学食へ行こう!
夢を見た。
俺とそっくりの人間が、まったく別の人生を歩んでいる夢だ。
これは、あったかもしれない可能性。俺という不純物がなければ、クーシュルトという少年の人生は、才能と人望に恵まれて、今よりマシだった。
クーシュルト・ルーサーという人間は、草葉久道によって人生を壊された。もっと言えば……殺されてしまったも同然だ。
ただの、復讐の器にされてしまった。
真っ暗闇にぼうっと浮かび上がる少年は、俺のことを、憎しみを込めた瞳で睨んでいた。
こんなこと言っても仕方ない。けれど俺は、言わずにはいられなかった。
「ごめんな」
ラッカー書記との最悪な出会い方をしてから数日。俺の生活はいつも通りだった。
いつも通り、アーネルや、シェルヴァと一緒に登校して、ミリィ先輩(前世の名前は教えてくれなかった)が物騒な話をして。
今日も充実した一日だったと、俺はベッドにダイブしてーー
「いや、ホワイティー・ハイの正体ぜんっぜんわかんねぇ!!」
一応、学食に行く時も、あの夜に王都で見た、それっぽい体格の生徒を探していたりするのだが、まったく見つからない。
ホワイティー・ハイは魔法を使えるから、この学院の生徒だと踏んでいるのだが……もしかして、学院の生徒じゃない?
「いや、貴族だけが魔法使いの世界で、あの年齢で、王都にいて、学院関係者じゃないわけがない……」
枕に顔を埋める。くそ、実家の枕と違って高級だな。さすがは王国一の教育機関だ。
転生したことを自覚した六歳。俺は、自分がどういう立ち位置にあるのか、この世界はどういう歴史で成り立っているのかを把握しようとした。
いくらゲームっていったって、まずい立ち回りをして、すぐにゲームオーバーになったらつまらないからな。
クーシュルト・ルーサーというキャラが、どんな境遇にいて、ゲーム内においてどういう役割を求められているのか。それを、親に聞いたり、家にある本で学んだのだ。
……結論として。
この世界は、だいぶ狂っていることがわかった。
純血主義や、差別主義がはびこるのにも、それ相応の背景というものがある。
“魔法使いは夜に生きる”。
その言葉を唱えたのは、遠い昔、穏健派と呼ばれた人物だが、そいつはとんでもない聖人だ。俺がその時代に生まれていたら、綺麗事を吐かすなとぶん殴っていただろう。
なにせ昔は、ちょっと魔法が使えるだけで、迫害迫害迫害の嵐。現代の純血主義のように、ちょっと魔法使いの血が混じってたらアウト。すぐに粛清されてしまう。
そんな、血の時代が魔法使いにあったわけで。純血主義の系譜を辿ると、理不尽な迫害に立ち向かった、いわゆる“英雄”たちに突き当たる。
“英雄”たちは、同胞がこれ以上殺されないように、魔力を持たない人間を殺し始めた。
魔法使いは、血を交わらせる度に強力な力を手に入れていったから、普通の人間を殺すことは容易かった。
だが、“英雄”というものは、殺し過ぎれば、仲間たちからも恐れられるし、反発も湧くわけで。
この状況を憂えた穏健派の魔法使いと、穏健派の普通の人間が手を取り合い、“英雄”を無効化。魔法使いと人間には、不戦協定が結ばれて、平和協定が結ばれた。
長い年月をかけ、ついには俺のような、魔法使いと人間の血を受け継ぐ存在が生まれたわけである。
ところで、協定を結ぶにあたり、魔法使いには、特権が認められるようになった。すなわち、“貴族”という位である。
隣国の侵略から、普通の人間を守るために特権を与える。
そんな文面を読んだが、それは建前だろう。協定は、魔法使いに有利なように結ばれている。この時代にまで湧く純血、差別主義者の鬱憤を晴らすために、魔法使いを優位に立たせるしか策がなかったのだろう。
だが、おかげで俺は、平民……いわゆる魔力を持たない人間が就職していく中で、学校というモラトリアムを手に入れることができた。
話を戻すと、ホワイティー・ハイは、絶対に、学院の関係者に違いない。
俺と同じくらいの年齢で、魔法が使える貴族で、王都にいるなんて、学院の関係者以外には考えられないのだ。
「とはいっても、学院生って、けっこういるんだよなぁ」
選ばれた魔法使いとはいっても、「国中から」という条件がつく。これが地方の学院なら生徒一人一人をあたったんだろうが、この魔術学院となるとそれは難しい。
「あーあー! 誰か、この人がホワイティー・ハイだって教えてくれないかなー!」
他力本願という言葉は、決して悪い意味はない。むしろ、信頼を表した良い言葉である。
俺に、神様仏様みたいな助っ人がいてくれたら良いのだが。
たぶん、俺を転生させた神様は、そんな都合の良い展開を用意してくれないだろう。
「……転生」
がばっ、と、俺は枕から顔を上げた。
「そうか、ホワイティー・ハイも転生者だった!!」
「ミリィ先輩、俺と学食行きませんか?」
「何を言ってるんですか、あ、間違えた。何を言ってるんだい、クーシュルト君」
ミリィ先輩は、ミリィ先輩の演技を続けたいようで、ほわわんとした前世の顔から、キリッとした顔になった。
何らかの液体が入ったアンプルを、シャーペンの要領で手元で回している。非常に危ない。
俺は、蜘蛛の巣と暗闇でできた室内をぐるりと見回した。いつか、掃除に来ないと。
「こほん」
ミリィ先輩の咳払いが聞こえて、俺は組み立てていた掃除プランを一旦脳の奥に追いやった。
「何か、企んでるだろう、君」
「べ、べっつにぃ」
ホワイティー・ハイのことを話しても良いが、これ以上、彼女を巻き込みたくない。
「俺はただ、尊敬するミリィ先輩と、昼ごはんを一緒に食べれたらいいなーって思って」
「ノエット君と、ラースエリがいるじゃないか」
「あいつらは取り巻きと一緒に食べてるから大丈夫っす……たぶん」
本当は、アーネルとシェルヴァに、昼飯を一緒に食べようと誘われている。だが、廊下ならともかく、人がたくさんいる食堂で、俺は注目をされたくない。許せ幼馴染たち。
「私、嫌われ者だから、草葉君も嫌われちゃうよ」
「もうすでに嫌われてるんで大丈夫っすよ! ねっ、先輩、一緒に昼飯食いましょうよ!」
「……うん」
ミリィ先輩は、こくりと頷いてくれた。俺は、心の中でガッツポーズ。
ーーよし、これで先輩の目を借りれる。
ホワイティー・ハイが弁当派だったら徒労だが、上流貴族が多いこの学院では、圧倒的に学食派が多い。
人がたくさん集まる学食で、先輩の目を借りて、ホワイティー・ハイを。
ーー絶対に、見つけてやる!
はず、だったのだが。
「クー。私とシェルヴァのお昼ご飯は断って、その身元不明な人とのお昼ご飯は優先するんだ」
「お生憎様。幼馴染という強い絆をも、私たちは凌駕するのだよ」
頬を膨らませるアーネルと、煽るミリィ先輩。
「どうしてこうなった」
俺は、虚無顔にならざるを得なかった。