1章9話 「アウェイ村」
のどかで牧歌的な、自然のままの景色。
豊富な木の実や作物。
伐採した生い茂る木々で家や家具を作成し、人々はゆったりと生活している。
【アウェイ村】はバグだけでなく、事故や犯罪、差別などとは無縁の平和に満ちた領域だった。
* * *
アルシンとファムの育ての親――『モストおばさん』のログハウス。
ログハウスは外から見ると、村の風景とマッチしていてクラシックで素朴な印象。
しかしその内部は、最新式のテレビや、コンパクトなハロゲンヒーターなど、しっかりとモダンな家具が設置されている。
「申し訳ありません……。
バグから皆さんを守る役目を与えられているのに、負傷をして休ませてもらうなんて……」
「すみません、兄が無茶をした結果、ご迷惑を……」
「そんな……むしろ謝るのはこちらの方よ!
うちの子達を、体を壊してまで助けてくれて……。
本当にありがとうと、本当に申し訳ありませんという気持ちでいっぱいよ……!」
暖かいベッドに横になって回復を待つクノと、その看病をするシノ。
2人はおばさんの作った特性スープをご馳走になっていた。
緑黄色野菜の香味、きのこや魚によるだしのうま味が美味であると、村のみんなからの評判らしい。
(…………これも、初めての味…………)
(……不思議……。
温かさの中に、いくつかの趣がある……)
(人参……椎茸……鮭……全部を一つにまとめて煮ると、こんな風味になるのか……)
(牛骨、灰、草、木、石、泥、血液、煙、髪の毛、歯……。
今まで色々食べてきたものの中で……一番おいしい……?)
クノとシノはしみじみと、静かに感動している。
……けれども、これまでの前時代的を超えた食生活の影響で、彼らの味覚はほぼ死んでしまっていた……。
僅かに感じ取れる味は、普通の人間とは全く異なる。
どんなものでも拒絶反応なく受け入れられるのである。
ある意味で好き嫌いをする人々が見習うべき、前衛的な別次元に達していて、もう戻ることができない。
そして、残念なことに世間を知らない彼らは、それに気がついていないのだった……。
「アルシン!
どうしてあんたはジッとしていられないのよ!
私だけじゃない、みんなも心配したのよ!
それにファムも危険な目に遭わせて!」
不意な声で我に返ると、おばさんがアルシンに説教をしていた。
「おれは……おれの、この左腕は強いんだ!
バグと初めて戦ったけど、何体か倒したんだぜ!」
叱られてもアルシンは必死に食い下がっている。
(そういえば……バグは30体と聞いていた。
だけど、現場に到着した時のバグの数は……確か25体……。
それに、あの左腕の筋力は、恐らく成人男性すら軽々と持ち上げられるレベルのもの……。
ということは……彼の言葉は……)
アルシンの発言で、クノは戦闘時のことを思い出した。
「賢者に頼ってるだけじゃ、バグは一向になくならないよ!
この村にバグが発生したのは今日が初めてなんだろ!?
このままじゃ、この村はもっと危険な目に遭う!」
アルシンはおばさんに詰め寄って、持論を強く訴え続ける。
「おれ達は、記憶もなくして捨てられてた!
腕だってこんなんだ!
だから、守りたいんだよ!
おれ達を拾って育ててくれた、おばさんも、村のみんなも!
おれの命を使ってでも――」
パチーン! と、張りのある音が響き渡った。
「…………ぐっ……!」
よろめいて頬を赤くしたアルシンの目からは、悔し涙が溢れていた。
その迎えに立つおばさんからも、涙がこぼれている。
「その気持ちはすごく嬉しいの!
だけど、私も、ファムも、みんなも、あんたを危ない目に遭わせたくないのよ、分かる!?
現実はナハトみたいなアニメのように強くはなれないの!
それにあんたは、賢者の方であろうと、怪我をさせる原因を作った。
人様に大変な迷惑をかけておいて、反省も謝りもしない子にした覚えはないはずよ!?」
「……!」
アルシンは自らの落ち度をようやく理解したのか、ハッと息を呑んだ。
「…………っ!」
「「アルシン……!!」」
しかし、しゃくりあげる一声を上げて、外に飛び出してしまった。
「……おばさん、アルシンは分かってくれたと思う。
でも居た堪れなくなって、気持ちの整理もつかなくなったんだと思う。
わたし、見てくるね……」
アルシンを心配するおばさんに一声かけて、ファムはアルシンの後を追って出て行った。
「アルシン…………ファム…………」
窓の外を見つめる険しい横顔は、胸が張り裂けそうな切なさにあふれていた。
「…………」
気まずい空気の中、クノは部屋を見渡す。
室内の壁には、特撮アニメに使われていそうな、サイバーで科学的な外観のおもちゃのビームサーベルが立てかけられていた。
……恐らく、アルシンがおばさんに買ってもらったのだろう。
(そうか……ぼく達のような年齢は、ああいうもので遊ぶのが普通なのか……)
自分はおろか、妹にもそんな遊具は与えらえたことがない。
せめて、自分にとって最も大切な彼女だけでも、普通の生活ができていたら……。
「あの、」
「?」
クノは沈黙した重い空気を破る。
「ご馳走様でした……。
それに、先程よりも体調は回復しました。
ありがとうございます」
「わたくしからも、ありがとうございました」
シノの手を借りてクノは立ち上がり、並んで深々と頭を下げる。
「え、ええ……そんなに気を遣わないで……。
……あなた達、いくつ?」
「「7歳です」」
「…………そう……あの子達と同じね。
まだこんなに幼いのに……バグと戦って私達のために……。
本当に、なんて言ったらいいか……」
クノとシノは、ぴったりと顔を見合わせる。
2人にはあまり外部の人との交流がない。
おばさんも今初めて会ったばかり。
とはいえ、彼女にそんな顔をされては、こちらの気持ちも鬱屈としてしまうと感じた。
〈やっぱり、同い年だったのね……兄さん?〉
〈ええ……ぼく達も彼らの所に行きますか。
お世話になったので〉
念話でこれからの予定を話し合う。
……が、そんなことをしなくても、心が通じ合った者同士。
お互いの結論は一つだったのだが。
クノとシノは再度お礼を言って、ログハウスを後にした。
休息のお礼と食事代として、所持金の大半をこっそりと残して……。
* * *
アウェイ村を歩くクノとシノは、住人達から次々と声をかけられる。
「村をバグから守ってくれてありがとう!」
「アルシンとファムも助けてくれたんだってね!」
「まだこんなに小さくてかわいいのに偉いね!」
「おにいちゃんも、おねえちゃんもかっこいい~!」
「私たちからのお礼だよ、受け取ってくれ!」
称賛と感謝の嵐は止まることがなかった。
村の銘菓のクッキーや、名物であるみかんなども手渡された。
更に、何度も断ったのにも関わらずに、謝礼のチップまでも……。
暖かい光に満ちた村。
大人も子供も老人も関係なく純真無垢で、ここには綺麗なものしかないと感じる程だ。
「あの、すみません……」
「何だい?」
1人の男性にクノは声をかけた。
「アルシンさんとファムさん……。
あのお二人は、村の皆さん方にとって…….どのような存在何でしょう?」
「そりゃ、大事な村の一員だよ、2人ともね!
この村のみんなは、家族のような絆で結ばれているんだ!」
「血が繋がってなくてもおんなじだよ、それは!
だからモストおばさんは、2人にとって本当の母親なんだ!」
男性は考える様子もなく屈託なく即答し、隣にいた男性も続く。
「……なるほど」
道ゆく他の村人にも質問をしていく。
「え……アルシンくん?
ああ、あの子の左腕ビックリした?
でも、すごい力持ちだし、優しい子でね……私達の仕事も色々と手伝ってくれて助かってるんだ!」
「まだ幼いのに、男らしくてカッコいいし!」
「ちょっと元気過ぎて、危なっかしいけどね!」
「ファムちゃんも、とってもしっかりしてるし、度胸もあって偉いな~って思うわ!
積極的に私達の仕事も助けてくれて、本当にいい子!」
「ね~!
かわいいよね~!
私の専属になってほしいくらい!」
「……そうですか……。
ありがとうございました」
「お時間を取らせて申し訳ありませんでした。
わたくし達は、これで失礼致しますわ」
考えがまとまったクノとシノは、彼らの元へと急ぐことにした。
* * *
「シノ」
「兄さん?」
「ぼく達を肯定してくれる人は……外の世界には沢山いたようです……。
家族を大切にする人だけではなく、その方達のためにも……ぼく達は戦わなくてはならないのかもしれませんね」
「……うん……そうね。
感謝されるなんて……機関にいた時にはなかったよね」
ここの住人は、D機関や賢者以外で初めて本格的に接触する外の世界の人間である。
にも関わらず、クノもシノもあまり警戒心を抱いていない。
それは、新しく身内となったベルウィン、レディク、ブウェイブらとの出会いにより、2人の【人】に対する感情が発達してきたからだ。
クノは、シノがいつの間にか以前よりも怯えなくなったこと――すなわち、彼女の成長を嬉しく思った。
(シノが安心できている……。
ずっとこうなら、このままの生活でも……いいかもしれない……)
そう、仄かに賢者になった自分達を肯定していたのである。




