを募らせずにはいられなかった。
口論や殴り合い(そして返り討ちに逢う)は日常茶飯事。中学生になった頃には、友達もいないのに両親からも愛想を尽かされてしまった。
「――クソがあっ!」
悪態を独白し続けながら。
ルードゥスは洞穴の秘密基地をくぐった。
* * *
誰も自分を受け入れない。
ならば、自分も誰も受け付けない。
家にだっていたくもない。
ならば、自分に合った場所に行く。
ここは、そのための準備をする場所。
両親や先生は認めようとはしないが、高校を卒業した後の進路は既に決まっている。
(なんだと……!?)
前方から物音と人の気配がした。
(…………誰だ……?
僕の唯一の居場所なのに……)
ルードゥスは息を潜めた。
そっと、物陰から先を覗く。
(……!!)
鉱石の輝きを用いた自作のライトスタンドの下。
セーラー服姿の可憐な三つ編み少女が、小難しそうな本を読んで座っている。
(僕の秘蔵の本を……勝手に……!)
まず最初に感じたこと。
(……でも……)
それ以上に動かされた心に、吹き飛ばされてしまった。
「ふむぅ……」
少女は極めて真剣な様子で、自分の本を愛おしそうに見つめている。
その垂れ下がった目線と柔く緩んだ口元からは、慈愛を醸し出す鱗粉が漂っていた。
ドクン……!
ルードゥスの五感に、ポンプのような強い刺激が駆け巡る。
「分からん、わしにはさっぱり分からんのぉ」
彼女が読んでいるのは、古代の科学技術である【錬金術】について記された本。アイ島では絶対に手に入らない。発展した外の島から持ち帰ってきたものだ。
(かわいい女の子が、僕の宝物を熱心に見ている……!
つ、遂に僕に春が……!)
ルードゥスの血流が、鼓動が紅い音を立てた。
胸の中で高鳴る、出会ったことがなかったトキメキ。
(あの子は何なんだ……!?
すごく惹かれる……)
自分の領域に土足で踏み込んだ未知の存在によって、心の中が一つの感情で埋め尽くされていく……。
ドクン、ドクン……!
(あ……ああ……!)
釘付けにさせる波動を乗せたフェロモンに、視線が一方向に奪われて……。
――ビリビリビリビリ……!!
ルードゥスの脳内に、刹那の閃光――天啓。
(そうか……!
これが、一目惚れってヤツなのか……!)
「――そこで出歯亀してるおぬし。
コレ……分かるかえ?」
…………………………。
「!?」
まさか、気づかれていたとは。
(落ち着け……クールに、クールにいくんだ。
たまたまこの場所を見つけた風に……)
ルードゥスは、込み上げる唾を飲み込んで踏み出した。
「や、やぁ。
私も偶然見つけたんですよ、この洞窟……を……。
そ、それは……何でしょう……?
れ、れ、錬金術……?
は、はは……私は知らないなぁ……そんな本……」
口が全く回らない。これが自分の限界だった。
これまで、自分の私物に興味を向ける異性はいなかった。それどころか、近づいたら汚れると言いふらされていた。
「…………ほほ……!」
「――いっ!?」
少女からいきなり投げつけられた紙切れが、ルードゥスの額にぶつかった。
――カードだ。
顔のついた満月を二匹の狼が見上げている構図……が、反転しているイラストが描かれている。
「…………【月の逆位置】……。
…………嘘を見抜く……」
ルードゥスはカードの意味を知っていた。外の世界で知った錬金術の学問に惹かれて勉強している内に知ることになった。
【大アルカナ】。
タロットと呼称されるカードを用いた古代の占い方法。
現在の占いは、神職者や霊能者による託宣や超感覚からの未来透視、陰陽五行等が主流のため、アルカナは廃れている。
「……の……?」
ルードゥスが呟いた言葉に、少女は目を吊り上げて驚いた様子を見せた。
「あ、あなたは……一体……?
僕の嘘を見抜いた……?」
※バレバレ
「わしの占いの意味が分かるとは……。
おぬし……やるな……」
* * *
「そうか……おぬしも苦労しているようじゃのう」
遠い所からやって来たと宣う少女は、一般の女性とは喋り方はもちろん、雰囲気も知性も遥かに異なっていた。
「ええ……!
この島は、本当にろくでもない奴らばかりですよ!
こっちが皆んなの役に立とうと尽力しているというのに!」
少女はルードゥスの話も、錬金術についても理解してくれた。
お互いの空気に緊張やよそよそしさはなかった。周りの知らない分野に関心と探究心を持つという共通点が早くに見つかったのがその所以だ。
「孤独なのはおぬしだけではない、わしもじゃよ。
人とは理が異なるからな……」
「?」
「わしの占いによるとな。
何十年後になるのかは分からんが……【リエント中がバグに侵食される】……」
「なんですって!?」
寝耳に水。藪から棒に彼女が語った話は壮大過ぎた。
それでも……。
「都市部から始まり、次いでこの島を中心にして侵食は広がっていくのじゃよ……」
「…………」
「それを島長に伝えに来たのじゃが。
……全く信用してもらえず、ホラ吹きの余所者と攻撃されて追い出されたわぃ。
かくして、逃げ込んでここにの……」
「…………」
「わしは……カサンドラじゃからな……。
カサンドラの言うことは信じてもらえんのじゃよ。
具体的なことを伝える力や証拠も持たんしの……」
カサンドラの言葉は、そこで力を失くして止まる。
「……僕は、信じますよ」
「……む?」
俯いたカサンドラの曇りと翳りに、微かな日が差した。
「僕を見てくれたのは、あなたが初めてだ。
……僕もあなたを見て、あなたを信じます。
僕は古代の超科学――錬金術を復興させて、バグへの対抗策に新たな風を吹かせるのが夢なんです。
その夢を叶えて、あなたの占いの結果を変えてみせますよ」
我ながら、馬鹿げたことを口にしたと思った。
理屈じゃない。
情でもない。
ルードゥスという人間が、こう言えと叫んでいた。
それが青臭い理想だろうと構わないと。
「…………【月の逆位置】の……他の意味を知っているか?」
カサンドラが背を向けて立ち上がった。
「……えっ?」
振り向いてきた彼女の顔は。
今まで見てきた中で、最も――
「――【好転の兆し】じゃ。
わしを信じてくれたおぬしなら、その夢を叶えられるはずじゃ。
そして変えてみせてくれ、わしの占いを。
頑張ってな」
カサンドラはそのまま出入り口へと歩き始めた。どこかに行ってしまうようだ。
「あ、あの……!」
呼び止めてはいけない。着いて行くこともいけない。ルードゥスは直感でそう思った。
だから。
せめて……これだけは。
「今晩の……【月】は綺麗…………だと、いいですね」
馬鹿げたことの次は似合わないことを言ってしまった。しかも歯切れも悪くて、まるで締まっていない。
「…………そうじゃな」
それだけ返して、彼女はルードゥスの領域を後にした。
その神秘的な背中をルードゥスは強く焼き付けた。
何となく、もう会えない気がしたから……。




