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これが本当の、ボーナスステージ

そんなわけで、俺は異世界に転生した。


俺はこの転生を、ボーナスステージだと思っている。最後まで良い人を頑張った俺への、神様からの贈り物だ。


部屋にある姿見の中には、黒髪の少年が佇んでいる。それなりに顔が整っているこの少年の名前は、クーシュルト・ルーサー。下流貴族ルーサー家の長子で、今は魔法学院の一年生。


他人事みたいな説明だが、先述したように、俺はこの転生を、ボーナスステージだと思っている。たとえるなら、俺はゲームにおいて、クーシュルトというキャラを操作するプレイヤー。


小さな頃は、プレイヤーとすら思っていなかったから、よく死にそうになっていた。


ここは夢の中で、俺は実は生きている。熱したやかんに触れた指は火傷することがない……なんて思って触れてみたり、森の中の猛獣に襲われてみたり。今思えば無謀なことをしたものだが、俺は本当に、この現実を、夢だと思っていたのだ。


だけど、指にはひどい水ぶくれができて「あれ?」と思い、猛獣の爪に体を抉られた時には、まじで死ぬかと思って泣き叫んだ。正直言って、それもリアルな夢だと思っていたのだが、俺にとびついて、俺以上にわんわん泣く幼馴染の体の温かさで、ようやくここが、俺の次の人生の舞台なのだと自覚した。


そりゃ、最初は俺も、自覚したところで期待はしたさ。チートにハーレム。せっかく異世界転生して、魔法のある世界に来たんだから、なんか主人公っぽいことができるようになるんじゃないかと。

だが俺には。


「クー、遅い」

「ふふ、また寝坊したのかい?」


俺の前には、圧倒的主人公が二人いた。




一人は、アーネル・ノエット。


赤髪の巻き毛が特徴的な、上流貴族のお嬢様。


なぜか俺のいる田舎村で暮らしていたが、このたび王都の名門魔法学院つまりここに入学することに。


「やっぱり、クーには私がいないとダメね。私のお世話係にして、しゃっきりしてもらわないと。私がクーのお世話係になるのも悪くないかもしれない」

「悪くないかも、じゃないんだよ」

「なんで? クーは私と寝るのやだ?」

「ばかっ……」


寮からそれぞれのクラスに向かう途中。俺たち同郷組は、そんな他愛もない話をしていた。


爆弾発言をするアーネルの口を塞いだ俺だが、時すでに遅し。陰口と直接の罵詈雑言が、周りから聞こえてくる。


魔法の才能がある美少女アーネルちゃんは、俺から言わせれば、危機感のない箱入り娘である。俺たちは十二歳。色恋とか知っても良い年頃なのに、この幼馴染は平気でベッドで一緒に寝ようとしてくる。


昔はガキンチョだったから一緒にベッドで寝たりしたけど、今は違う。


「あのなあ、アーネル」

「アーネル、クーが困っているよ」 


説教かまそうとした俺に助け舟を出したのは、主人公であり、幼馴染その二。シェルヴァ・ラースエリ。


領主の息子で、絵本の中から飛び出してきたような王子様然とした男である。


「クーだって、男の子なんだよ?」


前言撤回。最低である。 


シェルヴァが、不審な目で見ている俺と、はてなマークを頭上に浮かべているアーネルの肩に腕を回す。


「それに、君たちがそういう関係になったら、俺は寂しいなあ」

「馬鹿かお前。そういう関係になるのは、お前とアーネルの方だろ?」


俺に向かって陰口叩いてる奴らは、きっとそれを望んでいる。俺としても、その方が良いと思っている。見目麗しい幼馴染二人が一緒になって、世界に恒久的な平和をもたらしました。めでたしめでたし。そんなエンディングを見たいと思っている。


俺? 俺はスローライフに転向かな。テキトーに学校卒業して、魔法を使える人が少ない田舎で、崇められて暮らすのだ。




二人にふさわしい人間になろうと思ったことは、何度もあった。だけど、一年生にして、俺はそれが無理なことだとわかった。 


「相変わらず、君の魂は穢れているねぇ」


放課後、訪れた秘密の教室で。俺が触れたつるりとした玉に指を走らせて、先輩はそんなことを言った。


この先輩とは、俺がこの学院に入学した時の“悪あがき”によって出会った。 


ミリィ・レスタドーマ。俺が前世に趣味で読んでたラノベの登場人物の名前と同じだから、名前の面では好きだ。だが、マッドサイエンティストな面があるので好きになりきれない。 


「直接心臓に魔力を注ぎ込んだらどうだろう。ちょっとそこの台に横になってくれないか?」

「お断りします」

「ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」


目をギラギラさせて言ってくるの、やめてくれないかな。


白衣、ポニテ、眼鏡。属性過多の先輩は美人だが、魔法学院きってのやばい人間である。


「んー、君は切らせてくれないかぁ」

「は、ってなんですか。は、って」


そんなことを言う先輩のかたわらには、夥しい魔法生物の死体が積まれていた。先週見た時より増えている。


「魂の実験だよ」


俺の視線の先を見て、ミリィ先輩は微笑んだ。 


「魂に、魔法を付与させるんだ。そうすれば、君のように穢れた魂でも、ラースエリのように、完全体になることができるよ」

「ただし命の保障はない」

「大丈夫! クーシュルト君だったらできる!」

「そんな力強く言われても、実験台にはなりませんからね」

「ちぇー、ケチ」


殺されそうになるのを拒否しただけなのに、この言われようである。


「ま、今みたいな落ちこぼれに飽きてきたら、いつでも言ってくれよ。喜んで、君の体、切ってやるからさ」




ミリィ先輩によると、俺の魂は、穢れていて、それ故に魔法がうまく使えないらしい。だから、俺の魔法は、皆よりも出力が少し劣る。場合によっては、必要な魔力を集められず、魔法は失敗に終わる。


『クーシュルト君の魂の素材は一級品だが、何か別のものが混じっている』


ちなみに、ミリィ先輩の目はとても良いらしく、本当は、玉なんか使わなくても、その人の魂の状態がわかるらしい。便利だな。


『その別のものが、君の成長を阻害している。興味深いな、解剖しよう』


余計なことまで思い出してしまった。


とにかく、そのミリィ先輩の言葉を聞いた時、俺はぴんときてしまった。


クーシュルトが魔法をうまく使えないのは、前世の俺、草葉(くさば) 久道(ひさみち)の魂が残っているからなのだと。


つまり、俺が魔法をうまく使えるようになるには、クーシュルトという才能の塊を汚している草葉久道を消滅させなければならないわけだ。


転生したのは良いが、その転生が足を引っ張っている。チートは確かにあったが、前世の俺が邪魔しているのだ。




そんなわけで、俺は無双とかを諦めた。ボーナスステージだと割り切って、幼馴染が立派に主人公として成長していくのを見守ることにした。


魔法は使えないわけじゃないし、この世界で魔法を使えるのは貴族だけだし、優位性はある。食うに困ることはないだろう。


俺はゲームのプレイヤーとして、クーシュルトにそれなりの青春をお届けすれば良いだけである。



そう、思っていた。






マントの下は全裸で、これが噂の露出魔なのだと、理解した。近頃王都を騒がしている怪盗、ホワイティー・ハイ。


夜の闇で、かつ、仮面を被った奴の顔はわからないが、否が応でも見てしまった体つきから、俺と同い年か、少し下あたりだということがわかった。


「人違いでは?」


婦女子の前に現れては、ブツを見せていくホワイティー・ハイ。奴が現れた時の俺の第一声はそれだったが、奴は首を横に振った。


「いいや、君で合っているはずだよ……真実を知りたくないか?」

「真実?」

「そう。“雪桐事件”の真実を」


その言葉を聞いた途端。




俺、草葉久道は、もう画面の外にいなかった。


気がつくと、夜の王都にいて、暴れる心臓を押さえつけながら、ホワイティー・ハイを睨んでいた。


「なんでお前が、それを知っている?」

「決まってるだろう。僕は雑誌記者だったんだよ。君より後に死んだ、ね」







 

『ここで臨時ニュースです。都内のホテルで発見された女性の遺体は、人気小説家のーー』


テレビの中で読み上げられる名前と、映る無愛想な写真。草葉くん、と、彼女の声がこだまする。


『ごめんね、巻き込んで』


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