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ドルガン・パーシにとってのミランダ・ペンス

ドルガン・パーシのお話です。

十二歳の頃


 両親に連れられて園遊会に参加した。

 子供は子供達だけの集まりがあり、メイドが側に付くという約束の上で、社交に励んでいた。


 少し人見知りなのもあってどこの輪にも入れず、端の方のテーブルに座って一人お茶を飲み、お菓子を一人黙々と食べていた。

 すごく美味しい。


 楽しげな女の子の笑い声が聞こえ、なんとなく笑い声の方に視線をやる。

 幾重にも人垣ができていて、その中心にいる女の子を見て雷が落ちた気がした。


 メイドのリリに「あの子が誰か分かる?」そう聞いたが分からず「聞いてきます」と言ってリリが私の側から離れて行ってしまった。

 一人で待つのは心細かったけれど、楽しげに笑う女の子の姿を目で追うとその不安も消えた。


 声を掛けてみたいな。話してみたい。

 立ち上がりかけては腰を下ろし、あの人垣を越えることは出来ないと諦めた。


 リリが帰ってきて教えてくれたのは。

「ミランダ・ペンス伯爵令嬢、十歳だそうです」

「ミランダ・・・」




十三歳の頃


 ミランダのことが気になってからというもの、両親に連れて行かれる社交会が嫌いではなくなった。

 頑張って人見知りも少しずつではあるが、改善してきている。リリには笑われるけど。

 

 ミランダのいる集まりはいつも笑い声に溢れている。

 話しかけることは出来なかったが、見ているだけで心が温かくなった気がする。


「そんなに気になるならキールに調べていただいたらどうですか?」とリリが言うので、家令のキールにお願いしてミランダのことを調べてもらうことにした。

 キールの報告書には、既に婚約者がいて仲もいいようだと書かれていた。


 この時の胸の痛みの理由を私はまだ知らなかった。

「多分それはドルガン様の初恋なのかもしれません」

「初恋?」

「ミランダ様を見かけると心が弾んで嬉しくなり、姿が見えないと目で探し、見当たらないとがっかりする。それが恋だと思います」


 リリの言うことに一々納得してしまった私はこれが恋だったのかと、恋に破れてから知った。


「リリ、苦しいね」

「そうでございますね」

 そっと背中を撫でられて涙が出そうになったけれど、グッとこらえた。




十四歳の頃


 やはり子供達が集まるとミランダは人垣の中心にいた。

 時折、ミランダより少し年上のとても綺麗な顔をした男が側にいる事が多くなった。

 彼が婚約者なのかな?

 楽しそうなミランダを見られて嬉しいのか、側に居る男を見て辛いのかよく分からない。

 嬉しいと感じるのに、胸が痛くて仕方なかった。




十五歳の頃

 

 学園に入学して、両親の社交に付いていくことが無くなって、ミランダに会えなくなってしまった。


 自分が未だに初恋を引きずっていることを情けなく思うけれど、ミランダの笑顔が瞼の裏に思い浮かんだだけで幸せな気持ちになるので、仕方がないと諦めてゆっくりと恋心を育てていた。




十六歳の頃


 ミランダの横に時折立っていた男と同じクラスになった。

 ベーゼ・ハイエンスという名の男だった。

 綺麗な顔に頭一つ抜き出た長身にハイエンスを見ては女子は噂に事欠かなかった。


 ハイエンスは男子も女子にも()(へだ)てなく一定の距離を保ち、付き合っていた。

 特別仲のいい男子も居らず、特別仲のいい女子も居なかった。

 

 時折噂で、ハイエンスが告白されていたのを見たとか、女の子が泣いていたと聞くことがままあった。




十七歳の頃


 父の友人の息子の結婚式に招待され出席すると、ミランダが新婦の親類席に座っていた。

 一年と二十三日ぶりに見たミランダは背も伸びて、とても美しい女の子になっていた。


 結婚式はそっちのけで、斜め前方にいるのをいいことにミランダをずっと眺めていた。

 嬉しくて仕方ないのに、胸が苦しくて仕方なかった。

 彼女を忘れてしまいたい。

 忘れられたらどんなに楽だろう。


 子供の頃、人見知りなどせず話しかければよかった。

 そうしたらすれ違いざま、挨拶くらい出来たのに。

 後悔ばかりが押し寄せる。


 それでも臆病な私はミランダに声を掛けることも出来ずに、幸せで、苦しい一日が終わった。




もうじき十八歳の頃


 ミランダが入学してきた!!

 時折すれ違う事がある。

 距離が近づくと胸はドキドキしてキュゥッと引き絞られる。

 あからさまに見ていると思われるのが恥ずかしくて目の端で追いかける。

 

 同じ年だったら、三年間彼女を見ていられたのにと悔しかった。



 とうとう私の婚約話が持ち上がってしまった。

 今まで父に断っていたが、いよいよ断り辛い。

 

 ミランダへの恋しい気持ちを打ち明け「この恋を忘れるまで婚約は出来ない」と父に許しを()うた。

 父は「貴族というものは感情に左右されてはいけないよ」と言いつつも、婚約の話を断ってくれた。


「その恋が終わらなかったらどうするんだい?」

「分かりません。間に合わない時が来るのかもしれませんが、私が一生一人だったとしても困るのは母上くらいでしょう?」

 父はひとしきり笑って「そうだな」と言った。




十八歳卒業間近の頃


 ハイエンスが騎士団の訓練参加中に、第二王女に見初められたという噂が学内を走り抜けた。

 卒業後には第二王女の護衛に付くことが決まったとも。

 新卒ですごい出世だと皆にからかわれるハイエンスの姿が時々見られた。

 ミランダも誇らしい気持ちなのかな?



卒業式


 ミランダがハイエンスにエスコートされ、はにかんだ笑顔を見せている。

 幸せそうな笑顔に時折影が差しているような気がする。

 何かあったのかな?


 彼女の顔を見ることは叶わなくなる。そう思ったら涙が零れた。

 何人かは涙をにじませていたので、目立たなかったと思いたい。

 ミランダに見られなくて良かった。

 嘘だ。見てもらいたいし、気にかけてほしい。


 苦しい。

 辛い。

 胸が痛い。

 でも、会いたい。

 ミランダ・・・毎日、君に会いたいよ。


 パーティーが終わって自宅に帰り、お風呂の湯の中で声を上げて泣いた。




出勤


 王宮の一角にある各種の手続きをする場所に就職することができた。

 配属されたのは平民の苦情係。

 平民からの陳情を聞いていると貴族の横暴さには、胸が悪くなる。

 真摯に話を聞き、裏取りをして話を上に上げる。それだけの仕事だったけれど、私にはやり甲斐がある仕事だった。


 半年ほどで別の部署に移されることになり、上司に「何故ですか」と聞いたら「真面目に働いてくれているから、どの部署でも仕事ができるように順番に移動してもらう」と言われた。


 意味がよく分からなくて曖昧な返事をすると「誰かが休んだときに助っ人に入れるようにすべての業務を覚えてくれ」と肩を叩かれた。




二十歳の頃


 恐れていたミランダの結婚の話が持ち上がった。

 とうとうミランダはハイエンスと結婚するんだ。

 ミランダのウエディングドレス姿が見たくて、どこからか見られないものかと考えた。

 頭のどこかで苦しくなるから止めておけ。そんな考えがかすめたけど、ミランダのウエディングドレス姿を見たい気持ちが勝った。

 ミランダ、綺麗だろうな。


 ミランダの結婚式の日にちと教会をリリが調べてきてくれた。

 リリには感謝してもしきれない。



 教会近くのカフェで朝からテーブルを占領していた。

 リリも付き合ってくれて、私の正面に座ってくれていた。


「リリ、ありがとう」

「もったいないことです」


 教会から出てくるミランダを見たいのか見たくないのか、よく分からない。複雑な思いで眺めているとミランダは現れず、親族らしき人たちがぞろぞろと出てきた。


「様子がおかしくないか?何があったんだろう?」

「分かりません」


 その一団が披露宴会場に入っていき、食事を始めた。


「新郎新婦がいなくても食事を始めるものなのか?」

「いいえ。ありえないかと」

「何か想定外のことが起こっているみたいだ」

「そのようでございますね。少しお側を離れたいと思いますが・・・」


「いいの?」

「勿論です。お先にお帰り下さい」

「ごめんね。ありがとう」

 リリはにっこり笑って私から離れていった。


「詳しくは分からなかったのですが、新郎が結婚式に現れなかったらしいのです」

「ハイエンスが?!」

「はい。新郎が現れないので新婦も現れなかったということらしいです。詳しい事情説明はなかったらしいのですが、第二王女が絡んでいるようです」


「第二王女が!?」

「はい。一度詳しく調べてみたいと思いますが、よろしいですか?」

「業務外じゃない?」

「大丈夫です。情報は旦那様も喜ぶかと」

「ありがとう。お願いします」




ミランダの結婚式から一週間後

 

「王宮の中のことなのではっきりとはしませんが、ハイエンスは第二王女付きになってから王宮で生活しており、第二王女が片時も離さないそうです。皆さん口を閉じていますが、内心はまるで愛人を囲っていると思っているようです」

「そんな・・・ミランダは?」


「婚約破棄をしたいと、ペンス伯爵が王宮に日参されているそうなのですが、ハイエンスに会えないようです。王女の行いを隠したいために婚約破棄を陛下が受け入れていないとのことでした」

「ミランダがそんな事になっているなんて・・・」




二十一歳の頃


 ミランダは婚約破棄も結婚もできず、宙ぶらりんのまま、ペンス家で生活をしているとリリが教えてくれた。

 ミランダ、大丈夫だろうか?



 今は自然災害に関する業務に付いていて、今までで一番対応が難しい業務をしている。

 一人ひとり望むことが違ってどう対応していいのか分からないことも多々あった。

 一日の業務が終わると、辻馬車もなくなり、家に帰ることもできない日もある。



 出勤すると「今日は戸籍課へ行ってくれ」と言われ、自分の机の上を見て上司をうらめし気な目で見た。

「仕事が溜まっているんですが・・・」

「戸籍課で風邪が流行っているらしくて、手が全く足りないらしい。頑張ってくれ」


 恨み言を胸中で吐きながら戸籍課の元上司の下に挨拶しに行く。

「パーシー!!助かる!!」

 課内を見渡すと本当に人が少なくて、窓口には長蛇の列ができていた。

「早速ですまないが頼む」

「分かりました」


 捌いても捌いても人の列は無くならず、昼食も十分ほど貰ってお茶で流し込んで業務に戻った。




ミランダが訪れる十分前


 やっと並ぶ人の最後尾が見えるようになり、課内の皆、一息ついた。

「次の方どうぞ」

 婚姻届を持った若い二人が幸せそうに笑っている。


 羨ましい・・・。

 ミランダはどうしているだろうか?

 会いたいな。

 手続きを終え、婚姻の祝いを渡して次の人を呼ぶ。




ミランダが目の前に


 書類を受け取り、それが婚約破棄だと気づいて、名前を見るとハイエンスとミランダのサインがあった。

 驚いて顔をあげると、目の前にはミランダがまるで婚姻届を出しに来た新婦のような笑顔で立っていた。


「ミランダ・・・」

 思わず声に出てしまい焦ったが、ミランダは小首を傾げただけで笑顔を絶やさない。

「婚約破棄が嬉しいんですか?」

「ええ。やっと婚約破棄が出来るんです」


 なら急いで婚約破棄を整えなくては。

 書類の不備がないか見て、サインを確認し、処理係に書類を回す。


 別の人の書類を受け取り、捌いては次の人を呼ぶ。

 頭の中はミランダのことでいっぱいだ。

 このチャンスを逃したら二度とミランダに会えないかもしれない。


 終業の鐘がなり、ミランダの書類が私の手元に戻ってきた。

 その書類を握りしめて上司の下に行き、しばらく席を外させてほしいとお願いする。

 怪訝そうな上司に再びお願いする。

 私の勢いに押されたのか「行って来い」と許しをもらい、待合椅子に座っているミランダの下に行くために一歩足を踏み出した。




ミランダに愛を乞う


 椅子に座るミランダの前に行き、婚約破棄完了の書類を手渡す。

「おめでとうございます。と言ってもいいんですか?」

「ええ!!」

 とびきりの笑顔でミランダは受け取った。


 私はミランダの前に跪いた。

 ザワザワとした戸籍課が徐々に動きを止めて静かになる。


「ミランダ嬢。少しお時間をいただけませんか?」

「はい。なんでしょう?」

 小首をかしげる仕草がとても可愛らしい。


「ありがとうございます。私が十二歳の頃、ミランダ嬢を初めて見かけた時から貴方に恋をしました。恋だと知った時には貴方には婚約者がいて、私は諦めるしかありませんでした。貴方を見ては心弾み、苦しい毎日でしたが、あなたが幸せだと知って私もとても幸せでした」

 私は一息呑みこむ。


「婚約破棄をした今なら貴方の愛を乞うてもいいでしょうか?あなたを愛しています。どうか私と結婚して下さい」


 ミランダの感情の動きを見落とさないように目を見つめる。

 驚いていて目を見開き、ミランダはうっすら頬を赤くして、笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます。あなたの次の休みにデートをしましょう」


 私はミランダの返事が信じられなくて隣に座っていたお婆さんに「今、彼女なんて言いました?」と聞いてしまった。

 ミランダが吹き出す。

「立ってください。わたくしでよければよろしくお願いします」

「本当に?」

「はい」


 お婆さんが「おめでとう」と言ったのを皮切りにその場にいた人が「よかったな」「おめでとう」「幸せになれよ」と色々な言葉が浴びせかけられる。


 上司が出てきて「場所を変えて話をしてきなさい」と私達を関係者出入り口から外へと追いやった。




ミランダの向かいに座った時


 小さな東屋がある場所にミランダを誘い、私は上着を脱いで、ミランダが腰掛ける場所に敷く。腰掛けるように勧め、ミランダは恐縮しながら礼を言って腰を下ろした。


「夢を見ているんじゃないだろうか?」

 ミランダは可愛らしく私に笑いかける。

「夢ではありません。夢だと私も悲しいですわ」

 やっぱり夢なんじゃないだろうか?


 自分の気の利かなさに嫌気がさす。

「あっ!すみません。なにか飲み物でも・・・」「まだお仕事中でしょう?お茶を飲むのはあなたのお仕事がお休みの日にいただきましょう」

「分かりました」

 宙に浮いた腰を下ろす。


「プロポーズをお受けしてしまったのですが、お顔は知っているのです。お名前も多分知っています。ですが間違いがないかお名前を教えていただけますか?」

「失礼しました・・・えっ?プロポーズ受けてもらえた?」

「はい、お受けいたしました」


 喜びがまたこみ上げてくる!!

 違う名前だ!!


「名乗るのが遅くなってしまって申し訳ありません。パーシー伯爵家の四男、ドルガンと申します」

「ドルガン様とお呼びしてもよろしいですか?」

「もちろんです!!」

「次のお休みの日、デート出来そうですか?」

「はい。デートしていただけますか?」

「喜んで」


「では日曜日に自宅へ伺ってもよろしいでしょうか?」

「お待ちしております」

「午前中にお迎えに参ります」

「来ていただけるのをお待ちしております」


「すみません。仕事に戻らなくては」

「名残惜しいですが、私も帰らなくてはなりません」

「馬車までエスコートさせていただいてもいいでしょうか?」


 花がほころぶとはこういう笑顔のことをいうんだ。

 この笑顔を残したいと思いながら、見惚れた。


 初めて手に触れ、ミランダの温もりを知る。

 少し温かい手を取り、ミランダが私の上着を取り「皺が寄ってしまったかもしれません」と申し訳無さそうに謝罪する。

「幸せです・・・」


 見当違いで気持ち悪く思われたかもしれない。 

 少し驚いた顔をして、また嬉しそうに笑ってくれた。


 馬車まで彼女を送り届け、別れを告げる。

「離れたくない・・・」

 ふふっとミランダが笑う。

「日曜日、お待ちしております」

「私も楽しみです。気をつけて帰って」

「はい。ドルガン様もお仕事頑張って下さい」


 去っていく馬車が小さくなるまで見送って私は仕事に戻った。

 戸籍課に戻ると拍手で迎えられ、とても恥ずかしい思いをした。




父への報告


 馬車を見送ったその瞬間から日曜日が待ち遠しくて仕方ない。


 リリに父に会いたいと伝え「一緒について来て」と一緒に父の下に向かう。

「父上、リリ。今日ペンス伯爵家のミランダ嬢にプロポーズしました」

 父とリリが息を呑む。


「プロポーズを受けていただけました」

「本当か?」

 父もリリも私の初恋のことを知っているので本当に驚いている。

「次の日曜日にデートの約束をしました。ペンス家に婚姻の申込みをしていただけますか?」


「ああ!ああ!!いいとも!!おめでとう!!!良かったな!!」

 父は顔を赤くして、リリは目に涙を浮かべている。

「おめでとうございます。長い想いが成就されて本当に!本当に良かったです!!」


「ありがとう。父上、多分ペンス家では婿入りのほうが喜ばれると思います。私はどちらでもいいのでペンス家の良いように取り計らって下さい」

「分かった。任せておけ!!」

「よろしくお願いします」


 その日、父と母とリリとの四人で美味しいお酒を楽しんだ。




ミランダへの告白の二日後


 仕事帰りの馬車の中でミランダに贈る贈り物を考える。

 昨日はミランダに花を贈った。

 今日は今人気のクッキーを。

 明日はミランダが纏うと似合いそうな香水を。

 明後日は何を贈ろうかとまた考える。



 仕事から帰るとキールが「旦那様がお呼びです」と言い、執務室に連れて行かれる。

 母と長兄も私の帰りを待っていた。

「お待たせしてしまって申し訳ありません」


「いや構わないよ。今日、ペンス家に行ってきた。ペンス家でもこの婚姻を喜んでいただいているようだ」

「そうですか!!良かった!!」


「よくペンス家のご令嬢を射止めたな」

 兄が笑ってよくやったと褒めている。

「ペンス家では婿入りに来てもらえるのならこれほど喜ばしいことはない。とお喜びだ」

「分かりました」

「ミランダ嬢が二十歳を越えていることもあって、結婚を急ぎたい。と言っていた」

「ミランダ嬢と話してきます」




初めてのデート


 眠れないと困るから一杯だけお酒を呑んでベッドに入ったら、眠りはすぐに訪れて、ミランダとの幸せな夢を見た。

 

 朝はいつもより一時間も早く目が覚めたので、リリにお願いして朝からお風呂に入った。

 家の者達に「完璧です」と言われて送り出される。

 皆の喜びように少し恥ずかしかったが、ミランダに会って話せるんだと思うと、嬉しくて笑みがこぼれてしまう。

 

 約束より少し早く着いてしまって、馬車の中で待っていたら、ペンス家の執事が出てきて「中でお待ち下さい」と声を掛けてくれた。

「早く来すぎてしまって申し訳ありません」

「いえいえ、お嬢様もお待ちです」


 ミランダも待っていてくれた!!それだけで奇跡が起きたとしか思えない!!


 玄関ホールに入るとミランダが上階から駆け下りてくる。

 危ないからゆっくり降りてきて欲しいと思う。


「ドルガン様、お迎えありがとうございます」

「君に早く会いたくて、約束より早く来てしまった」

「わたくしも早く会いたかったです。贈り物をありがとうございます」

「喜んでもらえているだろうか?」

 頬を染めるミランダはやはり可愛くて、絵に描いてもらいたい。

「とても嬉しいです」


 ミランダへ手を差し出し、馬車へと誘った。

「どこか行きたいところはある?」

「色々お話をしたいと思っております」

「そうだね。いい場所がある」



「少し前まで祖父母が暮らしていた小さな家が近くにあるんだ。そこへ行こう」



「可愛らしいお家ですね」

「だろう?子供の頃はここによく泊まったんだ」

 子供の頃の思い出話を少しすると、ミランダは楽しそうに聞いてくれる。


 今はメイド三人とこの家のための家令が一人いるだけだ。

「急に来てすまない。少し落ちついて話がしたくて、ここを思い出したんだ。サンルームにお茶の

用意してくれるかな?」

「かしこまりました」


 準備が整い、部屋の隅に家令とメイドが控える。


「プロポーズ受けてくれてとても嬉しく思う。改めて、受けてくれてありがとう。私はとても幸せ者だ」

「私の方こそ嬉しいです」


「まずは大事な話から。ペンス家から望んでいただけるのなら、私は婿入りしてもいいと思っています」

「ありがとうございます。そうしていただけたら助かります」


「私は明日、婚姻してもかまわないと思っていますが、ミランダ嬢が不足なく準備が整った時を婚姻の日としたいと思っています」

「では、教会が空いている最も早い日にいたしましょう」

「ドレスなど間に合うかな?」

「なんとしても間に合わせます」

「君のドレス姿が楽しみで仕方ないです」


「わたくしの婚約破棄の話を少し聞いていただけますか?」

「君が話したいなら・・・」

 ミランダは私が知っている以上にハイエンスの婚約が長引くことに不安に思い、辛かったと言っていた。


 ハイエンスとの話を聞き終え「今度は私の話を聞いてくれるかな?」

 ミランダを初めて見た日に一目惚れしてしまったこと、婚約者がいて諦めたことを話した。



 とりとめもなく色んな話をして、家令が「昼食の用意ができました」と言ってダイニングに案内される。

「すまない。昼食のことをすっかり忘れていた」

 家令に謝ると「幸せそうで何よりです」と少し笑われた。


 美味しい昼食を頂いて、サンルームに戻ってお茶を飲み、色んな話をして、少し庭を散歩してまた話をして、帰りに婚約指輪と結婚指輪を買いに宝石店へ一緒に向かった。




ミランダの父との顔合わせ


「お父様ただいま戻りました。ドルガン様、こちらが父です」

「初めまして、ドルガン・パーシと申します」

「ミランダの父、ケルト・ペンスです。今日は楽しかったですか?」

「ええ、とても楽しい一日を送れました」


「それは良かった。少し話せますか?」

「私もお話ししたいと思っておりました」


 応接室に案内され、お茶を勧められた。

「早速ですが、婚約を成立させてもよろしいですか?」

「私の方からお願いしております」

「では明日、婚約届を出してまいります」

「最後に父君の方からミランダ嬢に確認を取って頂いてもよろしいですか?」

「分かりました」

「よろしくお願いします」


「我が家に婿入りしてもいいと伺ったのですが」

「はい。望まれるならその様にと父には伝えました」

「ではドルガン殿に婿入りをお願いしてもよろしいですか?」

「ドルガンとお呼び下さい。もうすぐあなたの息子です」

「ありがとう」


「元々ペンス家を継ぐ予定だった方のことはよろしいのですか?」

「私が死んだら廃爵しようかと思っておりました」

「なぜ?とお伺いしてもよろしいですか?」


「ミランダが嫁に行く予定だったハイエンスには、婿入りを拒否されていました。騎士爵より伯爵家の方がいいと思うのは我々の勝手な思い込みなようで」

「そうなんですか」


「親族から養子を迎えることも考えたのですが、ちょうどよい子が居なくて諦めていました。ドルガンには感謝しかない」

「そんな!!」

「いえ、本当に。私の不手際で前の婚約が長引いてしまった。結婚式に新郎が現れないなど、可愛そうなことをしてしまった」


「私はミランダ嬢と婚約できることに幸せしか感じません。ペンス伯爵にも感謝を伝えたい」

「ありがとう・・・」



「では、私はここで失礼いたします。ミランダ嬢、次会える日がもう待ち遠しいよ」

「わたくしもです」




ミランダに告白してから五日目


「今日婚約届けを出してきたとペンス家から連絡があった」

「本当ですか?!」

 婚約届受理書を見て感動してしまう。

 婚約届受理印を撫で、誰が受理したのだろうと担当者の顔が次々に思い浮かぶ。

 「額に飾って欲しい」とキールに頼む。

 少し呆れた様な顔をして「かしこまりました」と請け負ってくれた。

 

「明日、仕事帰りにペンス家に立ち寄ると連絡しておいてくれ。直ぐに帰るからと」

「かしこまりました」




ミランダの告白から六日目


 初デートの日に立ち寄った宝石店でミランダが気に入った婚約指輪がサイズがぴったりだったので、その場で購入していた。

 その婚約指輪を持って仕事帰りにペンス家に立ち寄る。


「応接室へどうぞ」

「すぐにお暇するので、ミランダ嬢を呼んでいただけますか?」


「夜遅くに申し訳ない」

「ドルガン様!!いえ、会えて嬉しいですけど、どうされました?」

「婚約届が提出されたと聞いて、早く渡したかったんだ」

 私は跪き、ミランダの左手を持ち上げ、婚約指輪を見せる。

「ミランダ嬢の指にはめてもかまわないだろうか?」


 ミランダはぽたりと涙を流して、私の手をきゅっと握った。

「はめていただけますか?」 

 ミランダの左薬指にそっと指輪をはめた。

 「幸せにするから、私のことも幸せにしてほしい」とお願いした。


 ミランダはくすりと笑う。

 「はい。私もドルガン様を幸せにします」と言ってくれた。



「ドルガン様、実は結婚式が一ヶ月後に決まってしまいました」

「本当に?!」

「はい。教会が空いているのが一ヶ月後か三ヶ月後だったので、一ヶ月後を選びました」

「そうか!!ありがとう!!色々急がないといけないな」

「はい」




結婚式当日

 

 急な結婚式だったので色々間に合わないこともあった。

 私は仕事を辞められていない。

 来月の月末までは出勤することが決まっている。来月末にはまた来月と伸ばされそうな気がする。


 私の荷物もペンス家に運びきれていない。結婚式の間に最後の荷物を運び込むことになっている。

 ペンス家の方も家具の移動などが間に合っていないと聞いている。



 ペンス家へ手紙と色とりどりの飴玉を朝一番に届けてもらっている。


 『先に行って君が来るのを待っている』と一言だけ。



 ペンス伯爵に手を引かれたミランダのウエディングドレス姿はとてもとても美しくて私は涙が流れた。


                                             FIN


**********************


 おまけ



結婚式の翌日


 腕の中にミランダがいることが信じられない。

 このままただずっと抱きしめられていたらどれほど幸せか考える。


 身動(みじろ)ぐミランダにキスしたくて仕方ないけど、起こしてしまうのが嫌で、必死に我慢している。



 昨日のミランダの花嫁姿を思い出す。

 一ヶ月で急かせて仕立てたとは思えないほどミランダによく似合っていた。

 細い腰にあまりにもたくさんの布地が集まっているので重くないのか心配になった。


 ペンス伯爵からミランダの手を受けとった時、私もミランダも泣いてしまって一時、式の進行を中断してしまうほどだった。

 思い出すと恥ずかしいけど、昨日は涙が止まらなかったんだ。


 介添人にハンカチを渡されて涙を拭いても止まらず本当に困った。ミランダが美しすぎるのだから仕方ない。

 あんなに焦がれたミランダが私の横に並び立った。

 あっ・・・今思い出しても涙が出そうだ。



 ミランダの瞼が小さく震え、瞼が開かれる。

 少し頬が赤くなり「おはようございます」「おはよう」やっとキスが出来る。

 額にキスを落とし、抱きしめた。

「夢を見ているみたいだ」

「幸せすぎて怖いですね」

「本当に」


 夜着を身にまとい、ミランダがベルを鳴らすとメイドが身支度を整えてくれる。

 手を繋いでダイニングへと向かった。



 残念なことに私は仕事に行かなければならない。

「なるべく早く帰るから」

「お帰りをお待ちしております」




ドルガンが仕事に行ってしまった後 


 ミランダは小さくなっていく馬車を見送って、自分の左手を見る。

 さっきまで繋いでいたドルガンの手が側にないことを寂しく思う。

 婚約指輪と結婚指輪を見て頬が緩む。



「奥様、幾つかご報告が」

 母が亡くなって七年になる。

 母の代わりの奥様になれるだろうか?

 昨日の結婚式を見たらどれほど喜んだだろうと思う。


 私もドルガンも泣いたけれど、父も泣いた。

 きっとベーゼのことで後悔していたのだろうと思う。

 今は幸せだから父のことを恨んではいないけれど、当時は恨んでいた。


 もっと早く手を打っていてくれればと何度思ったか分からない。

 母が言っていた。

「男の人は鈍いから、ちゃんと膝を突き合わせて話し合わないと駄目よ」

 ドルガンとはちゃんと膝を突き合わせて話すわ。心の中で母に約束する。



「報告を聞くわ」

「昨日、ハイエンス様が、お嬢様を口説きに来たと言ってお出でになりました」

「婚約破棄してから一度も会っていないのに・・・」

「もう、こちらに来られてもお嬢様はおられませんとお断りしました」

「ありがとう。ハイエンスには誰が会っても不愉快しかないものね」


「それから、若旦那様が絵師を頼みたいと」

「絵師?」

「奥様にもう一度ウエディングドレスを着ていただいて、絵を描いてもらいたいと」

「もう!!恥ずかしい・・・いつそんな話をしたの?」

「帰ってこられて奥様が部屋に戻られて直ぐのことでした」


「ドルガンが望むなら否はありません」

「ありがとうございます。私もそのお姿を見たかったので嬉しく思います」

「留守番させてごめんなさいね」

「いえ、私が家に必要だったのは分かっておりますので」


「若旦那様の荷物が昨日全て運び込まれました」

「ありがとう。早く片付けないとね」

「パーシ家で若旦那様に付いていたメイドが手伝いに来てくれるそうです」

「ありがたいわね。可能ならペンス家に勤めてもらえないか聞いてみるわ」

「それがよろしいかと」


「急な結婚だったから色々間に合わないわね」

「いいではないですか。それもまた楽しい。です」

「そうね」


 私は荷物を片付けにドルガンの部屋に向かった。

 昨日、リンクがベーゼに言った「こちらに来られてもお嬢様はおられませんので」は、奥様になられたのでお嬢様はおられませんという意味になります。


 おまけの続きは色々書いたのですが、ゴールを見つけられずボツになってしまいました。


 もう一話、番外編『if ベーゼ・ハイエンスが王女に恋していたら』を書いています。

よろしければお付き合いください。

 もしもベーゼがキャリーに恋をしていたら・・・?!


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― 新着の感想 ―
[一言] この視点のお話が一番心に残りました。 ミランダが綺麗なまま結婚できて良かった。
[気になる点] ミランダがすぐに結婚を決めるほど、ドルガンのどこに惹かれたのかわからない…。読者からはドルガンのよさはわかるけどミランダは初対面だったのに?気があったって短編のほうで言ってるけど裏切り…
[良い点] ドルガン仕事デキルオトコなんだろうなぁ~。チャンスをものにできるのは凄いし、前の回の職場のブラックさと比べると驚くほど普通にいい職場で泣ける…!同僚も上司もいいなんて運がいいんでしょうね。…
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