元勇者、現職死体運び〜戦うのはもう疲れたのでただひたすらにダンジョンを駆け巡ります〜
「あぁもう……!リック!回復薬はもうないの!?」
「あるわけない。勿論回復魔法も、傷口を洗い流す水すらないよ。」
「だよねぇ……。」
西アンガス迷宮八層の一角。アンデッド系の魔物が跋扈するこの場所では、二人の男女が途方に暮れていた。盗賊か魔導士でもいれば違うのかもしれないが、リックは剣士でエナは狩人だ。迷宮突入から約十日。食料も底を尽き、魔力も、薬もない。
この狭い空間にあるのはただ一つ、もう一人のパーティメンバーであるファウラの死体だけである。
「ねぇ、やっぱりどうにかならないの!?私達が死ぬのはどうだっていいよ、どうだっていいけどファウラだけは駄目でしょ!この子の装備に一体いくらかかってると思う?八十万ジルだよ!美味しいステーキ何枚分なのさ!」
「そうは言っても仕方ないだろ。ファウラ達重戦士の装備は脱がせない。だからあんなに屈強で身軽なんだ。まぁ……あっけなく殺されたけど。」
本来、ファウラ達重戦士は無敵の装甲を誇る最強の前衛職だ。ファウラの肌を覆い隠す漆黒の鎧は小柄な女性である彼女に着こなせるようなものではないが、重戦士は須く『重量無視』の加護を受けている。重たい鎧で身を守りながら踊るように剣を振る重戦士にとってほとんどの物理攻撃は無力。
しかし、呪いは例外だった。
ファウラの死因は呪殺。八層に入ってすぐに出会ったカースメーカーと呼ばれるアンデッド系の魔物に呪いをかけられ、数時間後になす術もなく息絶えたのである。あれからおよそ一日、彼女の体はすっかり冷え固まってしまった。
そのこと自体は、彼らにとって大した打撃ではない。前衛職が死んだ以上今回の探索は引き上げだが、帰還用の魔道具を使えばすぐにでも家に帰れるはずだった。
しかし、問題となったのはファウラの死体である。冒険者登録をしている者は死んでも二十四時間後に事前に登録した神殿にて蘇るようになっているが、それはあくまで肉体だけ。彼女が身につけている八十万ジルの超高級鎧はこの場に放棄され、二度と戻ってこない。勿論帰還用の魔道具を使った場合も同じ。自身の装備ぐらいは持ち帰られるが、百キロ超の鎧は流石に置き去りだ。
それを惜しんだのが最大の失敗である。
「後一時間。後一時間で例の業者が来なかったら諦めよう。ファウラが蘇るまでは後二時間。それまでの間に業者が死体を持って帰ってくれれば万々歳だが……。本当に大丈夫なのか!?街で近頃よく噂を耳にしていたから電話してみたが、迷宮内に潜って死体を回収する運び屋だなんて、とても信頼できない!」
「う〜私も同感。連絡魔法は何とか使う暇があったからダメ元で連絡してみたけど、私達がこの場所に来るまでで十日かかってるんだよ?どれだけ急いだって五日は絶対にかかる!私達が今すべきことは、理想の死に様を考えることぐらいだよ。それと、蘇った後の決め台詞。後この高級鎧の採算をどう取るかってのも。」
そう言って二人は顔を上げ、周囲を見渡す。
何もファウラが死んでからずっと動揺していたわけではない。ファウラが突如息絶えた瞬間、カースメーカーに呪いをかけられていた事を理解し、直ちに帰還を試みた。しかしファウラの鎧は彼女にしか扱えない。何の加護も持たないリック達からすれば引きずることすらままならない魔鋼鉄の塊。腰と腕を痛めながら数メートル進んだ所でエナがまず尻餅をつき、二人は今いるこの密室へと転がり落ちた。恐らくこの場所は迷宮内の隠し部屋、宝物庫か何かだったのだろう。宝を守る大量の魔物達に囲まれ、一瞬にして四面楚歌。やっとの思いで助けを求めることには成功したが、帰還魔道具を使う隙までは確保できなかった。
その時、待ち人は予想外の場所から現れる。
「あーらよっと!お待たせぇ!あー違う、まずはあれだ。こほん、安心安全!貴方の大事なお仲間も僕らにお任せ、アリウス特急のグレイ・オービスです!」
通ってきた抜け穴でも、魔物達が湧いてきた洞穴でもなく。迷宮内の石壁を打ち砕いて現れた金髪の青年は、言い慣れていなそうな口上を叫びながら朗らかに手を振り、魔物をかき分けてファウラの元へと駆け寄っていく。
「なるほど重戦士か。百キロ超って話を聞いてとんでもないデブかと思ってたが、これなら運びやすそうだ。脂肪と違って鎧は持ちやすいからな。」
背後に迫るスケルトンのことなど気に留めず、グレイと名乗った青年はファウラの鎧の下に手を回す。そのまま彼女を持ち上げ、体を捻って自身の背中へ。大きな鎧がグレイの背中を覆い隠し、縄でファウラを体に固定すると彼はそのまま走り出していった。
ここまで、依頼主たる二人のことは一瞥もしていない。
「ちょっとちょっと!あまりにも説明不足が過ぎない!?もしかしてこのまま帰る気なの!?私達は一体どうなるのさ!」
「あぁ?どうなるも何も俺の仕事はこの遺体をアンガスまで持ち帰ることだからな。そっちは勝手にやってくれ。そもそもそういう依頼だろ?」
「勝手にやってくれって……。いくら僕らが簡単に蘇るからって酷いだろ!死ぬ時は普通に痛いんだからな!」
「じゃあ着いてくればいい。安心しろ。背負ってる人間分の料金は貰うが、後ろを付いてくる人間からは金取らないぞ!」
「あ、待って!だからちょっと待ってってば!そもそもどうやってここまできたのさ!」
ああだこうだと文句を言う二人組には目も暮れず、グレイはスケルトンの頭を蹴り飛ばしながら先程開いた壁の穴へと駆け出していく。
重戦士にかけられた『重量無視』の加護はかけられた本人にしか効かない。それを背負っているグレイはファウラとその装備全ての重さを体感しているはずだが、彼の身のこなしは極めて軽快だ。
とにかく着いて行くしかない。その一念で、二人はグレイの背中を追いかけ始める。
「一応顧客だしな。良いことを教えてやろう。スケルトンを回避するコツはとにかく上を取ること。こいつらは骨だけだからな、可動域が狭いんだ。どれだけ立派な剣を持ってても頭上には攻撃できない。」
「じゃあついでにそうやって移動するコツも教えてよ!少なくとも私にはスケルトンの頭上まで飛び上がる筋力がない。それも何かの加護?」
グレイの移動方法は実に明快で意味不明だ。うじゃうじゃと蠢くスケルトン達の頭を足場代わりにしてピョコピョコと。とてもただの剣士とただの狩人に真似出来る物ではなく、二人は懸命にスケルトンを蹴散らしながら前に進んで行く。
先導の運び屋が魔物達の注意を一手に引き受けてくれている分多少進みやすいが、そう早くは進めない。
ノロノロと背後をついてくる二人の様には流石のグレイも痺れを切らしたらしく、魔導士に斬りかかったスケルトンの頭を蹴り飛ばした後、彼らに手を差し伸べる。
「時間がないな……。なぁそこの顧客達、いっそ追加料金を払わないか?俺が運ぶのは本来死人だけだが、今回は特別だ。」
「……はぁ?」
「報酬は後払い。くれぐれも動かないでくれよ。そう、死人みたいにな。」
そう言ってグレイは差し伸べた手を二人が掴むのを待たずして彼らを担ぎ上げ、ファウナ共々背中に背負い、これまでよりずっと早いスピードで走り出す。
あっという間に先程自身が空けた脇道を通って宝物庫から飛び出し、八層の階段方向へ。そのまま苔むしたそれを駆け上がろうとした時、背中の二人にとってよく見慣れた相手がそれを阻んできた。
「あ、あれカースメーカーだよ!気をつけて!奴の杖から出る黒球に触れたら呪いがかかる!かかったらどうなるかはよく分かってるでしょ!」
「なるほど。これは確かに面倒だが……これぐらい、どうにでもなる。」
四人。といっても今は皆グレイに背負われているから実質一人だろうか。カースメーカーは大きな塊のようになったそれを目視した途端、例の黒球を射出する。
速度こそゆっくりだが極めて不規則で予測不可能な軌道。回避するのは難しく、防ぐという選択肢を取ればファウラのように死に至る。
しかし、グレイの足は決して止まらない。
「これは業界の闇と呼ぶべき部分だがな。運送業者ってのは存外荷物を雑に扱ってる。要は、届けた時に無傷ならそれでいいんだ。」
この男は本当に血の通った人間なのだろうか。
グレイは背中に背負った三人の中からファウラの死体を右手でピックアップし、抱き抱えるような姿勢へと変わる。背中にはリックとエナ、前にファウラを抱えたグレイは止まることなく黒球へと突撃。
触れただけで呪いを与える黒球はファウラの死体に当たって弾け飛び、グレイはそのままカースメーカー本体の頭蓋骨を蹴り飛ばしていった。
「はっはっは!既に死んでる人間に呪いは効かないだろ!もし効いたとしても復活した後もう一回死ぬだけだ!」
それはそれは楽しそうに笑いながら、グレイは階段を登っていく。
最低最悪な方法ではあったが、八層最大の脅威であるカースメーカーは退けた。後は帰るだけだが、リックとエナに言わせてみればここからが問題だ。
ここに来るまでにかかった時間は十日。そしてファウラが生き返るまでのタイムリミットはもう一時間もない。
「おい君、君はもしかして本当にファウラの死体を無事に持ち帰るつもりなのか?どう考えても間に合わないだろう。」
「それを間に合わせるのが俺の仕事だからな。八層を抜けたとはいえ、ここで俺が諦めたらこの超高級鎧はこの迷宮内に放置だぞ?準備を整えて回収に来ても、その頃には魔物か、野蛮な冒険者に回収されてる。」
「それは、そうなんだが……。あまりにも非現実が過ぎるだろう。時間を捻じ曲げるつもりか?」
「もういいよリック。諦めよう。この運び屋、完全にイカれてるよ。」
「そこの狩人の言う通りだ。とにかく、俺に任せとけ。」
そう言いながらグレイは軽く腕につけたボロ時計を確認する。一応時間を気にしてはいるらしいが、表情にこれといった変化はない。
彼はあくまでもこの絶望的な依頼を遂行する気しかないのだろう。
そうエナが思った時、グレイは七層の階段とは正反対の方向に走り出していた。
「ちょっと、どこ行くの!?」
「ショートカットだ。確かに剣士の言う通り正攻法じゃ間に合わない。行きは重力があったから間に合ったが、帰りはそうもいかないからな。」
「重力?」
「あぁ。行きは地上から八層までデカい穴を空けて底を落ちてきた。階段の近くに穴は残ってるが、あれを登るのは流石に骨だからな。」
淡々ととんでもないことを口走るグレイに最早驚くこともできず、エナとリックは項垂れる。
「正統派のルートしか通らない冒険者は知らないかもしれないがな、迷宮の片隅には変な生態を持った魔物が多く生息してる。あそこに見えるウロボロスモドキもそうだ。」
「ウロボロス……?って、もしかしてあのウロボロス!?そんなのが生息してるの!?」
「違う。ウロボロスモドキだ。あの伝説の魔物同様双頭の蛇ではあるが、それ以外の部分がクソ雑魚で生涯のほとんどを土に埋まって暮らしてる。今日はこいつがーー抜け穴だ!」
七層の壁に体を埋め、怠そうに餌を待つウロボロスモドキ。その大きく開いた口にグレイはあろうことか突撃し、ファウラの死体は勿論背後の二人共々巨大な蛇の体内に飲み込まれていく。
「くれぐれも呼吸するなよ!ちょっと喋るだけで喉が焼かれるカラナッ、ゴンナフウ二!」
消化液に包まれながら、グレイは止まることなくウロボロスモドキの胃の中へと闖入し、ガラガラの叫び声をあげながら胃の壁を次から次へと蹴り付けていった。
そして数秒。リック達が肌の溶ける感覚を覚え始めた時、ウロボロスモドキの体内は激しく流動を開始する。足元から流れてくるありったけの魔物の死骸と汚い胃液。それらと共に、一向は上も下もない空間を流れ出ていった。
「ぷはぁっ!よし、何とか作戦成功だな。おい起きろ依頼主!」
「はへ?何、一体何が起こったの?」
「ウロボロスモドキの口から体内に侵入し、反対側の口から吐瀉物と一緒に出てきた。ただそれだけだ。見てみろ、どうやら間に合いそうだぞ。」
混濁した意識を覚ましながらエナが目を開くと、見慣れた階段が視界に入ってくる。これ自体は迷宮内のどの階層にもあるものだが、その横に記された階層表示は人の出入りが多い浅い階層にしかない。そして何より、その階層表示自体が、ここが一層であることを示していた。
「一層……。凄いな。あのモンスター、一層から七層を跨いで埋まってるのか。」
「全然気づかなかったや……。どこにこんなの隠れてたの?」
「迷宮にもちゃんと生態系があるからな。下層は屍が彷徨ってるし、上層には元気な魔物は勿論、戦いを避けたがる臆病な魔物も生息してる。戦ってばかりの冒険者は知らないだろうが、魔物ってのはどこにでも潜んでるものだぞ。」
体についたウロボロスモドキの唾液をタオルで拭いながらグレイはそう語り、最後の階段をゆっくりと登っていく。ようやく暗い迷宮の中に光が差し込んだ頃には、エナとリックの体は地面に突き落とされていた。
「ここまでくればもう大丈夫だろ。依頼はアンガスの宿屋までだったな。部屋のベッドに放り投げておくからそっちは神殿で蘇るであろうこの女を迎えにいくといい。」
「あ、あぁ。本当に助かった。鎧も、俺達も。君がいなかったら台無しだったよ。」
「追加報酬はしっかり納めてくれよ。元の依頼料の倍あれば十分だ。アリウス特急の事務所にでも送ってくれれば俺の手元に入る。」
二人を背負っていたことでずり落ちかけていたファウラの死体を背負い直し、グレイは今にも走り出そうとする。
命と財布の恩人である彼の背中を見ながら、エナはずっと抱えていた疑問をぶつけていく。
「あのさ、グレイはどんな加護を持ってるの?ファウラと私達を軽々と背負えるし、ここまで走っても呼吸一つ乱れてない。それにあの戦いぶりだってそう!冒険者でも何でもない一般人がどうしてあそこまで勇敢に走り回れるの?」
リック、エナ、ファウラの三人組は冒険者として活動して約五年の中堅。活動開始からずっとこの西アンガス迷宮を探索し、今回の探索で初めて八層まで到達した。アンデッドと戦うのも初めてだったし、そもそも迷宮の構造を把握していないから階段を探すのすら困難だった。こうした経緯があった上で、十日という長い時間を浪費してしまったのである。
しかし、グレイは違う。八層まで何の迷いもなく到達し、エナ達が知りもしなかった魔物の生態をフル活用。運搬を依頼してからたった数時間で無事依頼を達成しようとしている。
明らかにこの男は普通ではない。あるとすればとびきり強い加護を持っているという場合だけだ。
エナの困惑に満ちた疑問を受け、当のグレイは大層気怠そうに懐に手を入れ、一枚の紙を取り出す。
「そんなに気になるなら教えてやろう。こほん、あらゆる魔物を蹴り飛ばし!あらゆる人を幸せに!この世界の希望の星、勇者グレイ・オービス!今後ともよろしくな!」
先程までの気怠く荒っぽい雰囲気はどこへやら。最初に出会った時の無駄に明るい自己紹介の口調のままに明かされた正体は、一介の冒険者にすぎないエナ達が腰を抜かすには十分だった。
元勇者、今は死体の運び屋。
迷宮を駆け巡るのは、何も冒険者だけではない。