1章プロローグ 「はじめての空」
ガガガガ…………。
低い軋むような音がした。
分厚くも冷たい鉄板にもたれてうずくまる少年と少女は、ぼんやりと目を向ける。
コツコツと固いタイルを踏みしめる靴音が、こちらに近づいてくる。その音と黒い人影に怯える少女は、肩を震わせて少年にすがるように腕を寄せた。
「……今日の訓練は何でしょう?」
少年は少女を安心させるように手を握り、努めて平静な口調で尋ねた。
「出ろ、これから営業に行く」
「………………??」
「早くしろ」
冷厳な声は、少年を歯牙にも掛けずに、ピシャリと鞭を床に叩きつけて言い放った。
* * *
「……………………クノ兄さん。
わたくし達、捨てられるの?
……もしかして殺され――」
「大丈夫ですよ、シノ。
ぼくがいますから」
暖かいはずの朝日の下から、しんしんと降り注ぐ雪のカケラ。
この雪と同じように冷たい声の主の後ろを歩く『クノ』と『シノ』。
小さな靴の中にひんやりとした塊がずぶずぶと侵入し、気丈を保とうとする精神すらも凍えさせていく。
(雪……そして雲に空……お日様。
室内越しや映像で見ていたものとは少し違う。
それに、今までに浴びせられてきた人工日光よりも温い。
これが……生で体験する感覚なのか……)
淡々と心にこぼしたクノは、僅かな感激の裏に茫漠な絶望を忍ばせる。
もしかしたら、もうこの景色は見ることができないかもしれない。
シノが思うように、これが最初で最後に見る空かもしれないのだと……。