合言葉は
ぽひゅん、と音を立てて、俺の手のひらから出た炎が消える。
「はい一秒。雑魚中の雑魚」
「ぐぬぬ」
ばっさり切り捨てる高白さんは、「見てろよ」と言って、手のひらを宙に向けた。高白さんの体が、淡く発光する。
「お前は溜めが足りない。これは極端だが、体から魔力が漏れるまで我慢するんだ。それから、魔力を放出」
ぼっ、と空に向かって発射される火の玉……それを瞬時に水の魔法で打ち消すミリィ先輩。
「慣れると、放出する用の魔力をストックできるようになるよ。こんなふうにね」
今度は、高白さんが「ぐぬぬ」と言う番だった。
突然始まった魔法学の授業。
俺の「強くなりたい」という青臭い言葉を聞いた二人が、ノリノリになった結果である。
「ていうか、二人とも転生者なんですよね? 俺の魂は濁ってるのに、二人はなんで魔法の出力が高いんですか?」
ミリィ先輩や、高白さん……この場合は、レイド・フォールは、この学院の生徒の中でも特に優秀な部類に入る。それこそ、アーネルやシェルヴァみたいに。
どちらも俺と違って、教師からの覚えが良く、だからこそミリィ先輩は、学院からこのような一室を与えられて、研究に励んでいるわけなのだが。
「不公平ですよ、なんで俺にはチートがないんですか!?」
「チートがないっていうか、俺としては、君にデバフがかけられてるようにしか見えないんだよなぁ」
「私も同意見だよ。こうしてみると、単に転生者だから魔力が弱いというわけではなく、何か別の原因があるようだ。良かったねクーシュルト君、これで君にも、強くなる目ができた」
「それは良いんですけど、それって、家系が関係してるとかじゃないですよね」
俺は一つの仮説を思いついた。
「純血主義の考え方みたいで嫌ですけど、転生者にはデバフがある。だけど、先輩や、高白さんの家みたいに、純血の人たちはそのデバフがあっても魔力の強さで補ってる……みたいな」
「「……」」
二人とも黙ってしまった。どうやら、薄々感じていたことらしい。
「努力する意味!!」
俺は、床に拳を打ちつけた。
「あんたらにデバフがかかってそれだったら、俺はマイナスの状態じゃないですか!」
「だ、大丈夫だよ草葉君。ほら、ミリィ先輩に教えてもらった闇市で買った魔道具、あれを使えば、少しは魔力を補える……かも」
「それが」
「あ、持ってるんだ」
俺が懐から出したそれを見て、高白さんは、驚いたようだった。
なにせ、それは元の形ーー炎魔法と相性が良い赤燈石が嵌め込まれた木の箱、ではなく、無惨にもバラバラに壊れてしまった木片を、袋に入れたものだったからだ。
机の上に置かれた木片を手に取って、ミリィ先輩は、「ふむふむ」と頷いた。
「質自体は良さそうだが、どうしたら壊れたんだい?」
「毎夜魔力を込めてて、学院から帰ってきたら、こう、ばきっと」
「ばきっと。へぇ、ばきっと、ふ、ふふふっ」
「どーぞ笑ってください。持ち主の魂を融合する危険性を孕んでいる魔道具を、三日で壊す魔道具音痴です」
もう、これ、生業にしようかなと思うレベル。
「解呪屋とかやっても良いかもしれないですね。呪いのアイテムも粉々になるかも」
けっこう需要がありそうである。俺は、風の魔法で、木片を集め、元の形を再現しようとするミリィ先輩を見ながらそう言った。
「普通の魔道具だと反応がないから、ちょっとヤバい魔道具に手を出してみたんですけど。ご覧の有り様ですよ」
対価を要求する闇の魔道具様でさえ匙を投げ出すレベルなのである。
「今度は、体の一部を持ってかれる魔道具に挑戦してみようと思います」
「それはやめておいた方が良い、ホンモノの魔道具は、魔力に飢えているからね。クーシュルト君の微々たる魔力だって、食い物にしてくるよ」
「ミリィ先輩への“お土産”だって、危なそうだったじゃないですか」
俺が闇市におつかいに行った時に買ってきた、“邪竜の瞳”という石が嵌められた指輪。ミリィ先輩は、大切に大切に保管箱に入れているが、見るからに禍々しい。
「あれは良いんだ……あれは、いざとなった時に使う切り札だからね」
「切り札?」
「私の研究室を潰そうとする教授あたりにでも使おうと思っている」
「この先輩怖……」
おかしい、ミリィ先輩の中の人は、階段から落ちて死んだ、ミリィ先輩を演じる人なのに。どうして現代日本から転生してすぐに馴染めるんだ、この人。倫理観はどこに行ったのだろう。
「あっ、クー! 探してたんだよ! また、レスタドーマ先輩の研究室にいたね!?」
「お、シェルヴァ。やっ」
ほー、と言い切る前に、シェルヴァによって、転移魔法を使われる。廊下にいた俺は、シェルヴァによって、寮部屋へと転移させられた。
「どうしたんだよシェルヴァ、そんなに慌てて」
「慌てるに決まってるだろ! クー、今すぐどこかに隠れろ。研究室はダメだぞ、あそこは見つかってしまうから」
「どこかって、どこに。ていうか、誰から?」
「もちろん、生徒会の……くそっ」
舌打ちするシェルヴァは珍しい。俺をベッドの下に押し込めて、シェルヴァは「声を出すなよ」と言って、俺に何かの魔法を掛けた。たぶんこれは、隠蔽魔法だ。
そのすぐ後にノックが聞こえて、シェルヴァと、もう一人の話し声が聞こえた。
「生徒会の方が、ここに何の用ですか?」
「お前、匿ってる奴がいるだろう?」
生徒会、ラッカー書記の声じゃない。なんだこの不遜な声。
「いません。俺は今、気分が悪いんです。帰ってください」
「嘘が下手だなシェルヴァ・ラースエリ。不毛な血を匿えば、ラースエリの名が泣くぞ?」
「そちらこそ。たった一人の純血主義者に踊らされて、生徒会長ともあろう方が、プライドは無いんですか?」
「いいや、まったく」
会話には、緊張感が漂っていた。
察するに、これ、ミリィ先輩の言っていた、魂が不完全な人間狩りっぽいな。この前ラッカー書記に会っても何にもされなかったから、なんとかやり過ごしたと思ってたんだけど。
まあ、俺はすごい血筋のアーネルの幼馴染らしいので、狙われもするか。
それにしても、生徒会長直々に俺を探しにくるとは。こういうのって、なんか密かにやりそうなイメージだけど。
そんなことを思ってるうちに、どうやら、シェルヴァはやり過ごせたらしい。
「情なんて捨てた方が、楽になれるぜ」
捨て台詞を吐いた生徒会長が帰って、ドアを閉める音が聞こえた。シェルヴァはしばらく無言だった。
「帰ったぞ」
生徒会室には、誰もいなかった。
「俺を動かしておいて」
生徒会長であるギルト・エバンスは、先程のことも相まって、ひとつ溜め息を吐き。あまりにも業務に差し障りが出るようなら、しばらく部屋を使用禁止にしようと決意しつつ、奥にあるドアを叩く。
このドアは、押しても引いても開かない。魔法で作られたドアである。
中からは、小生意気な書記の声がした。
「合言葉は?」
なんでこうも、毎回毎回、この台詞を言わなければいけないのか。
頭が痛くなる思いをしながら、ギルトはそれを唱えた。
「“二人で遊んだ海は楽しかったね”だ」