4章10話 「最後のバグと最後の日」
《お前らの家系のせいで、多くの人が死にかけたんだ!》
《それだけじゃない!
もう少しで……この世界は滅ぶところだったんだぞ!》
《貴様のような奴に、子供を持つ資格はない!》
《何が新しい命だ!
自分達だけ幸せになるつもりか!》
《ふざけるな!》
《死ね!》
《死にやがれ!》
《死になさいよ!》
《そうだ、殺してしまえ!》
《殺せ!》
《殺せ!》
《殺せ!》
《いやあああああああああああ………………!!》
体を貫いたのは、何十本もの刃物。
そして、それの何倍以上もの数の、おびただしい怨念の言霊。
〔私は……【人】に殺された……〕
ルナは、自分がバグになる前の過去――人間だった頃の記憶を垣間見た……。
* * *
(独善と、偏見……?
違うッ!
あれが――あれこそが、人の真実!
だからこそ、人類全体を変えなければならない!)
ルナはカサンドラの占いの結果が見せる、【幻】を振り払った。
すかさず前方のベランダへと跳躍し、反撃に転じる。
「!?
破られたか!?」
〔アアアアアアアーーーー!!〕
怯み後退するカサンドラ。
対して、バグ軍団をかき分けながら前進する、気迫に満ちたルナ。
カサンドラの前方には、ルナとバグ軍団。
彼女の唯一の逃げ場である背後は、行き止まりである欄干の向こう側。
つまりは、足場のない空中。
「ぬかった……!!」
絶体絶命。
「南無三!!」
欄干に背中をぶつけたカサンドラは、詰んだことを悟る。
〔ア……!?〕
好機とばかりに彼女の顔に手を伸ばしたルナ…………の動きが停止した。
カサンドラの鼻まで、もう僅かだというのに。
〔…………ッ、グゥゥゥゥ……!〕
…………どうあがいても、カサンドラには届かない。
「ほ、ほほほほ……馬鹿者め!
だから言ったじゃろう、3歩しか動けんと!
おぬしに、わしの幻術が効かんでも足止めはできる!
二段構え舐めるでない!
おぬしは詰んだ、王手じゃ!
ほほほほほ……!」
文字通り、カサンドラの目と鼻の先にはルナ。
虚勢を隠しきれていないカサンドラは、欄干に飛び乗って安全を確保しつつ、次の手を模索する。
(しかし、……どうする……?
わしも一度逃げるか?
術が解かれなければ、こいつらをここに放置しても被害は出ない……。
じゃが、もし幻のように破られることとなれば……。
…………?)
カサンドラとルナの間に舞い降りた、新たな影。
「!」
〔!?〕
この寒空の下を出歩くのに全く適していない、バスタオルに身を包んだだけの女性だった。足には車輪の付いた靴――ローラースケートを装着している。
「シノちゃんから……出ていきなさい!」
女性はバスタオルを取っ払って、自らの艶かしい肉体を曝け出した!
「いや〜ん!
破廉恥!」
顔を真っ赤にしたカサンドラは、即座に両目を覆う。
〔……な、何…………?〕
その途端だった。
〔――ごふっ……ごほっ、ごふっ!!〕
ルナが咳き込み始めて崩れ落ちた。
〔〔〔!???!?!!?〕〕〕
バグ軍団の方はたちまちに光に包まれて、その体を変性させていく……。
「…………あれ……?
私は何を……?」
「う、……頭が痛い……」
「ここ、俺の部屋じゃない……。
……あの子……ベルウィンちゃんの部屋だ……」
「あんたは、おとなりのアンク……。
向かいのトマナに……ギュン……。
2階の奴らばかりじゃないか……。
どうして……俺達がここに集まってるんだ……?」
悶えながらも立ち上がったルナは、自分の耳と目を疑った。
〔……何ですって……!?〕
自分がバグに変えた賢者と、その関係者達が、いつの間にか人間に戻っていた。
〔どうなって…………〕
この展開は予想だにしていなかった。
自分の能力が破られたというのだろうか……?
〔……ならば、もう一度バグに――〕
「させると思う?」
オレンジの星の中に、プルンプルンと揺れる肌色の球体と、しなやかに伸びる肉の塊が吸い込まれた……。
〔――がはあっっっ…………!!〕
「ふっ!」
雪空が紅い飛沫で侵された。
ルナの頭部に、両サイドからのホイールと美脚の鋏。
〔!???!?!!?〕
挟まれた頭を支点に、ルナの体が上下に回転。逆転する天地に目を回す。
「はあああっっ!」
巧みなティヘラとホイールキックの連続回転攻撃。
吹き飛ばされたルナは室内へと放り込まれ、果ての壁に強く叩きつけられた。
〔…………!!〕
続けざまにルナへと伸びてくる、ローラースケートと脚線美の追撃――
〔一旦ドロン……!〕
PON…………!!
カラフルな煙がルナの体と入れ替わるように巻き上がった……。
* * *
「……はっ……!?」
防衛省のレディクは目を見張る。
決めようとしたヘッドシザースのコンボが不発になった。
勢い余って、狙い定めた壁に激突……しそうになるが、足の車輪を駆使して壁をスイスイと垂直滑走。そこから華麗に着地へと繋げて事なきを得る。
「くそっ、逃げられた…………!
シノちゃん…………」
歯軋りと拳の震え。
悔しさを露わにしながらも、レディクは戦闘が勃発された室内を改めて見渡した。
「…………あれ…………?」
未だ全裸姿の彼女の視界には、
「ピクピクピクピク……」
「うえっ…………」
「おえええええ……!」
バグから解放されて元に戻った全員がもれなく、嘔吐や痙攣を起こして床にのたうち回っていた……。
それは、自分の裸体を相手に見せることで発動する、レディク専用の呪い天啓――【マレディクスィオン】の効果だった。この技に、敵味方識別なんて優しい仕様はなし。
「のおおおぉぉぉぉ……!
腰痛と腹痛が、同時にきおった…………!」
ご覧のように、顕現した神様にもバッチリと効いている。神様は欄干からずり落ちて、ベランダの入り口で寝転がっている。
「……ヤバッ」
レディクは慌てて、投げ捨てたバスタオルをマントのように身につけた。
〈やはりだな……。
効いたようだ、君の天啓が。
あのアンノウンにも、ソレの手が加わったバグにも……。
それも絶大な効果だ、予想以上に……〉
直後、賢者長官ハンディーからの念が脳内に響いた。
〈…………つまり、今回のバグ達は全て【明確に視力が備わっている】ということね?〉
〈だろうな……。
どうも先程から匂わせていた、奴らの仕草が。
やはり正解だった、君を向かわせて……。
バグから人に戻すことができる、君の力なら〉
燃料切れでも起こしたかのように、ハンディーから聞こえる念量が小さくなった。
〈…………どうして、なったんだ……こんなことに……〉
〈……長官?〉
〈またこのような目に遭うのか、あの子は……〉
いつも飄々と冷静だったハンディーの念は、戦慄で揺らいでいた。
〈シノ……シノ…………くっ、〉
露わにできないその心の中は、暗黒に塗り潰されていた。
2ヶ月前に自分の娘が一度亡くなった時以上の、抑えられない闇の色に……。
〈……僕は……逃げたあのバグを見つけます……。
シノさんの体を……早く取り戻しましょう……。
レディクさんは……町に行ってバグにされた方々の救出を……。
レディクさんにしかできませんので……〉
消沈しているハンディーに代わって、根暗な観測士――クリアからの指示。
〈この結末は……許せん……。
許されんことだ……〉
ついでに聞こえてきた錬金術師――ルードゥスの念は、何やら訳の分からない独り言をぶつぶつと呟いているのみ。
賢者庁地下本部の者達は皆、この状況や町の被害を観測していたのだ。だからこそ、レディクは今ここにいる。
〈分かった……。
私が必ず全員を救ってみせるわ!〉
レディクは生身の全身全霊に気合を入れた。
役に立つことが殆どなかった自分の天啓が、この局面では独壇場になる。こんなに勇み立つことはない。
とはいえ、周囲に目を向けると……。
〈……けど、この人達は……。
私の天啓のせいで……〉
〈防衛省の救護部隊は既に派遣しています……。
安心してください……すぐに来ますよ……〉
本来ならば、普段は前線に出ないレディクがその救護部隊として行動しているはずだった。
だが、今回は自分がその職務ではない。そもそも、救護部隊を呼ぶ原因は自分にもある……。
シノやみんなを助けたいという前向きと、自分の立場の不安定さを懐疑する後ろ向き。
レディクの胸中には複雑な感情が絡み合っていた。
〈ごめんなさい……余計な手間を取らせて……。
この後も気をつけるけど、もしかしたら民間人や救出対象の方達にも呪いをかけてしまうかもしれない……。
その時はそっちにもお願い……〉
〈はい……そちらの方は心配しないでください……。
ただレディクさん……。
分かっているとは思いますが……バグにはくれぐれも触れられないようにお気をつけて……〉
〈うん!〉
レディクは威勢よく返事をし、フルスロットルで夜空に身を投げ出した。
(被害の多そうなところから攻める……!)
大ジャンプでベランダの欄干を飛び越えて。
(でも、地下街も安心できないわね……。
今回のバグには、オドセンサーを遮断する建物や壁は役に立たない……)
張り巡らされたガラスチューブの外装を俊敏に滑り降りて。
(…………とにかく!
全部呪って救ってやる!!)
聖女はハウモニシティに救済の呪いを振りまきに向かっていった……。




