6 まずは安全な場所へ
「デバフスピード!! ナノファイア!!」
「ギャウッ」
「よし、今夜の食事は確保だな」
道中に出くわした初級冒険者でも倒せるリトルボアを、覚えたての火魔法の練習がてら倒した。急ぎ解体を始めて食料にする。リトルボアは地球のイノシシみたいなものだから横山さんも食べれるだろう。
解体は前世の知識と経験が役に立ってくれて、さほど苦も無くそして手早く出来ている。
いや、錆びた剣でやるのはちょっと苦労してるかな。
「それ食べれるの? 異世界小説だとオーク肉は美味しいとかあるけど……」
横山さんは血抜きの段階で渋い顔になっている。かわいい顔が勿体ない。
「もちろん食べれるぞ、牡丹鍋と思ってくれるといい」
「いや、牡丹鍋も食べたことないんだけど。それに鍋はどうするの?」
「たぶん大丈夫だと思うけど、無ければ焼いて食べればいいかな」
「うぅー」
俺たちは今森の南側にある川へと移動してる最中だ。
横山さんには色々と聞きたい事があるけど、いつまでもあの場所に居る訳にはいかなかった。なにせ何時魔物が現れるかわからないからな。
空を見上げると木々の間から見える太陽はかなり傾き始めていた。森の入り口から近くの町までは徒歩で一日かかるので今夜は森の外れで野宿確定だ。
リトルボアの肉だけを確保して残ったものは地面へと埋めたらまた移動を再開する。前世の記憶とあちこちの木に付けた古くなった☓印を頼りに歩いていると川のせせらぎが聞こえてきた。
「わぁ川だ、喉乾いたー。飲める?」
「ああ大丈夫だ、ここまでくれば魔物も滅多に表れないから一息つこう」
両手で水をすくってこくこくと飲んだ横山さんはふうと息を吐いて辺りを見渡した。
「ねえ、ひとつ聞いていい?」
「なに?」
「さっきから気になってたんだけど、確実にこの場所のこと知ってるよね。サクサク歩いていくし、ここなら魔物が滅多に来ないとか言ってるし。あと口調もワイルドというかなんかいつもと違う感じ……」
なるほど、前世で暮らしてた場所だからなぁ。普通に行動してたつもりだったけど横山さんにとって初めての場所を俺が案内みたいなこの状況は変か。
「この世界に飛ばされる直前に話しただろ、俺は異世界からの転生者だって」
「あの十五点のボケ?」
「そう、あれは本当の俺の秘密だぞ。そしてこの世界が前世の俺が居た世界なんだ。口調に関してはこっちの世界観に引っ張られてるのかな?」
俺は前世のことを隠すのをやめた。こっちに戻ってきたんだ、隠す必要もないだろうしむしろ話しておいた方が今後の活動においては良いと思ったから。
ちなみに口調は、日本の時みたいに八方美人で居る必要がないから。こっちが本来の俺ってことだな。
「というわけで、俺の知ってる場所までもう少し歩くぞ」
一息ついた俺たちは川下へ向かって移動を再開した。道中前世の俺のことを聞かれたのでレオンの事をかいつまんで話した。
幼なじみとパーティーを作ったこと、そのパーティーは上級ランクになったこと、そこをいきなり追放された事。
そして、悔しい思いを強く残し死んだ事を。
「記憶、強い思い…… そういうことかぁ」
「なにが?」
「うん、長くなるからあとで詳しく話すね」
横山さんはまた何かを納得したように呟きニコッと笑いながらそう答える。聞きたいことは色々あるから後で話してもらおう。
二人で話しながらしばらく歩くと川の左右がだんだん高くなっていき、高さ六メートル位の崖になった時それはあった。
岩盤の崖に幅二メートル位の亀裂がありその奥には人が三人程横になれる空間がある。
「うわぁここなら雨風避けて野宿できそうだね」
「だろ」
ここはソロになってお金が無かったレオンが森でレベル上げをする時に拠点としていた場所だ。
「まさかまた此処に来ることになるとはな…… ちょっと待ってくれな、たぶんこの辺に」
あまり良い思い出があるわけでも無いのだけど懐かしさは多少なりとも感じた。それから俺は一番奥にある岩の傍の土を掘る。すると土の下から木の板が現れ、その板を取り出すと下に空間があった。
「よし、鍋ゲット。まだ在って良かった」
その空間はレオンが生活の為の道具を隠していた場所だった。俺は少々錆び付いている鍋と革袋を取り出して横山さんに見せる。
「ってことは、牡丹鍋?」
「そうだと良かったんだけど、実際はリトルボアの塩スープだな」
取り出した革袋には塩が入ってるが調味料はこれだけなので牡丹鍋は最初から無理です。
それから俺たちは鍋を川で洗い、ナノファイアを使い火を起こして塩スープを作った。日本での食事に慣れた舌には物足りなさを存分に感じたが、リトルボアの肉は獣臭さもなく腹を満たすには十分であった。
今日はいろんな事があった、二人はパチパチと音を立てる火を何するともなく眺めていた。
「私が『高橋君っていい人だけどなんか壁がある』って言ったこと覚えてる?」
ふと横山さんが口を開いた。
「うん言ってたね。人の心を読むスキルでも持ってるのかと思ったよ」
なので俺も口を開く。
「それってやっぱり前世の事が原因? 人が信じられなくなったとか……」
横山さんは焚火を見詰めながら聞いてくる。声には聞いたら失礼かなという戸惑いみたいなのが感じ取られた。
俺はちょっと考える。多分そうなのかもしれないし、役立たずと言われた自分が嫌いなのかもしれない。
「どうだろう、でも今の俺は人を信じないようにしてるって意味では合ってるかも」
「一人暮らしもそのせい?」
「一人暮らしは……」
パチンっと焚火が爆ぜた。
色々あった一日の終わりは、まだ少し時間があった。