第五夜 ユカちゃんへの手紙
第五夜 ユカちゃんへの手紙
ユカちゃんへ
「お手紙ありがとう。もう高校二年生になったのですね。さぞかし大きくなったことでしょう。
お父さんが亡くなってもう三年。学生服の女の子が、病院の白いベッドの上でいつまでも泣き伏せっている姿をおじさんは忘れることができません。ユカちゃんがお父さんの手の中に将棋の駒をそっと握らせてあげたのもついこの間のような気がします。
覚えていますか? ユカちゃんはお父さんに連れられて将棋クラブに行ったことがありましたね。あれは夏祭りの帰り道、浴衣姿でヨーヨーを手に、お父さんの奮戦ぶりを横でじっと眺めていましたよ。お父さんはそんなユカちゃんが自慢で、大きくなったら女流棋士にするんだといつも言っていました。
お尋ねの詰将棋を同封します。
あの雨の夜、お父さんはこの詰将棋を解こうと、傘を片手に道路を歩いていたのです。
それはあっという間の出来事でした。急ブレーキの音、どすんという鈍い響き、投げ飛ばされた傘、救急車、そして……。
おじさんはこの詰将棋だけはなぜか解いてはいけないような気がして、今迄ずっと机の奥にしまい込んでいたのです。ユカちゃんが今度それを解いてみたいという手紙を読んで、変な言い方かもしれないけれど、何だか肩の荷が降りたような思いでした。お父さんご自慢のユカちゃんだもの、きっと解けるものと信じています。
三年目の梅雨が来ます。ユカちゃんもお身体大切にして下さい。取り急ぎお返事まで」
(了)
この「将棋千一夜」が掲載されていたのは職場の労働組合の機関誌で、毎週金曜日に掲載されるため、原稿は前日の木曜日までに提出しなければならなかった。だから、水曜日は仕事から帰れば、原稿のことで頭が一杯だった。一週間は早い。いくら短い文字数とは言え、ストーリーも少しは考えなくてはならず、いつも頭を悩ませていたものだ。この「ユカちゃんへの手紙」に出て来る詰将棋をどうしようかと考えていた時、たまたま手許にあった柏川悦夫作品集「駒と人生」から出題しようと思いつき、適当な作品ということで第77番を選んでみた。
今回、このサイトにアップするのに、もう随分前に段ボール箱にしまいこんだこの冊子を探し出した。大分古びてしまったが、他の多くの作品集と共に、今、懐かしく手に取って当時を懐かしんでいる。