死者への手向け
「生徒会に連れてかれる、ねぇ……」
正直言って、しっくりこない。ちょっと前まで現代日本の住人だった俺は、生徒会にそんな権力があるとはとても思えない。ちょっと前というか、十二年前だけれど。
「生徒会、生徒会……」
ぼんやぁり、と輪郭を結んでいく。生徒総会とか、そういうのが一度あった気がする。入学式で生徒会長を見たような気がする。
だが残念ながら、この世界をボーナスステージ扱いしていた俺が、彼らの顔をしっかり覚えているわけがなかった。
「どんな奴らだっけ、生徒会って」
「はぁ……しょうがないですね草葉さんは」
ミリィ先輩(のふりをした転生者)が肩をすくめる。溜め息を吐かれるのが多かった前の人生。だけど、ミリィ先輩の溜め息は、不思議と。そう、不思議と、俺にとって心地の良いものだった。
ミリィ先輩は、何かの生物の骨で作ったおどろおどろしい椅子から、ぴょんと降りて、俺の前まで来た。今更だが、この人、本当の美少女だ。猫のように目を細めて、嗜虐性を感じる口元を吊り上げる。
「イケメンの集団です」
「は?」
だが、放たれたのは、残念なワードだった。こっちが呆気に取られていることに気づいてないのか、ミリィ先輩は自信満々に言う。
「だから、イケメンなんですってば。ラースエリ家のお坊ちゃんくらいの」
「え、それだけ? もっとこう、特徴とかないの?」
「イケメンということしか覚えてないですね」
「よくそれで俺に溜め息つけたな!」
「で、そのイケメンの集団なんですけど」
「話進めんだ」
……ミリィ先輩が語ってくれたことによると、イケメンの集団は、最近、とみに過激思想が悪化してきたらしい。
過激思想というのは、差別主義、純血主義だ。この二つは、よく魔力を持たない人間の間で同じように捉えられがちだが、全然違う。
差別主義は、魔法使いであらずんば人にあらずのスタンス。純血主義は、魔法使いは魔法使いでも、ちょっと魔力を持たない人間の血が混じっていると人にあらずのスタンスである。
つまり。
俺ことクーシュルトくんは、差別主義者には許されるが、純血主義者には許されない。魔法を使えるから、魔法使いには違いないのだが、完全な魔法使いの家系ではない。つまり、何代か前、魔法使いと、魔力を持たない人間とで結婚をしているのである。
「困ったことに、生徒会の今の思想は、純血主義なんです。今年入った書記の一年……トレシュ・ラッカー。彼が、生徒会の思想をより先鋭化させてしまった」
ミリィ先輩は、自分の目の下を指で触った。
「とはいえ、生徒一人一人の家系を調べ上げるのは、骨が入ります。それなのに、彼らは非常に早いペースで生徒を選別している。ということは、私と同じ目が備わっているんでしょう」
「じゃあ、俺が連れてかれるっていうのは、転生者だからってわけじゃなくて」
「魂が不完全な人間が連れていかれるという意味です。でも、転生者だからこそ、前世の魂の主張が強くて、より魂の不完全さが際立っているので、生徒会に目をつけられる確率は高いですね」
ほ、と俺は息を吐いた。さっきのミリィ先輩の言い方だと、まるで、生徒会が転生者狩りをしているような言い方だったからだ。
「というか、ミリィ先輩、よくそんなこと知ってますね? ふだんここに引きこもっているのに」
「引きこもっているわけじゃないですけどね」
「?」
「なんでもありません。とにかく草葉さん、生徒会に御用心! ですよ? ぜったい、ぜーったい、声をかけられても、ついてっちゃだめですからね」
という会話をしたのが昨日のことである。
「クー、すごい汗」
「気のせいじゃない?」
右横に座ってるアーネルが、さくさくとクッキーを齧るのに、小動物的な癒しを感じながら。俺は目の前の難題に向き合った。
なるほど、これはイケメンである。
優雅に紅茶を飲みながら、トレシュ・ラッカー書記は、だるそうに笑った。
俺にとって幸運だったのは、この呼び出しが、アーネルに対してだったということ。俺の魂がどうのではなく、ラッカー書記が、アーネルに興味を持って呼び出ししたのである。
というのも。
「これは勧誘だよアーネル・ノエット。君も、生徒会に入らないか?」
「なんで?」
「俺の方を見て言うな」
有無を言わさず連れてきた俺の方を見て言うアーネルに、俺はそう言ってやった。
声もかけられてないし、ついていってもない。突然俺のクラスに来たアーネルが、俺を連行しただけである。よって俺は悪くない。
「知っての通り、我々生徒会は、魔法使いのための魔法使いの世界を創ろうとしている」
なんか壮大なことを語り始めてしまった。フィクションみたいな生徒会だ。十二歳の中坊のナリをして。お前、たぶん俺より年下だろ?
「だからこそ、君の力が必要なんだ。優秀な君の力がね。協力してくれないかな?」
「クーも入っていい?」
アーネルの一言で、トレシュは盛大に眉を顰めた。
「……彼はダメだ。彼の血は、汚いからね」
「そう。じゃあ、入らない。いこ、クー」
「おい、アーネル?」
仮にも、生徒会の書記様だぞ? しかも過激思想持ちだし、ていうかアーネル力強っ。
そっとラッカー書記の方を盗み見れば、それはもう烈火の如く怒っていた。俺の方を見て。
ばたん、と生徒会室から出て、アーネルは、ふう、と息を吐いた。
「おい、アーネル。大丈夫なのか?」
なんか、報復とかされない? びくびく震える俺の両頬を挟んで、アーネルは、何を考えているかわからない顔で……笑った。
「うん。これで、正解」
一人になった部屋で、トレシュ・ラッカーは、相変わらずだるそうに天井を見た。
「一筋縄では行かないか」
アーネル・ノエット。純血主義者たちの勝利の女神。創世の魔法使いの血を引く少女。
「ノエットは、ぜひとも手に入れなければならない……僕たちの悲願として……それがせめてもの、死者への手向けだ……」