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将棋千一夜  作者: 秋月しろう
8/12

第七夜 賭け将棋

              第七夜 賭け将棋



「私と将棋をして、もしあなたが勝ったら私を抱いてもいいわ」

 確かそんな風に声をかけられたのだ。

 とあるスナック。顔を斜めに上げると、そこには髪の長い女が立っていた。二十二、三才くらいだろうか。胸元のペンダントがやけにキラキラしているのが印象的だった。

 私はしたたか酔っていたようだ。

「いいとも」と二つ返事でOKをした。将棋には自信があった。女流プロでもなさそうだ。たとえ酔っていたもこんな若い女に負けるはずがない。そう思った。駒を並べながら、さっき言った女の言葉を思い返した。酔った頭に女の白い肢体があやしげな形で何度も浮かんでは消えた。

 彼女が先手だった。慎重に駒を進める彼女に対し、私は早指しを繰り返した。いつの間にか周りには人だかりができている。

 彼女の居飛車、私の中飛車。序盤は定跡通りに進んだが、中盤、私は酔った勢いで大胆な一手を選んでしまった。その一手を境に私は一方的に不利になった。負けが確定的になった時、私は醒めかけた頭の中で考えた。

『もし、負けたらどうなるんだろう』

 なにしろ相手は身体を賭けている。生半可なことでは許してくれないだろう。そう思うと背筋に冷たいものがさっと走った。握りしめた手が汗ばんでいる。もう駒を放り投げて逃げ出したい気持ちだった。そんな私を嘲笑うかのように、女の口許(くちもと)がいやらしく歪んだ。

「駄目だ、助けてくれ」私は駒を握りしめて叫んだ……。


「あなた、あなた。どうしたの?」

 妻の声で私は目を覚ました。右手にはなぜか百円ライターが握りしめられている。

 ……ああ、夢でよかった。夢の内容も妻には言えず、私は汗びっしょりの額を手で拭いながらも、安堵の溜息を漏らしたものだった。


                 (了)


将棋クラブで色んな人と指していると、たまに三局ほど指した後、「(にい)ちゃん、懸賞かけよか?」と声を掛けてくる人がいる。だいたい2-1で私が勝ち越した後である。こういう人は賭けると俄然実力を発揮する類いの人だろう。いや、何局か指して、こちらの棋力を探ってから、自分が勝てると踏んだ人に声を掛けるのかも知れない。

だいたいにおいて、賭け将棋は禁制である。クラブによっては黙認している場合もあるようだが、実力の無い私などは丁重に辞退申し上げている。盤上を千円札が飛び交っているのを見たことがあるが、あまり良い光景ではない。


この作品はフィクションだが、最後、夢で終わらせるのは、ほとんどやってはいけないことの一つであろう。ショートショートにしてもまとめ方をもっと工夫すべきであると、今になって、つくづくそう思う。



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