4章11話 「戦う覚悟」
「――やっぱりダメだ!
こんなんじゃ、ダメだ、ダメだ、ダメだ!!」
賢者庁地下のバグ対策本部。
外の光景を観測していた錬金術師のルードゥスは、慌ただしく入り口へと一目散。
「どちらへ……?」
「……僕も2階の救助に向かう!
こっちはチミ達で何とかしたまえ!」
振り向きもせずにルードゥスは出て行った。
「…………??」
普段ならあり得ない行動だが、気にしている猶予はない。
「…………長官……。
僕は何としてでも、シノさんに取り憑いたバグを見つけます……。
その後は……お願いします……」
「…………ああ」
覇気のない返事だが、彼女なら大丈夫。クリアはそう信じることにした。
「………………っ、
すぅぅぅぅ…………はぁぁぁぁ…………」
下瞼の隈に支えられているクリアの眼鏡が、深呼吸と液晶画面の反射で白く染まった。
「――!!」
観測士の本領発揮。
その眼鏡の奥に隠された眼光が、リエント全域の次元壁観測モニターを隙間なく注視した。
* * *
「クッソオオオォォォォォォ!!」
賢者庁内をカサカサと這いずりながら駆け回る様は、傍目には台所のアレを彷彿とさせた。
「あの人がここにいるということは……そういうことなんだ……!」
遂に来てしまった……。
あの言葉通りのことが……。
(甘かった……!
バグが出なくなったことに浮かれて、訪れる災厄を回避したと思っていた!
その認識が甘過ぎた……!)
許せない。
自分は……自分だけは、いつの日かこうなることをあらかじめ知っていたというのに……。
誰よりもバグに危機感を抱いて、幾つもの対抗策を立てていなければならなかったのに……。
みすみすこの事態の招きを許してしまった自分が許せない。
「何が、偉大なる錬金術師のルードゥス様だ……!
何が、英雄のルードゥスだ……!
こんなの、ダメダメのポンコツのルードゥスだ!」
底に落ちて自省するルードゥスの嘆きは、救助中になっても止まることはなかった……。
* * *
(何度試みても……シティ外にいる者とは念話も通信も繋がらない……。
妨害の信号でも出されている……?
今回の相手は電子戦か……?
ルドメイシティでの戦いの時に近い……?
…………テレビで外部にシティの状況を報道することもできない……。
…………シティの現在のバグは200体余り……。
人がバグに変えられても、きちんとモニターには映り、観測自体は可能……。
レディクさんの働きで判明したが、人間に戻ったバグはモニター画面から消える……。
しかし今回のバグは従来とは異なり、震動させた次元壁の向こう側から出現するわけではない……。
つまりこれまでとは違い……事前にその発生を予測することは不可能……)
集中力を覚醒させたクリア。
その視線を渦のように縦横無尽に回して、思考も分析も呼応させてフル回転。
……………………。
数瞬の間に、数時間分とも思える脳みそと双眸の循環。
(……南部のアイ島にも突然のバグ反応……?
…………ハウモニシティのアンノウン……と同じ観測情報……。
テレポートでこっちまで逃げたのか……?
…………ジェネラルがどんどん増えていく……間違いない……。
長官のタブレットによる転送以上の移動力……)
クリアが声を上げようとした瞬間、
(何……!?
最初に出現した、例のアンノウンが消えた……!?
……………………今度は、東部のランタウンにアンノウン……。
…………この町を中心として、東部の侵食が広がっていく……。
……シノさんを乗っ取ったあの言葉を話すバグ……これまでバグが発生していなかった、守りの薄い地を中心に攻めてきているのか……)
世界が音もなく、動もなく拡張されていく――
(賢者歴もうすぐ6年の、シノさんの記憶から情報を得ている攻め手だ……。
人を視力を持ったバグに変え、バグに変えられた人達にも同じ能力を持たせる……。
シティ外にいる賢者達との情報伝達を防いで、孤立化を図ろうともしている……。
更には、テレポートまで備えているとは……。
……バグとの戦いは……まだ……終わっていない……)
クリアの高速長考は、都会の喧騒のように雑駁と混沌にあふれていた。
(…………っ、次はあそこ…………その次は…………くそっ、あっという間にリエントが制圧されていく…………。
レディクさんだけだと間に合わない……。
おまけに、今回のアンノウンは次々と出現位置を変えている……。
こちらが先んじて手を打てないように撹乱しているようだ……。
…………どう対策を取ればいい…………?)
彼の心の中には、全身をかきむしりたくなる程の虫がたかっていた……。
バン……!
そんな時だった。
本部の扉が勢いよく開けられた。
「あ、あの……すみません、クリアさん!」
クリアの背中に駆け寄ってくる緊迫。
「極限なまでに集中している、観測士クリアは。
話なら聞く、長官の私がね」
立ち塞がり、いつもの調子で静止するハンディー。もう吹っ切れたのだろうか。
「……あ……」
体の節々に雪を被ったベルウィンだった。トレードマークのポニーテールも、水滴と汗にまみれてずぶ寝れになっている。
「……やってもらいたくて……!
クノくんを助けた時の、あの天啓を……!
シノちゃんは、あのアンノウンに体を勝手に使われてるだけで、本当は悪くなくて!
でも、もしかしたら、殺してほしくなくて、」
「つまり……。
シノを救うために君が戦うというのだな、前回と同じ手で?」
「………………!
はい、そうです!
その通り……そんな感じです!」
テンパっている彼女の意図を理解した長官の要約で、長くなりそうだった話はすぐに終息した。
「待て、しばし。
終わってからだ、彼の観測が」
* * *
シノの中に宿っていたアンノウンが、何故このタイミングで表層化したのか分からない。
そもそも。シノの中にアンノウンの魂が宿っていたなんて、シノ自身を含めた誰も知らなかった。
《必死なものじゃのう……その家族愛は》
《おぬしが最もな要因じゃぞ》
《おぬしはそれを無視したな》
ベルウィンはここに来るまでに、神様に言われた言葉を何度も反芻していた。
シノの変貌のはっきりとした理由が不明でも。神の言葉を信じるならば、その原因は自分であり、そう考えれば心当たりがあった。
ベルウィンが4歳の時。
その頃は、脳改造した新人類【賢者】は存在せず、バグと戦う政府所属の人々は【武者】と呼ばれていた。
天啓などはない。それでも、現在と同じく武芸に富んでいたり、防衛設備を駆使すれば、バグに対抗することは十分可能だった。
しかし、バグ観測技術も、武者の転送技術も、この当時は存在しなかった。すなわち――事前にバグの発生を対策することができなかったのだ。
その環境を生きていたベルウィンの家族は、彼女を残して全員バグの手で――
ベルウィンが助かったのは、バグが彼女を攻撃する直前に、発生からの時間経過で運よく自動消滅したからに過ぎない。
その後。身寄りを失ったベルウィンは、バグ殲滅を掲げる防衛省に引き取られることとなった。
そこから彼女は、メイドとして武者のサポートや町のボランティアなどを行うための多くの技術を叩き込まれた。
そして数年が経過し、武者が賢者に新設。
この頃のベルウィンには、同居していた女性の賢者がいた。自分のことをかわいがってくれる優しい人だった。
だが……その人はラピッドタイプの瞬発力に翻弄されている間に、死角からマグヌスタイプの一撃を脳天に受けて死亡した。
最期に天啓を発動して、そのバグ達を相打ちにして……。
(あれから……もう二度と家族を失いたくないと思うようになった……。
だから、クノくんとシノちゃんにいつも言い聞かせて……離れないように、離さないようにしてきた……。
でも、占いの神様の言葉通りなら。
あのアンノウンはきっと――私の【家族】への執着でシノちゃんから引きずり出されたんだ……)
その根拠は、
アンノウン――ルナ発生のトリガーになったのは、
《おぬしはそれを無視したな》
枉死城での任務から帰還後――目覚めなくなったシノへ交わした【口づけ】……。
(きっとそうだ……。
あの時の私の行動が原因なんだ……。
あの時はシノちゃんを起こしたいって必死だった……。
神様が占った【最悪】なんて、ただのでまかせだと思ってた……。
でもシノちゃんが起きなくなったから、そのでまかせが本当になりそうで……。
そんなの認めないって、あらがおうとした結果が今回の発端だったのなら……)
行き着く先は――
(やっぱり……私のせい……?)
もし、そうだったとしても。
(だけど……あのままシノちゃんが起きなかったとしたら。
……私があの時に取った行動は、間違いではなかったと思う……。
だから――その結果でこうなったのなら。
私は誰よりも責任を取らなければいけない……)
ベルウィンは万感の思いで己を顧みた。
(……クノくんも、シノちゃんもバグの正体を知った時……きっと同じ心境だったんだよね……。
分かってあげてるつもりだったけど……つもりだったって、今分かったよ……)
懐から取り出したハンカチを額に巻き付けてハチマキにし、覚悟を注入。
「――長官……」
同時に、前方でボソリと呟かれた声。
「分かったのか、アンノウンの位置が」
「…………」
* * *
官邸執務室に入電。
「総理、いかがいたしましたか……?」
「バグ対策本部から、現状の連絡が入った……。
もはや状況は、この町だけで済む話ではない……。
【リエント全土】の問題にまでなってしまったよ……」
「はい……。
その報告は、既に私の方でも……」
「……私とて。
この事態に指をくわえて見ているつもりも、逃げるつもりも、押し付けるつもりも毛頭ない。
……だが、この場合の能力も人望も……君の方が勝っている……。
私は本部からの提案を受けた……。
君に頼みがある……」




