4 転生したけど戻ってきた
あらためてレオンの記憶がフラッシュバックする。まだリアルすぎる夢と現実の堺が無い感じだ。
そんな俺に対してアンデットウルフは溶けかけのような体を翻して一段スピードを上げ、再度俺に向かって牙を立てながら飛びかかってくる。そのスピードに記憶の整理中だった俺は反応が遅れた。
距離にして三メートル、もう避けれない。その牙は既に俺の喉元へと向けられている。
スピードに乗った奴の体が少し沈み込み前足に力が入る、飛び掛かる準備ができたその時……
「デ、デバフ スピード!」
夢と現実が混同していたからなのだろうか、俺は思わずレオンが戦闘の時にするように言葉を発していた。
叫んだと同時に後悔する。俺はレオンじゃ無い、デバフ魔法など使えるわけがない。
「グッ、ガウッ?」
ガクン、ドッッ、ゴロゴロゴロゴロー
「えっ?えっ?」
俺の魔法の言葉にアンデットウルフは突然体勢を崩して転び、そのままの勢いとともに転がりながら突っ込んできた。
あれだ、小学校の運動会で運動不足のお父さんが張り切って走るも、スピードに足の動きが追いつかずに思い切り転ぶやつだ。--あれ?
「ということは、効いてる? ってか魔法が使えている?」
そんなことを考える暇もなくアンデットウルフと俺はドンッと衝突し後方に飛ばされる。今度はこちらが三メートルほど地面を転がる事になったが、思いのほかダメージが少ない気がする。
何かがおかしい、ただの高校生だぞ。魔法発動はもしかしたら前世とレオンの記憶が影響してるかもしれないが、原付バイクに衝突された位の衝撃が大したこと無いなんてのはレオンの時でも有り得ない。
「グウウー、ガアアアア!」
「くそぅ、ゆっくり考える暇もないか。さて、どうする?」
体勢を立て直したアンデットウルフは転んだのが恥ずかしいのかそれとも倒せない事に怒ったのか、同じく体制を整えた俺に対して唸り声を上げ睨む。
ゆっくり考える暇がないなら急いで考えるしかないなと、こんな状況なのに意外と落ち着いてる自分が可笑しくて少し口元が緩んだ。
デバフ魔法の効果は三分間、同じ効果の魔法発動までは四分掛かる。つまり一分間は同じ効果のデバフ状態にならない事になる。なのでスピードダウンや防御ダウンなどの効果が違う魔法を時間をずらしながら掛けてなにかしらのデバフ状態を保って戦うのだが、
「そもそもここにアタッカーがいない…… っと!」
アンデットウルフの三度目の突進を何とか躱しながら倒す方法を考える。かなり動きが遅くなったため多少の避ける余裕が出来ていた。とは言え猶予は三分間、考えろ、考えろ!
目に入ったのは☓印が付いた木の横にある小さなお墓、そこに刺さった錆びた剣が唯一の武器になりそうだった。
だが先ほどのゴロゴロドンッ攻撃で飛ばされたため多少距離がある。アンデットウルフを牽制して剣の傍まで行く時間を稼ぎたいところ。
「ここで攻撃魔法の遠距離攻撃が有効なんだけどなぁ、俺は使えないし。アンデット相手だから火魔法とかで燃やせるといいのに」
俺は攻撃魔法は使えないから只の無い物ねだりだ。前世ではパーティーを組み、各自役割分担で戦っていた。追放された後はソロだったが、弱い魔物相手を相手にしていたからデバフの後に剣を振り回すだけでなんとかなっていた。
しかし今回はソロで、相手はダンジョンに出没する強い魔物だ。八割くらい本気で攻撃魔法が欲しいと思った。
ポッ
「うおっ! うそ、これは…… 火?」
火魔法のことを考えたら右手に小さな人が灯った。ピンポン玉程の小さな火は初級火魔法の炎で、焚火や竃の火起こしなどの生活魔法として使われる。もちろん攻撃魔法としても使えるがたいした威力は無い。
「噓だろ? 俺が使えるのは弱体化魔法だぞ、何で火が出てくる?」
この世界においてスキルは一人に一つしかは与えられない。属性魔法の場合は一つの属性魔法しか使えない。スキルが火属性魔法なら火魔法だけ、水属性魔法なら水魔法だけ等。
そして俺のスキルは弱体化魔法なので火魔法など使えるはずがないのだ。
「まあいいか、気になる事がてんこ盛りだけど考えるのは後だ、使えるのなら使わせてもらう。 ナノファイアー!」
前世での火魔法使いがやってたことを思い出しながら初級の攻撃魔法を唱え掌をアンデットウルフへと翳すと、小さな炎がぼひゅっと音を立ててそこそこ早いスピードで飛び出して行く。
それでもアンデットウルフにしてみれば楽に避けれるはずなのだが、今は素早さがダウンしているので見事に命中した。
「ガウ?」
「やっぱり効かないか」
命中した炎が消えるとそこには無傷のアンデットウルフ。そりゃそうだ、初級魔法程度がダンジョン内の強い魔物に通用するわけがない。
「ならば、デバフ ディフェンス!」
俺は戦いにおけるレオンの行動を踏襲することで冷静に、そして次の弱体化魔法を唱えていた。
アンデットウルフの身体に淡い光が纏った様に見えて効果ありだと知らせてくれる。今のあいつは防御力が落ちているはず、だからもう一度。
「ここでもう一度! ナノファイアー!」
「グガアアアアァ」
上手く行った。これで倒すことはもちろん出来ないのは承知の上だが、炎は奴の体に燃え移り怯ませる事には成功していた。
火を消そうともがいてる隙に俺はすぐさま剣へと向かって走り、綺麗なヘッドスライディング決めて剣を手にするとアンデットウルフへと構えをとった。
構えをとって握りしめた剣からは手にしっくりと馴染んだ感触が伝わって……馴染んだ感触が……
「ああ、やっぱりそうだったのか」
その馴染んだ剣の柄に目をやりそっと手を広げてみると、そこには錆びて若干読みづらくなっていたがレオンと名前が彫られている。
ソロになってお金が心許なくなった時に、剣や装備を無くさないように俺が彫ったやつだ。
マジかぁ、転生したのにまた戻ってきたぁぁー
剣一つで現時点での謎の一部が解明されてしまった瞬間だった。